※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

182 / 230
131話 殺界

ーーー征服歴1501年4月 スペイサイド州北西部 森林地帯ーーー

 

 敗走した龍咆哮大隊に対する獣国軍の追撃隊がアレク率いる騎兵隊による奇襲を受けてからまる一昼夜が経過した。

 

 前日まで獣国軍に満ちていた勝利と略奪の高揚は既になく、春とはいえ未だ薄ら寒い夜の森の中で怯えながら守りを固めていた。

 

「損害はいかほどだ?」

「夜間の奇襲による死者は200名程度、大半は強制的に徴兵された奴隷兵です。しかし負傷兵は多くこちらは混乱が酷く確認が追いつきません」

 

 煌々と松明に照らされた急造の陣地にて、獣国の追撃隊1万を指揮するボーノ将軍は参謀の言葉に渋面を作る。

 

「日中の行軍でも敵軍の散発的な攻撃により隊列が混乱し、死者は少ないですが負傷兵は多数発生しております。また、兵糧や略奪品を輸送していた段列が攻撃され大きな損害を被りました」

「負傷者の回収及び輸送段列の再編に伴い行軍速度も大幅に低下しています」

「本来なら夜間も行軍を続けて一気に“カナンの騎士”の駐屯しているイメーム丘陵まで駆け抜けるつもりですだったのだが…」

「危険過ぎます、新たな“カナンの騎士”があの“顔無し”であるとするなら、この地の様な森林地帯は奴にとって戦場ではなく狩(・)場(・)です。多くの戦友達が万全の準備を整えた上でまともに抵抗すら出来ないまま首を刈られてきました…」

 

 ボーノの参謀達の中でも、以前からスペイサイド州で戦い続けてきたベテランが血の気の失せた顔で首を振る。

 

「“顔無し”の率いる騎兵はどの程度なのだ?」

「捕虜からの情報では“顔無し”率いる大隊…我が国における千人隊に当たる部隊には合計で300騎程度が配備されているとの事です。受けた被害の規模及び分布等から恐らく我軍を攻撃している規模も300騎を上回ることは無いかと」

「…連中の拠点を攻撃できるか?」

「無理です。機動力も地の利も相手が上手です、深追いせず迎撃に徹しなければ士気が崩壊します」

 

 歩兵ですら脚の取られる森の中を自在に機動する騎兵を追撃するなど、獣国軍の中では精鋭と言えるボーノの部下たちですら自殺と同意義である。

 

「進軍速度を犠牲にしたとしても、森を抜けた先に布陣しているのは“顔無し”麾下の千人隊(大隊)です。多少援軍により数が増えたとしても我軍の半分にも及びません。犠牲に目を瞑れば力押しで攻略可能ですし、流石に本隊を無視して森の中で暴れ回る事は出来ません」

「“顔無し”の恐ろしさは異常な程の将狩りの精度ですが、守りを固め隙を排除した布陣には近づいてきません。そして誘(・)い(・)と崩(・)し(・)に対応さえすれば安全な行軍は可能でしょう」

「つまり、慎重かつ冷静に行軍し戦力を温存しつつ“顔無し”が確実に姿を現す奴の本隊を叩くと言うことだな?」

「御意」

 

 ボーノが参謀達の提案を要約すると、最も役職の高い参謀が代表して頷く。

 個人の武勇や戦場での部下の統率は兎も角、より広域の戦況を俯瞰する戦略眼については自信のないボーノは、それでも己の経験と照らし合わせて参謀達の提言が信頼できると理解できた。

 そして温くなった白湯で口を潤し、参謀達の提案を受け入れた上での問題点を確認する。

 

「兵糧は足りるのか?」

「現時点で、奴隷兵達への配給を最大限に絞れば5日保ちます。慎重に行軍して森を抜けるのにあと2-3日と考えると潤沢とは言えませんが支障は無いかと」「万が一の場合は数合わせの奴隷兵や徴用兵を切り捨て撤退は可能です」

「なるほど。だが“顔無し”に勝つには数の力が必要だ。奴隷兵達を追い詰めて反乱でも起こされれば危険ではないか? 奴隷兵達の多くはこのスペイサイド州で捕らえた者達だ。何かしらの方法で敵軍と接触すれば容易く裏切るぞ?」

