難産だった…(リテイク2回)
ーーー征服歴1500年12月 王都カルネアス リガール家王都屋敷ーーー
リガール家王都屋敷に複数ある晩餐室の内、最も使用頻度が低く、そして最も格式の高い部屋がある。
使用されるのは、屋敷に王族を招いた時か、または当代の”カナンの騎士“が屋敷を訪れた時のみ。
『仮面の間』と呼ばれるその部屋は、歴代”カナンの騎士“の仮面が納められた、リガール辺境伯家と連合王国の歴史そのものと言っても過言では無い部屋である。
そしてこの日、初代から六代目まで、それぞれ僅かに意匠の異なる禍々しい龍を模した仮面が飾られたその部屋に、7つ目の仮面を継承した新たな英雄が足を踏み入れた。
「今日この日に、新たな英雄が我が屋敷を訪れた事を歴代の騎士たちに感謝しよう。さあ、戦時中故あまり豪勢な持て成しは出来ないが、我が家のシェフは優秀だからね。味は保証するよ?」
当主であるアルトリウスを含め、王都にいるリガール辺境伯家の人間とアレクだけが集った晩餐室で、アルトリウスが音頭をとり夕食がはじまる。
とはいえ、主客のアレクとその隣に座るエリカ以外では、この部屋で食事をとるのはリガール家当主アルトリウスと先代当主レオポルド、次男のダニエル、長女でありバレンタイン家に嫁入りしたユリア、そしてレオポルドの隣に座る老婦人だけではあるが。
豪華とは言えないが、丁寧に調理された食事を食べながら、会食は穏やかに進む。
「本当に『仮面の間』が存在するとは…」
「あはは、まあ実際滅多に使わない部屋だからね。アリウス殿下がお忍びで来たくらいだと使わないし」
アレクの呟きに、ダニエルが苦笑する。
「それにこの仮面達、初代様から三代目様までのはレプリカなのよ?」
「確か『僭王ヴィサリオの乱』時代に破壊されたんだったか」
「そうよ。鋳潰されて偽竜グザルフの仮面にされたらしいわ」
150年前の悲惨な内乱の影響が今でも尾を引いているという、リガール辺境伯家の歴史の重みに
「こうして話すのは初めてね、ウォーカー伯爵?」
「過日の件では私と再従妹を救っていただきありがとうございました、ユリア様」
「あら、わたしは妹の手助けをしただけよ?」
「それでも、あの時私を…俺を助けようとしてくれたのはエリカとユリア様だけでした。貴女のお陰で、
ユリアに対して今にも跪こうとする程の敬意を示すアレクに、エリカだけは誇らしげにするが他の面子はバツの悪そうな顔で目をそらす。
「なんだろう、本人はわざとじゃないんだろうけど強烈な当てつけに思える…」
「まあ儂ら容赦なく捨て駒扱いするつもりだったからのう…」
「一番悪いのはカレウス先生なんですけどね…」
ヒソヒソと話す野郎共に冷たい目を向けて、老婦人がため息をつく。
「まったく…情けないですね貴方達は」
「そうは言いますが
「そ、そうじゃぞ
「そうですよ大叔母上、僕は単なる仲介役で悪いのはカレウス先生とお祖父様です」
睨まれて必死に言い訳するアルトリウス達に、老婦人は処置無しだと言う雰囲気で首を振り、不機嫌そうに
「エリカ、あの御婦人は?」
「ジェンナ大叔母様、お祖父様の姉に当たるお方よ」
「ご隠居様の姉…ということは」
「そう。あの方は
六代目”カナンの騎士“リオン・グラハム。アレクの直近の先達にして、若くして病に倒れた悲劇の英雄。
北方の神聖ミトラリア帝国、そして東方の青麟帝国。創生間もなく破竹の勢いでその勢力圏を拡大していた両帝国の侵攻軍を
もしもリオンの寿命があと10年長ければ、両帝国の版図は統一前の戦国時代に逆戻りしていたと畏れと確信と共に語られる、もはや伝説の一端と成り仰せた連合王国の大英雄である。
リオンの墓が築かれた彼の故郷にある屋敷でその墓を護り続けているはずのジェンナ・グラハムが王都の屋敷を訪れたのは、とりもなおさず、自身の夫の跡を継いだ新たな”カナンの騎士“を見定める為であった。
そしてジェンナは、リガールに連なる者に稀に現れる黄金の瞳に冷たい光を宿し、言い訳を続けようとする愚弟と愚甥達を見据える。
「レオポルド、それにアルトリウスも、
