タイトルの意味がわかる人は喫煙者です(偏見)
ーーー征服歴1501年4月 スペイサイド州北西部 イメーム丘陵ーーー
連合王国は、この時代の大陸諸国と比較して異常と呼べるほど女性の社会進出が進んだ国である。
国の運営を担う行政諸機関の文官の3割が女性であり、時に大臣にまで女性が出世する事が受け容れられている社会は、少なくとも他国では向こう数世紀は訪れないだろう。
後世にはこれを女性の権利運動の萌芽と呼ぶ学者もいるが、実態はそこまで高尚な物ではなかった。単純に、増え続ける行政処理に伴う慢性的な人手不足解消の為に建学初期から読み書き計算が出来れば女性だろうが関係なく人攫い同然に拉致して書類仕事をさせ、気がつけば仕事の出来る女性が男女関係なく指示を出していたのが、そのまま踏襲され続けてきただけのことである。
一般に男性社会とされる軍隊であっても女性の進出は多く、後方支援を担当する兵站課等を中心に、主に文官業務では女性の比率は多い。
最前線では基本的に比率は少なくなり、徴兵も男性は義務だが女性は志願制である。更に平時では定数は男性の徴兵だけで満たされるので女性の志願兵は殆ど実戦任務に就くことはない。
例外的に、技能職である騎兵には女性兵士が増える。
これは連合王国において騎兵の主な供給源である北方草原地帯が、建国期に連合王国に吸収された騎馬民族達の土地であり、彼ら彼女らは有事には女子供でも弓を取り戦う伝統が残っているからである。
アレク率いる龍驤大隊では、副長を兼ねるエリカ・リガール大尉直属の胸甲騎兵中隊はほぼ半数が女性であり、2人いる小隊長のどちらも女性である。
また大隊幕僚にも女性参謀が数名いる。
この比率は連合王国では珍しい物ではなく、これまで最前線で淘汰圧が高過ぎて女性兵士(士官を含む)が死に絶えたガラクタ中隊等の方がむしろ希少だったのである。
女性の比率が高い連合王国では、野営時の教本で風紀が乱れないよう兵士の就寝する天幕などは可能な限り男女別になるよう規定されている。他にも厠などもきちんと仕切のある男女別の物を作るよう指導されていたりする。
このように、連合王国陸軍の野営地は長年の経験に基づいたマニュアルが策定されているのだが、近年になって追加で設置が義務付けられた物がある。
丘の上に設営された野営地、というよりもはや野戦築城に近いレベルで防壁や堀まで作られた龍驤大隊の臨時駐屯地の隅に追いやられるように、その天幕はある。
「世知辛い世の中っすなあ…」
「でもまあ兵士も士官も
「僕達が肩身の狭い思いをする原因、少佐が火砲導入したせいなのでは…?」
「………後悔している」
狭い天幕の中で紫煙を燻らせながら、索敵騎兵小隊長と大隊最先任下士官、そして懐刀である第一中隊長に責められ、大隊長のアレクはバツが悪そうに目を逸らす。
つい先日、前線を破竹の勢いで押し上げていたカイト・テルネシア中佐率いる龍哮大隊(他の隊より上位の為で実質平時の連帯規模)の火薬が煙草の不始末で引火する事件が起こった。
イメーム丘陵に陣取る帝国軍を撃破し、この丘に陣を敷きつつ後方の旅団本隊と共に北方の村落に拠点を作っていた帝国軍の掃討を行なっていた龍驤大隊にこの報せが届いた結果、副長兼胸甲騎兵中隊長のエリカ・リガール大尉(及び大隊所属の全女性士官)から厳命が下った。
『煙草は喫煙室で吸え!』と。
当然だが大隊長以下、愛煙家の士官達(ほぼ男のみ)は必死に抵抗した。『自分達はあんな間抜けじゃねえ!』と。
だが、TBM技研から火砲の調整の為に出向してきた技術士官(こちらも女性)が、安全のために禁煙を推奨するべしと言われてしまい、喫煙者達は敗北した。
方針が決まればアレクはしれっと、士官兵士問わず指定された喫煙所以外での喫煙禁止を通達し、兵士達のブーイングを一睨みで粉砕した。
「代わりに喫煙室の煙草は俺の自腹だぞ?」
「兵からの評判はでございます。
「フィデック准尉、いつの間に…?」
気がつけば話に紛れていたエリカの副官、エバンス・フィデック准尉に声を上げたリゼルを含め天幕で喫煙していた面々が驚く。エバンスの煙草に火をつけているアレク以外。
「皆様修行が足りませんな」
「いや僕達少佐みたいに人間辞めてないから…」
「てか気付いてたなら教えてくだせえよ、ボス」
「てっきり気付いてたのかと」
ただでさえ人口密度の高い喫煙所に、より人が増えてゆく。
「ありゃ、満員ですかな?」
「…煙で人の姿が霞む」
