※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

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121話 戦場に神はいない③

ーーー征服歴1501年4月 スペイサイド州北西部 イメーム丘陵ーーー

 

 帝国軍指揮官の号令のもと、アレクへ向けて100を越える弩弓が放たれる。

 

()ー!!」

 

 大陸で最も進んだ文明を有する超大国、青麟帝国の弩弓は至近距離では板金の鎧すら貫通する威力を持ち、更に鏃に返しが着いているため無理に引き抜くと傷が広がる厄介な兵器である。

 それを都合100以上、かわす余地なく射掛けられれば常人ならばハリネズミになるのがオチだ。カルネアス流剣術第三の(フォーム)”ディズヴィオ“の達人ならば正面からの矢はある程度撃ち落とせるだろうが、横に広がる陣形から一斉に包み込むように放たれては剣一本では対処しきれはしない。

 

 そう、()()ならば。

 

『おお、嬉しいねえ。ちゃんとボクの仕込んだ()()を解いてくれたようだね、我が遠き未来の()()よ』

 

 負担を抑えるために()()()()()に調整して()()()()()し、ゆっくりと自分へ向かって飛翔する矢の群れを観察しながら、アレクは3か月前に半ば強制的に写本させられた膨大な書簡の中には隠された暗号文を思い出す。

 

 己が遠い過去の先達、二代目”カナンの騎士“リシャール・グランツが己の後輩へと遺した備忘録、【リシャールくんの雑記録!】などというふざけ倒したその書簡には、”カナンの騎士“と七大貴族、そして王家に向けた様々な助言と一部、敵に向けた不穏な伝言が記されていた。

 

 それだけでも、”カナンの騎士“となったアレクには万金に等しい叡智ではあった。だが戦場に身を投じるよりも過去の時代、未だ無貌鬼(フェイスレス)と呼ばれるよりも前、ものぐさで外面は真面目な少年だった頃に得た多くの知識が、アレクに違和感を覚えさせた。

 

 鍵となったのは、()()からの伝言。

 

『我が後輩、次の時代に生まれ出でし唯一人の()()よ。もしも君が、その命を賭けてでも護りたいと想うものがあるのなら、僕の忠告を心に留めておいて欲しい。君の力は、きっと誰にも頼ることなく、国と、そして世界と渡り合うことの出来る強大な物だろう。だからこそ、()を求めてはいけない。君の時代に、君を満足させる()は存在し得ない。だから…その力は()()為に使いなさい。そうする限り、君は誰かの為の()()でいられるのだから』

 

 それは六代目”カナンの騎士“レオン・グラハムが、五代目”カナンの騎士“から受け継いだ、”カナンの騎士“が怪物ではなく英雄として、ヒトの側に繋ぎ止める唯一つの誇り。

 五代目は四代目から、そして四代目は三代目から、それぞれが最も信頼する次世代を介して受け継がれた、彼らにのみ通じる果無き戦いの人生における道標。

 

 始まりに、この言葉を己の最後にして最強の弟子へと託した二代目は、この次代への激励に暗号の鍵を仕込んだ。

 

『さて、この伝言を読んでいるのは四代目か五代目か…はたまたもっとずっと後の時代の後輩かな? あ、少なくともボクの馬鹿弟子じゃないのは分かるよ。あの子に解かれるほどボクの暗号は甘くないのさ!』

 

 ゆったりとした歩調を少しだけ速め、間合いを誤認させたとしても、己の身を貫く矢は10は下らない。

 加速された思考の中で、矢の軌道を見切り、アレクは一振りで致命の矢を叩き落とす。

 

 軽く火花が散り、地面に落ちる矢をアレクは見ること無く歩を進める。

 

『ともあれ、これから書く内容はボクの馬鹿弟子には()()()()()からね。もしも歴代でこの最後の手紙に辿り着けなかったとしたら、その何代目かの彼は七大貴族やボクの子孫に認められなかったか…それともボクの馬鹿弟子の同類だね』

 

 帝国軍の百人将が大声で指示を出す。

 矢の装填のために弩弓兵を下げ、盾兵を並べ壁を作った。隙間からは槍が伸び、不用意に近づけば串刺しになるだろう。

 

