※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

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ついつい筆が乗ってしまった…
ある意味でざまぁ回です




間章⑩ 梟の弟子達

ーーー征服歴1501年2月 青角城 執務室ーーー

 

 青麟帝国第四皇子藍凱馮は傑物である。

 僅か10歳で、名前を隠して最難関とされる科挙の最終試験を突破し父と長兄を驚愕させ、西方の強国ヴィーテ=ガスク連合王国を攻略する作戦案を了承させた。

 十代半ばで自身が攻める予定の連合王国に留学し、手ずからスパイ網の構築と()()を見据えた人脈形成を行った。

 また、実地で連合王国の歴史を丹念に研究する事で、自らの戦略において最大の障害となりうる“カナンの騎士”に自身に都合の良い人材()を据え、その権威を()()する算段もつけた。

 

 大戦が始まってからも、帝国軍の消耗を最小限にしながら連合王国に恨みと嫉妬心を有する小国を矢面に立たせ、更に連合王国の王家に絶対の忠誠を誓う名門貴族を謀略によって反乱軍に仕立て上げ、連合王国の対応力を飽和させた。

 

 開戦から4年間、大陸屈指の経済力と軍事力を誇った連合王国は弱体化し、更に凱馮に都合の良い“カナンの騎士”が襲名する事で更に内部対立を深め最終的には分裂し、凱馮の目指す新たなる大陸秩序に組み込まれる…はずだった。

 

「参ったね…ここまで被害が大きいとは…」

 

 積み上げられた報告書は、連合王国に送り込んでいた間諜や協力者達の損害報告である。

 うず高く積み上げられた書類の山は、見ただけで凱馮の構築したスパイ網が壊滅的な損害を受けた事を如実に示していた。

 

 凱馮は山の中から適当な書類を抜き出し、ざっと目を通す。  

 書類には、帝国の密偵が秘密裏に出資していた新聞社が“カナンの騎士”を侮辱したという名目で家宅捜索され、記者の身分で潜伏していた間諜達が根こそぎ捕らえられたという内容だった。

 

 他の書類も、帝国と繋がりのあった貴族や商会が、当代の“カナンの騎士”のほとんど言いがかりに近い抗議で痛い腹を探られ破滅していった内容が書き連ねられていた。

 

グランツ伯爵(腹黒)め…この手の勘は本当に鋭いな」

 

 元々、アレクの“カナンの騎士”襲名を妨害する為に無理な工作をした自覚はあるが、帝国とのはっきりした繋がりを匂わせるようなヘマはしなかったはずである。

 それをほぼ状況証拠だけでクロと断定して、鬼札(ジョーカー)である“カナンの騎士”を容赦なく投入するカレウス・グランツの嗅覚と苛烈さは凱馮の予測すら越え、凱馮の顔から余裕の笑みを消し飛ばした。

 

「凱馮様、追加の報告書です…」

「…僕が言うことじゃ無いけど、容赦ないなぁ」

 

 秘書官であるメイヤから渡された資料を一読して凱馮は溜息をつく。

 つい数ヶ月前は翌日には届いた王都の最新情報が三日以上経ってようやく届く現状には、流石の凱馮も弱音を漏らすのである。

 

 

 そんな凱馮の執務室に、慌ただしく客人が訪れる。

 

「兄上!!」

「ここでは大将軍閣下だよ、劉貭将軍?」

「ハッ、申し訳ありません閣下!」

 

 およそ半年振りにこの部屋を訪れた同母弟に、凱馮は務めて以前と同じような態度で対応する。

 慌てて敬礼した同母弟の姿に、凱馮は親しみのこもった笑みを浮かべる。

 

「とはいえ、丁度今から休憩するところだ。お茶に付き合ってくれないかな、劉貭?」

「…はい、兄上!」

 

 メイヤがお茶を淹れに部屋を辞し、凱馮と劉貭は久々に兄弟として会話する。

 

「兄上…その、ちゃんと休んでおられますか?」

「あー…分かるかい?」

「以前より頬が痩けていますよ、それに化粧で誤魔化しているようですが目に隈も…」

 