丸顔に胡散臭い笑顔を貼り付けた一見すると軍人より商人の方が似合いそうな中年士官と、眼鏡をかけた陰気な雰囲気の若い士官が、狭苦しい天幕に気にせず入り込み、台に置いてある煙草を手に取る。
「オクトー中尉、仕事は終わったか?」
「ええ、ええ。龍哮大隊に送った支援物資分の補充は終わりましたよ。少佐の指示通り、龍哮大隊に向かう輜重段列から回収しましたが、物凄く渋られましたが…少佐の名前を出して押し通しましたよ、はい」
「もともとそういう約束で出した物資だ。渋られる方がおかしいだろうに」
「いやはやそれがまた。どうやら向こうさん、兎にも角にも火薬と補充の銃砲ばかり輜重隊の馬車に詰め込んでいたみたいでして、食料は最低限だったんですよ」
「……後でまた食料をたかられるか?」
「
大隊の金庫番である主計幕僚、オクトー中尉は丸顔に皮肉げな笑みを浮かべ肩を竦める。
そしてオクトー中尉の言葉を、隣で煙草を陰気そうに吸うヤジェキ中尉が情報幕僚としての知見を交えて補足する。
「はぁ…撤退する獣国軍と侵攻する連合王国軍、まあ龍哮大隊とそれに実質従ってる連中が二重に食料を徴発した後です。まともな食料なんて残ってませんよ。ザテレン少尉の部隊の索敵と、逃亡してきた難民の栄養状態が酷すぎる事からの推測ですが確度はかなり高いかと」
「この時期は森に入れば山菜が採れやすからなんとかなるかもですが、厳しいでしょうなあ…」
「あー…バグラム曹長と少佐殿が怖いくらいに保存食を買い漁ってここまで運んできた理由がようやく分かりましたぜ」
ザテレン少尉が殊勝な顔で紫煙を吐く。
「丘の下に作った配給所、行列が絶えませんからね。まあお陰で、難民が離散して山賊に転向させない役に立ってますけど」
「大隊の財布係としては、ぞろぞろ逃げてくる難民に水と保存食渡すのも痛い出費ですが…」
「だからこそ、持ち込んだ余剰分の保存食は俺個人の財布から出すようにしていただろう」
「…我々、スペイサイド州に移動する時どころか先日まで大量の保存食とか余計な量の荷馬車とか揃ってる理由を知らされなかったのですが?」
「…言って信じたか?」
「はは…ま、そうかもですな」
アレクの指摘に、新参のオクトー中尉やザテレン少尉は苦笑する。
叩き上げの軍人である彼らにとっては、アレクが”カナンの騎士“であろうと階級が上であろうと、それだけで信頼する事は無かったし、アレク自身もその事を理解していた。
ヤジェキ中尉がぽつりと、自身の経験した戦場と今の新たな戦場を比較する。
「…自分もオクトー中尉も西方戦線には参戦しましたが、スペイサイド州で住民が土地を捨てて離散するほど追い詰められているとは想定していませんでした」
「ある種の楽観というか、
「…まともな街道もない戦場を我々はまともに経験していませんでしたからね。正直、道路状況で補給が滞る可能性を失念していたのは恥ずかしいです」
「まあ俺ら索敵小隊も、いきなり密林の中に分け入れと言われた時は焦りましたしな!」
「エリ、リガール大尉が顔色変えずに森だろうと崖だろうと駆け回ってたからいけるかと思っていたのだが…?」
「いやぁ…俺らバレンタイン家の私兵出身なんで馬術に自信はありますが、リガール家のお嬢様が異常ですって」
因みに、ザテレン少尉は崖下りなら出来るが流石に密林で平地と同様の機動は出来なかった…のでスペイサイド州に到着するまでに厳しい訓練を受けた。主にアレクとエリカに。
段々と喫煙室の中が愚痴の披露大会になってきた所に、追加の来客が現れる。
「皆さんお揃いのようで。あ、自分は葉巻派ですので」
「少佐殿、こちらにおられましたか!」
「
私物の葉巻を懐から取り出して美味そうに吸う、ヒョロりと細長い体型の青年の名はアルバート・ケルビム。七大貴族ケルビム公爵の次男であり、カイトと共に新兵器であるマスケット銃と大砲の運用方法を開発した優秀な士官であり、カイトの新たな大隊となる予定だった現龍驤大隊の戦務参謀(大隊幕僚団首席)として着任した中核の1人だった。
本来ならアレクの大隊長就任に最も反対する立場のはずだが、彼は父であるケルビム公爵を通じて事前にアレクへ、彼を疎む士官の情報と彼らの目論む謀略を全て差し出し、大隊練成中のアレクの厳しい査定も問題なく通過し、新たな”カナンの騎士“率いる大隊の頭脳に収まった。
そしてもう1人、他の
西方戦線ではカイト率いる大隊の小隊長を務めていた経験もあり、その戦場で
だが、婚約者のアイネが自分ではなく兄に心と身体を許し、それを兄が臆面もなく受け入れ婚約を解消された時から関係は悪化し、カイトがアレクとの決闘に敗れて以後は関係を断絶していた。
