ーーー征服歴1500年11月 王都カルネアス ミスト侯爵家別邸ーーー
アレクとカイトが同時に“カナンの騎士”に推薦された晩餐会から2日後、アレクはカレウス達と共に、
だが、アレクが逗留しているミスト家の別邸からカレウスの屋敷へ向おうとしたタイミングで、アレクへ来客があった。
相手は、何故かこれからアレクが会いに行くはずのカレウスに付き添われて現れたため、対応せざるを得なかったというのもある。
別邸の応接間で、エリカは寒々しく重苦しい空気に溜息をつく。
アレクと共に来客を出迎えたエリカだが、理由をつけて逃げるべきだったかと、早々に後悔していた。
「お久しぶりです、
口調だけは丁寧だが、目には戦場で命令違反した部下を処刑するときの如き冷酷さを宿したアレクが、自身の元上官に来訪の意図を問う。
アレクの視線に友好的な色が欠片も無い事はバーナードも、ついでに隣に座るカレウスも察してはいるが、それをおくびにも出さず、バーナードはアレクへ頭を下げる。
「この度は、私の兄と義理の甥が迷惑をかけた。本当に申し訳ない」
バーナードがアレクを訪ねたのには複数の目的があったからなのだが、生真面目なバーナードはまずは己の家族の不始末を詫びた。
アレクの
曲がりなりにも連合王国は法律が機能している事と、とりあえずラドロス少尉の顔面を物理的に潰した事でアレクの溜飲が下がっている事、そもそも襲撃事件自体がカレウス主導で闇に葬られていることで、取り敢えずはジルベルト子爵とラドロス少尉の謹慎という形で事態は収まってはいるが、流石にバーナードは親族が謝罪をしなければならないと考えていた。
曲がりなりにも将官であり、スペイサイド州では上官でもあった相手に頭を下げられ、アレクも流石に表に出していた敵意を胸の内にしまい込む。
僅かではあるが、空気が弛緩したことに
最悪の場合、二人の殺し合いを制止しなければならなかったので仕方のない事ではあるが。
「謝罪は受け取りました。賠償や今後の処分についてはバランタイン公爵閣下とミスト侯爵閣下にお願いしていますので、抗議はそちらにお願いします」
「…ああ。私からも、兄達には恥を上塗りしないよう釘を差しておく」
どうでも良さそうに、ついでに面倒事を上に投げる官僚的な思考で答えるアレクに、バーナードは忸怩たる想いのわだかまる内心を抑え込みながら頷く。
アレクはそんなバーナードの心中を察しているので、挑発するように嘲弄を浮かべるが、バーナードは鋭くアレクを睨むだけで無言を貫く。
アレクからすれば、戦場なら後ろから流れ矢が飛んでいくように仕向ける程度には嫌っているバーナードが何か失言しないかと期待しての挑発だったが、それは隣に座る
「痛ッた!?」
「アレク、気持ちはわかるけどやり過ぎよ。そんな風に陰湿なの、格好悪いわよ?」
「……そうか?」
「そうよ」
ジト目で睨まれたアレクは、憮然として目を逸らす。
エリカは優しい笑顔で、自分の手をアレクの手に重ね、その傷だらけの体に寄り添う。
「私は自分の旦那様が、どっかの性格のねじくれたおっさんみたいな腹黒になってほしくないわ」
「…わかった」
自分でも思うところがあったのか、エリカの指摘にアレクが嫌な汗を掻く。
「おい、これ俺キレていいやつだよな?」
「お前は自業自得だ」
どっかの性格のねじくれたおっさんが何か言っているが、誰もまともに取り合ってはくれない。
「それと、バーナード
「…む」
真面目な顔になったエリカが、澄んだ金色の瞳で己の尊敬する剣の師を見据える。
「
「……」
エリカにキッパリと言い切られた事に、バーナードは渋面で無言を貫く。
