※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

164 / 228


最終章開始
ようやく主人公を遠慮なく無双させられるぜ!



奪還篇
119話 戦場に神はいない①


ーーー征服歴1501年4月 スペイサイド州北西部 イメーム丘陵ーーー

 

 征服歴1501年3月、雪が解け切らない初春を以て奇襲的に開始された連合王国陸軍のスペイサイド州奪還作戦には、正面兵力12万に後方支援の関連人員約8万の大兵力が投入された。

 大軍の通行可能な街道が州の東西を縦断する一本しか無いスペイサイド州の侵攻に際して、連合王国陸軍は現在唯一支配下にあるスペイサイド州の西の入り口、フォーレス要塞から本隊を進軍させると共に、南北にある細い複数の支道から大隊単位の別働隊を大量に派遣し、獣国軍の対応を飽和させた。

 

 これは昨年、獣国の行った同時飽和攻撃を焼き直した戦術ではあったが、獣国如きとは本来比べるのも烏滸がましいほど組織化された連合王国陸軍が行うそれは、残置間諜による情報撹乱も伴う水際立った物だった。

 

 スペイサイド州西部防衛に派遣されていた獣国軍は潰走し、昨年陥落したスペイサイド州西部の中心都市グレングラントは連合王国に奪還された。

 だが、このまま街道の東にあるカクトラム要塞を攻撃しようとした時点で連合王国の快進撃は一時中断となった。

 獣国の撤退を支援した帝国軍が、獣国兵がまだ対岸に残っている段階で橋梁を破壊したり、街道沿いにある市街や村を徹底的に略奪、放火して大量の難民を生み出し、連合王国陸軍の進撃を妨害したためだった。

 難民の保護と補給線の確立の為に本隊がグレングラントで一旦体勢を立て直している間、別働隊は南北からカクトラム要塞の後方へ回りこまんと被害を顧みぬ侵攻を続けていた。

 

 特に北部に投入された、カイト・()()()()()中佐率いる特務増強大隊、通称“龍咆大隊”を主力とする別働隊はスペイサイド州北西部の防衛基地であった旧カルメリア基地を陥落させ、さらに戦果を求めて西方へと侵攻を行っている。

 

 しかし、急速な進撃と獣国及び帝国軍の焦土作戦によりその補給線は細り、突出してしまった龍咆大隊及びそれに呼応して進軍した“革新派”系の部隊は、敵軍に対してその柔らかい脇腹を曝すこととなった。

 

 カクトラム基地を接収した連合王国陸軍スペイサイド州方面軍の北方管区担当である特務集成第一旅団(連合王国において旅団は戦時に編成される連隊以上師団以下の戦闘単位)は、予備兵力として後方に拘置されていた部隊による解放地域の安定化と補給線の維持を決定した。

 

 こうして招集された部隊の一つに、第107独立嚮導大隊の名前もあった。

 

 

「ウォーカー少佐、確か我々の任務は獣国の脱走兵に襲われた民間人の救出と残党の撃破でしたよね?」

「ああ、敬愛すべき旅団長閣下から直々の命令だな」

「欠片も尊敬の心が感じられないわよ、アレク…」

 

 カクトラム基地から最前線に繋がる街道にほど近いイメーム丘陵、その頂上に布陣した1000を優に越える()()()の軍勢を眺めながら、アレクとエリカ、そしてリゼル・エクトル中尉は馬上で呑気に自分達を誤情報で死地に追いやった旅団長を皮肉る。

 

「ウォーカー少佐、難民は輜重部隊と一緒に護衛の一個小隊を付けて後退させやした…これでこっちは800と少しでさあ」

「少佐殿、ご要望通り偵察して来ましたがあっちはおよそ1500はいますぜ。騎兵の数は大したこと無さそうっスが、あんないい位置に布陣されりゃなかなか手が出せやせんぜ?」

 

 そんな三人の後から声がかかる。

 難民の避難誘導を担当した大隊最先任下士官バグラム曹長はなんてこと無いように戦力の不足を報告する。

 もう一人、斥候騎兵小隊の小隊長であるザテレン少尉が、北方の騎馬民族出身らしい精悍な顔を顰めて敵軍を偵察した内容を伝える。

 

 連合王国陸軍において、平時では大隊は三個中隊(一個中隊には二個小隊が所属)に幕僚団を加えた600名強である(一個小隊は100名)。

 ただし戦時編制ではここに一個中隊(多くの場合は騎兵)が加わる。アレク率いる龍驤大隊においては大隊練成時から基幹の歩兵三個中隊に加えてエリカ・リガール大尉率る騎兵一個中隊、更にバレンタイン公爵に頼んで用意してもらった索敵騎兵が一個小隊、そこに工兵分隊や輜重小隊が加わり合計人員は1000名を越えていた。

 ただし、難民の護衛のため一個小隊が抽出され、傷病者や老人に子供など歩くのが遅い難民を速やかに移動させるために輜重小隊の馬車も使用しているため、現在この場に残る人員は800と少しとなってしまっていた。

 

 

「野戦築城はどうだ?」

「あっちもまだここに着いてから時間はあまり無かったようで、最低限の馬防柵と逆茂木くらいですな。俺の隊やリガール家の姫さんの部隊なら飛び越えるのは簡単ですが、あっちは弩弓兵を揃ってます。ま、ハリネズミになるのが落ちですな」

