ーーー征服歴1500年12月 王都カルネアス バスカード闘技場ーーー
バーナードの指示に従い、まずカイトが己の剣を鞘から引き抜く。
金の装飾の施された鞘から引き抜かれるは、連合王国最強にして最凶の剣。星なき新月の夜の如き漆黒の刀身、長剣としてはやや刀身が厚いが、他に飾り気は欠片もない。ただ只管、折れることなく敵を屠り続ける事のみを求められた武骨な兵器。
“黒キ剣”を抜き放つカイトの勇姿に、観衆が大歓声を挙げる。
最強の剣が、最新にして最強の英雄の手にある。
カイトを応援し、その偉業に目を輝かせる大衆にとって、その姿こそが彼らの抱く理想の姿であり、これより始まるカイトと“黒キ剣”の快進撃こそが彼らの期待する
次に、アレクもまた腰に佩いた剣を抜き放ち、その白刃を観衆へと晒した。
そしてその刃の煌めきは、アレクに無関心だった観衆達ですら思わず目を見開き、溜息をついてしまうほど
決して華美な装飾が施されているわけではない。
“黒キ剣”のように、刀身が特別な色をしているわけでもない。
その剣は、連合王国で一般的に使用される
刀身の長さは長剣と同程度だが幅は細い。だが、
何よりも特徴的なのは、その刀身に浮かぶ独特の文様。異なる質の鉄を特別な方法で鍛造しつなぎ合わせ重ね合わせた結果浮かび上がる波打つような色彩は、
「
「流石は名門ジャッカード家出身だけはある。詳しいな」
大陸の東の果て、海を超えたその先に在る秋津島皇国において、サムライと呼ばれる戦士階級が用いる刀剣は
「銘は“
「…なるほど、随分良いカタナのようだね」
少しだけ自慢げなアレクの様子に、カイトはお世辞とも、僅かに嫉妬が混じっているようにも思える平坦な声音で応える。
直接対峙する二人の反応は比較的素っ気ない物だったが、対して貴賓席に座る七大貴族の面々の反応は大きかった。
赤錆色の青年が、驚愕と疑念を込めた視線を赤髪の美女へ向ける。
「…おいミランダの姐さん、あのカタナはアンタの旦那の形見じゃなかったのか?」
「遺品の一つではあるけどぉ、別に形見じゃないわよぉ?」
明らかに自分の反応を愉しんでいるミランダのニヤついた顔を怪訝な顔で眺め、トーラスが真面目な顔で問う。
「本当に良いのか? あのカタナは名刀だが、いくらなんでも“黒キ剣”とは剣としての
「あらぁ? あのカタナを鍛ったのは貴方のところの刀工なのに、そんな事言うのぉ?」
「確かに、かのカタナは
連合王国における鍛冶師達の聖地たるマーグレム侯爵領領都ルーデシアにおいて、唯一
ドーラスの祖父である先々代マーグレム侯爵は、ミランダと彼女の夫の結婚祝いとして、彼の手に入れられる中で最高の刀を贈った。
その名刀こそが、今アレクの手にある“
「いくら“
ドーラスは本心から、カタナの喪失を、そして自分も尊敬していたミランダの夫の遺品が無碍に失われてしまう事を惜しみ、ミランダへ忠告する。
「
「おいおい…後から文句言うなよ…?」
不敵に嗤うミランダに、トーラスが呆れて溜息をつく。
「しかし…随分とあの士官に肩入れしてんな。なんだ? アンタそんなにカイトが嫌いだったか?」
「別にカイト・ジャッカードに思うところはないわよぉ? まあ、女の私からすればあの子の女性遍歴だけは物申したくなるけどねぇ?」
煙管をふかしながら、意味深な目線で南側の観客席を見るミランダに、トーラスだけでなくカイトの父である現ジャッカード公爵ガスタルもバツの悪そうな顔をする。
「あー…ほら、英雄色を好むってやつだろ」
「アイネ殿下については陛下のご許可も頂いている…だからそんな睨まないでくれミランダ」
誰に対しても不敵な態度を崩さないトーラスが言い淀み、あまり我の強くないガスタルは慌てて言い訳する。
「まぁいいわぁ。あと、勘違いしてるようだから言うけどぉ、私は別にウォーカー大尉を贔屓したからあのカタナを貸したわけじゃないわよぉ?」
「…? 姐さんの若い燕だかあだぁ!?」
「口は災の素よぉ?」
不用意な事を口走った
「っ〜、じゃあなんだよ。いくら姐さんがエリカ嬢贔屓でも、流石にあのカタナ渡すほどじゃねえだろ!?」
「未熟ねぇ…貴方はもう
「どういうことだよ?」
呆れた目で己をみるミランダを、トーラスが挑むように睨む。
「簡単よぉ? 私は単に、歴戦の勇士に相応しい武器を渡しただけ。私が手に入れられる中で、あのカタナ以上の物が無かったから、あれを貸してあげたわぁ。貴方も同じでしょぉ?」
「成る程…そうかい」
ミランダが嘘を言っていないのとを理解したトーラスが、改めてアレクを観察する。
だが、戦士としては並程度のトーラスには、アレクがどの程度強いのか、そして本当にカイトと互角に渡り合えるのか、判断出来なかった。
そして、嫌な予感を吹っ切るように、アレクの携える名刀が、せめて修復できる程度の損傷に収まる事を切に願った。
闘技場の中心で、バーナードが決闘を行う二人へと鋭い声で命令する。
「両者、構えろ!」
アレクとカイトが、それぞれの得物を構える。
「仕合、始め!」
バーナードの宣言の下、ついに
そして、このときドーラスの感じていた予感は的中し、ドーラスの願望は粉々に砕け散ることとなる。