※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

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99話 英雄激突⑨(挿絵あり)

 

ーーー征服歴1500年12月 王都カルネアス バスカード闘技場ーーー

 

 アレクに対して一向に有効な一撃を加えられないカイトは、本来なら使う予定の無かった切り札、カルネアス流剣術第七の型(フエルテ)の使用を決意する。

 

(これ、明らかに多用しちゃ駄目な奴なんだけどね…使ったことないけど覚醒剤使うとかハイになって脳内麻薬がドバドバ出るとかみたいな明らかにまともじゃない感覚になるし…でも、使わないとあのバグキャラに勝てない。何なんだよあれ、アイネが疑ってたけどやっぱりバランタイン公爵辺りが用意した替え玉だろ、多分危ない薬とかで肉体改造してるような!)

 

 だらりと剣を下ろし、一度全身の筋肉を脱力させながら、カイトは周囲から得た知識と、己の()()の知識からアレクの正体を推察する。

 

(僕のこのチートスペックな身体と渡り合えるんだ、間違いなく命を削ってる。しかも替え玉になるためにあんな酷い姿にされてるんだ、よく考えたら同情しかわかないな。だからせめて…)

 

 両腕を軽く開き、呼吸を整える。

 

 

「我がカルネアス流剣術第七の型(フエルテ)と“黒キ剣”の前に斃れる事を誉れとして死ね!!」

 

 宣言と共に、カイトは一瞬でアレクとの間合いを詰める。

 カイトは10メートル近くあった互いの距離を、僅か一歩で踏破し、踏込と共に全身の筋肉を連動させ、右腕の関節を鞭のごとくしならせて斬撃をアレクへと叩き込む。

 

「GAAAAAAA!!」

「ぐぅ…っ!」

 

 人間のものとは思えない咆哮と、先程までの斬り払ってきた斬撃とは疾さも威力も別次元の一撃に、流石にアレクも表情を険しくする。

 アレクはカイトの斬撃のベクトルを変更するために“サミダレ”を横から“黒キ剣”へ叩きつけるが、瞬時にその無意味さを悟り、叩きつけた剣を軸にして自らの立ち位置をずらす事でカイトの一撃を空振りさせる。

 

「逃ゲルナァァァ!!!」

「チッ!」

 

 だが、カイトは斬撃を振り下ろした勢いに逆らわず、身体を一回転させ今度は横薙ぎの斬撃を放つ。

 己の胴を両断せんと迫る一撃に対して、アレクは再び身体を仰け反らせ、“黒キ剣”を蹴り上げる事でその致命の一撃を回避する。そして宙返りの要領で、カイトの間合いから脱出する。

 だが、カルネアス流剣術第七の型(フエルテ)を使用し身体能力を爆発的に跳ね上げたカイトに、アレクの小手先の技は通用しない。

 

「なっ!?」

 

 カイトは蹴り上げられた反動を逆用し、剣の勢いを殺さずむしろ先の二撃を上回る威力で着地直後のアレクに、大上段の一撃を叩き込む。

 

「チィ、黒狗隊が雑兵に思えてくるな!」

 

 全力で後ろに飛び退いたアレクは、斬撃を躱しきれず切り裂かれ、顔を隠す意味を失った包帯を剥ぎ取る。

 

「っ!?」

「あぁ、お坊ちゃんには刺激が強かったか?」

 

 追撃を放とうとしたカイトは、アレクの無残に失われた貌に慄き、本能に従い後退する。

 

「…流石に、そこまで怖がられるのは傷つくんだがな」

「GAAAAAAAAA」

 

 アレクの苦笑を挑発と受け取ったカイトが、再びカルネアス流剣術第七の型(フエルテ)の猛攻を開始した。

 

 

 

 

「どうやら、勝負は決まったようですね」

 

 北側の観客席で、ヴェレン伯爵は残念そうに溜息をつく。

 

「惜しい…誠に惜しい。彼が正式に錬武館の門を叩き、私の教えの下“フエルテ”を習得していれば、勝っていたのはカイトではなく、アレクサンダー・ウォーカーだったでしょう」

「な、ヴェレン閣下!?」

 

 カイトの第一夫人であるルリシアが、夫の敵対者を評価するヴェレン伯爵を非難を込めた目で睨む。

 

「事実ですよ、ルリシア嬢。少なくとも武具の差がなければ、既にカイトは敗北しています。油断、慢心、経験不足、理由はいくらでも挙げられますが、少なくともここまでの斬り合いは全てウォーカー大尉の手の内でした」

