主人公の武器更新回
ーーー征服歴1500年12月 王都カルネアス マーグレム侯爵家王都屋敷ーーー
TBM技研での騒動が一段落し、七代目”カナンの騎士“アレクサンダー・ウォーカーが自身の手足となる新たな大隊の練成に取り掛かったのその日、七大貴族の一角、マーグレム侯爵家の当主ドーラスは王都の屋敷で客人をもてなしていた。
「…それで、わざわざ忙しい私を呼んだのは何故?」
「お前が俺の知る中で、一番頭がおかしいからだな」
「…喧嘩売ってる?」
「妥当な評価だろうが!」
ドーラスは目の前に座る客人、カイト・ジャッカードの第二夫人にしてTBM技研主任研究員イシェラ・ミルノーが不機嫌な顔を隠さずお茶菓子をつまみ、彼女をこの場に呼び寄せたホストであるドーラスもまた不機嫌な顔で応対する。
「俺がいうのもなんだが、よくもまあのうのうとTBM技研に居座れるなお前」
「…失敬な事をいう。ちゃんと皇太子殿下が約束を守ってくれただけ。ついでに怪しそうな研究員達の証拠まで渡した。 つまり私は勝ち組」
「悪びれもせず言い切りやがったなこいつ」
カイトの妻として、カイトと”革新派“の為にその知識を活用し続けてきたイシェラ・ミルノーは、自分の快適な研究ライフの為に身内を売って自分だけ安全を確保していた。
そんな彼女は現在、第一王子アリウスの依頼で防弾装備を、ついでにアレクの依頼でとある兵器の改良を行っているため、割と多忙である。
「…つまらない話なら私は帰る。ついでに社交界でドーラスの評判を最悪にしておく」
「社交界に出ない引きこもりが何いってんだ」
「…だからドーラスは奥さんに浮気される。わざわざ夜会やお茶会に出なくても噂を流して操る手管なんていくらでもあるのに」
「そうかい…ってちょっと待て!? 浮気!? どういう事だ!?」
「……………それで本題は?」
「待てやコラ!!」
しまった、という顔で目を逸らしついでに話題もそらそうとするイシェラに、ドーラスが憤怒の表情で詰め寄る。
「セレーネが浮気だと!? いつ!? 誰とだ!!?」
「……知らないとは思わなかった。貴方の長男が生まれてからよくカイトのところに来てたからてっきり黙認してるのかと」
「ふざけんなー!!!」
怒髪天をつく勢いのドーラスが、私兵を集めてカイトの屋敷(ブラントン男爵家の別邸)に攻め込もうとするのを、彼の有能な家臣達が必死に取り押さえ、なんとか事なきを得る。
「ぜぇ…ハァ〜…クソッ、セレーネを監禁しておけ!!」
「は、はい!」
形で息をしながら家臣に妻の軟禁と事実関係の確認を指示したドーラスは、冷めきった紅茶をがぶ飲みしてようやく冷静さを取り戻す。
「……で、本題だが」
「…任せてほしい。できる限り協力する」
人の心を研究室に落してきたイシェラだが、流石に鬼気迫るドーラスの殺気に負けて素直に頷く。
それを確認したドーラスは指を鳴らし、家臣達に目当ての品を運ばせる。
そしてドーラスがテーブルの上に置かれた細長い箱を開く。
箱の中には剣が一本。
新月の夜よりなお暗きその刀身と共に、飾り気のない無骨な姿を曝す。
だが、その剣がもはや本来の用途に耐えられないことは明白である。
理由は簡単、その刀身は半ばから綺麗に
「…これは、
「ああ、そうだ」
「…
「そう見えるか?」
ドーラスは皮肉げな笑みを浮かべ、業腹ではあるが自身が知る限り最も異才だと信じる女に問い返す。
イシェラは自身の夫であるカイトと、新たな”カナンの騎士“であるアレクとの決闘の詳細は知らない。
彼女にとってカイトが負けたという事実が分かればその過程に特に興味がなかったからだ。
だからこそ、カイトが振るったはずのこの”
イシェラでさえ、今自分の目の前に置かれた剣の状態を
何故ならばこの剣は”
かつて最強の騎士が振るった、無敗の剣。
この剣を用いて敗北することはあるだろう。
偽りの”カナンの騎士“はこの剣を振るいながらも真なる英雄に斃された。
だが、”
油断により、己が偽りの担い手が敗北しようとも、
この剣が
歴代の”カナンの騎士“達ですら扱いきれぬと封印してしまう程に、あまりにも強すぎる武具として。
「
「…折れてないというなら? まさか勝手に分裂でもしたの?」
「面白い意見だが違う。その剣は…”
「…ドーラス、貴方疲れてる?」
「悪いが俺は正気だ。正直、俺は今でも俺が見た光景が幻覚であって欲しいと願ってるがな」
ドーラスは真面目な顔で、自身が目の当たりにしたあり得べからざる光景をイシェラと共有する。
”鉄“のマーグレム、連合王国における武具生産の元締めの現当主として誰よりも、”
