ーーー征服歴1500年11月 王都カルネアス ミスト侯爵家別邸ーーー
バスカード闘技場にて7代目”カナンの騎士“襲名を行ったアレクは、その後王宮に招かれ、『円卓の間』において国王ロジアス以下、七大貴族の当主達と会談を行った。
”カナンの騎士“の有する特権と義務、ついでに今後の戦争でのアレクの立ち回りについて等々、余人には聞かせられない話題の数々に、流石のアレクもやや疲弊気味であった。
王家の手配した馬車で、アレクは逗留先のミスト侯爵家別邸に向かっている。
同乗者はいない。
家主であるミランダは、
アレクには慈母のような笑顔で彼の健闘を讃え、今日はゆっくり休むよう伝えたミランダだが、彼女の後ろには顔面蒼白で冷や汗を流す
ミランダの気遣いに感謝しつつも、本能的に身の危険を感じたアレクは、逃走しようとする他の七大貴族の当主達や国王と共に
アレクの乗る場所が、大貴族達の屋敷の立ち並ぶ郊外の高級住宅街、その一角にある屋敷へとたどり着く。
馬車の外は薄雪が舞い肌寒い。
寒さにも暑さにも強いアレクだが、そんな彼でも若干辟易しそうな寒さだった。
「……これだけ寒いんだ、中で待ってて良かったんじゃないか?」
「いいのよ、私がこうしたかっただけだもの」
禍々しい龍を模した仮面で顔を隠し、白い吐息を吐きながら馬車を降りたアレクは、扉の前に佇む氷の女神の如き美女の姿に苦笑する。
氷の女神、ではなくエリカは感情を押し殺した、一見不機嫌そうにも見える表情で、ぶっきらぼうにアレクの問に答える。
実際、冷涼な高原を本拠地とするリガール辺境伯領出身のエリカは寒さに強く、防寒着も着ているのでこの程度の寒さは苦にならない。
そんなエリカが、ゆっくりと馬車を降りたアレクへと歩み寄る。
「エリカ…っと!?」
ムスッとした顔でアレクの傍まで近づいたエリカは、アレクの胸に顔を埋めるように抱きついた。
いきなりの奇行にアレクは面食らう。ついでに結構な強さで抱きしめられているので地味に痛い。
「あー…エリカ? 痛いんだが…?」
「グズッ…良かった…貴方が無事で…ヒグッ、よかったぁ…っ」
困惑するアレクの耳に、子供のように泣きじゃくるエリカの声が届く。
「なんだよ、俺が勝つと信じてくれてたんじゃないのか?」
少しだけ拗ねるように、アレクはエリカの頭を優しく撫でる。
「信じてたわよ…っ、でも、心配くらいさせなさいよぉ」
「お前な…」
闘技場で自分に発破をかけた威風堂々とした姿とかけ離れたエリカの様子に、アレクは少しだけ呆れ、そして不思議と心が満たされる不思議な感覚に戸惑う。
「皆誰も…っ、
「……相手が相手だ。仕方ないだろ」
「それでもよ…グスッ」
決闘では、終始カイトを翻弄していたアレクだが、実際はギリギリの綱渡りだった。
一手でも対応を誤れば即死する死地で、
誰も本心では、自分の勝利など望んではいなかった。カイトを邪魔だと思っている者達ですら、決闘でアレクがカイトに重症を負わせてどちらも”カナンの騎士“にならなければ良いと考えていた。
勝つための手立てを組み立て、準備も整えはしたが、決闘の場でエリカの声援を受けるまで、アレクは半ば諦めていた。
この場で勝利を得たところで意味など無い。この先もただ、勝利と死を望まれるだけの未来ならば…、そして何よりも、そんな自分の命運に大切な人を巻き込みたく無くて…。
己への敵意と悪意に満ちた闘技場で折れかけていたアレクの心に、エリカの声は確かな勇気を与えた。
たった一人で、打算無く自分の勝利を信じてくれるエリカの声に、その美しく気高い姿に、アレクは救われた。
アレクは自分の胸の中で泣きじゃくるエリカを優しく抱きしめる。
「ありがとうエリカ。お前のお陰で、俺はまた生き残れた…お前が信じてくれたから、俺はアイツに勝つことができたんだ」
「アレクぅ…私は、貴方が無事ならそれで良いの。こうしてちゃんと、帰ってきてくれるならそれで…っ」
「ああ…そうか、そうか…」
「そうよ…」
いつしか、仮面で隠されたアレクの頬にも涙が伝う。
「そら、もういい加減泣き止め」
「何よ…貴方だって、泣いてるじゃない…っ」
「ああ、ハハ…なんでだろうな…っ、涙なんて、もう、枯れたと…っ、思ってたのにな」
アレクもエリカも、気がつけば涙を流しながら笑っていた。
生まれたての子供が、この世界に生まれたことを喜び泣くように。互いの温もりを求め合うように。
戦争で全てを失い、ただ強いだけの化物と成り果てた少年は、その数奇な運命の果に安息を得た。
四年ぶりに流す涙は、彼がもう化物でない証。
鬼と呼ばれた男は、彼を愛する者がいる限り最早、その心を損なう事は無い。
「お熱いのは良いけどぉ、風邪ひいちゃだめよぉ?」
「「ミランダ
家主の帰還で、二人の涙は漸く止まることとなる。
何度読んでもやはりHELLSINGは名作ですね