「……叔母上、一応ここ祝いの席ですよ?」
「…そうじゃぞ姉上、少なくとも儂はこの者を認めてはおるぞ?」
そう答えたアルトリウスとレオポルドの顔から、先程までの慌てぶりも、そしてアレクを迎えた時に見せた穏やかさや剽軽さが溶け落ち、その目には長年を血みどろの戦場と悪辣な政治の世界で生き抜いた
「そもそもこの私を呼んだのは彼を
「大叔母様…?」
不機嫌そうに呟くジェンナは、エリカの声が聞こえたのか聞こえていないのか、一つ溜息をつくとアレクにその鋭い黄金の瞳を向ける。
その鋭い視線は、気の弱い者なら悲鳴を上げてたじろぎそうな程だったが、アレクは動じることなく平然としている。
「さて、改めてご挨拶させて頂きましょうか七代目殿。私はジェンナ・グラハム、かつて貴方様の先代に当たるお方の妻だった女です」
「名高き六代目”カナンの騎士“リオン・グラハム卿のご細君にお会いできて光栄で御座います。我が名はアレクサンダー・ウォーカー。国王陛下より”カナンの騎士“を襲名する許可を頂きましたが、未だ浅学未熟な身でありますれば、何が御婦人の気に障るような事を成してしまったのでしょうか?」
アレクは慇懃に、そして貴族として文句のつけようのない気品すら感じさせる所作でジェンナに不機嫌な理由を尋ねる。
それに対してジェンナはより一層不機嫌そうに加齢で白くなった眉を細める。
「そうですね、私が苛立っているのは我が愚弟とその息子に対してですが、貴方が私の質問に嘘偽りなく答えないのなら、そこに貴方も加わるやもしれませんね」
鋭く冷たいジェンナの眼光は、直接睨み据えられていないエリカ達すら思わず息を呑む程だったが、アレクは特に痛痒に感じることなく平然とグラスに注がれたワインで口を潤す。
その傷だらけの口元には、不敵とも苦笑ともとれる笑みが浮かんでいた。
そんな不遜なる新たな英雄に、かつて先代の大英雄を支えた女傑は挑むように問いかける。
「ウォーカー卿、我が夫の後継殿。一つ我が問いに答えて頂きたい」
「私に答えられる事なら構いませんよ?」
「そうですね…では、何故貴殿は陛下より賜りし名誉ある龍の仮面を
それは過日、TBM技研におけるアレクの
第一王子アリウスを守るためとはいえ、”カナンの騎士“の象徴たる龍の仮面を防具として使用して破損させたアレクへの糾弾であった。
元々、その時使用していた仮面はアレクが襲名する前から用意されていた
アレク自身も、そして国王や他の七大貴族も特に問題視していない事が、その批判に油を注いでいるとも言えた。
それに対して、アレクは悔やむでも悪びれるでもなく、淡々と答える。
「あの場で私が弾丸を
「貴殿には、その仮面に対する敬意は無いと?」
「
「っ!!?」
断言したアレクに、ジェンナだけでなくこの部屋で給仕を行っていたリガール家の家臣たちすら凍りつく。
連合王国の中でも、特に”カナンの騎士“を神聖視するリガール家において、冗談であっても口にできない台詞を、アレクが口にした故に。
そして異様なのは、そんなアレクの台詞を聞いて、隣に座るエリカや彼女の姉は楽しそうに微笑み、兄は苦笑している事。そして彼女達の父と祖父は、怒りも驚きもその顔に浮かべることなく、透徹した視線をアレクへと向けるのみであった。
「……ならば何故貴殿はその仮面を、”カナンの騎士“の名を求めたのです?」
「
そう言ってアレクは、隣に座るエリカの手を握る。
「命令とあらば万の軍勢を打ち払いましょう。必要とあらば邪魔な貴族家をこの手で殺し尽くしましょう。ですが、
アレクの言葉に応えるように、エリカはアレクの手に自身の手を優しく重ねる。
「…
「この仮面も、そして
対して、ジェンナはその黄金の瞳を鋭く細める。
アレクの言動に何ら気負いも、そして当然ながら嘘偽りも無いことを、その瞳で詳らかにせんが為に。
アレクの黒く、そして堅牢な意思を宿した瞳とジェンナの冷厳な瞳がぶつかり合う。
互いに言葉は無く、それでいて部屋中の人間に冷や汗をかかせるほどの殺気と覇気が二人の間で見えない火花を散らす。