「長槍兵は?」

「たっぷりいますな。連中、騎馬民族(俺達)の殺し方をきっちり仕込まれてますな」

「なるほど。流石、バレンタイン公が名指して送ってくれただけのことはある」

 

 叩き上げらしく伝法な口調だが、ザテレン少尉の見立ては実戦経験に裏打ちされた確かな物だった。

 帝国軍の装備と編制が、騎兵の突撃を徹底的に拒絶する物だという見立ても、実際にそれらと戦った経験からの発言である。

 

「ウォーカー少佐、撤退しますか?」

「後を撃たれるのがオチだな。足手まとい(難民)を連れていれば足も遅くなるし、補給線を寸断するあの場所に拠点を作られるのは厄介だ」

 

 撃退するなら今しか無い事を、リゼルはあえて消極的な提案をすることで確認する。

 

 

「少佐、兵達ですが全員浮足立ってやがりまさぁ。まあ下士官は兎も角、士官も兵士もこんな不利な状況で戦うのは初めてですからなぁ」

「だろうな」

「しかも相手の兵力は倍で、しかも高所が取られて騎兵殺しの編成で固めてる相手にそのまま突っ込めば被害が大きすぎるわよ?」

「そうか?」

「そうよ」

 

 厳しい訓練により、行軍では落伍者を出さなかった龍驤大隊だが、元ガラクタ中隊の下士官たちは兎も角、兵士達の多くは良くて西方戦線で形だけ戦った事がある程度の新兵揃い。士官についてはアレクの厳しい査定で初期から半数程度入れ替えられ、なんとか最低限、アレクの指示を問題なくこなせるようになりはしたが、こちらも実戦経験は殆どが自軍が優勢だった西方戦線での戦闘のみ。

 練度そのものよりも、実戦での殺し合いでその恐怖を鈍らせるだけの経験そのものが足りていなかった。

 それに加えて、目に見えて分かるほど敵軍は優勢である。

 

 そもそも兵力的に優位な状況で戦えることの少なかったガラクタ中隊の元隊員は兎も角、その他の新米達には今の状況は怯えを抱くなと言うほうが酷であった。

 頼みの騎兵も、相手が対策を立てていればその破壊力は半減する。

 

「ある意味でここが初陣だからな。今回だけは大目に見るとしよう」

 

 そう言ってアレクは、自身の後ろに整列する龍驤大隊の兵士達を睥睨する。

 兵士達はアレクの眼前で、整然と戦闘隊形を組んでいる。

 だが、兵士達の顔には不安と恐怖が浮かぶ。眼前で白馬に騎乗する指揮官の苛烈さは、僅かな訓練期間の間に既に骨身に染みているからであり、その指揮官がこれから自分達を死地に放り込むと確信しているからだ。

 

 龍を模した禍々しい仮面に隠されたその顔にどんな表情が浮かんでいるのか、兵士達には分からない。

 だからこそ、アレクが彼らに向けて放った言葉は驚きと困惑で受け止められた。

 

「俺の大隊に配属された幸運で勇敢な兵士達よ、聞け」

 

 長い戦場生活で潰れたその低い声には、普段の冷酷さではなく、兵士達を気遣う優しさが籠もっていた。

 

「お前達は俺の課した厳しい訓練をくぐり抜け、今この戦場に立っている。今日この日より正式に、お前達は俺の、七代目“カナンの騎士”アレクサンダー・ウォーカーの直率する勇者となる」

 

 アレクの黒い瞳が、未だ困惑の強い兵士達の様子を慈父のように見渡す。

 

「だが、お前達にもまだ不安はあるだろう。この俺が、()()なのかというな」

 

 その言葉に、多くの兵達が怯えたように肩を震わせる。

 

「ああ叱責するつもりはない。お前達の不安、そして不満は正当な物だ。だからこそ、()()してやろう」

 

 アレクは穏やかに、そして力強く宣言する。

 

「俺が何故、この仮面を陛下より賜るに至ったのかを。改めて、お前達の目に焼き付けてやろう」

 

 アレクの瞳に、ギラギラとした戦意が宿る。

 

「お前達に、そして我が物顔で俺達の祖国の土を踏みにじる侵略者(愚か者)共に、“カナンの騎士”の強さを、戦場より神などという妄想を駆逐した真の英雄の力を見せつけてしんぜよう」

 

 芝居がかった口調で、不遜とも取れる宣言を行ったアレクは丘の上に陣取る帝国軍へと向き直る。

 

 アレクは振り向かず、部下達へと指示を送る。

 

「エリカ、斬り込むタイミングは任せるぞ」

「ええ、任せなさい」

「エクトル中尉、歩兵達の管理は任せる」

「承知しました」

「バグラム、エクトル中尉を助けてやれ」

「任せてくだせぇ」

「ザテレン少尉、()()()()だ。派手にやれ」

「了解ですぜ、ボス」

 

 指揮官たちはそれぞれ自身の受け持つ部隊へと戻る。

 

 そしてアレクは1()()、帝国軍へ向かって白馬を歩ませた。

 

 

 






長くなったので分割します
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。