ーーー征服歴1500年12月 王都カルネアス TBM技研本館 応接室ーーー
貴人の接待用に、豪華な家具や絵画の揃えられた応接室は、万が一の襲撃時にはシェルターの役割を果たす事を企図され、併設された給湯室に非常食なども備えられている。
「どうぞ、殿下」
「ありがとうエリオット。うん、相変わらずいい腕だね」
連合王国第一王子アリウスは、上座に設えられたソファに座り、護衛隊の隊長であるエリオットが手ずから淹れた紅茶に優雅に口をつける。
「申し訳ありません殿下、安全が確認されるまでは今しばらくこの部屋に留まって頂くことになりそうです…」
「仕方がないさ。
「…一応毒見はしましたが、万が一があるのであまり沢山はお食べにならないでくださいね?」
エリオットは心配そうに主君に注意し、アリウスもまた苦笑をかえした。
アリウス達TBM技研視察団が、突然の襲撃を撃退し安全地帯へ退避した後、
防音のしっかりと施されたこの貴賓室からも、その喧騒は僅かに確認できる。
制圧が完了し安全が確保されるまでは、扉や窓の前で警備を行っている護衛達以外、アリウスも含めて最低限の緊張を保ちつつも一息つく事となった。
「あ、このキャンディ美味しい」
「ほのかな塩味と柑橘の風味が良いな」
「…それは私が疲労回復用に作った特別製。疲れてる人ほど美味しく感じる」
「私達働いたものねー…」
「有り難い代物だが、普通の飴とそんなに違うのか?」
「…人が疲労した時に必要とされる物がその中に含まれてる。糖分と塩分、あと柑橘系の果物に含まれてる栄養素」
非常食として置かれていた飴を貰ったエリカとアレクが、開発者であるイシェラの解説を神妙に聞き入っている。
「味がくどくないか?」
「僕には普通の味に思えるけど…」
「それ俺達がまともに働いてなかっただけじゃねえか…?」
「…お荷物」
「「「ああ”!?」」」
同じ飴を舐めている
「ウォーカー大尉も、紅茶をどうぞ?」
「ありがとうございます、イーガンズ大尉」
エリカも巻き込んでやいのやいのと騒ぎ始めたカレウス達を呆れ顔で眺めているアレクに、エリオットが紅茶を渡す。
アレクは紅茶を受け取ると、鞘に納められたサーベルを剣帯から外し、自身に剣を貸与してくれたエリオットへ改めて頭を下げる。
「サーベルを貸していただき助かりました。正直、あれがなければ死んでいたかもしれません」
「お役に立てたようで何よりです」
エリオットは人の良い笑みでアレクの感謝を受け取る。
仮面の左側が壊れて素顔が一部晒されているアレクは、そんなエリオットに申し訳無さそうな顔でサーベルを鞘から僅かに抜き、ボロボロになってしまった刀身を晒して、改めて頭を下げる。
「実は…銃弾を
「それに関してはその剣の寿命だったと言うことでしょう。むしろ、最後に殿下やウォーカー大尉達の命を守れたのなら、武器冥利に尽きますよ」
「…弁済は必ず行います」
アレクが真摯な声音でエリオットにサーベルの修理または弁償を提案するが、エリオットは首を振る。
「正直、あの剣を持つのは僕には荷が重かったので…弁済も必要ありません。最後に”カナンの騎士“に振るっていただいた名誉と共に供養させて頂きます」
「…? イーガンズ大尉の実力ならあの剣も十全に振るえるのでは?」
「あはは、買い被りですよ。そもそも、今日
「…え?」
エリオットの発言に、アレクの目が点になる。
そんなアレクの表情を見て苦笑を浮かべたエリオットは、改めて
「アレクサンダー・ウォーカー殿、貴殿に感謝を。その剣で、忌まわしき
「…一体、どういう?」
心当たりの無いエリオットの感謝に、アレクが困惑する。
そのアレクの疑念に答えたのは、いつの間にかカレウス達の醜い争いから抜け出していたイシェラだった。
「…その剣は『僭王ヴィサリオの乱』時代に鍛たれた名剣、四代目”カナンの騎士“フィラルド・バランタインが振るった数多の武具の中で、”黒キ剣“に折られなかった数少ない一振り」
「流石に博識ですね、イシェラ殿…」
「…
イシェラは淡々と語りながら、カイトのスポンサーである”革新派“の首魁ブラントン男爵が、”カナンの騎士“選定の儀において警戒していた武具を観察する。
「…ブラウニー工房の初代工房主が倭刀の技術を用いて鍛った名刀”リオナ=グレティアンテ“。連合王国に現存する刀剣の中で、”黒キ剣“に対抗できる数少ない剣」
「……命がかかっていたから気にしないようにしていたんだが、金銭で弁償できるのかこれ?」
「…絶対ムリ」
「無理か…?」
「…人生諦めが肝心」
本気で申し訳無さそうな顔をするアレクと、いつの間にか”リオナ=グレティアンテ“を手にとってしげしげと刀身を眺めているイシェラに、エリオットは困ったような笑みを浮かべ首を振る。
「先程も言いましたが、きっとここがこの剣の寿命だったのです。再び本物の”カナンの騎士“に振るわれ、そして護るべきものを護れたのならこの剣も、そしてこの剣を私に託した父と
「イーガンズ大尉、失礼かもしれませんがもしや貴方は…?」
「ええ、イーガンズは母の姓です。
4年前、青麟帝国第四皇子の謀略により望まぬ反乱の首謀者にしたて上げられ、一族と領民達を守るために祖国との戦いを強要され逆賊の汚名と共に滅ぼされたトランバレム公爵家。
公爵とその嫡男は最後の抵抗として、側室の子であり、連合王国第一王子アリウスの学友であったエリオットに反乱の計画を託し、送り出した。
連合王国がトランバレム公爵を中核とする”貴族派“の反乱とファガリア王国の侵攻にギリギリで対応出来たのは、エリオットの密告があったからであり、エリオットが今でも、姓を変えてアリウスに仕える事が出来ている理由である。
「先日の決闘までにこの剣をお渡し出来れば良かったのですが、殿下や私のところに『逆賊の剣を神聖なる決闘に用いるのは何事か』と言う投書が大量に届いてしまいまして…」
「…それはミリエラのパパの仕業。相変わらずせせこましい嫌がらせが得意」
逆に申し訳無さそうに謝るエリオットに、アレクの方が困惑し我関せずなイシェラだけがマイペースに”革新派“の内情を暴露する。
そこでふと、アレクとエリオットは顔を見合わせる。
「…イーガンズ大尉、そういえば何で彼女がここにいるんです?」
「…避難する時にここまで案内してもらったけど、そう言えばミルノー子爵は捕縛されて別室に隔離されていますね」
「…簡単なこと。私はこんな下らない
「「えぇ…」」
「…だから私は貴方達の心強い味方(ドヤァ)」
「「えぇぇ……」」
無表情なのに何故かどや顔に見える顔で、イシェラがゆったりとした服装でもはっきり分かる豊かな胸を張るのを、