※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

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嬉しい事があったので真昼に更新します







133話 無慈悲なる七代目

 

ーーー征服歴1501年4月 スペイサイド州北西部 森林地帯ーーー

 

 

 アレクがガラクタ中隊時代に準備し、現在は龍驤大隊の騎兵達が整備した森林内の簡易拠点で、アレクは屋根だけの簡易テントに折り畳み式の机を設置し積み上げられた書類を残像が残る速度で処理してゆく。

 初めの頃は驚いていた周りの部下達も現在は精神的な疲労と慣れで完全にスルーし各々自分の割り振られた仕事をするか休息をとっている。

 

「手持ちの弾薬はほぼ撃ち尽くしましたぜ。確認ですが残りは罠用に使い切りますがよろしいですかね?」

「ああ、構わん。メモ程度で良いから消費量の内訳を書き出しておいてくれ。報告書に纏めておく」

「あー、うちの副官が書いたやつがあります。どうぞ」

 

 索敵騎兵小隊のザテレン少尉がアレクにメモの束を渡し、アレクは片手で走り書きのメモを流し読み瞬く間に報告書に纏め直す。

 

「いま帰ったわ…獣国の奴ら、今の位置で陣を張るみたいね」

「ご苦労。反乱は鎮圧されたようだな」

「ええ、酷いものだったわ…」

 

 やや疲れた様子のエリカが、陰のある苦笑と共に自分の目撃した凄惨な現実を報告する。

 アレクは眉一つ動かさず(そもそも仮面で見えない)その報告を受け、サラサラと紙に状況を纏めてゆく。

 

「それで、お前の隊の損害は?」

「死者はいないけど負傷者が10人近くいるわね。あと馬の消耗が激しいから、全力戦闘は1回が限界ね」

「そうか」

「そうよ。どうする? 相手の配置と練度は把握したし殺ろうと思えば大将首も獲れるわよ?」

「やめておこう、時間は十分稼げたし想定より多く損害を与えられた。負傷兵を後送し次第、順次撤収する」

 

 アレクは報告書を書き終えると、振り向くことなくその分厚い紙束を後ろに控えていた副官兼秘書官のラドロス少尉へつき出す。

 

「ラドロス少尉、負傷兵の後送を護衛して書類を戦務参謀に届けておけ……ラドロス少尉?」

 

 先に書き上げた大隊本営に渡す分の書類以外の細々とした書類仕事に取り掛かろうとしたところで、ラドロス少尉の反応が無いことを訝しみ振り返る。

 顔に固定具を付けたラドロス少尉は、土気色の顔に怯えと、押し殺しきれない嫌悪感、そして()()の入り混じった目で自身の上官を睨んでいる。

 

 ラドロス少尉はポツリと、苦々しげに口を開く。

 

「何故…何故、そんな平然としているんだ、()()は…()()()は!」

 

 上官であるアレクに敬語も使わず反抗的な態度のラドロス少尉の言動に、エリカとザテレン少尉がサーベルに手をかけるがアレクが左手で制す。ちなみに右手はひたすら書類を処理し続けている。

 ラドロス少尉は己が命の危機に陥っている事を理解しているのかいないのか、濁った目でアレクを糾弾する。

 

「彼らは…()()が殺した彼らは仲間だったんだぞ!」

 

 錯乱したように唾を飛ばして、ラドロス少尉はアレクを指差し叫ぶ。

 

「彼らは敵に捕まり、仕方なく我々に敵対した()()なんだぞ!? 何故…降伏勧告もなく皆殺しにした!? 何故、その死体を弄ぶ!?」

 

 熱病に侵されたように震え、冷や汗を流しながらラドロス少尉はアレク(悪魔)を責める。その残虐を、その無法を。

 

「何故…虜囚にされた仲間を助けず串刺しにした…。何故、俺に…仲間を串刺しにさせた!!?」

 

 ラドロス少尉は震える己の手を、()()を生きたまま串刺しにしたその両手を見る。そこにまるで、未だに殺した相手の血が纏わりついているかのように怯えた目で。

 

 ラドロスの叫びを、歴戦の騎兵達は白けた顔で聞き流すが、一部の若い騎兵には共感する者もいないではない…が。

 

「いやそれ貴方が言う?」

 

 侮蔑の籠もったエリカの呟きで全員気まずげに目を逸らした。

 少なくともエリカの指揮下にある騎兵達はラドロス少尉が何をして顔面を物理的に崩壊させられたのか知悉しているのである。

 

