時系列は104話と105話の間
長く成りそうなので分割します
ーーー征服歴1500年12月 王都カルネアス 王宮 円卓の間ーーー
他国と比べるとこじんまりした連合王国の王宮は、連合王国を敵視する国々(主に獣国)からは嘲弄の対象となる事が多い。
元々、内乱で荒廃した王都を再建した当時の国王が、無駄に大きな王宮を建てて余計な維持コストと国民の不満を募らせる位ならいっそのこと小さく作ってしまえ、という半ばヤケクソな心境で建てた王宮なので、歴代の国王も威厳の無さは自覚している。
ただ、国を治める人間からすれば、豪華な王宮から
とはいえ、外側はともかく、中身は大国に相応しい最高級品が揃えられている。謁見の間や夜会の行われる大ホールは当然のこと、王族が私的に使う部屋など、公にならない部分は品質は最高級の物が揃っている。ただし、歴代国王の意向もあり、外観は質素で品の良い物が多い。
例えば今アレクの前に給仕される紅茶を淹れる茶器も、美しい白磁だが彩色はシンプルで、磁器の本場である東方の帝国のような派手な色彩はしていない。
名前の通り、綺麗に磨かれた円卓の設えられた『円卓の間』で、アレクは品の良い茶器の図柄と、芳しい紅茶の香りを楽しみながら、非常にしょうもない…そして重要な問題に直面し仮面の下で渋面を作る。
(仮面をつけたままでは、何も飲めないし食べられないのでは…?)
口元まで完全に顔を隠す禍々しい龍の仮面は、戦傷により喪われた己の貌を隠してくれている。わざわざ包帯で隠さなくてもよくなったのは有り難いと思うのだが、仮面をつけたままでは食事は出来ないし煙草も吸えないとなると、結構大変なのでは無いだろうか?
公の場でこの仮面の着用を義務付けられるとなると、下手をすると人前で食事ができないという拷問を常に受けるということになるのではないか…等など、アレクは目の前の紅茶を眺めながら悩み━━
「ウォーカー大尉、ちょっとその仮面のここを押してみなさぁい?」
「ミランダ様?」
隣に座るミランダが、自らの形の良い左頬をトントンと叩く。
アレクがミランダの言葉に従い仮面の左頬の部分に触れると、装飾に紛れたボタンがカチリと押し込まれ━━
「うわ!?」
「フフ、そう言えば教えてなかったわぁ。びっくりさせちゃってごめんなさぁい?」
カシャンという音と共に、アレクの装着した仮面の口元が開き、アレクの口から驚き声が漏れる。
「初代様の時代からある機構なのじゃが、そう言えばあんまり知られておらんのぉ?」
「まー表立って言いふらす機能じゃねぇしな」
レオポルドとヴォルスが、驚くアレクに苦笑しながら紅茶を飲む。
「そもそも先代様がなくなったのも40年以上前だものぉ。知ってる方が珍しいわよぉ?」
「ありがとうございますミランダ様。あ、美味しい」
優しく笑うミランダに感謝しつつ、アレクもまた紅茶を飲む。
王宮に雇われているだけあり、メイド達のレベルも高く、アレクが人生で飲んだ紅茶で2番目に美味だった。不動の1位がレナの淹れた紅茶なので実質人生で最も美味な紅茶だったと言えるだろう。
アレクや他の七大貴族の当主たちにお代わりを注いだ後、メイド達は退出する。
「さて、皆一息ついたところで、臨時円卓会議を始めよう」
アレクの対面に座る国王ロジアスが、同じく席につく
ロジアスの対面に七代目”カナンの騎士“アレクサンダー・ウォーカー、左右には第一王子アリウスと王国宰相コウヤ・ラーズ、そして
連合王国創成期、王家に対抗できる程の軍事力と経済基盤を有した
既に滅んだ
そして、新たな”カナンの騎士“襲名により、この会議は真の姿を取り戻す事となる。
円卓に集う者達の注目を集めたロジアスは、一つ頷くと厳かな顔を新たな”カナンの騎士“へと向ける。
「とはいえ、会議を始める前に余はウォーカー卿に謝罪せねばならぬ」
ロジアスが立ち上がり、アレクに対して頭を下げる。
「アレクサンダー・ウォーカー殿、この度は我が愚娘が貴殿の名誉を毀損してしまったことを父親として謝罪する。誠に、申し訳ない」
本来なら、例え自分に非があったとしても国王が頭を下げることなど
にも関わらずこの場でロジアスが頭を下げ、それをこの場の誰も異を唱えないのは、この『円卓の間』に集う者達は
事前に、この『円卓の間』についてミランダ達に説明されていたアレクもまた仮面の下の表情を動かすことなく、淡々とロジアスの謝罪を受け取る。
「頭をお上げください、陛下」
