アコライト観たんですが予想以上に素晴らしい出来で感動してます。
ああいう殺陣をうまく文章で表現できるよう精進したいですね!!
ーーー征服歴1500年12月 王都カルネアス バスカード闘技場ーーー
“黒キ剣”がその刀身を半ばから斬り飛ばされ、その担い手たるカイトは膝をつく。
身体に傷は無い。その軍服も綺羅びやかな鎧も、汚れ一つ無い。
対して、カイトの決闘相手は卸したてだった軍服が切り裂かれ、その下の傷だらけの皮膚に新たな傷が増え、醜く喪われた無残な顔を隠す包帯も失われた。
だが、決闘の勝敗は明らかだ。
カイト・ジャッカードは膝をつき、アレクサンダー・ウォーカーは残心を解くとすぐさまカタナを構えなおす。
聡い者達は、その結果を受け入れ新たな“英雄”へ称賛を、そして敗れた“英雄”へ同情の視線を送る。
だが、その結果を受け入れられない者もまた、この闘技場には数多存在した。
「あり得ない…あり得ませんわ…あの化物がカイトに勝利するなど……こんな事、
そうやって現実を受け入れないのは彼女の周囲の者達も同じだった。彼ら彼女らはカイトの栄光を支持し、その栄光の一端に自分達が携わっている事を誇りとしてきた。
だからこそ、その栄光が陰ることなど許されはしない。
「やっぱりか…そのカタナに何か細工があるんだろう!?」
バーナードを殴り飛ばし、目を血走らせて叫ぶカイトの姿に、聡い者達が眉をひそめる中、アイネ達は安堵する。
『そうか、やっぱりカイトは
『あの
『カイトが、我らが英雄が負けるはずなど無い…
『不正は、正されなければならない』
会場の一端で、
「姫様、どうか姫様のお力で…!」
「そうです姫様、
そして、彼らの中で最も影響力を持つアイネへ、彼女の近辺に潜む敵国の密偵や、
そうして煽られた民衆達が、高貴な姫君へと自分達の望みを託す。
「「「姫様!!!」」」
カイトを、そして自分を縋る者達の声に応えて、アイネは決断を下す。
「そうですわ!! アレクサンダー・ウォーカーを名乗る男は不正を働いています!! 審判、早くその男を失格になさい!!」
高貴な少女の甲高い声が、闘技場に響き渡った。
カイトの勝利を信じる観衆達も、貴賓席でカイトの敗北を哀れんでいた貴族達も、そして決闘を行っていた当事者達ですら、今この時のみは、南側の観客席から降り立ち、観衆へ向けて演説を行う金髪の美姫に注目する。
「考えてもみなさい。カイトが振るったのは“黒キ剣”、この国最強の宝剣なのです。その剣があんな貧相な剣に
「それでは何故こんな事が起こったのか!? それはあの顔無しの化物が卑怯にも“黒キ剣”に細工をし、卑劣な手段を以て我が国の国宝を破壊したのです」
自家で管理している国宝にケチをつけられた赤錆色の髪の侯爵が額に青筋を立てるが、
「我らが英雄カイトはその事にいち早く気付き、不正の証拠としてその化物の持つ剣の提出を求めたのです!!」
決闘の当事者である疵顔の男は、王女の支離滅裂な理屈に首を捻る。流石に無理がないかと。
だが、王女の声に民衆は応えた。
「そうだ…そいつは卑怯な手を使ったんだ」
「そいつを裁け!」
「決闘を穢した者へ裁きを!!」
「殺せ!!」「首を刎ねろ!!!」「八つ裂きにしろ!!!」
彼らは信じていた、カイト・ジャッカードの栄光を。
彼らは信じたく無かった、カイトの栄光が翳る事を。
だから彼らは
「…何なんだ、これは」
北側の観客席で、カイトの第一夫人ルリシアは理解の埒外に飛躍した状況に、驚愕と困惑で呆然とする。
愛する夫が敗北するのは、まだいい。いかにカイトが天賦の才を持っていたとしても、無敵ではない。
カイトがその敗北を受け入れられず、錯乱することも理解は出来る。昔から、何でも出来すぎるくらい出来たからこそ、出来ない物があると異常な程に怒りを爆発させる事を、幼い頃から側にいた彼女だけは知っていた。歳を重ね、実力も頭脳も磨き上げられる頃にはそういった事は無くなっていった事も。
だが、本来ならカイトの一時的な醜聞で済むはずだった状況は、カイトを盲信する