「それは…っ」

「個々の技量に大きな差はありません。しかし戦闘の組み立て、相手の強みを封じ的確にカウンターを繋いだウォーカー大尉の方が、総合的に上です」

 

 ヴェレン伯爵の断言に、ルリシアは息を呑み、アレクの戦闘から目を離さないエリカは口元に誇らしげな笑みを浮かべる。

 

「ですが、それはカイトがカルネアス流剣術第七の型(フエルテ)を使用するまでです」

 

 同じく確信をもって、ヴェレン伯爵が断言する。

 

「確かにウォーカー大尉の身体能力は目を見張ります。あの軽業師の如き身ごなし、そして基礎に忠実でありながら実戦によって最適化された剣技。凄まじき鍛錬と、命を削る戦闘の精華と言えるでしょう。ですが、それはどこまでゆこうとヒトとしての限界は越えない」

 

 事実、アレクは徐々に追い詰められている。

 闘技場の中心で先程まで届かなかったカイトの刃が、アレクの軍服や肌を切り裂いてゆく。

 どれほど高い技量を持っていようと、圧倒的な身体能力の差が覆せないことを、その様が如実に現していた。

 

 

 闘技場は歓声で包まれる。

 ついにカイト(我らが英雄)が本気になったと、先程までの戦闘は茶番だったのだと、自分たちに言い聞かせるように。

 

「そんな奴とっととブッ殺せー!!」

「カイト様ー! 早くその化物を殺してー!!」

「殺せ!」「殺セ!」「コロセ!」「コロセ!」「コロセ!」

 

 古の時代、剣闘士の奴隷同士を殺し合わせ、時に猛獣と闘わせた闘技場(コロッセオ)の如く、観衆はカイトの栄光を、そしてアレク(悪役)の死を望む。

 

 もはや狂気とすら呼べるその熱狂の中で、ただ一人エリカだけは、自信と信頼に満ちた笑みを崩さない。

 

 目線をアレクから逸らすことなく、エリカはただ一言、先程のヴェレン伯爵の言葉を訂正する。

 

「閣下、残念ですが勝つのはアレクです」

「ほう、何か根拠でも?」

「そんなもの()()()()()()()。強いて言うなら、私はアレクに『勝ちなさい』と言い、アレクは頷いた。それが全てです」

 

 エリカは微笑む。

 アレク(愛する男)の勝利を確信して。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 “黒キ剣”の横薙ぎの一閃がアレクを両断せんと迫る。

 対してアレクは、迫りくる“黒キ剣”に上から“サミダレ”を叩きつけ、カイトの剣閃を下方向へ逸らす━━だけでなく、叩きつけたカタナを軸に身体を縦に一回転させ、棒高跳びの要領でカイトの斬撃を飛び越える。

 

「GYUAAAAA!!」

「人間の言葉喋れよ!」

「グァァ!?」

 

 ついでのごとく空中でカイトに蹴りを叩き込むが、これは剣を持っていないカイトの左腕に阻まれる。

 しかしそのせいでアレクを追撃出来ず、カイトはアレクを自身の間合いの外へと逃してしまう。

 

「チョコマカト!!」

「……あと2…いや3か」

 

 両目を限界まで開き、瞳孔を収縮させたカイトが咆えるが、アレクはカタナを構えなおすと、それを無視して小さく口の中で()()を数える。

 

「GRUUAA!!」

「っ…馬鹿力め!」

 

 再び襲い来るカイトの斬撃を、アレクは顔を顰めながら受け流すが、受け流しきれず軍服を切り裂かれる。

 リガール辺境伯領の最高級羊毛(ウール)で織られた防刃性の高い軍服も、流石に“黒キ剣”の相手は荷が重い。

 

「……あと2」

 

 軽業師のような身ごなしで、辛うじて致命傷を回避してはいるが、じわじわとアレクは追い詰められてゆく。

 

「……1」

 

 大上段で振り下ろされた一撃をいなし切れず、アレクは力負けして大きく後退し膝をつく。

 

 千載一遇の好機に、カイトは次で勝負を決めることを決意する。

 

(負担はデカいが、この一撃で終わらせる!!)

