明けましておめでとう御座います
ーーー征服歴1501年4月 スペイサイド州北西部 森林地帯ーーー
夕方から振り始めた雨は次第に強くなり、土を固めただけの街道は泥濘と化した。
足を取られ転んだ仲間を助ける事もなく、龍哮大隊の敗残兵達は必死に西へ、味方がいる方へと歩を進める。たが、その歩みは遅くもはや幽鬼のようだった。
彼らの最後尾で落伍した兵士達を回収しながら、龍哮大隊副長ルリシア・テルネシア大尉は己の無力さに唇を噛み締める。
「私は…無力だ……」
夫であり幼馴染であり、そして大隊長であるカイトを救出する事も出来ず、潰走する味方を苦心して纏め上げ何とか形だけでも撤退に持ち込んだ彼女は間違いなく有能な指揮官だった。だが、彼女にとってそんな評価など侮蔑にすら等しいのだろう。
例えカイトの愛が既に自分に向いていないと理解していたとしても、彼女は未だにカイトを愛しているのだから。
雨でけぶる視界の奥、ルリシア達が逃げて来た道の先に微かに明かりが揺らめく。
「っ敵襲だ! 構えろ!!」
ルリシアの叫びに応じる者は少ない。それどころか──
「ひ、ひいぃ!!」
「敵だ、敵が来る!!」
「逃げろおぉ!!」
武器を捨て、負傷した仲間すら捨て去って多くの兵士達が我先に逃げ出す。街道を通っていたら敵の標的になると森の中に分け入って行く者さえいる。
「逃げるな!! 逃げるなお前達!!」
ルリシアの叫びも虚しく、残ったのは彼女僅かな直属の兵や負傷兵達だけ。その程度ではまともな遅滞戦闘など端から不可能である。
「くそ…くそぉ……」
揺らめく明かりに照らされて浮かび上がるのは、下卑た顔をした獣国の兵士達。彼らは理解している、これから起こるのは戦闘ではなく一方的な虐殺と略奪、そして目の前にいる美人な女性士官や兵士達を捕らえて行われる凌辱の祭りであると。
それが理解出来るが故に、ルリシアですら最早剣を構える力を失う。
「すまないカイト…私は……」
そして己の身体を辱められる前に楽になろうと、剣を首筋に当てて──
「龍哮大隊副長、ルリシア・テルネシア大尉だな?」
暗闇から聞こえた声にその動きを止めた。
「え……?」
「一応聞くが、テルネシア大尉が
「そ、そうだが…」
「了解した」
ルリシアが戸惑いながら答えた直後、寸前まで迫っていた獣国兵の頭が一つ
「な……」
「獣国兵に告ぐ!! 我が名はアレクサンダー・ウォーカー、貴様達の死神たる七代目“カナンの騎士”
いつの間にか、ルリシアの隣に1人の騎士が進み出ていた。
闇夜で目立たないよう泥を塗られた白馬(不本意そう)に跨り、艶消しされた鈍色の胸甲を纏うその騎士の顔は、禍々しい龍の仮面で隠されている。
「お前達が愚者で無いと言うのなら引くが良い。今なら命だけは取らないでおいてやる」
漆黒の刀身を有する
堂々とした、そして場違いな宣言に応える様に獣国軍からは弓や投石が飛ぶ。
「なるほど、答えはそれで良いな?」
まばらに放たれたそれらを全て叩き落とし、アレクは冷たい声でボソリと呟く。
「ならば死ね」
それより始まるは一方的な殺戮。
「ギャァァァ!?」
「ヒィィ、助け」
「腕、おれの」
たった一人で敵陣に斬り込んだアレクが薙剣を一振りするたびに雑兵の首が、腕が、胴が舞う。
篝火の僅かな明かりに血飛沫が照らされ、その凄惨な虐殺を敵味方に焼き付ける。
「こ、殺せぇ!?」
「撃て! 早く撃」
「あ、当たらな」
なけなしの弓や弩弓から放たれる矢玉がルリシア達に当たらないよう、アレクは全て叩き落とす。それが出来るほど一方的で、余りにも容易い蹂躙劇だった。
そして臆病なのか、それとも判断が速いのか不明だが指揮官はいち早く遁走し、短く激しき戦闘はあっさりと終わりを告げる。
残された龍哮大隊の兵士達、つい先日までアレクを自分達の大隊長から不当に名声を奪ったと罵っていた兵士達は──
「ば、万歳…万歳!!」
