※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

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久々の主人公無双


120話 戦場に神はいない②

ーーー征服歴1501年4月 スペイサイド州北西部 イメーム丘陵ーーー

 

 丘陵の上に陣取り、連合王国軍の突撃に備えて戦型を整えさせた帝国軍の指揮官、曇千人将は敵軍から1人進み出た騎兵の動きに眉を顰める。

 

「何をするつもりだ…?」

 

 たった1人でこちらへ向けて馬を進める騎士、その顔が不遜にも龍を模した仮面で隠されていることから、悪名高い今代の“カナンの騎士”だということは理解できる。

 だが、兵士達に向けて何かしらの演説を行った後に何故かこちらへ向けて()()で向かってくるのは理解不能である。

 

「…まさかとは思うが、1人でこちらに突撃するつもりか?

「部下達の反応が悪かったようですし、なんとか士気を高めるために斬り込んでくるのでは? 噂が事実なら指揮を執っている前線の百人将位なら討ち取れるでしょうし」

「うーむ…」

 

 副官の言葉に曇千人将は悩む。副官の言葉には一定の説得力があるし、兵士にまだ信頼されていない指揮官が己の実力を示すために小数で大軍に挑むことも、戦史を紐解けばないことはない。

 

「……念の為に一部の盾兵と長槍兵を後ろにまわせ」

「敵が回り込んでくると?」

「最前列に布陣している騎兵…あー、連合王国だと中隊だったか? あれの他に先ほどからちょろちょろと我らの布陣を探っていた騎兵が敵陣の右翼後方にいるな。我らの目をあの不遜なる蛮族の英雄に集めて、前後から挟撃されたら厄介だ」

「数ではこちらが上です。冷静に対応すれば各個撃破出来ますね」

「ああ…」

 

 自信を持って断言する副官の言葉に、曇千人将は歯切れの悪さを隠しきれないまま頷く。

 帝国北部の豪族出身の曇千人将は、北方の騎馬民族との紛争で実績を積み、その仕事ぶりを認められて第四皇子の西方征伐における将校の一人に抜擢された。才気煥発という訳では無いが兵をよく統率し、今回の様な独立遊軍を率いる立場において如才なく決断できる胆力も有している。

 だが、曇千人将の顔には渋面が浮かぶ。

 

 曇千人将は、直属の上司である藍劉貭将軍が自分達帝国軍の将校を集めて行った忠告を思い出す。

 

『もしも戦場で“カナンの騎士”と相対する事があれば、迷わず逃げて良い。最悪、雑兵や獣国軍を囮にしてもいい』

 

 当然、集められた将校達、下は千人将から将軍達までが反発した。“自分達の実力を信頼していないのか”“逃げるなど武人の恥だ”と。

 

『お前達は我が敬愛する兄上が集めた精鋭だ。だからこそ、こんな辺境で死んでほしく無いのだ。奴は、あの忌々しい“顔無し“は強い。だから頼む、恥を忍んで逃げてくれ…責任は私と兄上がとる』

 

 逐次たる想いで、かつて”顔無し“に傷つけられた傷を撫でる劉貭の誠意に納得し、将校達は劉貭の忠告を受け入れた。

 

「引くべきか…いや、だが勝てる戦いをみすみす捨てるのは…」

 

 北方騎馬民族との小競り合いで経験を積んだ曇千人将からすると、高所をとり最低限の野戦築城を行ったこの布陣は、同数の騎兵であっても撃退できる好立地だ。たった1人の、たかだか小さな戦や決闘が強いだけの騎士1人を恐れてこの地を捨てるのは惜しい。

 

「……ん?」

 

 ゆっくりとこちらの陣に近づいていた仮面の騎士はいつの間にか立ち止まっていた。

 その位置はいやらしい事に、帝国軍の弩弓がぎりぎり届かない位置ではあったが。

 

 仮面の騎士アレクサンダー・ウォーカーは、帝国軍と連合王国軍の狭間で堂々と流暢な()()()で帝国軍を挑発した。

 

「愚かなる侵略者達よ、聞け。我が名はアレクサンダー・ウォーカー、連合王国の新たなる”カナンの騎士“にして、貴様達を一人残らず冥府へと送り届ける案内人である」

 

 あまりにも不遜な、愚かとすら言える挑発が続く。

 

「もしもお前達に、猿程度の智能があるのならば今すぐ武器を捨て降伏しろ。もしも()()すると言うのなら、お前達は我が国の歴史書に、『たった1人の騎士に敗北した弱者』と永遠に記される事になるぞ?」

 

