新章開幕
暫くは地味(?)な活動が続くかも
107話 栄光のカツアゲロード
ーーー征服歴1500年12月 王都カルネアス アストン男爵邸ーーー
アレクサンダー・ウォーカーが連合王国史上七人目の“カナンの騎士”を襲名した翌日、禍々しい龍の仮面で傷だらけの顔を隠したアレクは、王都に居を構える“革新派”重鎮の屋敷を訪れていた。
目が痛くなりそうなほど豪華な調度品の並ぶ応接室で、アレクは供された紅茶を一口飲む。
装飾過多なティーカップに注がれた紅茶は、意外にも香りの自己主張は少なく後味も爽やかで飲みやすかった。
「ほう…良い紅茶だ」
「は、ハハ…七代目様にお褒めいただけて光栄です…」
生きるためなら泥水でも啜るが、実は割と紅茶やコーヒーの味にうるさいアレクが思わず唸り、この屋敷の主であるアストン男爵は冷や汗を流しながら、でっぷりと肥えた顔に愛想笑いを浮かべる。
つい先日の衝撃的な決闘の混乱も収拾しておらず、派閥の長であるブラントン男爵が、娘婿であり本来なら新たな“カナンの騎士”として“革新派”の旗頭となるはずだったカイト・ジャッカードを宥めすかしていて身動きがとれないタイミングで、電撃的に自分の屋敷を訪問した
「そのぉ…ところでウォーカー卿、本日はどのようなご要件で当家にいらしたのでしょうか?」
「一応事前に用向きは伝えていた筈だが?」
アレクはちらりと、後に控える
その視線には確認という以外の何の感情も浮かんでいなかったが、その秘書官は震え上がり、つっかえながらも必死に自らに非が無いことを説明する。
「た、確かに書状はお送りしております! あ、アレクサンダー様とか、かカレウス様の連名で、アストン男爵閣下に
「とのことだが、アストン男爵。慌ただしくなってすまないが、一応先触れとして書状は届いていただろう?」
「え、ええ…承知してはおりますが、何分私めに心当たりが無いものでして」
アストン男爵は苦労して困惑した顔を作る。決して
そんな男爵の様子に気付いているのかいないのか、仮面の下に表情を隠して、アレクは肩をすくめる。
「そんなに警戒しないでくれ、アストン男爵殿。グランツ閣下はともかく、俺自身は貴殿に感謝している」
「わ、私はウォーカー卿に感謝されるような事など何も…」
「いやいや、そんな事は無い。貴殿の商会には俺の唯一の親類であるボウモア子爵が多額の融資をしてもらっただろう?」
「あ…あぁ、そうでした…わ我が商会をご利用頂いておりましたね」
「ああ、お陰でウォーカー家の王都屋敷が勝手に奪われる事が無かったからな。まあ結局は手放すことになったが、それでも家財等はちゃんと整理できた。本当に感謝しているよ」
アレクはアストン男爵へ頭を下げる。
その姿と言動は一見すると、誠実で世間擦れしていない若者のように見える。
だが、アストン男爵の冷や汗は止まらない。何よりも
「それに、
「あ、後のと言いますと…?」
「ああ、ボウモア子爵家から俺に支払いの名義を移すのをゴネずにやってくれたからな。普通ならもっとごねて利息も更に上げて良かっただろうに」
「そそ、それはグランツ閣下のくく口添えがありましたのので…」
表情も口調も変えず、
倉庫業で財を成したアストン家は、その業種の常として所謂
男爵位も、元々は没落した男爵家から借金の形に受け取ったものであり、このような事は近年の連合王国では珍しくなく、“革新派”と称される新興貴族達はそうして爵位を得た者達なのである。
そして征服歴1496年に始まった大戦は、アストン男爵を含む金貸しにとって
貴族家は大なり小なり、戦争の為の散財で財政が傾き、目先の資金を得るために暴利とわかっていても高利の金貸しから借財を重ねる。そして長引く戦争と、特に軍人貴族に偏る戦死者は中小貴族の更なる財政難と没落を引き起こした。
借金の為に爵位を手放す名ばかりの貴族達と、その爵位と特権を受け継ぎ肥え太る“革新派”に所属する商人達。その流れはこの大戦が終結した後も、滞るどころか更に加速する…何故なら彼らの後ろ盾、最強の庇護者こそが