「そして、私の愛する人をこれ以上、理不尽な逆恨みで害すると言うのなら、貴方は私の敵です。バーナード
「…お前みたいな小娘が敵になる程度でなんだというんだ?」
苦々しく、そして心の底では小馬鹿にするように、バーナードが言葉を絞り出す。
「簡単な事です、
女神の如き完璧な美貌に、可愛らしい笑顔を浮かべたエリカが、堂々と他力本願で、そうであるが故に容赦無い解決策を提示する。
「…お前は嫌いじゃなかったのか? 自分の実力ではなく、生まれや縁故の力に頼るのは?」
「自分の力だけでは護れないもの、出来ないことなんていくらでもあると知っただけです。そして大半の人達は、そんな時に誰も助けては貰えない事も、だからこそ助けてもらえる事の大切さも」
エリカが、重ねていたアレクの手に指を絡める。
たった一人で戦い続けて、その果にこの国の全てから棄てられるはずだった愛する人が、もう何処にも行かないように。
彼を救うことが出来たのは、自分だけでなく沢山の人が助けてくれたと、彼女は知っているから。
バーナードはそんな弟子の成長を喜び、そしてその成長を促した相手が、殺したいほど憎む相手である事を苦々しく思う。
エリカが超然と、対してバーナードが苦々しく睨み合う中で、最初に沈黙を破ったのは、
「おーい、そろそろ本題に入っていいか?」
「…神経が金剛石でできてるのか、あんた?」
面倒臭そうに無理矢理話題を変えようとするカレウスに、若干蚊帳の外に置かれていたアレクがドン引きする。
「ああ、こんなもん時間の無駄だからな」
「カレウス、お前な…」
「ある意味で流石ね…」
「こういうところで空気読まないから嫌われるんじゃないか?」
「うるせぇよ!」
好き放題言う連中を一喝したカレウスが、心底面倒臭そうに自分以外の3人の不毛な会話を詰る。
「どうせそこの死に損ないは、殺すのを脅迫材料に嫌味を言う程度で、バーナードにしても裏工作でどうのこうのじゃなくて単に見殺しに出来るならしたい程度だろうが。どっちも仲良くする気なんざ無いくせにここで何を言おうが言われまいが意味なんてねえだろ?」
要約すると嫌い合っている人間が何を言いあっても無駄だし、二人共理性的なので本当に殺し合いにはならないという分析なのだが、まともな人間はここまではっきり言わないものである。
「カレウスおじ様、私は?」
「お前がなにかしなくても、この死に損ないはミスト家の賓客扱いだ。あのミスト侯が、余計な手出しなんざさせねえだろ」
ある意味、自分の啖呵を台無しにされたエリカはがっくりと俯き、やる気をなくしていじけ始める。
「う〜」
「ありがとうな、エリカ。俺は助かってるぞ?」
「そう? ホントに?」
「ああ、勿論だ」
そしてアレクに褒められ、少しテンションが回復した。
「おい、茶番はいいからそろそろ俺達の話をきけ」
「「えぇ…」」
「”えぇ“じゃねぇ、真面目にやれ!」
二人の世界に入るのを邪魔された色ボケ二人は、カレウスの言葉に渋々従う。
「はぁ…バーナード、頼む」
「…まあいいか。はぁ、俺も面倒になってきたし、簡潔に伝えるぞ、よく聞け」
長い付き合いの親友に自分の
「アレクサンダー・ウォーカー。5日後に行われる、貴様とカイト・ジャッカードとの決闘において、貴様の
容赦無く、そして理不尽なその決定に当事者のアレクより先に、エリカが激昂する。
「ちょっと、
「
「…つまり、
エリカの疑いの目に、バーナードは眉を顰める。
「…その男が”フエルテ“を使用できるだけなら、何処かで形だけ見たものを再現したと言い張ればいい。私の知ったことではない」
「本来なら、使えば自滅するからだろ?」
突き放すようなバーナードの台詞に、アレクが侮蔑のこもった声で答える。