 劉貭は心配そうに、傍目には分からないように完璧に誤魔化されている兄の消耗を指摘する。

 連合王国において、カイト・ジャッカード(役立たずの道化)がアレクサンダー・ウォーカーに敗北を喫して以来、藍凱馮が精緻に組み立てた対連合王国戦略は大きな狂いをきたした。

 連合王国に深く根を張っていた帝国の諜報網は、文字通り根こそぎ刈り取られ、戦後に向けて行なっていた様々な謀略はその大半が無に帰した。

 

 精妙に組み立てられた計画ほど一つの歯車の狂いが致命的になるというのは、藍凱馮程の英才ならば当然理解していたし、大抵の狂いならば修正できる体制を構築していた自負もあった。

 だが、”カナンの騎士“という強力すぎる切り札を得たカレウス・グランツ(梟の子孫)の悪辣さを、藍凱馮(梟の弟子)は甘く見ていたということである。

 

 そしてそのツケは、連日徹夜しても減らない膨大な決裁書と陳情の山として視覚的にも明らかな程、凱馮の身を蝕んでいた。

 

「大丈夫…とは流石に言えないが、まだ保つさ」

「兄上…」

「それに、悪いがこれからは僕の心配をする余裕はなくなるよ、我が弟よ」

 

 凱馮は苦笑しつつ、執務机の棚から地図を引っ張り出した。

 丁度メイヤが運んできたお茶を飲みつつ、凱馮はスペイサイド州の詳細な地形の描かれた地図を机に広げる。 

 

 現在、西方の極一部を除く全土を獣国に占領されたスペイサイド州は、藍凱馮がこの大戦において設置した()()()だった。

 

 その深く未開拓な森林により生み出される泥沼の戦場に連合王国の戦力を吸収し、その国力を消耗させ帝国の戦争戦略に最も重要な拠点たる青角城に戦力を割かせないための囮であった。

 そして予定通り、西方でのトランバレム公爵軍及びファガリア王国軍と連合王国軍の戦争が終わり、その際の戦績をもってカイト(道化)が”カナンの騎士“を襲名すれば、カイト(道化)に巻き込まれる形でスペイサイド州奪還に王党派の主力を引きずり込みすり潰す事を目論んでいた。

 

 この目的は、四年前の大戦開始からつい半年前までは八割方達成されていた。

 開戦当時の連合王国において戦争の差配を行った陸軍参謀総長ヴォルス・バレンタイン大将(当時)は、戦力の分散を可能な限り防ぐためスペイサイド州への援軍派遣は最低限に絞ったが、糧食や矢弾などの兵站物資については可能な限り充実させるよう徹底させていた事で、連合王国の戦時経済に十分なダメージを与える事が出来ていたし、他の戦場への牽制としては合格点であった。

 

 だが最後の最後、肝心の”王党派“主力の撃滅の段階になって予定が狂った。

 

 新たなカナンの騎士が、”革新派“の期待の星であるカイト・ジャッカードではなく、”革新派“に確執しかないアレクサンダー・ウォーカーが襲名した事で、”革新派“とそれに協力していた”王党派“の一部は追い詰められた。

 ”王党派“の主流派の子弟や派閥に入れない弱小貴族、そして平民達の犠牲を盾に、生き残ることでその空いたポストの独占を狙っていた卑怯者。立場は逆転し、そんな批判をかわす為に自らが血を流さねばならなくなった。

 

 たとえそれが、藍凱馮(影のパトロン)の設置した罠の中であろうとも。

 

「なるほど、つまり私は”革新派(裏切り者共)“が死なないよう上手く戦場を調整しなければならないと言うわけですね?」

()()()()()

「…え?」

 

 驚く劉貭に、凱馮は苦笑しつつスペイサイド州の地図上に駒を置いてゆく。

 

「予定では一月後には、連合王国のスペイサイド州奪還作戦が開始する。”革新派(愚か者)“共を先頭にしてね。彼らを僕が設定していた罠ですり潰せば、”王党派“…否、カレウス・グランツ(あの腹黒)を喜ばせるだけだ」