 

「っ…だが、味方を救うことなく殺すなど!」

 

 己が白い目で見られていることをようやく自覚したラドロス少尉だが、なんとか非難の矛先をアレクに変えようと声を枯らして叫ぶ。

 それに対しエリカは面倒臭そうにサーベルの柄に手をかけようとするが、アレクが取り急ぎ必要な書類を書き終えペンを置いたのを見て取り敢えず様子を見ることに決める。

 

「ふむ…兵士に士官を殺させるのは軍の秩序維持に疑義が生じるから任せたが、荷が重かったようだな」

「わ、私はそんな話をしては…!」

 

 トントンと纏めた書類を整えたアレクは心底どうでも良さそうな態度でラドロス少尉の激情を受け流す。

 

「そ、そもそも何故あんな残酷な事を私にさせた!! あ、あんな…っ」

「必要だからだ」

「っ…!」

 

 非難の切り口を変えようとしたラドロス少尉は、平坦で何の感情も籠もっていないアレクの声に逆に気圧される。

 そしてラドロス少尉が黙ったのを確認してから、アレクは自身に注目する兵士達を冷めた目で睥睨する。ラドロス少尉を白けた目で見ていたベテラン兵も、初めは彼に同調する目をしていた若い兵達も、怯えたように目を逸らす。

 仮面で隠れた顔に少しだけ困ったような苦笑を浮かべ、アレクは今更ながら今指揮している兵士達が昨年まで恐怖と暴力、そして勝利によって纏め上げたガラクタ中隊(愚連隊)でないと言うことを思い出す。

 

「そうだな…ザテレン少尉の()()もあった事だ、少し説明しよう」

 

 連合王国の士官は、与えられた任務が理不尽だった場合や不合理である場合に上官に()()する権利がある。とは言え一分一秒を争う作戦行動中ならば上官への意見は抗命扱いで処断される場合もあるが、拠点に戻っている今なら可能ではある。

 明らかに上官に向ける態度ではないラドロス少尉の言動を()()と認めるかは判断が分かれるが…少なくとも愛剣の柄をコツコツ指で叩いているエリカは認めていないが。

 

「獣国の連中は、捕虜とした連合王国の兵士や士官の一部を懐柔し、埋伏の毒として連合王国軍の駐屯地や砦に送り込む手をよく使う。何度も上層部に対策を具申したんだが、まともに取り合ってもらえなくてな…」

 

 やれやれと肩を竦め、アレクは普段の冷徹な口調を愚痴っぽく崩し溜息をつく。

 

「獣国が懐柔するのは大抵貴族出身の士官でな…その連中に貴金属や()を宛てがって、()()()()協力して貰うんだ。家族を人質にした奴隷兵を連れて脱走したと嘘をつかせて、その奴隷兵達を駐屯地や砦に潜り込ませる。そうすれば、自分達が攻め込む時に物資に火をつけたり、門に細工して開かせたり。敵が来るのを知ってる貴族士官はさっさと逃げるし、もし咎められても直接実行するわけでも無いから証拠が掴めない」

 

 失敗しても特に痛くないが、成功すれば利益が大きいこの手の作戦は、他国と比較して国民の保護を重視する連合王国には良く効いた。

 前線で煮え湯を何度も飲まされたアレクがどれほど文句を言っても、敵に捕虜にされた際に無事に帰ることに出来る公算が下がる(ついでに美味しい思いも出来ない)事を貴族士官達が良しとせず、そもそも上層部にまともに情報が伝わらなかった。

 

「一応、旅団長殿に伝えてあるはずなんだが、周知されてないということは、“()()()”にこれで助かった奴がそれなり以上にいるようだ」

 

 アレク率いる龍驤大隊は、名目上はスペイサイド方面軍の司令部直轄ではあるが、現在は特務集成第一旅団へ出向という形で所属している。そして本来、この旅団は“革新派”がカイト・テルネシア中佐と龍哮大隊を支援する為に集められた旅団であり、旅団長も“革新派”と縁のある貴族であった。そして即座に粛清される程に深くは無いが、帝国の密偵との繋がりも疑われている。

 

「一番穏便な対策は、充分な兵力を用いて怪しい連中を隔離及び監視する事と、士官への教育の徹底なんだが…出来ていないからな」

 

 アレクは感情のまま己を非難したラドロス少尉を特に咎める気は無いと示す様にヒラヒラと手を振る。

 だが次にアレクの口から出た言葉は、ここまでのやや弛緩した雰囲気を凍りつかせた。

 

