多分今回も含めてあと3話は続きます。
ーーー征服歴1500年12月 王都カルネアス バスカード闘技場ーーー
闘技場に集まった観衆達、その大半は目の前の現実にカイトと同じく怯え、歓声も罵声も飛ばすことができずただただ、カイトの猛攻を悠然といなす
それは当然、貴賓席に座る七大貴族の当主達も。
「おい…ヴォルスのおっさん、ありゃなんだ?」
「なんだって何だよ、若造。具体的に言え具体的に」
目を見開き、自身の親友が苦戦する様を凝視するトーラスを、呆れ顔のヴォルスが諭す。
「ウォーカー大尉の事だよ! 何者なんだあいつは!!」
「はぁ? 何者も何も、あいつはアレクサンダー・ウォーカー陸軍大尉だろうが。スペイサイド州東部のウォーカー男爵領の次男で━━」
「巫山戯たこと言ってんじゃねえよ! 俺が聞きてえのはそんな
ヴォルスの言葉を遮りトーラスが叫ぶ。
「たかだか22歳の、しかも学園じゃあ座学はともかく実技は並だった奴が、たった四年でカイトと…あの天才と互角に渡り合うだと!? 経歴を偽装するならもっとマシな嘘つきやがれ!」
「おいおい、嘘じゃねえっての」
「んな訳ねえだろ!! 大方、バランタイン公爵家子飼いの独立騎兵師団か、ミスト家が管理してる海軍の特務連隊辺りの精鋭だろうが!! ご丁寧に
トーラスの捲し立てる仮説は、一部で噂されるアレクの
その大元は2年前、アレクが情報部に身柄を拘束された際に使用された冤罪が素となったアレクを貶めるための帝国と“革新派”の欺瞞工作であった。
即ち、アレクサンダー・ウォーカーという人間は
「なんだ若造、お前もあんな欺瞞に引っかかったのかよ」
「煙ってのは火のないところには立たないもんだ。少なくとも、故郷を滅ぼされた餓鬼が復讐の為にたった2年でその実力を磨き上げて、更に2年で野戦指揮官としても一流になるより、どっかでおっさん達の子飼いが成り代わったって方が説得力があるぜ?」
ヴォルスとトーラスがに睨み合う。
その異様な雰囲気に、国王も含めた貴賓席に座る者達は息を呑むが、一人だけ平然と煙管を燻らせるミランダが、愉しそうに喉を鳴らす。
「トーラス、本当にまだまだ未熟ねぇ」
「何だと!?」
「そもそもぉ、何でわざわざ私達がそんな面倒くさい工作しないといけないのぉ? しかも十中八九途中で送り込んだ手練れが死ぬような任務なのよぉ? そこらの三文小説じゃないんだからぁ、そんな命令誰も諒解しないわよぉ?」
「…じゃあなんだ、あのウォーカー大尉を名乗ってる奴は、戦場であんな出鱈目な強さを手に入れたってのか? “錬武館”での修行も無しに? それに正規の士官教育を受けてねえのに、一流の部隊指揮をやってのけたと?」
言外に、そんなことできる奴などいるものかとトーラスはミランダを睨む。だが、燃えるような緋色の髪と瞳の美女は、そんな未熟な若者に微笑む。
「人間はね、
ミランダは普段の間延びした口調を正し、真剣な眼で未熟な後輩へと教えを授ける。
「仇を殺すために自身を鍛え上げて、家族を護るために味方すら殺して生き延びる。強くなるのに、これ以上の理由は必要かしら?」
ミランダは、故郷も家族も、そして貌すら失いながら家族の仇を討ち、復讐に心を壊されながらも家族を護る為に戦場で戦い抜き、そして家族を護るためなら迷いなく敵に土下座し無抵抗に嬲られたアレクに絶大な信頼を置いている。自身の愛した夫の形見を託すのに躊躇しない程に。
「
「考え方が逆よ? あの子は死ななかった。泥水を啜って、屍肉すら喰らって生き延びた。それが出来なかった幾千幾万の屍の山の上に、あの子は立っている。誰よりも強くなって、ね」
確信をもって語るミランダの様子、まるでアレク以外の
「まるで
「私は伝聞だけよぉ、ただ昔々、私が可愛い女の子だった時代に
「同じ…? つか姐さんが可愛いいとか、プッ…あでぇ!?」
言葉尻を捉えて首を傾げた
「ちょまっ、熱っ、痛っ!?」
「そうあれは私が清らかな美少女だった頃…」
「煙管で殴り続けながら回想してんじゃねえ!!」
慌ててヴォルスの後ろに避難したトーラスだが、今度はその赤錆色の髪を鷲掴みにされる。
「痛えぇ〜!! やめろおっさん、俺はまだ禿げたくねえ」
「トーラス、髪はいつか無くなるものじゃぞ…?」
「怖えこと言ってんじゃねえぞリガールの爺さん!!」
トーラスの言葉に傷ついたレオポルドが、悲しそうに己の禿頭を撫でる。
「そうだなぁ、あれは俺がまだ紅顔の美少年だった頃…」
「おっさんは今も昔もむさ苦しぁ痛えぇ!?」
ミランダと同じ様に昔語りを始めたヴォルスにトーラスが反射的にツッコミを入れるが、髪を頭皮ごと毟られそうになり再び悶絶する。
必死にヴォルスの腕をタップし頭髪の危機を回避したトーラスは、息を切らせながら大人げない大人達に抗議する。
「いい加減にしろ!! 何なんださっきから!?」
