ーーー征服歴1500年12月 王都カルネアス 陸軍会館ーーー
連合王国において、陸軍とは最大規模の官僚組織といえる。
幾度かの組織改革により、かつて王国騎士団と呼ばれ各地に駐屯していた軍団は師団に改められ、平時には近衛師団も含めて合計16師団約25万の兵士達が王国各地に点在し、治安維持や災害救助、または街道整備等を行っている。
戦時である現在は、臨時徴兵等でその数は40万を超え、必要ならば最大100万まで増やす事が可能であると試算されている。
ここに、直接の戦闘を行わない後方支援を担う人員も加えると、連合王国どころか大陸最大級の官僚組織が誕生する。
当然ながら、官僚組織である陸軍は構成員に福利厚生を行う義務を負う。そうしなければ、過酷な労働による反発からストライキが頻発し、組織が瓦解する事を連合王国政府は身を以て体験しているからである。
そんな福利厚生施設の一つが、陸軍会館と呼ばれる施設である。
格安で陸軍士官及び下士官(事務担当の相当官を含む)への宴会場や講演・講習などの会場提供を行ったり、異動の際に宿舎の手配が追いついていない士官達に宿の提供を行っている。
王都官庁街に建てられた陸軍会館の前に、一台の馬車が停まる。開かれたドアからは、禍々しい龍を模した仮面で顔を隠す男と銀髪の美女、そして顔面に固定具をつけた男だった。
会館の職員は、丁重な態度で三人を、予約してある個室へと案内した。
会合用の個室に入った三人、アレクとエリカ、そしてアレクの秘書官であるクロト・ラドロス少尉は、既に個室に案内されていた者達から敬礼を受ける。
「久しぶりだな、バグラム曹長、エクトル中尉、フェーデル兵長」
アレクは答礼し、付き合いの長い相手にしか分からない程度に表情を緩める(仮面で目元しか分からないが)。
それに対して、三人を代表してバグラム曹長がニヤリと笑う。
「ええ本当に。しばらく見ない内に随分と男前になりましたなあ、ウォーカー
アレクの軍服に輝いている真新しい少佐の階級章に、バグラムは敬意と気遣いを込めて苦笑する。
「ヒャッハー…とこれはもういいか。で、ボス? わざわざ俺達を最前線から王都に呼んだのはどういう意図です?」
見た目も言動も、軍人というよりも山賊の下っ端のようだったフェーデル兵長は、真面目な顔と言動でアレクに問いかける。
「何となく予想はつきますが…」
気弱で人の良さそうな顔に苦笑を浮かべたリゼル・エクトル中尉が肩をすくめる。
「まあ先ずは座れ。取り敢えず食事にしよう」
戦場にいた時と変わらない態度の三人に、アレクもまたスペイサイド州にいた頃と同じように冷徹に、そして僅かに穏やかに指示を出した。
昼食時なので酒は出ない。料理自体はそれなりの量がともされる。とはいえ陸軍の施設なので、出されるものは豪勢では無かったが。
将官から兵卒まで、基本的に同じものが出される陸軍の食事なので、そこまで味は悪くは無い。
アレク達は席に座り、量だけはしっかりとある食事を楽しむ。
「しかしまあ…収まるところに収まったってことですなあ」
「何のことだ、バグラム曹長?」
「いやなに、おっさんのお節介でさあ」
意味深に笑うバグラムから、アレクは鬱陶しそうに目を逸らすが、隣に座るエリカは誇らしげに豊かな胸を張る。
「あら、結構苦労したのよ?」
「そりゃあそうでしょうよ」
「でもまあ、リガール中尉が無理なら誰でも無理でしょうね…我らが鬼の隊長を惚れさせるなんて」
「…おいお前ら」
「まあまあ少佐、さあ一杯」
「ただのブドウジュースだろうがフェーデル!?」
完全にからかわれるモードに入ってしまったアレクが、アルコールの入っていないジュースを不満げに飲み干す。
「クソ…酒が飲める時に呼ぶべきだったか?」
「王妃様に禁酒令出されてるんだから諦めなさい」
「何してるんですかウォーカー少佐…?」
「ちょっと『円卓の間』で飲み過ぎてな…」
「マジで何やってるんすか…?」
何だかんだで気の置けない間柄のアレク達は、他愛もない話題で盛り上がる。