アレクが平坦な声でロジアスに促す。
「陛下のなさった事が
「……流石、あのカレウスが拾ってきただけのことはある。物事の裏まできちんと読んでおるし、考え方も似ているようだな」
「心外です」
「褒めておるぞ?」
「心外です」
「いやどんだけ嫌なんだよ!?」
ロジアスの賛辞(?)を頑なに拒絶するアレクにヴォルスがツッコミを入れる。
「蕁麻疹が出るくらい嫌です」
「…苦労したようだのう」
アレクの来歴を詳細に報告されているロジアスは同情的な目で溜息をつき、席に座って温くなった紅茶で喉を潤す。その手は微かに震えていた。
龍の逆鱗に触れ殺される危機を乗り越えたロジアスは、恐怖を表情に出す事なく、次の質問をアレクへ投げかける。
「さて、ウォーカー卿、
「いりませんよ、ジャッカード少佐の首なんて。そもそも、グランツ閣下を通して私に『
「な…どういう事ですか陛下!?」
何気ないアレクの言葉に、ロジアスではなくカイト・ジャッカードの父であるガスタル・ジャッカードが目を剥きロジアスを問い詰める。
「どうもこうもあるまい。前の会議でも言ったであろう、バスカード闘技場にて行われる決闘は
ロジアスが冷徹な目でアレクを見据える。
「此度の選定において、カイト・ジャッカードにもアレクサンダー・ウォーカーにも足らぬ物があった。ウォーカー卿よ、そなたは既に知っておったな?」
「…カイト・ジャッカードには実力が、私には
「いかにも」
平坦な声で、アレクとロジアスは答え合わせを終わらせる。
「我が息子は、初めから期待されていなかったと?」
「いいや、むしろ余は期待しておった。”黒キ剣“を使いこなし、既に人外へと至った強敵を屠ることが叶えば、カイトは”カナンの騎士“の名に恥じぬ
ロジアスの言葉に、ガスタルではなく、今度はカイトの親友であり”黒キ剣“の管理者たるドーラス・マーグレムが反応する。
「待ってくれ陛下…まさか俺の提案に陛下が反対しなかったのは」
「カイトを認めたのではなく、試すためじゃよ。かの魔剣を使いこなし、力に驕る事が無いか見極めるためにの。まあ…まさかかの魔剣を斬り飛ばす者が現れようとは思わなんだが」
最後だけは畏れを込めて、ロジアスがやれやれと首を振る。
「殺すことも、切り札も封じた相手にあしらわれた挙げ句、恥の上塗りをしおって…最後の情としてあ奴の願いは叶えた。ウォーカー卿にとっては許せぬことかもしれぬがの」
「……問題ありません」
上位者の都合で振り回され貧乏籤を引くことに慣れているアレクは、心底どうでも良さそうに頷く。
アレクにとっては、今の状況はスペイサイド州で一兵卒として戦っていた時と然程変わりは無い。ただ目的の為に必要だから、淡々と命令に従い、戦うだけの、単に包帯が仮面に変わり、口に入れるものが泥水から高級な紅茶に変化しだけ、そう考えていた。
「残念だけど、貴方にはただ状況に流されるだけなんて
「ミランダ様…?」
嫣然と、そしてその緋色の瞳の奥に優しい光を宿して、ミランダは嗤う。
「陛下は貴方の忠誠心と実力を試した、そして貴方を認めたわ。だからこそ、貴方は
「それは、どういう?」
「貴方は”カナンの騎士“、この国最強の騎士であり、あらゆる障碍をその剣で討ち滅ぼす者。
謳うように、ミランダはアレクに彼の立場を、”カナンの騎士“の特権を語る。
「貴方は貴方の判断で貴方の敵を滅ぼせる。私達はそれを咎めない。気に入らないのなら、この場に集う者達も殺しなさい。その仮面を被る者はそれが許される」
初代”カナンの騎士“ロイ・リガールは、王国のいかなる場所でも帯剣が許された。忠誠を誓う王に逆らう者達を己が剣で尽く斬り滅ぼし、かつて24あった王国の21を滅ぼし、数え切れないほどの豪族を殲滅した。そこに
初代に習い、歴代”カナンの騎士“は華々しい戦果の裏で、血腥い粛清を行った。それこそが“カナンの騎士“最大の特権たる『粛清の権能』。”カナンの騎士“は、自らが敵と認定した者を殺そうと罪に問われない。これこそが、”革新派“が喉から手が出るほど欲した”王党派“への抑止力。
「
ミランダが恭しく頭を下げる。
彼女だけでは無い。ロジアスも、彼の左右に座るアリウスとコウヤも、不敵に笑うヴォルスと無表情のレオポルドも、泰然と紅茶を味わっていたケルビム公爵も、何よりも不満そうに眉間に皺を寄せていたガスタルとドーラスも、全員がアレクへ頭を下げる。
新たな英雄に、王国の新たな剣に、敬意と畏怖を示さんが為に。