ーーー征服歴1500年12月 TBM技研 射撃演習場ーーー
職人街の一角に広大な敷地を有するTBM技研には、研究棟や工廠に加え、生み出された製品を試験する区画がある。
特にTBM技研の目玉商品であるマスケット銃は、性能試験の他に習熟訓練もこの敷地内で行えるようになっている。
とは言え過日の第一王子襲撃事件の後、技研そのものが国の管轄となり、特に兵器に関しては軍から管理のための人員が派遣され厳しく管理される事となった。
そうして引き継ぎなどでバタバタと人が入れ違う中、射撃演習場で龍を模した仮面の男がマスケット銃の使い方を学んでいた。
火薬を銃口に注ぎ鉛玉を詰め、槊杖で突き固める。右手を銃架に添えて指を引き金にかけ、1m程の細長い銃身を左手で支える。背筋を伸ばし銃口の上に着けられた照星を的へ合わせる。
引き金を引くとカチリと音がして仕掛けが作動し鉄の芯金が火打ち石を叩き、生まれた火花が火薬へと引火する。
”ドォォン“
まるで落雷の様な轟音と共に腕に強い反動が加わる。
仮面の男の筋力がその反動を抑え込み、弾丸はブレることなく的の中心──のやや右を捉えた。
「思ったより玉がブレるな」
「風の影響自体は弓にもある。精密に狙うのに訓練が必要なのは銃も同じ」
アレクの感想に応えたのは黒髪の美女、このTBM技研の主任研究員イシェラ・ミルノーだった。
アレクは彼女の説明に頷きながら、使った銃をエリカに渡す。
「じゃあ次は私ね! わ、とと!?」
火薬をこぼしてあたふたするトラブルはあったが、きちんと装填を終えた後は胴に入った射撃姿勢で的の中心を射抜いた。
「流石だな」
「うーん…これ多分風の影響だけじゃ無いみたいだけど?」
「?」
「??」
首を傾げるエリカにつられてアレクとシェーラも首を傾げる。
「なんと言うか…玉が滑る…転がる? そんな感じがしたわ。微調整出来る程度だったから当てられたけど、あれ以上遠いと難しいわね…」
「……分かった。研究してみる」
エリカの感覚的な知見に、研究の徒たるシェーラは真剣な顔で頷く。
「とは言え即座の改良は難しいんだろ? 近距離の威力が弩弓や長弓より上だが命中率が大したこと無いなら、わざわざ追加予算を組んで増産する必要あるのか?」
マスケット銃をいじくり回しながら、改めてTBM技研の監察に訪れた調査団の団長であるカレウス・グランツ准将が、開発者の1人であるシェーラに問う。
その言葉の裏に、自分達”王党派“の政敵である”革新派“が主体となって開発したマスケット銃への嫌悪感が含まれている事を、本人は隠す気は無かった。
そしてその問いに応えたのはシェーラではなく、ある意味カレウス以上に”革新派“と確執を持つはずのアレクだった。
「必要ですよ。この武器は将来、
「何…?」
何でもない事のように、ある意味彼だけは口にしてはいけない事実を、彼だからこそ口にする。
「お前、この弾丸打ち落としたよな?」
「ええ、
「……それは普通に人間辞めてる」
「そうかしら…?」
アレクの言動にエリカ以外が若干引きつつも、アレクはマスケット銃の増産と改良に資金をつぎ込む理由を説明する。
「装填が終わっていれば、近距離なら弩弓以上の速度の鉛玉を子供でも撃ち出せる。命中率も数で補えばいい。例え俺でも1000発の鉛玉に狙われれば死にます。そもそも鉛玉は矢より斬り払いし辛いですしね」
「矢なら大丈夫なのかよ…」
「程度によりますよ?」
謙虚なのか傲慢なのか常人には理解出来ない理屈だが、心強い味方を得たシェーラが畳み掛ける。
「量産の為に鍛造から鋳造へ製法を変更する用意は出来てるし、他の工房や陸軍の工廠への技術供与も行うつもり。装填速度についてもアイデアはある」
