ーーー征服歴1500年12月 王都カルネアス バスカード闘技場ーーー
カイトは右手に握るカタナの、よく手に馴染む感触に歓喜の笑みを浮かべる。
(そうだよ、
日本刀でアレクを細切れにする未来を想像しほくそ笑みながら、カイトは呼吸を整える。
(たが油断はするな。奴はさっき僕の剣を目で追っていた、つまりこのカタナを僕の振るう剣に合わせられる程度の技量と動体視力があるんだ)
より深く、カイトはスローモーションで動く世界で感覚を研ぎ澄ます。
(
既に数十倍まで加速されていた体感時間を更に研ぎ澄ます。
瞬きですら遅く感じる極限の集中、アレクの僅かな筋肉の動きすら、今のカイトには手に取るように視える。
(今度は油断などしない。必殺必中の一撃で、
カイトが一歩、踏み込む。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
観客席からは━━否、審判であるバーナードですら、その姿を見失う。
それは、ヒトの限界を越えながら、ヒトが連綿と紡ぎし技巧の極致を以てその人外の身体能力を操るカイトの神速の踏み込み。振るわれるは、達人たるバーナードですら、相対すれば何をされたか気付かぬまま絶命する必殺の一太刀。
(
アレクの身体を斜めに両断する軌道で、音すら置き去りにする速度で”サミダレ“が振るわれ━━━
”ガキンッ“
「ナッ…!?」
カイトの加速した視界の中で、コマ送りのような動きでアレクの構える”黒キ剣“が移動し、”サミダレ“を受け止める。
刀身が半ばから失われた”黒キ剣“は、鋼鉄の鎧すら紙のように斬り裂くカイトの斬撃を受け止めながら、その刀身を欠ける事すらさせない。
それどころか、カイトが渾身の力で刃を押し込もうとしても、”黒キ剣“は微動だにしない。
「バカナ…」
(可怪しい、おかしい、オカシイ、あり得ない!!)
加速した思考の中で、カイトは疑念とその否定を繰り返す。
「JYUAAAAAAAAAAAA」
より深く、より研ぎ澄ませて、カイトは思考を加速しその身の限界を無理やり突破する。
一呼吸の内に二撃、三撃、そして四撃。躱すことも受けることも許さぬ同時多重連撃は、全て”黒キ剣“へ受け止められる。その動きはまるで未来を予知したように正確に、まるで型稽古のように滑らかに。
「RHYUUEEEEEEE」
カイトは縦横無尽にアレクの周囲を駆ける。カイトが幾人にも分身したかの如きその歩法と共に、アレクの全身を切り刻まんと“サミダレ”が振るわれる。
今のカイトが繰り出しうる最高にして最強の連続攻撃、刀身が半分になった剣で防御するなど、ましてや避けることなど到底叶うはずも無い。
敵が、
「RHYUUAA…RAAA…HAA…BAAKAANAA」
この闘技場に訪れた誰もが、“錬武館”
それどころか、アレクは決闘開始位置から一歩も、後退していない。
対してカイトは、一度はアレクの間合いに踏み込みながらも、斬撃を全て受け止められそれ以上前に進むことが出来ない。
「GU…UU…ARIENAI!!」
カイトは一度、大きく飛び退き距離をとる。
『あり得ないあり得ないあり得ないアリエナイアリエナイ!!!』
魂に刻まれた言語で叫び、カイトは頭を掻き毟る。
『僕は選ばれた人間だ!! 恵まれた家柄、天賦の才、完璧な容姿、そして前世の知識!! なのに、なのになのになのにぃ!!』
皮膚を破るほど搔きむしり、溢れた血で自慢の美顔を汚しながら、カイトが誰も知らない言語で叫ぶ。
『殺す、殺す殺す殺すコロス!!』
カイトはだらりと、脱力したように剣を下げる。
『僕の…俺の…邪魔をするなァァァ!!!』
「KYOAAAAAAAAAAA!!!!」
カイトは踏み込みながら、カタナを担ぐように振り上げ、全身の筋肉を連動させ螺旋の回転を生み出す。
「KLIELOOOOOO!!!!!!」
城壁すら粉砕する人外の爆砕斬撃、武器を犠牲に防御も回避も許さず敵を破斬する究極の一撃が、アレクを“黒キ剣”ごと両断し━━━
”バキンッ“
「アアァ…ぇ?」
カイトの叫声にかき消されてしまいそうな軽い、
「ゥ…アエ?」
既に折れかけたボロボロで、そこから更にカイトに酷使された“サミダレ”は、横から“黒キ剣”を叩きつけられあっさりとへし折れる。
「ミランダ様に土下座しないと…いやそれでも許してもらえるか…?」
「あ…ああぁぁぁ!?」
砲弾のような勢いで突進したカイトは、アレクによって僅かにその突撃の機動を逸らされただけであっさりとその移動のベクトルをずらされる。
そして軽く踏み足に足払いを喰らい、カイトは地面に転がる。
全ての集中力を斬撃に傾けていたカイトは、受け身も取ることができず不様に地面に転がる。
「っづうぅ…クソがぁっ!?」
カイトは普段の彼ならば絶対に吐かない暴言と共に立ち上がろうとし、その鼻先に“黒キ剣”の斬り飛ばされ平面になった刀身が突きつけられる。
「ヒッ…ぅ!?」
突きつけられた
「うぇあぁぁ」
思い出すのは前世の最後の記憶。今の今まで記憶の奥底に封じ込められていた、トラックに撥ねられて即死する瞬間の、引き伸ばされた絶望の記憶。
「や、やめろ…来るなっ!!」
地面に尻をついたまま後退り、それに合わせて近づくアレクを押し留めようと、右手に握ったままだった折れた“サミダレ”を投げつけるが、アレクがあっさりと左手でキャッチする。
「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!! やめてくれ、殺さないで!!!」
両手に折れた剣を携え、アレクはうんざりしたような目でカイトを見下ろす。
「はぁ…降伏しろ」
「やめ…っえ?」
降伏を勧告するアレクに、カイトは恐怖と安心で呆けた顔で放心する。
「降伏しろ」
「あ、えあ…が!?」
まともに話せる状態ではないカイトの額に、アレクは剣の柄尻を叩き込み、その意識を刈り取った。
「………俺、あそこまで怖がられる位に怖い顔してたか?」
少しだけ傷ついた顔で、アレクは構えを解いた。
征服歴1500年12月 第17回
勝者 アレクサンダー・ウォーカー