「ですから、逆に奴らを生かせば損をするのは連合王国の”王党派“なのでは?」

「その場合、どうしても連合王国軍のスペイサイド州解放は早くなる。つまり、予定していた()()()()は不徹底に終ってしまう可能性が高い」

 

 そう言って凱馮は、地図に置いた駒、すなわちスペイサイド州の主要な運河、灌漑施設、都市部の上下水道、そして橋梁など、スペイサイド州の基礎インフラを指差す。

 

「獣国に連合王国軍の相手をさせつつ、これらの主要な設備を容易に再建できない状態まで破壊するには時間がかかる。”革新派“だからと手加減をしてこの作戦を失敗させれば、10年後にはこの青角城が危険に晒される」

 

 スペイサイド州という連合王国にとっての東方への橋頭堡を、焦土化する事で逆に()()にとっての西の空間防壁として活用する。

 凱馮が戦前から想定していた()()()()が、この大戦の最終段階で破綻の危機を迎えているのであった。

 

「忌々しい…これまで僕は、連合王国に対して常に()()()()立場にあったはずなのに、ここに来て()()()()()立場になったというわけだ」

「申し訳足ません兄上…あの時あの”顔無し“をきちんと殺していれば!!」

「…過ぎた事はいいさ、弟よ。兎も角、選ばされるのは癪ではあるが、優先すべきはスペイサイド州の完全焦土化だ。()()()()獣国軍は見捨てていいから、スペイサイド州から()()まで、文明を1000年ほど戻してしまってくれ」

「お任せください。この大戦、我々のみは勝って終わりましょう!」

「ああ、期待して…うん?」

 

 どれほど想定外の事態が発生し、敵に一騎当千の大英雄が出現しようとも、凱馮の設定した()()()()は越えられない。

 そもそも、凱馮の最終的な目的はこの青角城を中心とした一帯での()()()設立である。

 

 凱馮の精神的な師、大陸最凶にして最悪の謀略家たる二代目”カナンの騎士“リシャール・グランツの戦略思想を反映し、周辺国を分裂させ、自国を脅かす大国の成立を妨害し、防衛すべき国境線の外郭に進軍を阻む焦土防壁を作り出す。そして安全圏で国力を増勢し国家百年の安寧を生み出す。

 

 凱馮の野心と、愛すべき兄の権力の安定化、そして万が一の場合の兄弟の避難場所。己の理想郷の設立こそが、大陸屈指の謀略家藍凱馮の戦略目標なのであった。

 

 現状は満点とは言えないが、赤点は回避し十二分に取り返しのつく状態である。

 後は勝ち逃げし、暴力ではなく外交手腕によって新国家を安定させる事が出来ると、凱馮は不満を抑え弟と共に笑い合った。

 

 そしてその凱馮の耳に、扉を叩く音が届く。

 

「藍凱馮閣下、入っても宜しいでしょうか?」

「ああ、構わないよ。緊急かな?」

「は、はい。その…連合王国の第一王子より()()が届いております」

「アリウスから…?」

 

 現在は敵国である連合王国の第一王子アリウス・ヴィーテは、藍凱馮にとっては数少ない友人でもある。

 およそ10年前、連合王国に留学し『学園』に編入した際に共に学んだ学友であり、帝国に帰国後も開戦までは文のやり取りを続けていた。

 大戦が始まってからは、当然ながら文を交わす事は無くなった訳だが、このタイミングで公式な文書として自分にアリウスが親書を送ったことに、凱馮は僅かに嫌な物を感じた。

 普段の余裕のある微笑が、僅かに引き攣る程度には。

 

 封蝋に連合王国の国章たる太陽を背負う白馬の紋章が刻印された高級な羊皮紙の巻物は、正式な連合王国の外交文書の形式であり、使用できるのは国王及び外務大臣、そして国王を輔弼する宰相と、()()()のみである。

 

「……継承権を巡る暗闘が終わったということかな」

 

