ーーー征服歴1501年4月 スペイサイド州北西部 龍哮大隊駐屯地ーーー
曇天の下、獣国の占拠する砦と対峙する形で龍哮大隊は陣地を設営している。
だが、昨日煙草の不始末により集積してあった物資(主に火薬)が爆砕してしまい攻略が滞っていた。また発生した火災で食料の備蓄も損害を受けている為、兵士に支給される食料が滞り士気が下がり、陣地の設営が予定の7割程度で停滞していた。
そんな龍哮大隊の大隊長用の天幕に、大隊長の怒声が響く。
「ふざけるな!!」
振り下ろされた拳が組み立て式の机を粉砕し、拳から血を流したカイト・テルネシア中佐は目を血走らせて不愉快は報告を行う
「何故火薬と追加の砲を持って来なかった!!? なんで食料しか、しかもこの程度の量しか持ってこない!! この僕を馬鹿にしているのか!!!」
後方から補給物資を運ぶはずだった輜重段列がイメーム丘陵を占拠した帝国軍によって攻撃され、帝国軍は龍驤大隊によって排除されたがカイトの大隊に補給が届かなくなった。
もともと事故により物資が欠乏して進撃不可能になった龍哮大隊に、アレク率いる龍驤大隊は自分の隊から
その際に想定以上に龍哮大隊の食料が窮乏していた事から、今回優先して食料を載せた輜重段列を追加で輸送させた。
前回送った士官(主計参謀のオクトー中尉が担当した)が盛大に罵倒された為、アレクは今回、護衛として送った騎兵分隊(50騎)の責任者として兵站参謀のヘイデン中尉を派遣した。
ふくよかな体型の中年女性であり、一見すると軍人ではなく商家のおばさんのような雰囲気で実際に民間からの採用枠であるヘイデン中尉は優秀な兵站参謀であり、その能力はアレクから大隊幕僚団の中で最も信用されている。
「何故も何も、現在の道路状況から大砲の迅速な不可能です。また、龍哮大隊の食糧事情は軍の規定から問題とされる水準です。ウォーカー少佐からも、一度侵攻を中断し補給状況を回復するようにと──」
「煩い黙れぇ!!」
癇癪をおこした子供のように自分の言葉を遮るカイトに、ヘイデン中尉は顔色を変えずに道理を解く。
「中佐殿、輜重部隊を動かすにも食糧が必要であり、中佐殿の部隊にはそれを受け入れるだけの食糧がありません。火砲の追加を送りたくとも送れないのです」
「っ…あいつが……あの男が僕に嫉妬して…僕がこれ以上功績を挙げるのを妨害してっ!!」
ヘイデン中尉に掴みかかろうとするカイトの腕を、隊の副長であるルリシア・テルネシア大尉が掴んで止める。
「やめろカイト!! おい従兵、テルネシア中佐はお疲れだ、寝所へお連れしろ!」
「くっ離れろ、離せぇ!!」
複数の従兵に押さえつけられ、カイトは天幕の仕切の中へと押し込まれて行った。
「申し訳ないヘイデン中尉、食糧の輸送ご苦労様でした」
「いえ…テルネシア大尉もご苦労様です」
ヘイデン中尉は頭を下げ天幕を辞した。
「ご苦労様です中尉殿」
「ええありがとうタク准尉、準備は?」
「いつでも動けますが、今出ると夜中に森の中を突っ切る事になりますよ?」
「ここにいるよりましですよ」
自分と補給物資を護衛してきた索敵小隊の副長、タク准尉の言葉にヘイデン中尉はふくよかな顔に憂いを浮かべ龍哮大隊の駐屯地を見回す。
周囲の兵士達の顔には覇気がなく、心なしか荒んで見えた。
「そうっすね。人間、メシ食えないのは何より堪えますからねえ」
「それもですが、指揮官の精神状態が投影されています。居心地悪い場所ですよ、ここは」
「あー…さっきの怒鳴り声、俺らのとこまで聞こえてきましたからね」
タク准尉は肩を竦める。
「約5000の兵に対して補給線が細すぎる…ウォーカー少佐の懸念が当たらないと良いのですが…」
ヘイデン中尉の呟きは、1時間もしない内に現実のものとなる。
ヘイデン中尉とタク准尉旗下の騎兵達が龍哮大隊の駐屯地から離れた後、
「っ中尉どの!」
「私は先を急ぎます。准尉は高台から
その土煙が敵軍、恐らくは獣国の大規模な攻勢だと察した2人は自分のするべき事を即座に判断する。
最も馬を操る能力の劣るヘイデン中尉は少数の騎兵と先行して邪魔にならないようできる限り龍驤大隊へもどる、タク准尉は部下を率いて敵戦力を可能な限り把握してから、大隊へと情報を持ち帰る事を、最低限の会話で決定する。
タク准尉はヘイデン中尉の護衛、高台へ向かう部隊、そして敵軍に接近して確認する部隊を即座に分ける。
「てめぇら仕事だ! 俺達の仕事は生きて情報を届けることだと忘れるなよ!!」
タク准尉自身は最も危険な敵前衛への接触を行う。
愛馬を駆り、タク准尉は龍哮大隊へ向かう敵軍の前衛をかすめるように機動する。
「あの旗は確か八大将軍の…おいおい、王都を守る精鋭だぞこいつらっ!?」
射掛けられる矢から逃れながら、タク准尉は舌打ちする。
森の中に飛び込み、並の騎兵ならば足を取られる非舗装を軽快に駆け抜ける。
「准尉ー!!」
「おうお前ら、そっちはどうだった!?」
「少なくとも3万はいます!!」
「わかった!!」
高台で敵の全体像を確認してきた部下と情報をすり合わせ、タク准尉達は一路、龍驤大隊の駐屯地へとひた走った。