ーーー青埆城 執務室ーーー
閨でメイヤの身体を堪能した翌日、執務室で戦況についての報告書の確認や要塞内の業務の決済を行っていた剴憑の元に来客が訪れた。
「兄上!」
「ここでは大将軍と呼べと言っているだろう、劉貭」
剴馮は苦笑を浮かべながら、部屋に入って来た
剴馮と、そして帝国の皇太子である第一皇子と母親を同じくする帝国の第七皇子である劉貭は、母親似の整った顔をバツが悪そうに伏せて敬愛する同母兄に謝罪する。
「も、申し訳ありません。大将軍閣下」
「まあ私とお前の仲だ、あまりかしこまる必要は無いが気をつけることだ」
剴馮は鷹揚に頷き、手振りで可愛い同母弟に座るよう促す。
席についた劉貭の前に、女官服に身を包んだメイヤがお茶を差し出す。
出されたお茶を一口飲み、呼吸を整えた劉貭は改めて同母兄であり、自らの直属の上官でもある剴馮に執務室へ駆け込んだ理由を告げる。
「スペイサイド州の獣国軍へ追加の援軍を送ると聞きました。
つきましては是非、自分にその指揮を任せていただきたいのです!」
「お前には本国から派遣された新兵達の調練を任せた筈だが?」
「訓練は既に完了しています、あとは実戦経験を積ませてやるだけです!」
「フム、確かにここにいても訓練だけで逆に兵士が倦むだけか」
剴馮は弟の発言に満足そうに頷く。
基本的にこの地の帝国軍は連合王国軍と睨み合っているだけで、申し訳程度の小競り合いしか発生しない。お互い、この地に敵軍を留めておくことが他の戦域にとっての最大の援護だと理解しているため身動きが取れずにいた。ゆえにこそ、常に戦闘が行われているスペイサイド州は帝国軍に取っては体の良い練兵場とも言えるのだった。
だが剴馮は、弟がただそれだけのために自らの執務室に駆け込んだわけではないと理解している。
「で? 本当の目的はなんだ?」
剴馮はにこやかに微笑みながら弟を問い詰める。
それに対して劉貭もまた挑戦的な笑みを返す。
「勿論、この私の顔に疵をつけたあの忌々しい“顔無し”をこの手で殺すためです」
母親似の整った容姿の劉貭の左のこめかみに刻まれた醜い刀傷。2年前の戦いで連合王国の
「フーム…確か獣国のゾート将軍に、さっさと暗殺するようにと指示を出していたはずだが?」
「あの無能共、2年も経ったのに未だにあの男を始末出来ていないのです。仕舞にはこちらに、“被害が多すぎるから命令を撤回してくれ”と泣きつく始末なのですよ」
劉貭は、仮にも味方である獣国を忌々しげにこき下ろす。
「所詮は我が国の権威に頼って国を保つしかない未開の蛮族とはいえ、たった一人の兵士すら殺せないとは…」
「まああの国に大した期待はしていないが…まあいいだろう、元々お前に援軍の指揮は任せるつもりだったのだ。やる気があるならそれに越したことはない」
そして剴馮が手を叩くと、昼は彼の秘書官も務めているメイヤが既に用意されていた書類を差し出す。
「そら、正式な命令書だ。頼んだぞ、藍劉貭将軍」
「ハ、謹んで承ります」
優しい兄の顔から、厳格な司令官の顔へと切り替えた剴馮に、劉貭もまた帝国の将軍に相応しい態度で命令書を受け取る。
そこには、獣国に援軍として派遣されている帝国兵1万に加え、劉貭の鍛えた新兵2万の指揮官として劉貭を任命すると書かれていた。
「ああそれと、こちらの報告書に目を通しておけ」
「これは…連合王国西部の情勢ですか?」
「そうだ。連合王国は動かせる全力を以て反乱軍であるトランバレム公爵とそれに加担した貴族達、そしてファガリア王国軍を撃滅することにしたようだ」
確認するように劉貭が資料に目を通す。
「成る程、つまり西の戦線で彼らが頑張っている限りスペイサイド州には援軍は来ないと言うことですね」
「そういうことだ。それに戦闘が激化すればそれだけ土地も荒れる。戦闘が終わっても戦後処理で戦力を移動させるのが難しくなるやもしれんぞ?」
「成る程、ではあの哀れな公爵と欲に駆られた愚かな弱小国には頑張ってもらわなければ」
劉貭が、帝国に唆され連合王国に反旗を翻したトランバレム公爵とそれを支援したファガリア王国を見下した様子で応援する。
だが、その様子を見た剴馮はニヤリと笑う。
「何を言っている弟よ、連合王国が戦後処理に手間取るのは期待するものではないぞ?」
「其れはどういう…まさか」
「私が10年以上前に連合王国に留学したのは覚えているだろう?