 友人であるアリウスの地位を突き崩す謀略は失敗したなと、まだ封を切っていない書簡で即座に察し、凱馮は内心舌打ちしつつ親書の内容を確認する。

 

 縦書きの、()()で使用される表意文字を用いて記された親書の序盤は、帝国の書式に基づいた時候の挨拶である。

 それだけでそこそこ長い手紙の三分の一を占めているその序文をさらさらと読み飛ばし(悔しい事に文句をつける隙はなかった)、ようやく本文に辿り着く。

 

『さて、長々と時候の挨拶を記したけど間違いはなかったかな? 一応秘書官とダニエルに確認させたけど僕も慣れてなくてね。もし君が()だったら添削して送ってくれないかな?』

 

 どう読んでも煽っているとしか思えない書き出しに、流石の凱馮もヒクリと眉を動かす。

 

『とまあどこの国でも無駄に長い形式張った挨拶はここまでにして、改めて久しいね、我が学友にして憎むべき我が祖国の仇敵、藍凱馮殿下。君のお陰で僕はつい2ヶ月前まで寝不足と胃炎に悩まされていたんだよ? まあ最近はぐっすりとお昼まで眠れるしご飯も美味しいけどね。そっちは大丈夫かい? ちゃんと眠れてるかな? 睡眠不足は身体に悪いよ?』

 

 随所に散りばめられた嫌味にイラッとしながらも、所詮は負け惜しみだと思考を切り替え、凱馮は親書を読み進める。

 

『おっと、すまない。やはり気の置けない友相手だと筆が進みすぎてしまうね。きっとこの手紙が届く頃には温泉街でバカンス中の僕と違って君は忙しいだろうからそろそろ本題に入ろうか?』

「あ、兄上!? 落ち着いてください、まだ手紙は途中です!」

「殿下! それは曲がりなりにも親書です。公文書を破り捨てようとするのはやめて下さい!?」

「……簡単に破り捨てられないように高品質の羊皮紙にしやがったな」

 

 額に青筋を浮かべ、かなり力を込めてのに破れない羊皮紙の手紙を睨みながら、凱馮は辛うじて理性を働かせて続きを読み進める。

 

『僕がこうして君に親書を送ったのはね、君が10年前にいつか読みたいと言っていた()()の閲覧が許可されてね。その一部を君に伝える事にしたんだ』

「なに…?」

 

 アリウスの奇妙な言い回しに凱馮は眉を潜め、過去の記憶を呼び起こす。10年前、すなわち自分が連合王国に留学していた際に探し求めた物とは何かを。

 そして直ぐに思い至る。あの頃、後の大戦の為であると共に自身の探究心に突き動かされるように探し求めた、二代目”カナンの騎士“(リシャール・グランツ)が遺したとされる回顧録。その中に記された、当代の”カナンの騎士“とその騎士が許可した物のみが閲覧を許される膨大な量の備忘録の事を。

 

『君、なんとしても二代目様の備忘録を読みたがってただろう? 実は当代の”カナンの騎士“であるウォーカー卿が早速件の備忘録を一通り読破して写本も作ってくれてね。僕や七大貴族の当主達、それに陛下に回覧されたんだ。あ、これ歴代”カナンの騎士“の伝統らしいよ? なんでも二代目様が”時代が下れば言葉も変化する。ボクの後輩達にはせめてこのボクの遺す備忘録(助言)を後世に伝えてくれ給え。あ、グラッパ(馬鹿弟子)お前はやらなくていい。リリエラにやらせたから“と仰られたらしくてね』

 

 ”最後の台詞いる? ”と思わずツッコミを入れそうになるのを堪え、凱馮はいよいよこの親書の核心となる部分を読み進める。

 

『実はその中に、どうしても君に読んでもらいたい記述があったんだ。これからその部分を記すから、講和会議の時にでも感想を聞かせてくれないかな? ああ心配しなくてもウォーカー卿の許可も取ってあるよ。今ちょうど臨時の秘書官兼護衛としてこの手紙の添削もしてもらってるからね』