「だからカネ寄越せと?」
「そう」
マスケット銃、そして大砲という火薬を用いる兵器には有用性と共に欠点も多い。その最たる物は、その量産から運用までに膨大なコストがかかる事だ。それこそ、採算をとるならばこれまで使用されていた兵器のリソースを全てそちらへ傾けねばならない程に。
「…実戦証明は既にされている。既に技術的に
「そしてそれは
カレウスの類稀な頭脳がその未来を測定する。
火砲の発展により騎兵の突撃が、隊列を組む歩兵が、何よりも、単騎で戦場を蹂躙する英雄が、尽く撃ち崩される様を。
「お前は良いのか、ウォーカー少佐?」
「技術は発展することはあっても、今あるものが消え去る事はありませんよ。一度実現された構想は、例え痕跡を全て消し去ろうとまたどこかへ現れる。それが敵国であり、未来の我々の子孫がその技術を忘れてしまえば一方的に負ける。三代目が生み出した数多の人間屠殺場すら生温い虐殺を、今度は我々が受ける側になるでしょう」
死体を資材として、たった1人で峡谷を埋め尽くし、湖を赤い水溜りへ変貌させた伝説の大英雄を引き合いに出し、その遠き後継者は肩を竦める。
「それに、自分を殺す兵器の事を識らなくては対策は建てられないでしょう? 使うにしろ、壊すにしろ」
そう言ってアレクは、今度は片手でマスケット銃を放つ。
銃口は的から斜めにずれ、反動で狙いの外れた弾丸は曲線軌道で的の中心を射抜く。
エリカ以外、その曲芸撃ちに驚愕し冷や汗を流す。マスケット銃の開発者であるシェーラですら。
「玉を銃身の中で転がしたの?」
「ああ。後は風の流れを読めば上手く曲がってくれる」
そのありうべからざる弾道軌道の正体が、銃身内で弾丸に与えられた回転によるものだと看破したエリカを除いて。
「分かった。マスケット銃と大砲に関して予算は増額する。代わりにこちらの条件も飲め」
「…火薬及び銃火器の製法は軍工廠に全て開示する」
TBM技研の独占していた技術は全て公開され、現時点での優位性は失われる。代わりに、これまでの“革新派”及びカイト・ジャッカードの庇護に代わり、王室及び七大貴族、そして当代“カナンの騎士”が技研の庇護及び資金提供を行う事が決定された。
「シェーラ夫じ「…私はカイトと離婚した、つまり私は夫人じゃない」…シェーラ嬢、俺からもいいか?」
「…なに?」
「俺の大隊に提供されるマスケット銃と大砲だが、いくらか改造した物を用意してくれ。期限はスペイサイド州へ移動する来年2月まででいい」
「…物による。どんな改造?」
「騎兵が馬上で扱えるよう、銃身を切り詰めてくれ。大砲も、騎兵に随伴できるよう軽量なものを何門か用意して欲しい」
「…分かった」
そうして一月後には、銃身を短縮した騎兵銃と、分解して搬送可能な軽量の大砲、後に騎兵砲と呼ばれる大砲が龍驤大隊へ納品される事となる。
またそれに合わせて、装填作業簡略化を目的に銃弾と火薬を紙で包み一体化した弾薬包が開発され、龍驤大隊に優先的に供給される事となる。
「ところでアレク、一つ聞いていいかしら」
「…なんだ?」
帰りの馬車にて、アレクの隣に座るエリカはニヤニヤ笑いながらアレクに問うた。
「貴方妙に銃を推したけど…もしかして、自分が使っても壊れない弓が欲しかっただけじゃないの?」
「………何のことだか」
弓を引けば弓幹が折れ、弩弓を使えば巻き上げ機を壊すアレスにとって、装填に筋力を使わない銃はかなり魅力的な武具だったのである。
後世、七代目“カナンの騎士”アレクサンダー・ウォーカーは、剣の達人であると共に、銃火器を用いた様々な戦術の開発者として、大陸の軍事史に名を刻んでいる。