力ではジェンナはアレクに遥かに及びはしない。だが、皺の浮いたその顔に厳しい表情を浮かべながらも、かつて先代“カナンの騎士”を支えた女傑はアレクの威圧に屈することなく相手を睨み返す。
エリカが心配するようにアレクの手を強く握る。
レオポルドとアルトリウスは冷徹な視線で、アレクとジェンナを観察する。
ダニエルは突然始まった壮絶な殺気のぶつかり合いに冷や汗を流し、ユリアだけは優雅に微笑みながらワインを傾ける。
そして、睨み合う二人の均衡はジェンナが俯く事で崩れた。
アレクから目線を切り、ジェンナはフルフルと結い上げた白髪を震わせる。その口からは、押し殺した
「フッ…ククッ…ハハハ、アッハッハッハッハ!!!」
「………えーっと?」
終いには腹を抱えて笑い出した老婦人に、アレクは殺気を納め困ったように首を傾げる。
隣でエリカも仲良く首を傾げ、ダニエルも何が起こったのか分からず困惑して
レオポルドとアルトリウスはホッとしたように溜息をつき、ユリアだけは嫣然と嗤いながらワインをお代わりしていた。
「アッハハハハハハ、はぁ…ああ、失礼しましたね、ウォーカー卿」
「いえ…」
「フフ、長生きはするものです。まさか
目尻に浮かんだ涙をハンカチで拭い、ジェンナは先程までの厳しい顔が嘘のように優しく、そして懐かしそうな笑顔を浮かべる。
「
「むぅ…じゃがのう」
「そもそも、“カナンの騎士”に無償の忠心など求める
今この時代において、おそらく唯一、真の意味で“カナンの騎士”の本質を理解しているジェンナは、アレクという、およそ国への忠誠心と無縁の、およそ制御不能な
そしてジェンナは、恭しくアレクに頭を下げる。
「先程は大変失礼しました、ウォーカー卿」
「いえ…しかし、
何となく、自身に殺気を向けていたのは演技なのだろうなと予想をつけていたアレクは、それはそれとして呵々大笑するジェンナに困惑しながら、ジェンナの口にした奇妙な台詞の意味を尋ねる。
「ああ…あれは我が亡き夫、リオンが遺した
そう言ってジェンナは懐かしそうに、壁に飾られた龍の仮面を、その中で最も新しい仮面に目を向ける。
「『もしも次に、この仮面を受け継ぐとするなら、誰よりもこの仮面に価値を見出さない者だろう。ただ、この仮面を便利で面倒な
それは病の床で、リオンが語った予言。
「あの人にとってこの仮面は、敵を引き寄せる便利な的であり、言う事を聞かない
最後は愚痴のように、懐かしそうに、そして悲しそうに夫との思い出を語る。
「ウォーカー卿。烏滸がましいかもしれませんが、我が亡き夫の後継が、貴方で良かった」
「…
「でしょうね。ですが、それで良いのです。ウォーカー卿、どうかエリカを、貴方が
「ええ、勿論です。それに、
アレクのその言葉に、エリカは頬を赤く染めながら嬉しそうに微笑む。
「そうよアレク。無理なんてしないでね」
「ああ」
そんな二人の仲睦まじい姿に、ジェンナは苦笑する。
「ウォーカー卿。最後に貴方に、我が亡き夫の
「…謹んで拝聴させて頂きます」
「『我が後輩、次の時代に生まれ出でし唯一人の
それは、かつて英雄として数多の敵を討ち滅ぼした一人の男から、
それは、強くなり過ぎた
きっとこの世界で、唯一アレクの強さを、その孤独を本当の意味で理解する大英雄の遺した、その永い戦いの日々への道標。
アレクは仮面の下で柔らかく微笑む。
幼き頃憧れた大英雄の、その忠告に感謝と敬意を込めて。
「ご忠告、感謝致します」
アレクは恭しく、誠意を込めて頭を下げる。
かつて英雄の介添を務めた貴婦人に、そして彼女に己の遺志を託した、己よりも遥かに高みに至った大英雄へ。
これにて躍動編は終幕です。
次回辺りで濡れ場を書いたらいよいよ、少し時間を飛ばして最終章となる奪還篇に突入します。
創作の息抜き兼ネタ出しの一環に、カクヨムにて新作を書いてみました。
本作とは世界観は共有していませんが、本作を読んでいると少しだけニヤリとできる内容…かも?
https://kakuyomu.jp/works/16818093081801746160