 

 凱馮は、権力者に振り回されているであろうアレク(被害者)に少しだけ同情し、そして違和感を感じながらもずっと読みたいと思っていたリシャール・グランツ(謀略と戦略の師匠)の遺した文章に心を躍らせる。

 

 するとこれまで読んでいたアリウスの文章から筆跡そのものが変化する。

 どうやらここからは二代目“カナンの騎士”リシャールの備忘録、一部の歴史家の間で【梟の手記(オウル=ノート)】と呼ばれている文章に当たるため、臨時の秘書官である七代目“カナンの騎士”アレクサンダー・ウォーカーが記さねばならないらしい。

 こちらも文句のつけようのない几帳面で格式張った帝国語で記されている。

 

『【リシャールくんの雑記録!】第158章(全274章)より抜粋』

「……こんな表題だったのか」

 

 なんとなく、かの備忘録の正式名称がどこを探しても見つからない理由が察せられた。

 

『“さて、この章では我が遠き未来の後輩だけでなく、悠久の時を越えて()()()()()となった君へ言葉を贈ろう”』

「っ…!!?」

 

 その文章を目にした瞬間、凱馮の背筋が粟立ちこれまで感じていた高揚感が瞬時に崩れ去る。

 まるでハラワタを冷たい氷の手で弄られるような生理的な嫌悪感に、親書を持つ凱馮の手は震えていた。 

 

『“ちょっと前…と言ってもこれを読んでいる君達には誤差程度に遥か昔の事だけど、ボクは子孫や弟子達向けに自叙伝を書いたんだ。ボクの成功と失敗、それら全ての事象に分析を加えてボクの祖国が将来、致命的な失敗をしない為の警鐘とした訳だ。ただまあこれを読むと、逆にどうやればボクの祖国を切り崩し切り刻めるかも分かっちゃう訳だ…そう、君みたいに優秀な人間ならね”』

 

 事実、凱馮は連合王国との戦争に際して二代目“カナンの騎士”リシャール・グランツの功績、失敗、そしてその言動など、遺された数多の情報を徹底的に分析した。己の師と呼べる存在を生み出した連合王国を、己が支配下に置くために。

 

「“どれほど巨大な組織、盤石な体制であろうとも人間が運営する限り人間そのものが弱点となりうる。相手よりも早く、相手よりも正確な情報を得て、敵に内通者を作り、組織内に対立の火種をばら撒く。わざわざ剣を振るわずとも、国すら陥落させる謀略戦の基礎だ。ボクの後輩がこの手記を君に送ったということは、君はおそらく君の時代で特に秀でた謀略の天才なのだろうね”」

 

 それは時代を越えて、大陸の歴史に名を刻む大英雄が己の弟子へと贈る偽りなき賞讃。それがたとえ彼の愛した祖国の怨敵であろうとも、いやむしろ祖国を脅かすほどの強敵であるからこそ、リシャールは心の底から、自身の死後に現れた天才を褒め称える。

 

「“そんな誇らしい我が弟子に、僕が陛下に送った回顧録に書かなかった…というよりも書けなかった事を伝えようと思う。ああ、きっとボクの遺言通りこの文章を写本しているであろう我が後輩も心に刻んでおくといい。まあ、ボクの後輩にはあまり為にならないかもしれないけどね?”」

 

 軽やかでおどけた語り口で、文章の中のリシャールが肩を竦めたように、凱馮には感じられた。

 そして、背筋を撫でる悪寒がより強くなったとも。

 

「“ああそんなに身構える必要はない。簡単な事さ。回顧録だと、まるで僕が謀略で大陸を手玉にとる天才みたいに書いたけどさ…ねえ、()()()()()()()?”」

 

 ただの文章のはずなのに、その文字を目にした凱馮の肩にズシリと重々しい重圧がかかる。そうそれはまるで、東方の術者が行うとされる呪術の如く。

 