「戦場であれほど消耗の激しい
「
「…やっぱり、まともに教える気が無かったな?」
アレクは
単に型をなぞるだけではその境地に至ることは出来ず、単なる防御に欠けた手数と剣速に頼る型としてしか認識できなかったはずだ。
「お前は私の弟子などでは無いからな。国のためその命を有用に使えるようにしてやったに過ぎん」
「…なるほど」
「だが、貴様が”カナンの騎士“候補として決闘を行うなら話は別だ」
「何…?」
「貴様に見せたのは形だけの中身の伴っていないものだった。なのに貴様はその特性を理解し、数多の敵を斬り捨てた。その危険性を理解せずにな」
バーナードはアレクを睨む。その瞳にはアレクへの憎しみ出はなく、恐れと哀れみがこもっていた。
「あの型は使えば使うほど、敵を殺せば殺すほど研ぎ澄まされてゆく。同時に、使う者の心を侵食してゆくのだ、怒りや憎しみ、そして殺すことへの愉悦を増幅させて」
これは、この型を開発した三代目”カナンの騎士“グラッパが失念していた、というよりも気付くことの出来なかったリスク。
もともと強かったグラッパのような天才以外が使えば、力に溺れ自滅する呪われた力があるという事を、彼は気付くことが出来なかった。
「本来、この型の習得を許可される者達は剣技より先に心を鍛える。過ぎた力に溺れぬ強靭な精神をな。それより先にこの型を習得してしまった者は例外なくその力に溺れ、歴代の”カナンの騎士“や大師範に処断された」
本来なら、バーナードはこんな警告など必要ないと思っていた。だが、万が一の場合、二人の”カナンの騎士“候補が共倒れに、アレクが捨て身で”フエルテ“を使用する事で相討ちになってしまうおそれがあることから、こうして釘を差しに来たのだ。
「お前が死ぬのは構わない。たとえ”フエルテ“をお前が使用しても、お前と異なり正しく”フエルテ“を習得したカイトならば制圧出来るかもしれん。だが、私は私が担当する決闘で、これ以上余計な死者を出すつもりはない」
だから余計な事をするなと、暗に言葉に込めたバーナードは、アレクが不可思議そうに首をかしげる様子を訝しむ。
「…なんだ、文句があるのか?」
「いいや、問題ない。一応確認なんだが…
「…? そうだが?」
何を当たり前の事をと、バーナードの方も面食らう。
その様子に、なぜだか素直に納得したアレクは先程まで自分に向けていた敵意を完全に霧散させ、改めて頭を下げる。
「委細承知しました、ジルベルト准将閣下。決闘では閣下の手を煩わせることはないと、少なくとも自分は保証しましょう」
「…ならばいい」
こうして、アレクとバーナードの奇妙な面談は終わった。
ただでさえ不利なアレクが、切り札まで封じられるという結果のみを残して。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ーーー征服歴1500年12月 王都カルネアス バスカード闘技場ーーー
「エリカ嬢? どうしました?」
物思いにふけるエリカに、ヴェレン伯爵が声をかける。
「ああ、失礼しました閣下。ちょっとバーナード
「なるほど…私の方で再訓練を一週間ほど行う予定なので、その後にしてあげてください」
「…それゴードン兄様が血反吐吐いて寝込んだやつですよね?」
エリカがまだ幼い頃、誰よりも強いと思っていた兄がズタボロになって帰ってきた時の事を思い出す。
「甘いですねエリカ嬢。吐くものなど残りませんよ?」
「…もう
再教育という名の拷問が行われる己の師に、エリカは少しだけ同情した。
そうして雑談するうちに、ついに太陽が中天へと登る。
勇壮なラッパの音が鳴り響き、西側の貴賓席に用意された玉座へと、国王が登壇した。