「失礼ねぇ、出来の悪い後輩に教えを授けてあげようとしただけよぉ?」
「全くだ。これだから今時の若ぇ奴は」
「なあおい、いい加減キレていいやつだよな…?」
ヤレヤレと首を降るミランダ達にトーラスが青筋を立てるが、そんな彼をこの場の最長老が諭す。
「落ち着け若造、お主はこの中で最も長く“カナンの騎士”と相対する必要がある。きちんと聞いておくが良い」
「……承知しました、ご隠居殿。だがこれ以上ふざけるのは無しな」
「そうじゃの、ほれ真面目にやらんか二人共」
「「はいはい」」
欠片も反省していない二人は肩を竦め、ミランダが代表して説明を始める。
「さっきさ冗談めかして言ったけどぉ、私が詳しく聞いたことのある実例は一つだけよぉ」
「一つはあんのか、あんなデタラメ」
「というか、貴方は知っておきなさぁい。“
「…はあ?」
思いも寄らない存在に言及されたトーラスは啞然とする。
「昔々ある所に、小さな名もなき漁村がありました」
「あ、これホントに始まんのか…」
「その村は悪い海賊に滅ぼされて村人は皆殺しになりました」
「物騒だな!?」
「でも運悪く、子供が一人だけ生き残ってしまいました」
「運良くじゃないのな」
「瀕死の重傷を負った男の子は身動きが殆ど取れない中、運良く降った雨のお陰で飲めた泥水と、近くに転がる家族だった屍肉を食べて生き延びました」
「……おいおい」
「男の子は誓いました。故郷を、そして家族を滅ぼした
「そりゃぁ、そうだろうな…」
「運良く、心優しい領主様に救われた少年は、海賊を滅ぼすために己を鍛えました。鍛えて鍛えて、彼を救った領主様達が止めても、無視して鍛え続けました。剣を振り、槍を取り、時に脱走して海賊を殺して」
「うんうん…うん?」
トーラスが首をかしげる。ミランダが語る昔話はおそらく、五代目“カナンの騎士”レムス=タム・ミストの幼少期だと思われるが、それはトーラスが、即ち一般の連合王国人の知るそれではない。
「血に飢えた獣のような少年を心配した、領主様のとっても優しく美しい一人娘は彼を休ませるために無理矢理別荘へ連れていきました」
「強硬策に出たな。あと絶対話盛ってるだろ?」
「そしてその別荘は海賊に襲われました」
「急展開!?」
「護衛の騎士たちは殺され、お嬢様とその付き人の隠れる隠し部屋を護るのは、たった一人の少年だけ」
「…なあ、作り話にしても無理ないか?」
なんとなく境遇からその少年の正体を察するトーラスだが、同時に違和感も覚える。
確かレムス=タムが歴史の表舞台に立つのは
トーラスの疑問を無視してミランダが語る。
「100を越える海賊達、相対するは僅か
「助けが間に合ったのか?」
「助けが来た時、少年は隠し部屋の前に立っていました。重症を負った自分の血と、海賊達の返り血で汚れながら」
「えぇ…」
「少年は勝利しました、数十人の海賊を斬り殺し、助けが来るまで今度こそ、守りたいものを守れたのです━━━めでたしめでたし」
無言で、“何か感想は?”と目で尋ねてくるミランダに、トーラスは冷静にツッコミを入れる。
「いやありえねぇだろ。話盛るにしても大概に…」
「残念ながら真実なのよねぇ…」
「「それな」」
ミランダがぼやき、そして
「昔貴方のお父様にも話したんだけど信じてもらえなかったのよねぇ…」
「まぁ仕方ない部分もあるがの。
「おい、さっきからどういう…」
トーラスは本気で困惑する。こいつら一体何を言っているんだ、と。
「トーラスよ、この決闘の結末をよく覚えておく事じゃ。40年振りに生まれる新たな
「…リガールの爺さん、そりゃあカイトが負けるって事か?」
「
レオポルドは促すように、闘技場の中心で斬り結ぶアレクとカイトへ感情の読めない目を向ける。
そこでは、カイトの一瞬の隙を突いたアレクが、神速の刺突を叩き込み、カイトを後退させていた。
「なんだ…何なんだ、貴様はぁ!!」
激昂するカイトの口から吐き出されたのは、トーラスや闘技場のほぼ全ての人間が抱いた疑問。
だが、相対するアレクは何も語らず、ただ決闘開始時と同じ構えをとり続ける。
まるで、道場での型稽古のように気負い無く、相手に稽古をつけるかのように。
「…良いだろう。僕にもプライドがある、出来れば使わずに勝ちたかったけどそうも言っていられないようだ」
自分はお前より強い、と誇示するかのようなアレクの姿勢に、怒りが臨界を越えてむしろ冷静になったカイトは、自重していた己の切札を切る。
「この型を使えない相手に、こうして使用するのはあまり良いことじゃ無いんだけど…君くらい強ければ
カイトは直前まで両手で構えていた“黒キ剣”から左手を離し、脱力したようにだらりと両腕を下げる。
そして、軽く両腕を開く一見すると隙だらけな構えをとる。
「我が
ついにカイトが、最後の切札の使用を解禁した。