 

 ()()()()()()()()で動く世界の中で、1秒を数十倍に圧縮した思考速度でカイトは決断を下す。

 カルネアス流剣術第七の型(フエルテ)によって跳ね上がったカイトの身体能力は、純粋な膂力や反射神経だけでなく、思考速度すら上昇させている。そしてその加速した世界で、カイトはアレクの動きを読み切り、回避も防御も不可能な速度と威力で、己の最強の一撃を叩き込む。

 

「死ィィネェェ!!!」

 

 つま先から剣を振るう右腕までを一本の鞭のごとくしならせ、踏み込みの力を全て“黒キ剣”へと伝導させる。今この時、“黒キ剣”の終端速度は音を越え、その真の銘のごとく黒き流星としてカイトの行く手を阻む障害物を打ち砕く。

 

(勝った━━、っ!?)

 

 己の勝利を確信し、会心の笑みを浮かべるカイトは、先程より更に加速した思考世界の中である事象に気付く。

 

(そういえばこいつ、なんで一滴も汗を…それに呼吸も乱れて…っ!?)

 

 剣が振り下ろされる瞬間、瞬きすら遅く感じる世界の中でカイトは察知する。

 

(こいつ…僕の剣を目で追って…っ!!!)

 

 だが、気付いたところで最早遅い。既にカイトの技は放たれた。最早カイトは、己の人生最高の一撃に全てを賭けるのみ。

 

「URAAAAAAAAA!!!!」

 

 絶叫と共に振り下ろされる流星の如き一撃を、アレクは()()()()()()()()()時間世界で冷徹に観察する。

 

(音は要らない)

 

 闘技場の歓声を全てカットし、情報処理を視覚のみへ限定する。

 

(色もいらない)

 

 より深く、アレクは己の認知世界を研ぎ澄ます。

 色彩は失われ、モノクロの世界でアレクは振り下ろされる“黒キ剣”の微細な疵すら認識する。

 

()()()()、“黒キ剣”へ十分な損傷を与えた)

 

 もしも、“黒キ剣”の管理者たるトーラスが聞いていれば己の耳とアレクの正気を疑う台詞を心の中に留め、アレクは自らの身体の後ろへ隠すようにカタナを構える。

 

(まず、脚)

 

 己の間合いへと驚異的な速度で飛び込んでくるカイトを迎え撃つように、アレクもまた踏み込む。

 硬く固められた闘技場の地面に、深い足型が残る程に。

 

(次は、腰)

 

 足の骨が砕け散る程の踏込の衝撃を、足関節の靭帯と筋肉で吸収し、順番に腿から腰へと伝えてゆく。

 

(背中、そして肩)

 

 一瞬でも気を抜き対応を過てば、骨が砕け筋肉がズタズタに千切れとぶ膨大なエネルギーを、アレクは加速した思考世界で完璧に御し切る。

 

(肘…手首、そして“サミダレ”へ!!)

 

 過つことなく両腕に伝導されたエネルギーに、最後に()()を加えて、アレクは“サミダレ”を大地より天空へ斬り上げる。

 

 狙うはカイトの首━━━ではない。

 アレクが狙うは連合王国の武の象徴、もはや神話の一部と化しながら現代へ蘇ろうとする“黒キ剣”(過去の遺物)。都合38度、表裏両面同一箇所へと斬撃と刺突、そして蹴りを叩き込んだその弱点へ、虚空(ソラ)にすら届きうる至高の一太刀を叩き込む。

 

「うおぉらあああぁぁ!!!」

「URAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

 二人の英雄、二振りの名剣、黒と白の一閃が交錯する。

 

 

 

 

 

 

   キィィィィン

 

 

 

 

 金属と金属が正面から激突した音とは思えない、澄んだ音が闘技場に響き、アレクとカイトの立ち位置が入れ替わり、アレクはカタナを振り上げ、カイトは振り下ろした体勢で残心をとる。

 

 アレクの振り上げた“サミダレ”は、ボロボロに刃こぼれしながらも原型を保ち、その怜悧な美しさを保つ。対してカイトの振り下ろした“黒キ剣”は━━━

 

「バカな……」

 

 その刀身を半ばで斬り飛ばされた“黒キ剣”を呆然と見つめ、カイトが膝をつく。

 

 

 そのカイトの少し先に、斬り飛ばされた宙を舞った漆黒の刀身が、墓標の如く硬い地面へと突き刺さった。

 

 




テンションが上がって2話分の予定だったバトルを1話で終わらせてしまった…

これにて『英雄激突』は決着ですが、アレクとカイトの決闘はもう少しだけ続きます。
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