そして一通り料理を片付けたアレク達は、デザートのケーキをつつきながらようやく本題に辿り着いた。
「美味いなこのケーキ」
「シェフ自慢の一品だそうですよ?」
「あー…普通に店出せば良いのに、何故か軍に居続けてるってあの有名な」
「本題に入りなさい!」
エリカに一喝されたアレク達は、残念そうに本題に入る。
「お前達も大体察しているとは思うが、俺はこの仮面を国王陛下から下賜された事で、否が応でも最前線に立たなければならなくなった」
「…普通逆では? 古今東西、名誉な称号を受けた英雄は安全な場所に留め置かれるべきでは?」
リゼルが苦笑しながらアレクに問うが、問うた本人は何となく理由は察している。
「そんな物は
「そいつぁまた、期待されていますなあ」
「…正直、勘弁してほしいんだがな」
楽しそうにニヤニヤ笑うバグラムに、アレクはウンザリした顔で(顔は見えないが)溜息をつく。
「当然だが、最前線に放り込まれるにあたっては忠実な手足が必要だ。俺が殺せと言えば殺し、死ねと言えば死ぬ」
「ハハ、酷えいい草っすね」
「なんだ、文句あるか兵長?」
「イヤイヤまさか。俺達は命令に従う限りは勝利をもぎ取ってくれるボスに従ってここまで生き残れたんだ。そこに文句を言うつもりはありませんぜ?」
アレクが『ベル』と名乗っていた時代からの付き合いである最古参のベテラン下士官は、自分達に生存と勝利を約束し続けた指揮官に敬意を込めてニヤリと笑う。
「俺達ガラクタ中隊の生き残り79名は何があってもボスに従いますぜ。もはや戦場でしか生きられない俺達に、ボスであれば勝利とマシな死に場所をくれるんでしょう?」
「ああ、そうだ」
アレクは厳かに頷く。
「辞令は3日後だが、俺はこれから新編成される大隊の大隊長の任命される。所属は近衛第二師団、第107独立嚮導大隊。そして大隊に国王陛下より下賜された二つ名は『龍驤』だ」
東方にて、天へと昇る龍を意味するこの大隊名は、アレクの至高の一太刀にあやかり現国王が名付けた。
「これより、旧第901大隊第一中隊所属の全兵卒を下士官に昇進の上、新編大隊の基幹要員とする」
「何人か厳しいやつもいますぜ、少佐殿」
「それを何とかするのがお前の仕事だ、曹長」
ノータイムで返答されたバグラムは、溜息をついて肩を竦める。
次にリゼルが、より具体的な質問を行う。
「ウォーカー少佐、兵士の統率は最低限それでいいとして、全体の部隊編成はどうなるんです? リガール中尉がいる時点で、歩兵のみというわけではなさそうですが」
「基本は歩兵2個中隊に騎兵1個中隊、そこに索敵小隊(騎兵)と工兵分隊、それに輜重分隊も加えて約1000名になる予定だ」
「それだと大隊に必要な士官はおよそ40名強ですか…内訳は?」
「基本的に近衛師団や手隙の師団から引き抜く。編成中にある程度選抜するから、結成時はもう少し多くなる予定だ」
「…それ、
不安そうにリゼルはアレクの表情を伺う(仮面で分からないが)。
「
「あの、それ比喩ですよね? 物理的にってわけじゃないですよね!?」
リゼルの剣幕に、アレクとエリカは目を逸らす。
「ちょっと!? 人間関係の調整で胃を痛めるの僕なんですよ!?」
「だ、大丈夫よエクトル中尉……多分」
「エクトル中尉……好きなものを頼め」
エリカが曖昧な笑みでリゼルを宥め、アレクはデザートのメニュー表をリゼルに手渡す。
「はぁ…上から下全部で」
「強気にいきますなあエクトル中尉殿…」
「まあいいです、僕もウォーカー少佐に救われた身です。死ぬまではお供しますよ」
リゼルは半ばやけになりながら不敵に笑った。
「感謝する…悪いがこの戦争が終わるまでは、お前達の命は使わせて貰う」
「お任せ下さい、少佐」
「ま、楽しむとしまさあ」
「ヒャッハー、まさか俺達が本物の”カナンの騎士“直属部隊で戦えるとはなあ!!」
そろそろ我慢できなくなったフェーデル兵長がガラの悪い笑い声を上げて、アレクの感謝を受け止めた。