ーーー征服歴1500年12月 王都カルネアス バスカード闘技場ーーー
残心を解いたアレクは即座に向き直り、カタナを構え直す。
“黒キ剣”は両断したが、カイト程の実力者であれば刀身が半分になった剣であっても油断は出来ないと警戒していたためだ。
だが、アレクの予想は外れる。
「…?」
向き直ったアレクは警戒しながら首を傾げる。
何故なら、カイトは膝をつき刀身が半分になった“黒キ剣”を呆然と見つめながら固まっていたからだ。
「……」
アレクは迷う。
これが戦場であれば、後ろからでも迷わず首を刈っている。誘いの可能性も捨てきれ無いが、両膝をつきこちらに目を向けていない状態で後ろからの攻撃に対応するのはかなりリスクが高い。例えカウンター狙いであっても注意さえ怠らなければ問題ない。
だが、これは曲がりなりにも国王すら観戦するこの国で最も神聖視される決闘である。その決着を後から斬りつけて終わるのはどうなのか…。
戦場で常に気を張っている状態であれば兎も角、命を削る決闘とはいえ一応は自分の優勢が確定し、しかも根源的な性根は一般人かつ官僚的な思考回路のアレクは、僅かな時間ではあるが決断を躊躇してしまった。
(
アレクは決闘前に、一応は自分の上司に当たるカレウスに念を押されていた事を思い出す。
「……降伏の宣言が無いな」
とはいえ、そこは戦場で敵味方から“鬼”と畏れられた軍人だけあり、一拍おいて決断を下す。
(降伏しないのなら殺そう)
アレクが動かないカイトへ一歩踏み出し━━━
「待て!!」
「……何だ?」
声を上げたのはこの決闘の審判役バーナードだった。
アレクはカイトから視線を切らないまま、歩みを止めてバーナードに問う。
「勝負はついた。カイトを殺すのはやめろ」
「この決闘の敗北条件は戦闘継続不可能と降伏のみ。降伏の宣言が無いのなら、戦闘続行を不可能にするしかない」
「既に剣が破損した。戦闘続行は━━」
「可能だろう、あの程度の破損なら人は殺せる」
戦場で折れた武器を砕けるまで使い潰したアレクにとって、刀身が半分になった長剣など壊れた内に入らない。
「どけ、審判役が決闘を汚すな」
「駄目だ、私の管理する決闘でこれ以上、不必要な血は流させん!」
アレクとカイトの間に割って入ったバーナードが、腰の剣に手をかけながらアレクと睨み合う。
アレクに殺気を向けられてなお、バーナードは剣を抜かず睨み返す。二人の間に見えない火花が散り、緊張が高まっていく。
「……チッ、だったらさっさと降伏を宣言させろ」
「ああ」
先に折れたのはアレクだった。バーナードの事は殺したい程に嫌ってはいるが、彼の甥を斬り捨てた事はアレクの中で負い目になっている。バーナードがここまで頑なに自分を止めたのもそれが理由だと理解はしているので、仕方なく妥協したのだ。
バーナードはカイトへと向き直り、未だに膝をついて呆然としたままのカイトの肩を叩く。
「カイト・ジャッカード、早く降伏を宣言しろ。この決闘、お前の━━━」
『うるさい黙れ!!!』
「ぐぁ!?」
複数国の言語を解するアレクも
「ブフッ…、大丈夫か?」
「っ、問題ない」
ざまあみろと思いながら噴き出すのを堪えるアレクを一睨みし、バーナードがカイトの説得を試みる。
「カイト・ジャッカード、この決闘の審判役として改めて伝えるぞ。客観的に見てこの決闘は貴様の敗北だ。見苦しく暴れず降伏を宣言しろ」
「……敗北、僕の敗北だと?」
「そうだ。刀身を斬り飛ばされてなお戦うと今更言おうが、お前は私が声をかけるまで立ち上がらなかった。悪いが、お前の命を守るために私が止めなければ殺されていたぞ?」