と、つい先日までアストン男爵は考えていた。そしてその
アストン男爵は震える手でティーカップを持ち上げようとして諦める。そして引きつった笑顔の裏で歯ぎしりする。
本来なら、目の前の男はスペイサイド州の田舎でとっくの昔に野垂れ死に、宙に浮いた爵位は自分達の派閥でまだ爵位を持っていない者に与えられるはずだった。王都にある屋敷を奪い、そこの書類に世話になった商会に爵位を託す、などという書類があったことにすれば簡単だったのに、あの真面目さだけが取り柄な
しかも
一応、カレウスの言い分としてはアレクが簡単に借金を返せるなど夢にも思っておらず、言い掛かりも甚だしいのだが、ほぼ自業自得である。
「どうかしたか? アストン男爵?」
「いいいいえいえ、何でも御座いません!!」
俯いて沈黙していたアストン男爵の様子に、アレクが首を傾げるが、アストン男爵は必死に誤魔化す。
アレクは仮面に隠されていない口元に笑みを浮かべ、アストン男爵を安心させるように柔らかな言葉遣いを心掛ける。
「怯えられてるのは正直慣れているんだが、ひとまず安心してくれ。まあ
「た、助ける…ですか?」
困惑するアストン男爵に、アレクは自然体で朗らかに笑う。
「実はな、
「そ、それは…どういう…?」
「奇妙だと思わないか? 確かに俺は知名度も無く、出自はジャッカード少佐と比べ物にならないが…逆に言えばあそこまで民衆に嫌われる事もしていないはずだろう?」
「あ…あれは、そのおぉ…ジャッカード少佐とアイネ殿下が煽られたからでは…なないかと…」
顔面を蒼白にしたアストン男爵は必死に責任を転嫁する。
「ああ、誰の責任とかは
「……へ?」
「重要なのは、陛下が任命した
「いいいいやいやそそそんなこと有り得ません!!」
「貴殿の感想も
アレクの言葉を否定しようとするアストン男爵は、アレクの冷淡な声に、そしてコツコツと指でサーベルの柄を叩く音に震え上がる。
ついでに、後に控える秘書官も、恐怖で膝が笑っている。
「そそそそうだ、きききっと帝国の密偵が煽ったのでは!?」
アストン男爵は必死に頭を働かせ、人身御供として最も説得力のある存在を絞り出す。
「ああ、闘技場にいた連中なら
「え……?」
「はぁ…俺を囮にマヌケをあぶり出してたのさ。あの場で俺を監視していた者、民衆を煽った者、怪しいやつは徹底的に捕らえて背後関係を
実際は、捕らえられたのは殆どが末端の捨て駒ではあるが、帝国の密偵が王都で活動する手足を奪ったという意味では、作戦を指揮したカレウスの手腕は確かだった。
そして当然、捕まった連中の口から誰が帝国の密偵に協力していたかも、裏取りは必要だがある程度は判明している。
アレクは面倒臭そうに溜息をつく。
「流石に、陛下のお膝元で帝国の密偵が民を煽ったなんて公表は出来ないだろ? だから
「ヒッ…」
「陛下は早速俺に『粛清の権能』を使えと仰せだ。
アレクは脚を組み、残りの紅茶を飲み干す。
「その生贄の候補に、貴殿も挙がっている」
「お、おおお許しをぉぉお!?」
立ち上がり逃げようとしたアストン男爵は足を縺れさせ転び、護衛達がアレクを囲もうとし━━
「動くな」
「「「っっ!!?」」」
低く冷めたく、アレクが声を発する。
優雅に足を組み替え、サーベルの柄を撫でるアレクから漏れる殺気だけで、逃げようとしていたアストン男爵も、アレクに斬りかかろうとした護衛も、退避しようとしていた秘書官までもが、その場で凍りついたように動きを止める。
「座れ」
「え、う…」
「座れ」
厳冬の外気よりもなお冷たいアレクの声に、床に這いつくばっていたアストン男爵がヨロヨロと座っていたソファに戻る。
「剣を納めろ」
「わ、我々は…っ」
「今剣を抜いた事は咎めないでやる。次は殺す」
「ヒッ…」
自らの職務を全うしようとした護衛達は、アレクの一瞥に声を裏返らせ、慌てて剣を鞘に戻して壁際まで逃げる。
「はぁ…話を最後まで聞け」