あの時にトランバレム公爵達“貴族派”以外にも伝手は作ってある。公爵側からだけでなく連合王国の内側からも煽ってやるのさ…お互い死力を尽くして戦え、とな」
酷薄に笑う剴馮に、劉貭は畏れと共に頼もしさを抱く。
「流石は兄う…将軍閣下、恐れ入りますな」
「なに、大したことはしていないとも」
「では私はこれにて。出立の準備を整えます!」
そして劉貭は兄に頭を下げると、意気揚々と執務室から出ていった。
「メイヤ、今夜は私ではなく劉貭の寝所へ行け」
「…宜しいのですか?」
「ああ、あの様子だとかなり今回の戦いに気負っていそうだからね。一度スッキリさせてあげなさい」
「承知しました」
メイアが頭を下げる。
「…ところで剴馮様、そろそろお仕事の方を」
「そうだったなあ…」
剴馮が自分の執務机を、具体的にはそこに山積みされた書類に目線を向ける。
「夜までに終わるかな…?」
「夜になったら伽のためにお暇させて頂きますね?」
「しまった!?」
こうして忙しい総司令官はトボトボと執務机に戻り、彼の愛妾であり有能な秘書でもある褐色の肌の美少女は、クスリと笑いながら彼のためにお茶を淹れに部屋を出ていった。
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意気揚々と執務室から退室した劉貭は、命令書を片手に自らの部隊へ直行しようと屋敷の廊下を早足で歩いてゆく。
「よし、兄上からもスペイサイド州へ征く許可は貰ったぞ!」
「おめでとうございます、殿下」
そんな彼の後を、一人の壮年の男が同じく早足で追随する。
劉貭はその男、2年前から自らの側近として侍らせている連合王国人に話しかける。
「スバルテイン、私は将軍として指揮に集中せねばならん。
あの忌々しい“顔無し”の始末はお前に任せることになるだろうが、頼むぞ!」
「ハ、お任せください!」
スバルテインと呼ばれた男は強い決意と、憎悪を込めた瞳で劉貭に帝国式の敬礼を返した。
スバルテイン・バルバロス…連合王国の貴族ソレム伯爵に代々仕える騎士の家系であり、2年前の戦いでソレム伯爵を護衛しながら、仕える主も、共に伯爵を護衛していた仲間たちも全員アレクサンダー・ウォーカーに殺され、一人だけ生き残った男。
生き残った彼は、アレクに重症を負わされた劉貭に拾われ、彼の下でアレクに復讐するためにこの2年間、牙を研ぎ続けてきた。
そして遂に彼は、主と仲間達の仇討ちの機会を得て、決意を新たにした。
「待っていろ“顔無し”…この私の顔に傷をつけた報い、必ず受けさせてやる…」
そしてスバルテインの現在の主君もまた、その整った容姿を憎悪に染め上げ、己の顔に醜い傷をつけた屈辱を晴らすため、改めてアレクへの復讐を誓った。
それはスペイサイド州が陥落する、2ヶ月前のある夏の日の一幕だった。
暫定ラスボス及び次章のボスの紹介回でした。