「イシェラ、お前に見てもらいたい物はこれだ。この剣は折れているのか? それとも、
剣で剣を斬る、極々稀に、武器としての性能が隔絶していた場合には生起するだろう。
だが、いかにアレクの使用したカタナが業物といえど、”
そのあり得べからざる現実を、多くの者は担い手の未熟と”
そして極一部の者達は、アレクが”
そして、ドーラスは本来なら前者を信じたいのに、自分の周りにいる
だからドーラスは証明を求めた。
自身の願望と周囲の認知が異なっていることを期待して。
イシェラは懐からルーペを取り出し、刀身を半ばで両断された漆黒の刀身を仔細に観察する。
柄から切先まで、1mを少し超える通常の長剣よりもやや長い”
刃を裏返そうとすると、その異様な重さに辟易したが、そもそも常人が扱う武具では無いことに思い至り勝手に納得する。
そしておよそ1時間、余人を寄せ付けない集中力で”
「……バケモノ」
「おいイシェラ、そりゃあどういう意味だ」
「…言葉の通り。この剣は確かに
「なに…?」
「…ここを見ると良い」
イシェラはドーラスにルーペを貸して”
ルーペを用いて拡大したドーラスの視界には、うっすらと☓字の傷が刀身に刻まれていた。
「こりゃ…一体?」
「…それは多分”僭王ヴィサリオの乱“時代の傷。確か伝説だと四代目様が双刃剣スコル=ハティで斬りつけた際にも、ごく僅かな傷しか刻めなかったとある。これはその傷」
「なあ、それ今関係あるのか? いやまあお前の高性能なレンズのお陰で伝説の一端が真実だと分かった訳だが…」
「…ドーラスは結論を急ぎすぎる。次はそれで斬られた刀身の部分を見る」
「あ、ああ」
ドーラスは再びルーペで、両断された”
「おい、まさか…」
「…そのまさか。四代目様がつけた傷以外、全ての傷がこの両断された刀身の部分に集中していた。それと、その部分でほんの少しだけ”
「……七代目、あのウォーカー少佐は2度、カイトの振るった”
「…理解した。やはりとんでもないバケモノ」
イシェラは得心したように頷く。
「…結論から言うと、この”
「逆に言えば、達人ならば傷くらいはつけられる」
「…そう。おそらくこの剣を斬ったバケモノはほぼ同じ部分に裏表から均等に衝撃を与えた。本来なら無敵のはずの”
イシェラは疲れたようにソファに座り、おかわりの紅茶に大量の砂糖を投入する。そしてほぼ紅茶色の砂糖になった紅茶(?)を一息で飲み干す。
「…弱点さえ分かればきっとこのバケモノ程の達人ならば相手の剣を斬るなんて芸当も理論上は可能。おそらくだけれど、カイトが生きているのはただの幸運。決闘ではなく殺し合いならそのまま殺されていた」
「…………………」
ドーラスは無言で、イシェラの下した結論を咀嚼する。
これまで自分の積み重ねてきた価値観、そして垣間見た
心の何処かで、それらはまだ崩れていないのではないか?
”
そんな益体もない未練は、イシェラの鑑定により今度こそ完全に絶たれた。
「ハ、アハハハ…アッハハハハハハ!!」
ドーラスは腹を抱えて笑う。
己の愚かさを、そして親友の無様な道化振りを。
「ハハハハハ…なんだよ、世の中広すぎだろ……なんであんなバケモノがいきなり現れるんだよ…」
まさしく井の中の蛙でしかなかったこと、そして
天才、秀才、天賦の才を持つもの。
そんな、
そしてひとしきり嗤い終えたドーラスは、感情の抜けた顔でイシェラに頭を下げる。
「悪いな、助かった。胸のつかえがとれたぜ」
「…構わない。なかなか興味深いモノが見られた」
そして帰ろうとしてふと、イシェラは浮かんだ疑問をドーラスに尋ねる。
「…ところで、”
「ある意味そうだ、そしてそうじゃない」
「…貴方に回りくどい言い方は似合わない。そんなことだから奥さんに愛想を尽かされる」
「それは今関係ないだろうがぁ!!!」
激昂しバンバンと机を叩くドーラスの姿に興味なさそうに、イシェラは急かす。
「…で? 結論を手短に」
「チッ、この”
そしてドーラスは黒キ剣の刀身に手を置く。
「この剣を鋳潰して素材にしろとよ…新たな”カナンの騎士“アレクサンダー・ウォーカーの佩刀を造るためのな」
後世において、七代目”カナンの騎士“の代名詞となる大業物、”ナラク“。その刀身には、かつて”黒キ剣“だった金属が使われるのは、歴史に詳しい者なら子供でも知っている有名な話題である。
創作の息抜きの一環に、カクヨムにて新作を書いてみました。
本作とは世界観は共有していませんが、本作を読んでいると少しだけニヤリとできる内容…かも?
https://kakuyomu.jp/works/16818093081801746160