 冷笑混じりの挑発に、帝国軍の兵士達は激昂し今すぐにでも仮面の騎士を殺しに駆けだそうと身構えるが、彼らのボスである曇千人将が怒声と共にアレクへと言い返したので落ち着きを取り戻した。

 

「愚かなりし蛮族の英雄よ。貴様こそ今我らに頭を垂れ臣従を誓い妻子を差し出せば、命だけは助けて奴隷として見世物にしてやるぞ」

 

 兵達の動揺を鎮め激発を抑えるため、曇千人将はあえて過激な挑発を行う。

 相手側もそれを理解はしているのだろう。仮面の下に苦笑と憐れみの気配を宿し、仮面の騎士は最後通牒を突きつける。

 

「遺言はそれでいいな?」

「貴様こそ、惨めに死に後世に恥を晒せ」

 

 帝国軍と仮面の騎士との奇妙なやり取りは終わる。

 

 それを告げるように仮面の騎士、アレクは騎乗していた白馬から降りる。

 

「……今更降伏する気か?」

 

 副官の呟きは、帝国軍の多くの者の気持ちを代弁した物だったが、すぐにそれが違うことに気付く。

 馬の首を優しく叩き、自軍へと帰らせたアレクが、腰に佩いた剣を抜き放ったからである。

 

「黒い、苗刀…いや倭刀か」

 

 曇千人将は、アレクの佩刀が海を越えた遥か東の島に住まう蛮族達が愛用する刀剣、倭刀と呼ばれる片刃の剣だと察する。

 帝国の上流階級にも愛好家がおり、また海岸部では海賊がこの刀剣を好んで使用するので曇千人将の記憶にもあった。

 

 だが、曇千人将の拙い知識に倭刀の刀身が黒いなどというものは無かった。

 まるで散歩をするように気負いなく自分達の陣へと歩み寄る男が携えるような、新月の夜のように底なしに昏く黒い刀身など、そもそも武具の中で見たことは無かったはずだ。

 

 だが、曇千人将の背筋を言いしれない悪寒が撫で回す。

 芸術的とすら言える武具を携え、1000を越える軍勢に無謀にも歩み来る男から、目を離せずに。

 

「……弩弓隊に伝令しろ。奴をハリネズミにしてやれ」

 

 なんとか気分を切り替え、曇千人将は過剰とも言える対策を打つ。

 

「よろしいのですか? 騎兵が…」

「敵軍の騎兵は動いていない。あの蛮族の英雄を殺してから再装填すればよい」

「はっ」

 

 副官は曇千人将の命令を即座に伝令に伝える。

 騎兵対策の為に揃えられた弩弓兵が、迫りくるアレクへ一斉にその弩弓を向ける。

 

()ー!!」

 

 指揮をとる百人将の号令のもと、帝国軍の弩弓がアレクへ向けて必殺の矢を放つ。

 帝国製の、至近距離ならば板金の鎧すら貫く弩弓は仮面の英雄に殺到し、その歩みを終わらせ───ない。

 

「な…っ?」

 

 軽く一振り、漆黒の刀身を閃かせて、アレクは()()()()()()()矢だけを叩き落とす。そしてその歩みは揺らぐことなく帝国軍へと近づいてゆく。

 

「盾兵!! 壁を作れ!!」

 

 百人将が呆けたのは一瞬だけ。鍛え上げられた帝国軍の精兵は即座に弩弓兵を下げ、盾兵による堅牢な人力の巌壁を形成する。

 

「装填急げ! 早くし…ろ?」

 

 声を張り上げ指示を出していた百人将の声が止まる。

 さもありなん。何故ならば彼の眼前で血の花が咲き乱れ、阿鼻叫喚の地獄絵図が今まさに顕現しようとしていたのだから。

 

「な…に……?」

 

 アレクの歩みを盾で阻み、その身を串刺しにしようと槍を突き出した兵士達は、()()()その身を両断され血と臓物を撒き散らす。

 漆黒の刃が閃く度に首が、腕が、胴が切り離され、血飛沫が大地を泥濘ませる。

 

「囲め、押し潰ぐべ!?」

「う、うああぁぁ!?」

 

 勇気と胆力のある什長が部下にアレクを取り囲ませようとするが、部下とともにまとめてその首を刎ね飛ばされる。

 相打ち覚悟で槍を突き出した若い兵士は、何が起きたか分からないまま腕を切り飛ばされ、胴を払われる。

 

「少し数を減らすか」

 

 連合王国語の呟きは喧騒にかき消され、混沌は拡大する。

 

「っ、弩弓兵をまも…かはっ」

 

 アレクの呟きを聞いた訳では無いが、アレクの視線を察した百人将が指示を飛ばそうとした時には、彼の胸には槍が生えていた。

 

「に、逃げ」

「くそっ奴は1人だぞ、誰か!?」

 