アレクの大隊練成中に志願し、現在は第二歩兵中隊の小隊長の1人として真面目に職務を全うしている。
アルバートは、気の抜けた雰囲気を崩さないままアレクへ仕事の進捗を報告する。
「あー…少佐。ご指示どおりこの丘一帯の野戦築城の基礎は完成しましたよ。やっぱり工兵隊がいると工事が捗りますね。それに難民の一部も報酬を払って働いてもらったので予定より進捗は良いですよ?」
「分かった。渡した分の食料と賃金の支払いは俺個人の財布から出しておけ」
「了解です。オクトー中尉、書類は作っておきましたのでお願いします」
「ええ構いませんが…少佐、大隊の予算から出せますよ?」
「どうせ成金共から巻き上げた縁起の悪い金だ。せっかくだから世間に還元しておきたい」
「そりゃ確かに」
紫煙でけぶる天幕の中に良性の笑いが起こる。
そんな中で、煙に顔を顰めながら一番若いクルトが手を挙げる。
「少佐殿、ご質問よろしいでしょうか」
「構わんが、どうした?」
「はい。
「長期間使用する野営地を要塞化するのは陸軍の規定通りだぞ?」
「ですが、この地を占拠した帝国軍は殲滅され安全は確保されています。少佐殿がわざわざ身銭を切ってまで拠点を要塞化する必要は無いのではないかと愚考します」
クルトの質問に、野営地の迅速な要塞化を指示したアレクと、その指揮を執るアルバート、そしてアレクと付き合いの長いラドロス中尉とバグラム曹長以外の士官もまた、興味深そうにアレクの説明を待つ。
「ふむ…ジャッカード少尉の疑念は最もだ。理由としては幾つかあるが…大きな理由はこの場所を確保しておかなければスペイサイド州北西部の攻略が不可能になるからだ」
「この丘陵は街道を見下ろす好立地ではありますが、そこまで重要でしょうか? 失礼かもしれませんが昨年の撤退戦ではこの地は見向きもされなかったはずです」
「よく調べているな。そうだ、
「この街道が使えなくとも支道があるのでは…?」
「ジャッカード少尉、確かに支道でも手間はかかるが物資輸送は可能だ。だが、この地域の街道は、この地を走る主要な物以外は単に土を固めただけの狭い代物だ。これが何を意味するか分かるか?」
「……龍哮大隊やその隷下の隊が使う
「そうだ。あれの移動と使用する弾薬の輸送には手間がかかるし使用する馬車も大型化する。十全に運用するには潤沢な補給が欠かせない訳だが、それに耐えうる街道は一本だけだ」
「つまり、迅速な攻略にはこうして街道を防衛するための拠点が欠かせない…ですが、街道には元々防衛用の砦が…あ!」
アレクの指摘に、クルトはある事を思い出し声を上げる。
同じく、アレクの説明に聞き入っていた喫煙室の面々も。
「あ〜、殆どの砦がぶっ壊されてやしたなあ…
「しかも獣国や帝国軍が逃げる時に完全に壊していってたね。近くの町や村の略奪とかと合わせて」
「この地に来るまでにまともに補給出来る拠点、無かったですなあ」
「物資が集積されてるのは、旅団本営のある後方のみ…と」
「…つまり少佐は、この地に新たな物資の集積及び防衛拠点が必要と考えていたのですね」
「まあ水が無いのだけが難点ですが、この時期は
迅速な侵攻の為に、獣国軍や帝国軍の籠る砦を新型の大砲で防壁や建物ごと破壊し突破したカイト率いる龍哮大隊は、南方で同様の作戦を行っている部隊と比較して大幅に前線を押し上げた。
代償に、彼らを養うための輜重部隊は膨大な負担を強いられ、更に先日の帝国軍のように補給路を狙われ損害も出している。
にも関わらず、補給が少しでも滞れば龍哮大隊の幕僚や果ては大隊長からも苛烈な批判を罵声と共に叩き込まれるのだから士気も上がらない。
「円滑な兵站維持の為に、この地を一時的にでも補給拠点化は必要というわけだ…まあ他にも理由はあるが」
「ありがとうございます少佐殿。しかし、他にもまだご懸念が?」
「そうだな、あとは──」
吸い終えた煙草を灰皿に押し当てたアレクが、もう一つの理由を説明しようとしたタイミングで、天幕に新たな来客が訪れる。
「少佐! し、至急本営の天幕にお戻りください!!」
「ラドロス少尉か、どうした?」
天幕に駆け込んで来た、鼻が潰れ整った顔立ちが歪んでいる士官は、アレクの秘書官を務めるクロト・ラドロス少尉であった。
「そ、それが…
「…なんだと?」
それがアレクを、そして龍驤大隊を苛烈な戦場へと誘う呼び水となる事を、喫煙室にいた面々は何となく感じ取った。
久々にFGOをやって困ったこと:
シャドウサーヴァントが誰かわからない