ーーー征服歴1500年 王都カルネアス 職人街ーーー
王都カルネアスの西側外縁には、大小様々な工房が軒を連ねる職人の街が存在する。
陸軍直轄の兵器工廠もあれば、個人経営の鍛冶屋、大貴族がスポンサーになっている被服工房、東方から輸入した絹を用いた織物工房等々、大陸中からモノの集まる王都において、集めた様々な素材を製品へと昇華させる重要拠点である。
日夜喧騒の絶えないこの街に、15年程前に建てられた大工房がある。
街の一区画丸ごと白い塀で囲んだ、この職人街で最大の工房は、当時既に”神童“と呼ばれ火薬等の発明で連合王国内外に名を知られていたカイト・ジャッカードの発明品を商品化、量産化する為に、彼の婚約者(当時)達の実家が出資して建造された。
カイトの第一夫人の実家テルネシア子爵家、第三夫人の実家であり資金面での最大のスポンサーであるブラントン男爵家、そしてカイトの共同研究者としてカイトの発想を現実に落とし込んだもう一人の天才イシェラ・ミルノーの実家ミルノー子爵家。この三家が、共同して設立した技術立証研究所こそが、
「まだ足の痺れがとれん…」
「頭が痛い…」
「おぇ…水くれ水…」
TBM技研の正門前に集まった男女の中で、特に顔色の悪い(一人は仮面で隠れているが)三人が、酒臭い弱音を吐く。
「三人とも自業自得よ?」
「そうですよ殿下、お酒に強くないのに何で明け方まで飲み明かしてるんですか」
「ケッ、羨ましい」
他の面子が、そんな三人を呆れ顔で咎める。
「そうは言うがエリカ…円卓の間に酒を持ち込んだのは陛下達だぞ?」
「そうなんだよダニエル、宰相が物凄くご機嫌に大量の酒瓶を持ち込んで、それに乗っかった父上とかバランタイン公まで秘蔵の酒を持ち込んでだね」
「いやぁまさかケンビムの旦那が限定品の蒸留酒まで持ち込んでるなんて思わなくてよぉ…誘わなくて悪いとは思ってるぜカレウスの旦那」
昨晩、『円卓の間』で浴びるように高級酒を呑み尽くし、激怒した王妃に正座でお説教された
「大量のツマミ調達してたわよね?」
「自分も嬉しそうにお酒を持ち込んでましたよね?」
「お前、俺が『円卓の間』に入れてもらえないの知ってて言ってるだろ?」
「「「ごめんなさい」」」
冷え切った目で睨まれた三人は、しょんぼりと頭を垂れる。
「あの…そろそろ中に入るべきでは……?」
顔に固定具を付けたアレクの秘書官、クロト・ラドロス少尉が、恐る恐る不毛な言い争いを続けるアレク達に声を掛ける。
彼の後に控える護衛の兵士達や宰相府の官僚達も遠慮がちに頷いている。
今回のTBM技研への
「ああ、待たせてしまって済まないね。じゃあ行こうか」
そう言って颯爽と、技研の正門を潜った。
アレクが”カナンの騎士“を襲名した翌日から、連日行っていた”革新派“の貴族達への
未だ、個人の権利保証が希薄な時代ではあるが、本来なら民間の商会が設立した技研を国が強権で接収するのは流石に反発がある。
特にTBM技研は複数の貴族家がその設立に関わり、王家であっても容易には干渉出来ない立場にあった。出資者に七大貴族であるジャッカード家やマーグレム家までが名を連ね、更に理事に”カナンの騎士“の最有力候補であるカイトがいるのだから、下手に手を出せば負けるのは手を出した側なのは自明の理であり、技研の独占する技術が国家にとって生命線と成りうる事態となった現在、国家がTBM技研の手綱を握れないのは、最悪の場合クーデターに繋がる危険性すらあった。
その危険性に手をこまねいていた連合王国宰相コウヤ・ラーズにとって、”カナンの騎士“襲名におけるカイトの対立候補にアレクを推薦する事を頼まれた事は天佑だった。
護身程度しか武芸の心得が無いコウヤに、アレクの実力を測る事は出来なかったが、ミランダとヴォルスという、七大貴族の中でも武闘派な二人がその実力を信頼していること、何よりも”革新派“に暗殺対象にされる程危険視されていて、絶対に”革新派“に靡く可能性の無いアレクが”カナンの騎士“を襲名する事は、今後の連合王国の舵取りを担う者としてカイトよりも遥かに有り難い存在だった。
”カナンの騎士“の候補に比較的中立よりな国王や他の七大貴族に対して、コウヤはある意味でミランダ達以上にアレクが”カナンの騎士“を襲名する事を熱望していた。
アレクが”カナンの騎士“を襲名すれば、彼が”革新派“に借金を背負わされたり、暗殺されかけた事を梃子に、アレクが『粛清の権能』を使用する事を匂わせて”革新派“を追い詰める事が出来ると考えていたからだ。