「ヴェ、ヴェレン閣下、これは一体どうすれば…」
「……さて、審判役の我が愚弟子の手腕に期待すべきか、それともより上に裁定を任せるべきか」
ヴェレン伯爵は冷めた目で、見事な実力を示した英雄を罵倒する民衆達を眺める。
「ですが、ある意味でこれこそが、民の望む未来なのかもしれません…っ!?」
暗に、“民衆の支持を受けているのはカイトだ”と仄めかしたヴェレン伯爵は、怖気が走るほどの殺気に咄嗟に身構える。
「っ…エリカ嬢…」
「エリカ…!?」
ヴェレン伯爵、そして同じく殺気に身構えたルリシアが振り向いた先には、能面の様な無表情で
エリカは何も語らない。何も、何かを語ってしまえば抑え込んでいる激情が溢れ出す事を理解しているが故に。
練達の武人たるヴェレン伯爵や、エリカの侍従たるエバンスですら今のエリカからは距離を取らざるをえない。凍てつく様な彼女の殺気に、彼らですら耐えられないのだから。
「…なあジルベルト閣下、斬って「駄目だ」…最後まで言わせてくれ」
罵倒の嵐に晒されながら、アレクは物騒な事を口走るが、言い切る前にバーナードに阻止される。
「これは私の落ち度だ。私が対処する」
「……ではお任せします、閣下」
欠片も期待していない目で、アレクは審判役に役目を譲る。
カタナの切先を下げ、アレクは可能な限りカイトから距離をとり、罵倒の嵐の中で皮肉げに唇を歪めた。
闘技場の中心に立ったバーナードが、一息呼吸を整える。
見据えるは、360度全てを埋める狂奔した観衆達。
「静まれ!!!」
万を越える観衆達の怒号を圧する一喝に、闘技場が静寂に包まれる。
「この決闘は畏れ多くも国王陛下の名の下に行われる最も神聖かつ公正な戦いである」
厳かに、押し殺すような殺気すら込めてバーナードは民衆へ向けて決闘の公正さを語る。
「この決闘の不正を疑うことは即ち、王家および七大貴族を疑う事てある。その覚悟の無いものは、即刻その恥ずべき愚行を止めよ!!」
堂々たるバーナードの宣告に、先程までの狂奔が嘘のように観衆達は押し黙る。元々、カイトの敗北を認めたくないという幼稚な我儘に煽られた熱狂であり、一度冷水を叩きつけられれば容易に鎮火する。
油を注ぎ、火種を追加投下する愚か者がいなければ。
「貴方も…貴方も共犯なのではないですか? ジルベルト卿?」
「そうだ、バーナードさん…アンタも、お前も俺に嫉妬してるんだろぉ!!?」
自分の見たい現実しか見えない者達は、自分達の咄嗟についた嘘に縋り、そしてそれを否定する者達すら敵と認識する。
そしてそれは、半ばわざと煽られている民衆達もまた━━
「そうだ、王族のアイネ殿下がこう言っているんだ、その審判も共犯だ!!」
「あいつも殺せ!! 俺達の英雄を卑劣な陰謀から守れ!!」
「吊るせ!! あいつも処刑してしまえ!!」
一度バーナードに威圧された民衆達は、その恐怖を振り払うかのように、そして責任を全て
それはまるで、西の大陸で行われる凄惨な異端審問の如く。
観衆達がアレクへ、そしてバーナードへ罵倒と共にゴミや石を投げ込む。
殆どはそもそも届かないが、一部の徴兵経験のある男達の石は、アレク達へ届く。
「っと、大丈夫ですか? ジルベルト閣下」
「ぐっ、問題ない」
武器を抜き、元々警戒していたアレクは兎も角、まさか観衆が逆に勢いづくとは想定していなかったバーナードは、剣を構える事も出来ず投石に襲われ、アレクがそんなバーナードを庇う。
「……済まなかった」
「ま、仕方ないでしょう。むしろ貴方の献身に敬意を」
自分を見捨てて嗤っていてもおかしくないアレクに庇われたバーナードは、曲がりなりにも自分に敬意を払うアレクに面食らう。
たが、謝罪以上は何も言わず、剣を抜いてアレクと共に投石を叩き落とした。
「まあそれはともかく、この状況はどうやれば収拾できますか?」
「……恥ずべきことだが、アイネ殿下より上の立場の方に縋るより他ない」
「成る程」
投石が途切れ、アレクとバーナードが一息つくと、荘厳な音楽と共に漸く期待できる仲裁者が現れた。