「“我が遠き未来の弟子よ。きっとボクと同じく、身内に優しいのに同じくらい人を陥れるのが好きでたまらない人非人よ。普通はね、ボクや君みたいな外道は滅びるんだ。世の中は上手く出来ている。僕達みたいな人でなしは、()()()()()()には敵わない。取引が出来ない純粋な力には、僕達の頭脳など如何程の価値もあるものか”」

 

 それはある意味で、リシャール自身の人生の否定に等しい。

 謀略において右に出るものなく、己に敵対するものを剣を用いず陥れ、戦うことなく地獄へ叩き込んだ叡智の怪物こそが、絶対的な暴力に敗北を宣言するなど…あってはならない。

 

 それは、藍凱馮という存在の否定であるが故に。

 

「“では何故ボクはこうして、悠々自適に安楽椅子に揺られながら口述筆記でこんな雑記録を作っているのかと言うとだ。ボクは何百万もの人間を、村を、街を、国を陥れて、互いに憎ませ、殺し合わせた。時に軍を率いて争いを助長し、ある時は制御不能になった連中を殺し尽くしたとも。きっとボクには、大陸にて死に、これから死ぬ億千万のニンゲン達の怨嗟が纏わりついていることだろう。利害や危機感を越えてボクを殺したいと願う者達を集めたら、きっと王都から溢れてしまうね”」

 

 まるで笑い話のように、大陸史上最悪の謀略家は己の外道じみた所業を告白する。

 

『“でもね、ボクはきっとベットの上で死ねる…死ねたよね? まあいいか。何故ボクなら大丈夫なのか。なに簡単な事だ、我が弟子よ。単に、ボクが()()()()()()()()さ”』

 

 リシャールはまるで開き直るかのように、だが最もシンプルで説得力のある理由を開陳する。

 

『“軍勢も、暗殺者集団も、暴徒も、ボクの計略の邪魔をする愚か者共は手ずから討ち果たしたとも。むしろ苦労したのはボクがつよすぎた事を隠すことだった位だよ。まあともあれだ、なあ我が弟子よ。君に、万の軍勢をたった一人で薙ぎ倒す無双の剣腕はあるかな? 寝込みを暗殺者に襲われて、徒手空拳で返り討ちにするのを丸一年続ける気概はあるかな? 獅子を討ち取る獰猛な奴隷剣士を何もさせずに打ち倒す自信は? …ねえ、()()()()()()()()()()()()と思ったかな?”』

「っ……!?」

 

 まるでこちらの心を読んだかのように、文章の中のリシャールが問いかける。

 有り得ない…荒唐無稽な話の筈なのに、まるで全て可能だと豪語するような語り口で。

 

『“残念だね…もしもこれが出来ると胸を張って言ってくれるのなら、ボクの祖国をくれてあげても良かったんだ。もし君自身が出来なくても、君が自分の命を任せて良いと思える部下がいればそれで良かったんだけど…()()()()()()”』 

「なんだ…なんなんだ…っこれは!!」

 

 藍凱馮が、普段の温和で自信に溢れた姿をかなぐり捨てて叫ぶ。

 だがその見開かれた目は、続きの文書を追ってしまう。

 

 その先に、どれほどの絶望が待っていようとも、もはや凱馮はこの文章を終わりまで読まねばならないのだから。

 

『“遠き未来の我が弟子よ。()()()()()()()()()()()、我が祖国の敵よ。ボクの知性を理解しながら、何故ボクがグラッパ・ザーレ(馬鹿弟子)を後継に選んだのか理解できなかった者よ”』

「な…ぜ、そこまで」

 

 リシャールは言い当てる。藍凱馮が唯一もつ彼の弟子としての瑕疵を。

 稀代の謀略家リシャールが育てた、己とは真逆のただ強いだけの怪物が何故“カナンの騎士”に選ばれたのか、その怪物性しか理解出来ていなかった事を。

 

『“まああんまり自慢できる事じゃないよ。単にボクは、()()()()()()()()()()()()()を見出だせただけだからね。ボクと同じ怪物で人非人で、でも()()()()()()()()の為に戦える英雄を。きっといつか…ボクが死んだ後に現れるボクの弟子(劣化品)を確実に仕留められる英雄を…ね?”』

