残酷な描写があります
ーーー征服歴1500年12月 王都カルネアス郊外 演習場ーーー
TBM技研での騒動から1週間が経った。
年末へ向けて、官僚達は残った業務を終わらせるために毎日徹夜し、未だに戦争が終わっていないので軍は休日返上で次の作戦の準備を行っている。
王都カルネアス郊外に点在する軍の演習場の一つもまた、軍が次の作戦━━━敵国に奪われたスペイサイド州奪還に向けた、新戦力の編成目的に使用される運びとなった。
小雪のちらつく寒空の下、近衛第2師団所属第107独立嚮導大隊の内、まだ異動の完了していない工兵分隊及び輜重分隊を除く約800名の兵卒及び下士官、そしてそれらを指揮する士官達が屋外に整列していた。
不敵に笑うもの、緊張で直立不動になる者、そして壇上に上がる男に憧れの眼差しを向ける者。中でも最も多いのは、戸惑う者達。
さもありなん、今回新編成される大隊は、基幹となる下士官達と、リガール辺境伯家の私兵軍から所属を移した騎兵中隊を除き、兵卒も士官も、約
少なくとも戸惑う者達の大半は、自分達の上官にカイト・ジャッカード
統一感に欠けた雑多な視線と押し殺した沈黙等の中で、壇上に一人の男が登る。
禍々しい龍を模した仮面で素顔を隠し、鍛え上げられた肉体に紺色の軍服を纏ったその男━━七代目”カナンの騎士“アレクサンダー・ウォーカー陸軍少佐は、仮面で隠れていない黒い瞳に冷血な野戦指揮官としての昏い光を宿し、まだ兵隊になりきれていない未熟者共を睥睨する。
「今日から、お前達の上官となるアレクサンダー・ウォーカーだ。 畏れ多くも陛下より”カナンの騎士“の称号と、『龍驤』の部隊名を頂いた。 これより、貴様らは俺が殺せと言えば殺し、死ねと言えば死ぬ忠実な兵士となれ。 そうすればお前達に勝利と名声をくれてやる」
傲慢とすら言えるアレクの演説に、これから部下となる兵士達の反応は分かれる。
元々アレクの部下だった元ガラクタ中隊の下士官達は、アレクの言動に一欠片の嘘も無い事への信頼と、骨の髄まで染み付いた
スペイサイド州ではエリカの部下として、アレクと共闘した騎兵中隊の兵士達もまた、アレクの実力が本物である事を知っている為、文句をつける事は無い。
また、実戦を経験した一部の兵士や士官達は、アレクの尋常ではない実力を察して黙り込む。
だが、どんな組織にも察しの悪い者はいる。
特に実戦を経験したと言いながらも、比較的安全な場所の有利な戦場で一方的に敵を殺しただけで、自らが強いと勘違いする輩が。
「訓練予定については戦務幕僚及び大隊最先任曹長より説明する、以上だ」
アレクが端的な説明を終えて踵を返そうとした時、整列していた士官の中から声が上がる。
「お待ち頂きたい、七代目殿!!」
士官達の列から声を上げた、中尉の階級章を軍服に輝かせる士官が、その比較的整った顔に嘲弄を張り付けて、上官であるアレクを呼び止める。
アレクは面倒臭そうに振り向く。
「我々は
傲慢に、暗にアレクを本物と認めていないと示しながらその男は整列した兵士達の前に歩み出る。取り巻きであろう、何人かの士官を引き連れて。
「そら、お前達もそう思うだろう? あの
男は両手を広げ、己の主張が正しいのだと、整列した兵士達に同意を求める。
兵士達の中にも、その言葉に頷く者はいる。彼らの多くは西部戦線で、カイトと同じ戦場で戦った者達だった。
アレクは平坦な声で、前に進み出た士官の名前を尋ねる。
「興味もわかないが一応聞こう、貴殿の名は?」
「我が名はマスカー・ダルフェード。”美“のジャッカード公爵家が係累である!!」