「だから俺の指揮下では、基本的に捕虜になったと確認された士官と、獣国の奴隷兵は全員殺す方針としている。可能な限り残酷に殺し、()が来ないよう連中の足りない脳味噌に刻み込まねば、面倒事が繰り返すからな」

 

 アレクの普段よりも穏やかな口調は変わらない。だがその言葉には、厳冬の夜すらなお生温い斬りつける様な冷たさが籠もっている。

 

「今俺の手元にあるのは、僅か1000足らずの兵力でしかない。お前達が精鋭であるかどうかはこの際重要ではなく、純粋に数が足りん」

 

 現在の連合王国陸軍の野戦指揮官で、おそらく最も過酷な戦場を生き抜いたアレクは知っている。戦争の勝敗を決めるのは結局のところ質ではなく量であると。

 

()()()()の為に、そして()()為にはお前達の力がいる。そして俺は、こんな()()()()戦いでお前達を使い減らすつもりはない」

 

 それは部下達への情等ではなく、人間性を排した数学者の如き合理性の結論である。

 

「例え犬と呼ばれ鬼畜と罵られようと、その所業を人非人と怯えられようと方針を変えるつもりはない。()()ならば俺はこれからも、味方だろうが名目上は民間人だろうが殺す」

「っ…お前はその仮面を、()()()()()()()()の名誉に泥を塗るつもりか!!」

 

 傍流とは言えリガール家の分家であるラドロス少尉は、“カナンの騎士”でありながら外道な手段を厭わないアレクを糾弾せんと声を上げる。その叫びに、怯えながらも幾人かの騎兵達も肯定するような視線を送る。彼ら彼女らもまた、リガール辺境伯(初代“カナンの騎士”)の系譜に敬意を払っているが故に。

 

 

「俺には初代様の如きカリスマも、ニ代目様の如き悪魔的な知略も、三代目様の如き慮外の武力もない」

 

 コツコツと、アレクは己の顔を隠す仮面を指で叩く。

 

「そして四代目様の様に大陸最強の騎兵軍団を手足の様に扱える訳でも、五代目様の様に嵐すらも乗りこなす航海術がある訳でもない。ましてや、六代目様のような天眼の如き戦略眼も無いな」

 

 ラドロス少尉達の疑念に応えるでも無く、それどころか皮肉げに己が歴代の英雄より劣る事を嗤う。

 

「それでも俺は()()()訳にはいかない。負ければ全て失うからだ。これまで積み上げてきた物が、護らねばならない物が、何もかも全て」

 

 アレクの言葉は静かで、そして実感を伴っているが故に鉛よりも重い。

 

「安心しろ。全ての悪名は俺が引き受ける。お前達は安心して俺の命令を実行しろ、そうすればお前達に勝利と名誉をくれてやる」

 

 なんの気負いもなく発せられたその宣言に、彼に反発したラドロス少尉ですら居住まいを正した。彼ですらアレクの言葉に、反論の余地無き絶対の自信と信念を感じ取ったが故に。

 

 

 歴代“カナンの騎士”よりも自分は劣ると評したアレクの考察は正しい。少なくとも今の彼に歴代の英雄達に勝る突出した才能は無いだろう。

 だがそれは、アレクが歴代の騎士達に()()事を意味しない。

 

 アレクもまた”カナンの騎士“、最も過酷なる戦場を踏破せし、不撓にして不屈の英雄であるが故に。

 

 ラドロス少尉も含めた全員が口をつぐみ静かになった所で、アレクは将校行李の中から1枚の書類を取り出すと、エリカやザテレン少尉の動体視力ですら追いきれない速度で書き上げ、先ほどラドロス少尉に渡そうとしていた書類の束に重ねて呆然としているラドロス少尉に手渡す。

 

「面倒をかけたな、ザテレン少尉。偉そうな事を言ったが貴官には俺の秘書官は荷が重かっただろう。転出届と推薦状を書いたから、書類を届けるついでに大隊本部のケルビム大尉に渡しておけ。()()()()()()()()()()()()()

 

 アレクは彼にしては珍しい程、気遣わしげな様子でにラドロス少尉の肩へ手を置く。

 

()()()()()()()()()()。悪いが、最後の仕事はきちんと果たしてくれよ?」

「…承知しました」

 

 不完全燃焼ながら、自分の()()がアレクを動かしたと考えたラドロス少尉は素直に書類を受け取り、やや覚束ない足取りながらその場を去ろうとして、気付いた。

 