 

 ボーノの指摘に今度は参謀達が渋面を作る。“カナンの騎士”の牽制やあわよくば油断している相手への奇襲、言葉を飾らなければ口(・)減(・)ら(・)し(・)目的で送り出されたボーノの軍には、軍の規模を水増しするために連れてきた奴隷兵の割合が多い。都合1000以上の忠誠心を期待できない潜在的な敵を、取り扱いを間違えて本物の敵にしてしまえば勝てる戦も勝てはしない。

 だが、もともと兵糧に不安を抱える獣国軍にとって彼らの歓心を買うために貴重な食糧を与えるなど物理的にも心情的にもあり得ない。

 

「将軍、私に案があります」

 

 そして沈黙を破った若い参謀の提案に、ボーノと他の参謀達は幾らか条件を加え実行に移すこととなる。

 

 

 

 そして翌日、獣国軍本隊が慎重に行軍するのを尻目に、まるで追い立てられるように連(・)合(・)王(・)国(・)の(・)士(・)官(・)に(・)率(・)い(・)ら(・)れ(・)た(・)獣国軍の奴隷兵達、即ちこのスペイサイド州で獣国軍に捕らえられ奴隷とされた連合王国人達の100人程の集団がイメーム丘陵へ向けて行軍していた。

 とはいえ隊列を組むでもなく、中には武器すら持たず幽鬼の様な顔で集団から逸れないよう怯えながら歩いているだけではあるが。

 

 

「…本当にこれで良いのでしょうか?」

「ジ(・)ャ(・)ッ(・)カ(・)ー(・)ド(・)中(・)佐(・)とアイネ殿下が人質になっているのだ。もし失敗してもそう言えば責任は回避できる!」

「そうですが…」

「それにそもそも私達がこの様な屈辱を味わっているのはウォーカー少佐(あの偽物)のせいなんだぞ! あれがグダグタ言い訳せず弾薬と食糧を供出していればこんな事にはならなかったんだ!! だからこれは正(・)当(・)な(・)報(・)復(・)だ(・)」

 

 先頭を歩む、この集団のリーダー格の男は暗い笑みを浮かべながらそう吐き捨てる。

 カイト率いる龍哮大隊に所属する士官であった2人はイメーム丘陵までの撤退行の間に獣国軍に捕虜とされたが、二人とも貴族出身であったため他の捕虜よりも比較的良い待遇だった。

 そんな2人に、ボーノ将軍の参謀の一人がこう提案した。

 

『脱走した奴隷兵を率いる指揮官として“カナンの騎士”率いる龍驤大隊に潜り込み、獣国軍との戦闘が始まった際に後方を撹乱して欲しい。そうすれば捕虜となったジャッカード中佐とアイネ王女の安全は保証するし、略(・)奪(・)への参加も許す』と。

 

 龍哮大隊の敗走により軍人としても貴族としても出世の可能性が潰えたリーダー格の男にとって、自分が今こんな惨めな境遇に陥った元凶であるアレクに報復すること、そして運が良ければ絶世の美女であるエリカの肢体を貪れるかもしれないという可能性は甘美な誘惑だった。そして失敗した場合でも、カイト(道化)とアイネ王女(脳内お花畑)に責任を押し付けられるとなれば葛藤はほとんど無かった。

 ちなみに彼らに押し付けられた奴隷兵達は家族を人質にされていたり、獣国の略奪行為に積極的に加担したため裏切る可能性の少ない者達である(裏切っても一枚岩にはならず、連合王国軍を混乱させた上で兵糧も渡さないで済むなら獣国軍に負担はない)。

 

「急ぐぞ、食糧は与えられていないんだ。夜が更ける前にイメーム丘陵にたどり着かなければ報復を果たすまでに野垂れ死ぬぞ!」

「はあ…」

 

 リーダー格の男が急かすように同僚と目が死んでいる奴隷兵達に発破をかけ急かす。

 

 

 

 そうして、彼らが獣国軍の本隊から離れ、街道ですら枝葉で明かりが遮られる森の深みまで辿り着いたところでソ(・)レ(・)は集団の最後尾近くへ降り立った。

 