溜息をついたアレクがふと後ろを振り返ると、尻もちをついて秘書官が震えていた。
「さっさと立て、
「は…はい」
アレクに顔面を破壊され、バンドで歪んだ顔を矯正中のクロト・ラドロス少尉は、本来ならその存在を
そして裏切った場合は本人も、そして家族も咎を受けることを条件に、こうしてアレクとカレウスにこき使われている。
ただし、骨の髄までアレクへの恐怖が刻み込まれているので、こうしてアレクの殺気を受けると役立たずになるのだが…。
「さて、話を戻そう。アストン男爵、貴殿と俺は多少とはいえ因縁がある。だからこそ、貴殿が俺を恐れて
「そんな…わ、私は殆ど関わっていない!! し、信じてください。あの工作はブラントン男爵が主導を…!」
「ブラントン男爵は泳がせる予定だ。だから必要なんだよ、愚か者共の頭に冷水を叩きつけるための
「い、いい嫌だ…死にたくない…まだ死にたくないっ」
「だから安心しろ。貴殿には一応恩がある。出来れば殺したく無いからと陛下にはこう提案しておいた」
白々しく、アレクはアストン男爵に語る。
「アストン男爵は単に派閥のしがらみで巻き込まれただけの被害者だ。だからこうして直接会いに行けば、快く俺の襲名を
「そ、そそそそれは…そのおお…」
「そうだろう? なにブラントン男爵や他の“革新派”の連中の事は気にするな。お前が責められるような事があれば、そいつ等が
「は、はははははいいい」
仮面に隠されていない口元が、獰猛に嗤う。
「なあアストン男爵、勿論お前は俺が”カナンの騎士“を襲名したことを、
「も、もも勿論で御座います!!」
「フム…だが、こうして口で何を言っても、俺以外は誰も信じてくれないかもなぁ?」
「ご、ご祝儀として当家から好きなだけウォーカー卿にご支援させて頂きます!! どうか、ですからどうか何卒…な何卒ご容赦を!!」
アストン男爵は慌てて執事に指示を出し、溜め込んだ金貨や、そして資産として保有していた様々な宝石や美術品を、
その後の交渉の結果、ある程度の財を残す代わりに今後もアレクに協力することを約束させられたアストン男爵は、ほんの1時間ほどの交渉でげっそりと痩けた顔で、アレクと秘書官のクロトを送り出した。
「ふむ、だいぶ阿漕な商売をしていたようだな。このご時世にこれだけの金子を用意できるとは。しかし強かだな、俺にライバルを潰させようとするとは」
「…次はビスリー準男爵ですね、アレクサンダー様とカレウス様の
アレクはアストン男爵邸を辞す前にアストン男爵に尋ねた。
『ブラントン男爵以外で、自分を貶める工作に最も関わっていたのは誰か?』と。
そしてアストン男爵は、きちんとアレクの意図を汲んで答えた。
自身と同じ派閥ではあるが、業種が被り対立関係にあるビスリー準男爵こそ、アレクを積極的に貶めようとした犯人だ、と。
そしてアレク達を乗せた馬車は
「……全て予見していたのですか?」
「俺だけでは無理だが、俺も
怯えた顔でアレクに尋ねるクロトに、アレクは何でもなさそうに答え馬車を降りる。
「さて、今日中にあと三軒も回らないといけないからな。さっさと行くぞ」
「…はい」
その後もアレクは、アストン男爵邸と同じように”革新派“の新興貴族達を脅しながら、彼らの溜め込んでいた財貨を巻き上げた。
たった3日の行脚で、実に十三の貴族家から国家の歳入の2割に及ぶ財貨を回収し、その噂を聞いた他の”革新派“やカイトを応援していた”王党派“の非主流派から献上された財貨も合わせて、一個軍団を丸一年運用してもお釣りが来る程の資金を稼いだアレクは、『円卓の間』で王やアリウス、そして他の七大貴族の当主達と祝杯を挙げた。
なお、明け方まで飲み明かしていた事がバレて王妃に全員正座させられる事になる。
この度、当小説は総合評価が1000を突破しました。
常時ランキングに載るような偉大な先達様方には遠く及びませんが、作者が最近のトレンドなどガン無視でひたすら書きたい世界を描写するだけの小説を沢山の方が評価していただけた事に、改めて感謝を。