 逃げ出そうとした弩弓兵達は、後からその首を斬り飛ばされる。

 

「伍長ど」

「このっばけも」

 

 必死に混乱する部下を立て直そうとする下士官の頭へ、切り取られた槍の穂先が投擲され、部下と共に頭を串団子の様に加工される。

 

 たった1人、まるで散歩でもするかのようにゆったりと歩む男のせいで、堅牢な陣形はかき乱され、蹂躙されてゆく。

 

「せ、千人将どの!?」

「…騎兵を出せ。奴は歩行(かち)だ。轢き殺せ」

「で、ですがあそこには味方が」

「構わん、やれ!! ここで奴を殺せばまだいくらでも立て直せる!!」

 

 浮足立つ部下達を叱咤し、曇千人将はアレクを殺す算段をつける。

 練習用の巻藁より少しまし程度の役にしか立ってはいないが、歩兵達に邪魔されアレクの動きは僅かに制限される。騎兵の突撃を避ける余裕は無い…はずだと。

 

 本陣に控えていた騎兵達が槍を構え、混乱する味方を轢き潰しながらアレクへと爆走する。

 

「死ねぇ顔無しぃぃぃ!?」

 

 騎兵を率いる隊長が、味方を蹂躙する怪物を討ち取らんと声を張り上げ、その声が驚愕で上書きされる。

 何故なら自分の眼前に、事切れた味方の生首が投擲されたからだ。

 

「小癪っ!!?」

 

 おぞましい投首を払いのけ、ほんの一瞬目を離した刹那、まだ距離があったはずの獲物が眼前に迫る。

 

「飛んだ!? が!?」

 

 先程までのゆったりとした歩みから一変、獣の如き敏捷さで自身へ迫る騎兵達と距離を詰めたアレクは地面を蹴り、隊長の騎馬の頭を足場に高く跳躍する。行きがけ駄賃に隊長の首を刎ねて。

 

「ば!?」

「が!?」

「ぬぁ!?」

 

 そして騎兵達の頭を踏み抜きながら、突き出される槍を切り払い突撃してきた騎兵達の頭上を飛び越える。

 そしてアレクは騎兵達により蹂躙され、歩兵達が死に絶えた空白地点に危なげなく着地する。

 

「酷いことするな」

 

 ポンポンと土ぼこりを払うアレクの後では、味方の騎兵に蹴散らされ混沌を極める帝国兵達の悲鳴が木霊した。

 

 それでも、藍凱馮が新国家設立の為に集め四年間の戦争の中で鍛えた精兵達は戦意を失わない。

 混乱の中でも盾兵がアレクを囲み、生き残った弩弓兵が装填の終わった弩弓を構える。

 

「良い兵だ。指揮官の指示も悪くない。部下に欲しい位だが…だからこそお前達はここで死ね」

 

 逃げ場なく自身を囲む帝国兵達に、アレクは冷たく告げる。

 何故なら──

 

「ぎゃあああ!!」

「騎兵だ! 蛮族達の騎兵だぁぁ!!」

 

 アレクが蹂躙した()から、エリカ・リガール率いる龍驤大隊所属の騎兵達が登場したからだ。

 

「あら、ちょっと早かったかしら?」

「いいや、丁度いいタイミングだ」

 

 味方の騎兵に突撃され混乱をきたしていた帝国軍の前衛はエリカの騎兵達に殲滅され、アレクを囲んでいた兵達は混乱のまま何もできずに血祭りに上げられてゆく。

 

「少佐殿、馬と薙剣でさぁ」

「ご苦労、バグラム」

 

 バグラムが連れてきた白馬に跨り、()()()刀身を持つ薙剣(グレイブ)を受け取ったアレクは号令を下す。

 

「目標は帝国軍指揮官だ。蹂躙しろ!

「「「うおおぉぉぉ!!!」」」

 

 アレクを先頭に、隊列を整えた騎兵達が帝国軍の本陣へと殺到する。

 

「…下がるぞ。砥百人将に前を守らせろ」

「し、しかし」

「丘を下る。後方に送った盾兵を使って、駆け下りてくる連中の騎兵を串刺しにしてやるのさ」

 

 慌てふためく本陣で、曇千人将は冷静を装いながら、現状で打てる最善手を打つ。

 曇千人将の指示に従い、本陣を守る精鋭達が決死の覚悟を決める中、予期しない轟音が彼らの耳に届く。

 

()()だと!?」

 

 まるで落雷の様な衝撃音が()()から響き、曇千人将と幕僚達にこの地が死地で有ることを強制的に自覚させた。

 

 

 

 




 

次回はちょっと時系列が戻ります
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