※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

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116話 大隊長室にて

 

ーーー征服歴1500年12月 王都カルネアス郊外 演習場 大隊長室ーーー

 

 

 

 演習場に併設された兵舎の大隊長室は、会議室を改装した臨時の物のため広さはあるが余計な装飾は無い。

 執務用のデスクがいくつかと、会議用に元々置いてあった大テーブル位が、まともな家具と言えるだろう。

 

 併設された給湯室でコーヒーを淹れたリゼルが、既にテーブルに着席しているアレクとエリカにカップを渡す。

 

「ご苦労」

「ありがとうエクトル中尉」

「いえいえ」

 

 大抵の事は器用にこなすリゼルの淹れたコーヒーは、味にうるさいアレクが文句をつけず飲むレベルで美味しい。

 

 リゼルも自分の席につき、自分の分のコーヒーに口をつける。

 

「うーん、最前線の泥水より少しだけマシなコーヒーもどきに比べると雲泥の差ですね」

「豆は可能な限り良いもの調達していただろうが」

「半分くらい賄賂で他の部隊に渡してましたからね。節約するのになかなかいい豆は飲めなかったんですよ。それにすぐ湿()()()ますし」

「…スペイサイド州(あそこ)は雨が多いからな」

 

 リゼルとアレクの愚痴に、エリカが呆れた顔で割り込む。

 

「というか賄賂って…金貨だけじゃなかったのね」

「最前線だと使い道のないお金よりコーヒー豆や茶葉、お酒に煙草が有難がられますからね」

「後方から調達には金とコネが必要になるからな」

「…リガール家の令嬢(わたし)は恵まれてたのね」

 

 嗜好品の調達で困った記憶のないエリカが物憂げに溜息をつく。

 

「正直、ウォーカー少佐が“カナンの騎士”を襲名して一番有り難いのは、補給品の調達の度に他所の部隊と輜重担当の将校に賄賂渡したり脅迫したりしなくて済むことですね」

「…本当に大変だったのね」

「甘いぞエクトル中尉。いま(訓練中)はともかく、最前線に戻ったらあの面倒な()()を繰り返す羽目になるぞ?」

「“革新派”と今の参謀総長が子飼いの若手将校達をこぞって東部に異動させてる話です?」

 

 リゼルが心底嫌そうに眉を顰める。

 アレクもまたうんざりした顔で(仮面で見えないが)、『円卓の間』で仕入れた情報を語る。

 

「西方戦線で活躍した部隊の大半が、春にはスペイサイド州奪還作戦に投入されるそうだ。将校は兎も角、兵卒共はいい迷惑だな」

「その分、本来ならスペイサイド州奪還に回されるはずだった北方の騎兵師団と海軍の特別陸戦隊は温存されるそうだから、ヴォルスおじ様とミランダおば様は喜んでたわね」

「ああなるほど、本当なら”革新派“が”王党派“子飼いの部隊をあの泥沼確定の戦場ですり潰そうとしてたのに、予定が狂って自分達が泥沼に突っ込む羽目になったと…」

「正直、一緒に戦うなら騎兵第5師団か海軍の陸戦隊の方が頼りになりそうなんだがな」

 

 アレクはコーヒーを啜り、億劫そうに溜息をつく。

 

「前には俺を殺そうとして手ぐすね引いて待っている獣国と帝国、後ろは俺の足をあの手この手で引っ張ってあわよくば殺そうとする味方(足手まとい)か……考えてみたら半年前と特に変わりないな」

「アッハッハ、確かにそうですね」

「いや笑い事じゃないでしょ!?」

「まあ唯一良い点は、最前線ではなく安全な後方で、そこそこ時間をかけて部隊を練成できることか」

「最前線だと敵と戦わせて生き残った兵を選別してましたけど、今回は死なせずに選別できますね」

「ああ、命令違反と敵前逃亡した奴を工夫を凝らして処刑する必要も無いぞ」

「想像の数倍物騒ね!? あとついさっき一人処刑したわよ!?」

 

 エリカの叫びは華麗にスルーされる。

 

「……不良兵に捕まえた山賊もどき、果ては捕虜にした敵兵まで兵士に仕立て上げてましたからね。ハハ、今思うと泣けてきますね」

「泣いてる暇があったら手と頭を働かせないと死んでいたけどな…」

「エクトル中尉は兎も角アレクまでそんなしみじみと遠い目しないでよ、怖いわよ!」

 

 半年ほど前(むかし)を思い出して黄昏れるアレクとリゼルに、エリカがドン引きする。

 

「ともあれ、さっきのクルミ割り(あれ)で部隊は引き締まりましたかね」

「少なくとも、不用意に突っかかってくる奴はいなくなっただろ」

「私が言うのも何だけど、現役の貴族将校を勝手に殺してその感想はおかしくない?」

「安心しろ。この仮面のお陰で、殺しても”決闘の結果“と言い切れる」

「大丈夫ですよリガール中尉、ウォーカー少佐なら証拠さえなければなんとでも言い訳できますし、します」

「頼もしい旦那様で嬉しいけど、エクトル中尉の目が死んでて怖いわ…」

 

 

 戦場で生き残るために、アレク(上官)と共にグレーゾーン(ほぼ真っ黒)な行為をやり尽くしたリゼルは、死んだ目で乾いた笑いをこぼす。

 

「フフフ…ウォーカー少佐が命令違反する部下()クルミ割りしたり、敵の士気を削ぐのに敵兵()リンゴ飴を作ったり、入り込んだ暗殺者()イモムシにしたりする後始末をどれだけこなしたかもう覚えてないですしね…」

「隠語で話してもエクトル中尉の顔色で血生臭さが透けて見えるわね…」

「心を病んで自殺代わりに敵に突撃する兵が何人もいたからな…謝る気は無いが、出来れば次の戦場ではそういう兵は出したくないな」

 

 アレクもまた暗い表情で、過去に自分の行った残虐な行為を思い出す。

 

 そんなアレクとリゼルを前に、エリカは彼らを元気づけるように明るく覇気に満ちた表情で豊かな胸を張る。

 

「大丈夫よ、次は私がいるもの!」

「そうだな、頼りにしている……なんだエクトル中尉、その目は」

「いやぁ、まさかあのウォーカー少佐が優しそうに笑うのをみる日が来るなんて想像すらしなかったなと」

「む…」

 

 アレクはコーヒーを飲むために収納していた仮面の下半分を下ろし、憮然とした表情で(顔は見えないが)目を逸らした。

 

 

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