「そんな、いや…有り得、ない…」

 

 凱馮は自分に言い聞かせる。

 これは単なる文章でしかない。200年も前にくたばった老いぼれの、単なるメモ書きでしかないと。

 

『“流れは作った。きっとボクも、そして我が馬鹿弟子もまた死んだとしても、きっとボク達の願いは受け継がれる。ボクの愛すべき祖国にはきっと、誰よりも強く外道を打ち払う英雄は生まれ出るさ。何故なら、戦争は英雄を育み鍛え上げる。上は王族から平民まで、尽くを戦場に叩き込み篩い分ける我が国の戦争機構ならば、英雄を掬い上げる事も可能だしね。ああ、忠告するけど外から下手に手を加えないほうが良いよ。強い鉄はより強い炎の中で育まれるからね。邪魔しようとするともっと強く厄介になるものだよ?”』

 

 それはまるで、凱馮の行いが無駄どころか逆効果であると語るように。

 

『“さて長々とちょっと恥ずかしい自分語りしちゃったしそろそろ〆よう。さあ我が遠き未来の弟子よ、ボクの金言を心に刻んでおくれ”』

 

 慈悲深く冷酷な英雄は、遥か未来の己が理解者へ警告する。

 

『“君はきっと君の生み出した英雄に敗れ去る。君の敗因は自らを殺しうる怪物を手元に置けなかったことだ。自分より強く優秀な誰かを配下に見いだせなければ、君はきっとボクの後継に殺されるだろう。ああ今君が考えた事を当ててあげよう。きっと君はこう思ったはすだ、自分は決してカナンの騎士と戦う場所に自分を置かない、と”』

「…化け物め」

 

 思考を言い当てられた凱馮が吐き捨てるように呟く。

 

『“残念だけどそうはいかない。ボクの記した助言の中で大事な言葉の1つがそれなのさ。ボクの未来の弟子は必ず殺せ、というね。放って置けば必ず祖国を、そして己の大切な人を脅かす脅威を、()()()()()と何度もしつこく書いたからね”』

 

 それは遥かな過去から未来へ向けた処刑宣言。

 餌をばら撒き食らいついた獲物を仕留める、賢しき狩人の張り巡らす致命の罠。

 

『“震えたまえ、怯えたまえ。畏れ、恐怖し、逃げ惑いたまえ。例え君が地の果てに逃げようと、君だけは確実に殺してしんぜよう。何故なら君は、()()()()を受け取るほどに実力と脅威を示したのだから”』

 

 それは宣戦布告。

 連合王国を脅かす脅威へ、連合王国の守護者が叩きつける決闘状。

 

 そしてそれは、己を常に安全圏に置き続けた黒幕へ突きつけられる必殺の刃である。

 

『“ではさらばだ我が弟子よ。いつか地獄で、君の活躍を教えてくれたまえ”』

 

 こうして連合王国第一王子アリウス・ヴィーテから、否、二代目“カナンの騎士”リシャール・グランツから藍凱馮へ贈られた親書は終わる。

 

「あ、兄上…?」

「凱馮殿下…?」

「……劉貭、メイヤ、暫く一人にしてくれ。考えることがある」

 

 凱馮は信頼する弟と愛妾を部屋から送り出し、1人沈みゆく太陽を睨む。その先にあるであろう、リシャールの墓を睨みながら。

 

「安い挑発だ。だが屈辱だよアリウス、アレクサンダー・ウォーカー、カレウス・グランツ…そしてリシャール・グランツ!」

 

 凱馮は頑丈な羊皮紙を破り捨て床に叩きつける。

 

「いいでしょう我が師よ…地獄で共に語らいましょう。まあ何十年先かは僕が決めますがね」

 

 そして羊皮紙を火に焚べる。

 既にそこに記されし金言を、心に刻みこんだ証として。

 

 

 

 




要約:
ルルーシュがどんなに頑張って作戦立てても敵にスザクがいたら顔芸不可避でしょ?
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