 気づいてしまった。

 

「リガール大尉…?」

 

 先程まで自分を冷たい目で睨んでいたエリカがその怒りを解き、むしろ憐れむような、そうまるで()()()()()()()()()()()()()()()()目をしていることを。

 

 そしてふと、手渡された書類を見る。

 一番上に置かれた、見事な筆致で書かれた自身の転出届とアレクの書いた他部署への推薦状を。

 それは文法的にも作法的にも文句がつけようなく、特にラドロス少尉を貶すことなくその美点と優秀さを書き記していた。

 

 その書類は即興で書くには面倒なほど丁寧で、まるで()()()準備してあったかのようで…。

 

「もともと渡すつもりだった…それが今で…」

 

 ラドロス少尉のそれなりに優秀な頭脳が、不思議なほど穏やかで気遣いのこもったアレクの言葉と、それと真逆に憐れみのこもったエリカの視線の理由を探り……、己が取り返しのつかない()()をおかした事を悟る。

 

「ま、待ってください()()()()()()()殿()!! 」

 

 ラドロス少尉は先程まで罵倒していた上官に媚びるように、アレクが渡した転出届と推薦状を返そうとする。

 

「これからは少佐殿に決して逆らいません!! いかなる命令にも必ず従います!! ですから、ですからどうか少佐殿の麾下で働かせて下さい!!」

 

 何故なら、これからラドロス少尉に与えられるのは新たな職場などではないから。

 

 これから彼を待つのは()()()()と言う名の軟禁、または()()と言うなの名誉など残る余地なき死である。

 

 アレクにとっては、殺す気で殴り、また躊躇いなく首を刎ねようとして阻止されたが故に敢えて処断するつもりはなく、ラドロス少尉の舅たるジルベルト子爵が土下座し謝罪もしたためその未来に興味関心を抱かない。

 

 だが()()()()()()()()()()()

 

 敵国に唆それたのはまだいい。敵対派閥に操られて、味方であるはずのアレクを襲撃したのも、それだけなら絵図を書いたカレウスが制裁を喰らった事も含めて咎められる事は無いだろう。

 だが、リガール家が庇護の対象としていたボウモア家を襲撃し家長であるボウモア子爵に重傷を負わせ子爵令嬢を人質にアレクを追い詰めた事については話が別である。

 

 傍流とはいえ一族の一員が本家の方針に逆らい、本家の名誉に泥を塗ったのだ。いかに一族の重鎮たるジルベルト子爵が庇い立てしたとしても、リガール家(大貴族)の名に泥を塗ったのだ愚か者に何の制裁も行わないほど大貴族の体面は軽くない。

 

 アレクの部下として働く限りは温情として生かしておく(そもそもアレクが殺る気を失っているから)が、それすら出来ないようなら貴族の習いとして殺す。そもそもその理屈を理解していない愚か者に、貴族として生きる価値などない。

 

 

「アレク、私と第二小隊は先に休憩とるからあとお願い」

「報告書は先に書いておけ、でないと撤退時に苦労するぞ?」

「ゔ…わかったわよ」

 

 そしてラドロス少尉の悲痛な叫びは誰にも届きはしない。本質的に吝嗇(ケチ)なアレクは()()()()()()存在に思考を割く様な無駄は行わないし、エリカはそもそもラドロス少尉をさっさと()()よう提案していた側だ。

 

「お、お願いしますウォーカー少佐殿!! リガール大尉殿…が!?」

「はぁ…ウォーカー少佐、負傷兵の護衛と書類の提出はうちの副隊長に任せますぜ。あとラドロス少尉は少々錯乱しておられるようですので、負傷兵扱いで後送します」

「ああ、ご苦労」

 

 エリカに縋りつこうとしたラドロス少尉をザテレン少尉が気絶させ、許可を貰うと後ろで嫌そうな顔をしている副隊長に仕事を押し付ける。

 

「罠の設置は俺が指揮をとろう、休憩が終わり次第エリカとザテレン少尉は撤収を進めてくれ」

「わかったわ」

「了解です」

 

 先程までの騒ぎなど何も無かったかのようにアレクは淡々と指示を出し、エリカ達もまた何事も無かったかのように答礼する。

 

 それを見ていた兵士達は心に刻んだ。自分達の上官の、自分達の生殺与奪の権を握る男の冷酷さを。その無慈悲さを。

 

 

 

 

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