「万歳!! “カナンの騎士”万歳!!」
「助かった、俺達助かったんだ!!」
「「「万歳!! ウォーカー少佐万歳!!!」」」
涙すら流し、自分達の救世主に本心からの賞賛を贈っていた。
「テルネシア大尉、貴女以外の士官は?」
「ほ、他の大隊は分からないが…龍哮大隊で現在無事が確認されている士官の最上位は私だ…他に後方に待機していた第三中隊と、大隊本部に残っていた兵站幕僚が士官の全てだ…」
「了解した。テルネシア大尉はこのまま脱落者を拾いながらイメーム丘陵へ向かってくれ」
「な、殿は…?」
「
アレクの言葉と共に、街道脇の森から騎兵達が姿を現す。
「撤退した連中の先頭にはエリカが指示を伝えているはずだ、そちらは武器以外は全て捨てていい。逆に武器だけは絶対に手放させるな、武器を持たないものは俺の権限で敵前逃亡と見做し処刑する」
その言葉はルリシアだけでなくその場にいた龍哮大隊の敗残兵達にも伝わり、一部は慌てて捨てた武器を拾った。
「少佐殿、新手です」
「ああ、手筈通り殺れ」
「「ハッ」」
エリカから借りた一個騎兵小隊の隊員が、獣国兵を迎撃する為に夜の森に散ってゆく。
「お前達、後ろは気にしなくて良い。
「「「は、ハッ!!」」」
ルリシアの旗下にあった兵士達はいつの間にか、アレクの下知に従い敬礼しそそくさと逃げてゆく。
「まっ、待ってくれウォーカー少佐!!」
「まだ何かあるか? テルネシア大尉」
「あ、アイネ殿下が獣国に捕まった可能性がある!! か、カイトと共に獣国軍に突撃したんだ! わ、私達を逃がす…為に」
最後だけは言い辛そうに、ルリシアはアレクへ自分達の窮状を説明する。
「か、カイトももしかしたら捕まっているかもしれない…だから、だから2人を助けてくれ!!」
地面に膝をつき、泥に汚れるのもいとわずルリシアは頭を下げる。
それに対して、仮面で隠されたアレクの表情は分からない。
「……今の任務は龍哮大隊の残党を回収し龍驤大隊の野営地の要塞化までの時間を稼ぐ事だ。その頼みは、
「っ……」
「貴方が連れてきた兵士達を今ここで見捨て、俺の大隊まで危険に晒して行うべき事か?」
アレクの平坦な声音から、付き合いが殆ど無いルリシアは感情を読み取れない。だが、ここにエリカがいればアレクの声に苛立ちと僅かな
「………すまない、私は私の任務に集中する」
「了解した、ご武運を」
「助けて頂いてありがとう御座います…貴殿に言うのは矛盾しているかもしれないが、少佐殿に“カナンの騎士”の加護があらんことを」
ルリシアは頭を下げ、顔を汚す泥を拭わないままその場を離脱した。
「少佐、準備が整いました」
「ああ」
アレクは森の中から微かに聞こえた騎兵小隊の小隊長の声で振り向く。その視線の先には、盾と弩弓を構えた獣国兵達が先程と異なり列を揃えにじり寄って来ていた。
「う、撃てぇ!!」
「殺れ」
アレクに向かって弩弓が放たれると同時に、左右の森から獣国兵へ矢が放たれる。
「が!?」
「何処から!?」
「流石、リガールの精鋭だ。この闇夜でこの精度か」
アレクは弩弓の矢弾を全て叩き落とし、大陸屈指の弓騎兵であるエリカ直属の軽騎兵達の練度を再確認する。
そんなアレクの視線の遥か先、おそらく追撃してきた獣国軍の本隊がいる辺りで落雷のような音が響くのが微かに聞こえた。
「あっちも始まったな…さて」
その
「4日間程、この森でのピクニックを楽しんでくれよ?」
隊列が乱れ、弩弓の装填も終わっていない獣国兵達は、アレクによって簡単に蹂躙され死体の山を量産することとなる。
年末年始のお供に中編をカクヨムに投稿しました(完結済み)
本編の約250年前、連合王国の北西に存在した国で繰り広げられますS(すこし)F(不思議な)お話です
二代目様と少しだけ三代目様も出ますよ?
https://kakuyomu.jp/works/16818093090501988461