「へ…なんだ、これ」

 

 最後尾で、疲れと空腹で朦朧とする意識を辛うじて保ちながら歩いていた男は目の前に現れたソ(・)レ(・)を呆然と見つめる。

 

 

 ソ(・)レ(・)は頭から爪先まで、木の葉と細い枝で覆われていた。

 

「化けも」

 

 男は最後まで言葉を発することは無かった。

 ソ(・)レ(・)が振るう漆黒の刃で首を落とされたから。

 

「ヒッ!?」

「な、なんだコイツ!?」

 

 異変に振り向いた奴隷兵達は仲間だった者の首無し死体と、身体を覆っていた木の葉と小枝で出来た即席の迷彩服(ギリースーツ)を脱ぎ捨てたソ(・)レ(・)に驚嘆と怯えの声を漏らす。

 

 ソ(・)レ(・)は連合王国陸軍の紺色の軍服を纏い、艶消しされた騎兵用の胸甲と、手足を守る手甲と脚甲を装備していた。

 そしてソ(・)レ(・)の顔は、戦傷と火傷で元の顔が分からないほど喪(・)わ(・)れ(・)て(・)いた。

 

 

 ソ(・)レ(・)の異相に奴隷兵達は萎縮し、誰もうめき声すら上げることはない。

 

 

 そしてソ(・)レ(・)は、腰のベルトに吊り下げられた仮(・)面(・)で己の喪われた貌を隠す。

 

「え……あれは」

「龍の………」

「カナンの…騎士」

 

 ソ(・)レ(・)の顔を隠す龍の仮面を彼らは知っている。

 その禍々しき龍を模した仮面を、その仮面を纏うことを許された英雄達の物語を、彼らは知っている。

 

「お、俺達を助…け、あ」

「え…なん」

 

 故に、幸運な者は助けが…敵国に捕まり家族を人質に戦わされる自分達を英雄が救ってくれると信じながら、首を落とされた(救われた)。

 

「やめ、俺達はおど」

「家族、かぞ」

「ひ、ひと」

 

 ソ(・)レ(・)は悲鳴を上げる奴隷兵達の首を作業的に刈りながら、集団の先頭を目指し歩を進める。

 

 一歩歩く毎に首が飛び、上がる悲鳴が一つ減る。

 

「やめ、許し」

「逃げっにげ」

 

 後ろめたい事のある者は逃げ惑い、仲間だった者を押しのけようとして互いに邪魔し合う。運の良い者は何も感じないまま首が落ちる。

 

 血飛沫と怨嗟の悲鳴を引き連れて、仮面の死神が運の悪かった者達(裏切り者共)の首を刈る。

 

 

「ウォ、ウォーカー…少佐」

「ヒッ、ヒィィィぁが!!」

 

 リーダー格の男に従っていた士官が逃げようと走り出そうし、いつの間にか脚を矢に射抜かれ倒れる。

 

「ま、ままま待ってくださいウォーカー少佐! わ、我々は味方です!! じゅ、獣国軍から難民と共ににげ…びゃ!?」

 

 膝をつき、目の前まで迫るアレクサンダー・ウォーカー(無慈悲なる死)へ用意していた言い訳をしようとした男は、下顎を切り落とされ、さらに逃げられないよう手足の腱を斬られて悲鳴にならない呼吸音を喉から絞り出す。

 

「殿であるテルネシア大尉より後方に、味(・)方(・)は(・)い(・)な(・)い(・)」

 

 曲がりなりにも集団の指導者だった士官達を無力化したアレクは、凍てつく程に冷めきった声音で告げる。

 

「いるとすれば、それは裏(・)切(・)り(・)者(・)だ」

 

 その言葉が、まだ生き残っていた奴隷兵達の耳に染み渡り──

 

「な、に…逃げろぉぉぉ」

「殺される…化け物に殺される!!」

 

 イメーム丘陵への道(目的地の方向)を塞がれた奴隷兵達は元来た道へと逃げ惑い───

 

「撃ぇ!!」

 

 街道の両脇から放たれた雷鳴の如き発砲音と硝煙の下で、その哀れな人生を終えた。

 

 

 




参考文献(?):
第七次イゼルローン攻防戦(銀河英雄伝説)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。