ーーー征服歴1501年4月 スペイサイド州北西部 イメーム丘陵ーーー
龍驤大隊の大天幕には大隊の主要な士官、そしてハワード大佐率いる連隊の幕僚団(実質は大隊規模)、そして
「ヘイデン中尉、タク准尉、説明を」
進行役として龍驤大隊の戦務参謀アーノルド・ケルビム大尉が、情報を届けたヘイデン中尉達に水を向ける。
「ハッ。敵は獣国軍3万、率いる将は獣国八大将軍第三席エイブ・クッゴイ及び同じく第七席ハッフィ・ツイーガです」
「厄介ですね…どちらも要警戒対象と軍団本部から通達があった将軍です」
「発見時刻から考えて、現在龍哮大隊および旗下部隊計4000と交戦中と考えられます」
「龍哮大隊は現在、前線の砦を攻略中だったはずですが?」
「火砲が足りず未だ攻略出来ていませんでした」
「砦と援軍で挟撃されたと考えるべきですか…」
都度質問を交えながら、アーノルドが全員に情報を共有してゆく。
ヘイデン中尉達のもたらした情報に、大天幕に集まった面々は渋面を作る。
この中で一番階級の高いハワード大佐が、一番楽観的な展望を語る。
「俺は会ったことねえが、テルネシア中佐は”カナンの騎士“候補になるくらい優秀なんだろ? だったら獣国軍なんて返り討ちに…でき……ないのか?」
「正直、俺と剣の腕はともかく指揮官としてのテルネシア中佐の実力は詳しく知らないんだが、どうなるだケルビム大尉?」
「うーん…マスケット銃と大砲を用いた戦術は斬新で、それを用いた新たな戦術を生み出したという意味では間違いなく傑物ですね。ただ、どうも新兵器に拘りすぎるきらいがあるのと…今迄は潤沢な補給のもと常に火薬が使いたい放題の状況でのみ戦ってきましたので…申し訳ありませんウォーカー少佐、僕からはこれ以上は」
「いや、すまないな。まあそういう事ですハワード大佐」
「分かった…で、どれくらいで獣国はここに辿り着くんだ? てかそもそもここまで来るのか?」
曲がりなりにも泥沼の最前線を4年間生き残ったハワード大佐は、安全だと思っていた拠点がいきなり鉄火場に変わる事など嫌になるほど慣れている。前線を守っていた指揮官がポカで壊滅するなど、覚悟していない奴から巻き込まれて死んでいったのだから。
流石に自分だけなら慌てふためくのだが、有り難い事に今回は
アレクが、毎回世話の焼ける上司の態度に肩を竦めながら説明する。
「善戦虚しく敗北すれば、余程頭の回る奴以外は一目散に
「だよなぁ…」
「まあ武器も物資も全て捨てて逃げてくるとして、抗戦した時間も含めて3日あればいい方ですね」
アレクの予想をアーノルドが補足する。
「獣国は徹底的に残党を追撃してきますね」
「ああ。そしてその勢いのまま、この陣地まで落とすつもりだろうな」
兵站参謀のヘイデン中尉が、得心がいった様子で頷く。
「連中、我々の食糧を奪うつもりですね?」
「ああ。情報部が俺の予想より無能でなければ、獣国の現在動員できる兵力からこの地に3万も追加で送り込めるはずがない。後方の占領地から引き抜くにしても、動かせるだけの
農政改革が遅れ食糧自給率がギリギリの獣国は、豊かな(獣国と比較して)スペイサイド州の富と食糧を収奪する事で戦争だけでなく国内の経済すら回している(足りない分は
そんな中でどの様にして兵をかき集めたのかは、実のところアレクも参謀達も気にはしていない。問題は、一時的に兵数が増えても食糧が保たなければ撃退は容易だと言うことなのだから。
「まるで
「獣国に限らず軍隊なんて物は通った先の食糧も何もかもを食い尽くして何の生産性もない存在だがな」
ポツリと呟くエリカに、アレクが律儀に応える。
「こちらは俺の連れてきた兵を合わせて3000と少し。対して相手は三万か…逃げていい?」
「大佐から少将になりたいならどうぞ?」
「おい待て、俺を消して兵だけもらうつもりか!?」
「…さあどうですかね、ハワード
「勝手に殺すな!!」
アレクの
昔はよくやった悪巫山戯のおかげで、多少は天幕内の空気が弛緩する。そのタイミングで、情報参謀であるヤジェキ中尉が手を挙げる。
「ウォーカー少佐殿、失礼かもしれませんがハワード大佐殿の隊と共に逃げるのも選択肢の一つなのでは…?」
「ふむ…まあ正直なところ一度逃げて獣国の兵糧が尽きた辺りで反撃する方が楽ではある」
「あれ、俺もしかして無意味に脅された…?」
「まさか。そもそも逃げられない原因を作ったのは大佐殿ですよ?」
「え? あー……そう言うことかぁ……」
呆れ混じりのアレクの言葉に、ハワード大佐は初めは何事かと、そしてしばらくしてから察してバツが悪そうに頬をかく。