マスカーは堂々と、舞台俳優のように優雅に一礼する。
「我が再従兄であるカイト卿の不名誉を正す為、貴殿に決闘を申し込む!!」
白い手袋をアレクの胸元に投げつけ、マスカーは芝居がかった仕草で見栄を切る。
アレクは冷え切った、おそらく彼の部下であるガラクタ中隊の面々が見たら泣いて逃げ出す程に冷たい目でその手袋を眺める。
「どうした? 女に守られていないと剣も抜けないのか腰抜けめ!!」
マスカーは侮蔑の籠もった目でアレクと、そんなアレクを楽しそうに眺めているエリカに向ける。
「あら、もしかして私がアレクを応援したの、そういう風に捉えられてる?」
「まあ、リガール中尉やミスト侯爵がウォーカー少佐を支援したからか、女性を誑かして今の地位を手に入れたんじゃないかと噂が立ってはいましたね…」
エリカが何故か嬉しそうに笑い、隣に立っていたリゼルが呆れたように肩を竦める。
そしてリゼルは、憐れみとかなりの割合の面倒臭さを込めて呟く。
「可哀想に…」
アレクは手袋を拾い、
「ラドロス少尉、立会を頼む。それとこれを預かっておいてくれ」
アレクは後に控えている秘書官に決闘の立会を指示し、腰に差していたサーベルを剣帯から外し、小刻みに震えている秘書官に預ける。
それを見咎めたマスカーが叫ぶ。
「おい、何をやっている!?」
「何もなにも、後から難癖をつけられるのも面倒だからな。 こっちは剣を使わないでおいてやる。 丁度いいハンデだろう?」
「っ…ふっざけるなぁ!!」
己の長剣を抜き放ったマスカーは、大上段に構えると怒りに任せてアレクに斬りかかる。
その剣速は、傲慢になるのが理解できる程度には鋭く、そして
アレクは左手の甲で自身を脳天から両断しようとする長剣の剣腹をそっと
それだけで、再従兄とは比べ物にならないほど遅く鈍い一撃は逸らされる。
「なっ…うあ!?」
そしてアレクの左側に体の泳いだマスカーは、そのままアレクに頭を掴まれる。
「ぐ、はなっいだああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
咄嗟に剣でアレクの腕を斬ろうとしたマスカーは、万力の如き力て己の頭蓋骨を軋ませる激痛に叫ぶ。
「いだぃぃはなぁっいだあぁぁぁぁぁ!!」
剣を手放し、アレクの左腕を両手で掴みなんとか地獄の如き激痛から逃れようとするが、鋼のごとく鍛え上げられたアレクの腕はびくともしない。
それどころか、アレクはオスカーの頭を掴んだまま、片腕でオスカーの身体を持ち上げる。
「ああ”、やめぁぁぁぁぁぁ!!!」
足をジタバタさせアレクを蹴ろうとするが、激痛に悶え文字どおり地に足のついていない状態では、多少アレクの軍服を汚す程度の事しか出来ない。
ミシミシと、泣き叫ぶマスカーの頭蓋骨が軋む。
「やめっ謝る!! あやまりまぃああだぁぁぁぁ」
涙を流し、軍服の股間を尿で濡らして懇願するが、頭から響く激痛は変わらない。
必死にアレクの腕に爪を立てて抵抗するが、最高級の羊毛で織られたアレクの軍服には綻びすら出来ない。
そして涙でぼやけた視界の中で、マスカーは見た。
見てしまった。
己の脳天を掴み、片手だけで締め上げる男の眼を。
まるで深淵の如く昏く、そして自分に何ら感情を向けていない冷酷な眼を。
「あ”あ”あ”っ、嫌だっいやだぁぁぁぁ!!」
オスカーは泣き叫ぶ。
激痛と、そして何よりも
「助けったす━━」
オスカーの命乞いは途切れる。
“パキャリ”という、クルミを握りつぶしたような、たがそれよりも少し湿った音と共に。
R18なら許されますよね…?