 アレクは二代目の手紙を回想する思考と、戦闘向けに身体を動かす思考を()()し、帝国軍の動きをつぶさに観察する。

 

『おっとちょっと話が長くなっちゃったね、ごめんごめん。流石に仕込める文量が少ないから巻でゆこう、実力だけでなく確かな知識と智慧をもつボクの後輩よ。これがボクが君へ送る最後の指導(レッスン)だよ』

 

 帝国軍の動きは悪くない。よく訓練された程よく実戦も経験した精兵だ。故に動きは読み易い。

 

『新しい”カナンの騎士“、我が愛しき祖国の護り手よ。これより君に授けるのは()()()だ。()()()と識れば、君はヒトを越えた力を得るだろう。何せ君はボクの、ボクの祖父の、そしてボクの馬鹿弟子の後継者なのだから』

 

 するりと、自然な足取りで盾を構える兵士達の眼前に踏み込む。

 突き出される槍は疾く鋭い。よく訓練されたその刺突はしかし、アレクの視界の中ではあくびが出るほど遅い。

 

『さてまず一つ目だ。君の時代ならきっとカルネアス流剣術の型は一個増えてるだろう。ボクが馬鹿弟子の宿題としてあの子が我流で使った剣技を人に教えられるようにしておけと命令しておいたから増えてるよね? 増えてなかったら地獄であの馬鹿弟子をとっちめておくとして…まあ大丈夫かな。ちょっと心配だけど、”恐怖(フエルテ)“が新しい型として伝えられてる体でいくよ? 違ったらちょっと恥ずかしいなこれ…』

 

 寸毫単位の身動ぎで槍の穂先を躱す。肉体と乖離した思考速度の中で最適化された身ごなしは、まるで煙の様に必殺の刺突をすり抜けてゆく。

 

『兎も角だ、きっと君は”カナンの騎士“へ至る過程で第七の型に出会うはずだ。ボクの馬鹿弟子、剣に愛された正真正銘の天才が生み出した、あの子の剣技の模造品を』

 

 軽く一歩、踏み足が地面にめり込む。

 漆黒の刃が横薙ぎに振るわれ、板金の盾は熱したバターの如く切り裂かれる。その盾が守る兵士達の肉体ごと。

 

『剣を学ぶこと無く、しかして誰よりも剣の振るい方を理解していた天才が自分の体に合わせて編み出した型無き型。例え万分の一に劣化した模造品だとしても、ヒトの領域を踏み越えるきっかけとなるだろう。君も使うか、それとも使い手と相対したはずだ。そしてその慮外の力の一端を体感したはずだ。自覚する()()()()()()()するという形で』

 

 飛沫を上げる人間だったモノの血潮の一滴一滴すら見極め、それを避けながら密集した歩兵(巻藁以下)を撫で斬りにしてゆく。

 

『多分、ボクの馬鹿弟子が作った型だと決まった動きしか出来なかっただろう? まあ奇襲か自爆特攻用ならともかく格上には通じないだろうね。まともな人間があの子の真似をしてもそれが限界さ。ああ、じゃあなんでそんな型を作らせたかって? なに簡単な事さ我が同胞よ、君達が乗り越える為の()を作るためだとも。君達ならば劣化した型を吸収し自らに役立てられる。そう信じているよ?』

 

 ”噂通り性格悪いな“と、悲愴な顔で自分に立ち向かう雑兵を斬り捨てながらアレクは戦闘用の思考と切り分けた別の思考で考察する。

 

『まあそもそもこの程度の試練を乗り越えられない様なら”カナンの騎士(ボク達の後継者)“になんてなれないさ。ふむ…お詫びと言うわけでは無いが、ちゃんと君に役立つ助言(アドバイス)も書くさ。これはボクの馬鹿弟子が作るであろう型と違って、動きをなぞれば使える類の物じゃなかったからね』

 

 アレクを圧殺せんと、盾を構えた兵士達が四方からアレクへ突撃する。

 戦闘用のアレクの思考は、時を止めたと錯覚する程にその思考を加速し、情報処理を担当する思考は視覚情報から安全地帯を割り出し、兵士達に指示を出した什長を特定する。

 