その目線の先には、可能な限り気配を消していた(消せてない)
「………ねえ、悪いの僕じゃなくて影武者まで仕立てて最前線に乗り込んだ
「一理も二理もあるけど、知ってしまった以上放置もできないわよダニエル兄様…」
真顔で責任をここにいない人間に擦り付けようとする
「出来れば先にこっちに逃げてきてくれないかなぁ…そうしたら皆で撤退出来ない?」
「今すぐなら兎も角、アイネ殿下がここに辿り着くまで待ってたら獣国軍に捕捉されます。中佐殿が殿に残って下さりますか?」
「いやぁ…自慢じゃないけど剣の腕には自信がなくてね」
「いや胸張って言わないでよ兄様…」
アレクの皮肉に何故か自慢げに返すダニエルの様子に、妹のエリカは頭を抱える。
「とまあこういう事だ。それに、万万が一に敵軍の食糧事情が改善されたら北部だけでなくこのスペイサイド州全体の戦争計画が破綻する。防げるのはここにいる俺達だけだ…悪いが、お前達には訓練通り給金分の働きをしてもらう」
アレクの言葉に、エリカや元ガラクタ中隊の面子だけでなく、龍驤大隊の幕僚達も不敵に笑う。
「任せなさいな、私の
「結局いつも通り、一番厳しい戦場ですね大隊長殿?」
「ま、昔と違って勝利と幸運の女神様がここにいまさぁ。ボスの運の悪さもなんとかなるでしょうさ」
バグラムの言葉で天幕に明るい笑いが響く。
そうして、テキパキとそれぞれの役割が分担されてゆく。
「防御陣地の設営と拡張を急ぎます。ハワード大佐、申し訳ありませんが…」
「ああ、人手が必要なら使ってくれ。ただ練度は低いぞ?」
「構いません。人海戦術で時間の限り設営を行います」
アーノルドがハワード大佐の連隊から人手を受け取り即座に防御陣地の拡張計画を計算する。
「三万の敵兵に相対するとなると今の人手でも一週間は必要ですが…」
「いや、流石に3万が全軍では来ない。おそらく追撃時には1万か…多くて15000程度だろう」
「口減らしと、あわよくばこちらの対応を見てきますか」
「それもあるが、連中はおそらくこちらの人員が増えていると考えていないはずだ。増えていても、連中の追撃部隊がここに着くまでに後方からの援軍は良くて1000程度だろうからな。それに、龍哮大隊の拠点からここまで、細い街道が一本だけだ。三万の兵を全て送り込むのは物理的に無理だろ?」
「成る程、でしたら…、
それは即ち、龍哮大隊が敗走して獣国軍がここに辿り着くまでに何もしなければ、防御陣地の設営が終わらず蹂躙されるということである。
「分かった。エリカ、ザテレン少尉」
「ええ」
「ハッ!」
「森林地帯での遊撃戦だ。できるな?」
「まっかせなさい」
「あー…ボスが俺等に森の中を自由に走る訓練させたのこのためっすかぁ……」
アレクの指示にエリカは誇らしげに頷き、ザテレン少尉はこれからやらねばならない仕事に顔色を悪くする。
「エクトル中尉、バグラム、敗残兵共の回収と再編は任せる。労働なり肉盾なり好きにしろ、逆らうなら俺の名を使っていい」
「ハッ」
「了解でさあ」
これまでも、最前線で散り散りになった所属もバラバラの兵士達をアレクと共に纏め上げて戦い抜いた歴戦の2人は、
「オクトー中尉、ヘイデン中尉、確か龍哮大隊へ向かう輜重部隊がまだいたな」
「え、ええ。もうすぐ後方から追加の食糧が届くんでそれから向かうと…」
「非常時だ。
「輜重隊と、何より龍哮大隊から酷い抗議が来そうですね…」
「龍哮大隊が勝ったら返すさ。だが現時点では少しでも物資は必要だ。それど輜重部隊には、さっさと後方へ下がるよう言っておけ」
「了解です」
「了解しました」
主計参謀のオクトー中尉と兵站参謀のヘイデン中尉が敬礼と共に任務を了解する。
「ハワード大佐、
「それは構わんが、どうするんだ?」
「
そう言って、アレクは鈍色に輝く龍の仮面をコツコツと叩く。
「エリカ、一個小隊借りるぞ?」
「ええ良いわよ」
こうして、龍驤大隊の騎兵300騎は獣国軍の足止めに向かう事が決定した。
士官達は時間を惜しむように天幕から飛び出し、アレクと騎兵隊の指揮官であれエリカとザテレン少尉が地図を広げ作戦を確認する中、1人だけ放置されたダニエルがおずおずと手を挙げる。
「あのー…ウォーカー少佐? 僕は何をすれば………?」
「……………」
アレクが無言で天幕の入り口を指差し、ダニエルがそれを追って視線を向けた先には、物凄く良い笑顔の
「ウェルカム」
「え、ちょま!?」
同じく良い笑顔のエクトル中尉に引き摺られながら、
「むごい」
「…まあ、偶には兄様の身体鍛えないとね」
屠殺場へ送られる家畜に向けるような憐れみの目で、エリカは兄の行く末を見送った。