そしてコウヤの予想以上に、アレクが有能だった事はコウヤにとって嬉しい誤算だった。たった3日で”革新派“の溜め込んだ財を搾り取り、TBM技研を乗っ取る算段までつけることが出来たのだから、吝嗇な彼が溜め込んでいた高級酒を大盤振る舞いして酔い潰れることも致し方ない事である、と国王と共に王妃に弁明したのだが、許されることなく現在正座で執務中である。
閑話休題、アレクが”カナンの騎士“に襲名する
アリウスを代表に、彼の副官であるダニエル・リガール中佐、理事であるドーラス・マーグレム侯爵、名目上TBM技研の権利書の保有者であるアレクと秘書官のクロト、そして何故かついてきたエリカを中心に、コウヤの手配した役人達が、技研の敷地へと足を踏み入れた。
「こ…これはこれはアリウス殿下、ようこそおいで下さいました」
「やあ、急に訪問する事になって済まないね、
アリウスを出迎えたのは、白衣を着て眼鏡をかけた理知的な雰囲気の男性だった。
顔に冷や汗を浮かべながら、ぎこちない笑顔でアリウスに応対するその男の名はベンテス・ミルノー子爵。TBM技研の所長であり、カイト・ジャッカードの第二夫人イシェラ・ミルノーの父親にあたる彼は、元々は父である先代ミルノー子爵の弟子として、ジャッカード公爵領領都にあるイジム記念大学において錬金術科の講師をしていたが、父と娘がカイトの研究に協力する事となった縁で、こうしてTBM技研の所長の座に収まった人物である。
研究者としては凡庸だが、人柄が良く調整力に長けている事から、意外と現在の立場は天職だと零していたベンテスだが、今回のような状況は夢にも思っていなかった。
学者肌で世情に疎い彼だが、だからこそ”カナンの騎士“に襲名するのは彼の義息でもあるカイトだと疑っていなかった。決闘の日に、娘の研究を手伝って研究室に籠もる程度には。
そして曲がりなりにも貴族としての教養と本能が、義息の敗北がもたらすものを無理矢理に目でも悟ってしまう。
つまり、自分の…と言うには烏滸がましいが、カイトや娘であるイシェラ、そして彼女以外のカイトの妻達が築き上げ、その一端を自分が担ったと思える事業は、全て自分の手元から失われてしまうのだと。
「どうぞ皆様、中をご案内いたします」
これから引き渡す技研の中を案内するために、ベンテスは踵を返す。せめて彼らが、この技研の価値を正しく認識している事を期待して。
そうして、銃砲の生産施設や火薬の製造現場、他にも現在研究中の蒸気機関による紡績機械の模型、近年エウロペ大陸の冒険家が発見した新大陸の植物による新たな食品の開発現場等々、技研が有する他の追随を許さない独自先進技術の数々は、アリウス達を唸らせる。
工房を廻りながら説明を一通り聴き終え、中庭を通って技研本館に向かう視察団を代表して、アリウスが感嘆する。
「実に見事な物だね…まるで未来の世界に迷い込んだようだ」
「お褒めいただき光「…そう言ってくれると嬉しい」栄です……イシェラ!?」
思わず感嘆の息を漏らすアリウスに、ベンテスが恐縮し頭を下げた時、その会話に茫洋とした女の声が割り込む。
「…お父様うるさい。徹夜6日目だから頭に響く」
「寝てなさい!! と言うか今日は実験室からは出るなと」
「…?」
ベンテスの怒鳴り声に、突然現れた黒髪の美女、イシェラ・ミルノーは顔を顰め、ついでに伝達事項を完全に聞き流していた事を無表情で小首を傾げることで示す。
あまり手入れをしていないにも関わらず、艷やかさを保つ黒髪を無造作に腰まで伸ばし、病的に白い肌と整った顔立ちの美女は、どす黒い隈の浮かんだぼんやりとした目で、父親の後ろにいる者達を観察する。
「…アリウス殿下にドーラス、それにエリカ嬢と…その仮面、カイトじゃあ…ない?」
そこでふと、この1週間近く俗世の喧騒から離れていたイシェラは、奇妙な事にようやく気がつく。
「…カイトは負けたの?」
「ああ、負けた」
カイトを通じてイシェラとも付き合いがあるドーラスが、イシェラの疑問に答える。
「…死んだの?」
「いいや、ちゃんと生きてるぜ?」
「…ふぅん……じゃあ、ここは解散?」
ぼんやりした目で、しかしイシェラは自分達のおかれた立場を理解する。彼女の明晰すぎる頭脳なら、その程度の分析は容易い。
「接収はするが、解散はしねえよ。研究開発は継続するが、完成品の製造とかはできるだけ外に広めていくつもりだ」
「…私は研究が続けられるなら
ドーラスの言葉に納得したイシェラは、言葉通りカイトの敗北すらどうでも良さそうにあくびをすると、フラリと立ち去ろうとして━━━
「伏せろ!!!」
鋭いアレクの声と共に、”ドオォン“という落雷のような音が、技研に響き渡った。
トランプさんが撃たれてびっくりしましたよね…
そのニュース見て思いついたネタです