『まずは同時に2つ別々の事を考え給え。例えば戦場で敵を斬り殺しながら敵軍の動きを観察し、口では部下に次の指示を出し給え。()()()しまえば、ボクみたいに両手と口述筆記でこんなふうに手紙を書けるようになるさ』

 

 読んだ当初、アレクは”何言ってるんだこのボケ老人“と辛辣な感想を抱き、次に”両手で書類処理出来たなら楽だな…“とちょっと気持ちが揺らいだ。そして結局、言われた通りにやってみたら()()()

 正直なところ戦闘などよりも正式な大隊長になって指数関数的に増えた業務の処理がスムーズになった事の方が恩恵が大きいのだが、こうして戦闘中に余計な思考で動きが鈍らないのはメリットと言えるだろう。

 

 雑兵達を上手く指揮していた什長の首を刎ね、必死に弩弓を装填しようとする弩弓兵達を目視したアレクはポツリと呟く。

 

「少し数を減らすか」

 

 盾や長槍を構える兵達の後ろに隠れる弩弓兵達の動きを正確に把握しながら、アレクは流れるように雑兵達の間をすり抜ける。

 

『さて、次が最後の助言(アドバイス)だ。とは言え実はこれボクはあんまり上手く使えなかったんだよね…悔しいけどボクですら馬鹿弟子に教えを請わないと使()()()()()()()()()

 

 右手で弩弓兵の首を斬り飛ばしながら、足で跳ね上げた槍を左手でキャッチし、不用意に前にでた百人将へと投擲する。胸から槍の生えた百人将は目を見開きながら絶命する。

 

『”後ろに目をつけるんだよー“とボクの馬鹿弟子がほざいていたけど、まあこれ以上の表現はボクも出来ないかな…。なんとなく()()いなくても後が()()()ようになればまあ最低限は使いこなせてるんじゃないのか…?』

 

 回想の中で(手紙の中ではあるが)自信なさげにリシャールが語る。

 アレクは、後から放たれた弩弓の矢を振り向くこと無く左手で掴み、投げ返して射手を仕留めながら続きを回想する。

 

『あの子が言うには慣れると()()()()音を()()()()()したり、明らかにボクが()()()いない色彩を()()感じ取ってるみたいなんだよね…ちょっと自信が無いけどが、まあボクの後輩ならきっと使いこなせるさ!』

 

 

 逃げ惑う弩弓兵の首を刈り、必死に部下を掌握しようとする伍長の頭をその部下ごと投槍で串団子にしながら、アレクは後方でエリカ率いる騎兵達が突撃準備を整えたのを察する。

 

『あ、なんか最後面倒くさくなって投げたなとか思ってるね? いやまあ否定できないけど仕方ないんだよ、人間得意不得意はあるからさ…。兎も角、君が読む頃には地獄を満喫してるボクに出来るのはこうしてきっかけを与える事だけだ』

 

 前方からは、たった1人に陣をかき乱され殺戮を限りを尽くされた事で業を煮やした帝国軍の騎兵が遮二無二突撃を仕掛けてくる。

 

 アレクは思考を加速し感覚を()()る。視覚、聴覚、嗅覚、触覚が戦場のあらゆる変化を明敏に察知し、アレクへと伝達する。取得した膨大な情報を分割した複数の思考により選別、統合され、アレクへ擬似的ながら全周囲広範囲の視覚を提供する。

 

 味方を蹴散らしながら己へ迫る騎兵達へ、アレクは踏み込む。

 

 

「死ねぇ顔無しぃぃぃ!?」

 

 騎兵を率いる隊長の絶叫は、アレクの投擲した生首で悲鳴に変わる。

 

「小癪っ!!?」

 

 投首を払いのけ、視界が切れる刹那、アレクは迫る騎兵へと()()する。

 

『名残惜しいが、そろそろお別れだね我が同胞よ。君がこれから進むのは難関辛苦の言葉すら生温い修羅の道だ。ボクに出来るのは助言だけ、それ以上の助けにはなれはしない』

 

 先頭を走る隊長の騎馬の頭を足場に、困惑する隊長の首を刎ねながら更に跳躍する。

 そのまま駆け抜ける騎兵達の頭を踏み抜きながら、アレクは事前に設定した道筋に沿って空を駆け抜ける。

 