バーナードはチラリと、未だにカタナを下ろさないアレクを見る。
そして心配するような、そして少しだけ呆れたような目で、優秀だがまだ若い弟弟子を諭す。
「残念だが、結果は結果だ。受け容れろ」
対してカイトは虚ろな目で俯き、バーナードやアレクの
『有り得ない…有り得ない有り得ない有り得ない…僕が、僕が負けるはずがない…違う、負けたんじゃない…何か卑怯な手を使ったんだ…僕に嫉妬してる奴等か卑怯な手を…』
「…? 一体何を言っているんだ?」
何を言っているのか理解できないバーナードが首を傾げ、アレクもまた自分の知識に無い不可思議な言語を訝しむ。
『そうだ…そういう事か…仕組まれてた、仕組まれてたんだ…全部全部全部、僕に嫉妬した奴等が卑怯な手段で僕を貶めようとしてるんだ…きっとこの重いくせに役に立たない剣も…いや、きっとあのすごい切れ味の刀か…あれはきっとチートアイテムだ…だから…』
ユラリと顔を上げたカイトは、血走った目でアレクを睨む。
「そのカタナだな…?」
「何…?」
バーナード越しに自分を睨むカイトに、先程までの斬り合いとは別種の異様な気配を感じたアレクは、警戒して後退る。
それがカイトには、疚しいことを指摘された反応のように思われた。
「やっぱりか…そのカタナに何か細工があるんだろう!?」
「……はぁ?」
「よこせ、そのカタナをよこせぇ!!!」
唾を飛ばして意味不明な事を叫びだしたカイトに、根が常識人(だと本人は思っている)アレクは変な虫を踏んでしまったような気持ちになり、じわりと後退る。
「何を言ってるんだ…?」
「お前が僕の攻撃を躱せたのも、僕のこの剣を斬れたのもそのカタナのお陰だろうが、そんなズル許されるものか!!」
「いや、確かにこのカタナは名刀だがカタナの質で勝ったと思われるのは…そもそも刀剣としての格はそちらが遥かに上━━」
「こんな
「……おいおい」
手に握っていた“黒キ剣”を地面に叩きつけ、狂ったように頭を掻き毟るカイトに、アレクは異様なものを感じながら確認の為にバーナードを見る。
「斬っていいか?」
「駄目だ、大人しくしていろ。私が説得する」
この時点で、アレクもバーナードも決闘は終わったと考えていた。
カイトの異様な行動も、優秀で失敗の経験の少ない貴族子弟が大きな失態を犯した時によくある自己防衛反応だろうと、アレク達は自分達の経験を元に判断していた。
アレクはそうやって後ろから斬りつけて来た愚者を斬り殺し、バーナードは甥を失ったという苦い経験から。
「大丈夫か? この手の奴は殴ってでも大人しくさせないと取り返しがつかなくなるぞ?」
「分かっている、武器も捨てたし最悪はそうする」
だからこそアレクはカタナを下げ、対応をバーナードに任せた。流石に、錯乱気味とはいえ今度は七大貴族の子弟を斬り殺すのは不味いと自覚したからだ。
そしてアレクとバーナードだけでなく、貴賓席に座る国王と七大貴族や、北側の席に座るエリカとヴェレン伯爵、他にも実戦経験豊富な軍人貴族達もまた、決闘に決着はついたと、新たな“カナンの騎士”は決定したと考えていた。
だが、そんな
「なんだよコソコソと!? 卑怯者の分際で、とっととそのカタナよこせぇ!!」
「…なあジルベルト准将閣下殿、一応このカタナ借り物だし、貸してくださった方が激怒しそうだからそろそろ黙らせてほしいんだが?」
「…ああ」
バーナードが妄言を垂れ流すカイトを黙らせようと近づき━━
「そうですわ!! アレクサンダー・ウォーカーを名乗る男は不正を働いています!! 審判、早くその男を失格になさい!!」
「「………はぁ?」」
記念すべき第100話がこれで良かったのか、作者も心底悩んでおります…