『ボク達は孤独だ。ボクには祖父や馬鹿弟子がいたけれど、君にはきっとそんな幸運は現れないだろう。例えその生涯で己と同格の存在と相対するならば、それは殺し合いの刻だけだ』

 

 

 そしてアレクは騎兵達により蹂躙され、歩兵達が死に絶えた空白地点に危なげなく着地する。

 

「酷いことするな」

 

 ポンポンと土ぼこりを払うアレクの後では、味方の騎兵に蹴散らされ混沌を極める帝国兵達の悲鳴が木霊した。

 

 

『我が遠き後輩、ボクと同じ孤独を歩む同胞よ。ボクの助言は、君の孤立をより深めるだろう。恨むなら怨みたまえ、文句は地獄で受け付けよう。だがそれでも、君がこの手紙を読み進めるというのなら──』

 

 帝国兵達は混乱の中でも戦意を捨てず、武器を構えアレクと対峙する。その瞳に映るのは只管の恐怖のみ。怯れから逃れる為に、震えながらアレクへと立ち向かう。

 それはまるで、強大な怪物に挑む勇者の如く。

 

 アレクが1人で虐殺を繰り広げたとしても、相対するは1000を越える精兵であれば、いつかは負ける。

 

 それは、彼が一人ぼっちでいるならば確定した未来予測であり──

 

『君にはきっと護るべき人が、そして共に歩む人がいるのだろう。例えヒトを越え、修羅道へ堕ちようと共にいたいと思える人がいるのなら──』

 

 

 盾兵がアレクを囲み、生き残った弩弓兵が装填の終わった弩弓を構える。アレクの後を取った帝国兵は決死の覚悟でアレクへ向けて武器を構える。

 

「良い兵だ。指揮官の指示も悪くない。部下に欲しい位だが…だからこそお前達はここで死ね」

 

 アレクは無慈悲に、冷たく冷え切った処刑宣告を下す。

 

 アレクへ槍が、剣が、弓が、今まさに眼前の怪物を討ち果たさんが為に帝国兵達が全力を振り絞って加えようとしたその攻撃はしかし、無慈悲なる()()()によって粉砕される。

 

 

 

「あら、ちょっと早かったかしら?」

「いいや、丁度いいタイミングだ」

 

 誇らしげに微笑む銀髪の美女へ、アレクもまた柔らかく微笑み返した。

 

『護るべき者、共に歩む者が君の隣にいる限り君は無敵だ。だから安心したまえ、君の強さは、誰かを怯えさせるモノではない。君のその力は、()()()()を護り抜く為の力なのだから』

 

 それはかつて英雄として祖国を護った大英雄が、己の後輩へと贈り、代々受け継がれた彼らの誇りそのもの。

 例え彼らの辿った道のりが、屍山血河に埋め尽くされた修羅道だとしても、この誇りある限り彼らが外道に堕ちる余地はない。

 

「少佐殿、馬と薙剣でさぁ」

「ご苦労、バグラム」

 

 バグラムが連れてきた白馬に跨り、()()()刀身を持つ薙剣(グレイブ)を受け取ったアレクは号令を下す。

 目標は敵軍の奥で逃げる、否、この場で行える最善手を打とうとする有能な千人将。

 

 

「目標は帝国軍指揮官だ。蹂躙しろ!」

「「「うおおぉぉぉ!!!」」」

 

 アレクの激に応える兵士達の顔に困惑は無い。

 彼らは身を以て識ったが故に。彼らの上官、新たなる龍の騎士が真に英雄であることを。

 

 士気旺盛なアレク率いる龍驤大隊に対し、帝国軍の指揮官は丘を下り後方の部隊との合流を図る。

 

 丘を下り減速できない騎兵達を罠にかけようとするその策はこの時点で打てる最善手ではある。だが、そうであるが故に読み易い。

 

 

 ”ドォォン“とまるで落雷の様な衝撃音が帝国軍の()()から響き、その音が()()だと察した帝国軍は慌てふためく。

 

「ザテレン少尉は上手くやったようだな」

「じゃあ後は仕上げね!」

「ああ、派手に行くぞ」

 

 浮足立つ帝国軍へ、アレクを先頭にした騎兵達が蹂躙を開始した。

 

 

 






アレク(カナンの騎士)の弱点:獄門疆
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