タイトルをあらすじ代わりに出来るの便利ですよね
ーーー征服歴1496年5月 王都カルネアスーーー
王立カルネア学園に在籍する生徒は寮生活が義務付けられている。
これは学園の成り立ちが、貴族の子弟たちに教育を施すという名目で実質的に人質として王都に集めた事に由来する。
代わりに、例え平民であろうと入学試験に合格さえすれば授業料は無料であり、申請すれば寮費や食事は無料となる。流石にその場合、あてがわれる寮のランクは一番下となるが。
入ることの出来る寮は入学時の寄付金の過多で上限が決まり一定のランク以上は追加の寮費がかかるが、大貴族や裕福な商家出身の学生は個室かつ使用人つきの寮を選ぶ者が多い(これは誘拐対策などの為でもある)。
逆に資産に余裕の無い中小貴族や平民出身者は二人部屋か安い部屋だと四人部屋の寮しか選べない。
当然、地方の小領主の子息であるアレクは二人部屋の寮しか選択出来なかった。
とはいえルームメイトとの相性もよく親友(または悪友)と呼んで差し支えない仲となり、互いに何かと迷惑を掛け合いながら共同生活を送っている。
「珍しいなアレク、休日なのにお前さんが日の出てる間に起きてくるなんてよ」
「俺は吸血鬼か何かかよ…ちょっと用事があってな」
授業の無い日は日が沈むまで絶対に起きてこないルームメイトを揶揄したウーサーに、アレクは不機嫌そうな顔で応じるが、事実なので語気は弱い。
「あ〜、朝日が忌々しい…」
「台詞が完全に陽の光を嫌う怪物のそれだよ」
「なんで人間は朝に起きないといけないんだ?」
「普通の人間はお前さんみたいに夜行性じゃないからだろ」
いつも通りの軽口を挟みつつ、アレクは不機嫌な表情のまま外出向けの服に着替える。
「そういやなんだよアレク、用事って」
「それなぁ…ほら一昨日ゾラ教官の所で打ち上げやっただろ?」
「ああ、決闘騒動が一段落したお祝いな」
裏賭博を取り仕切るゾラ教官の一派は、表向きは生徒会と協力して決闘時の混乱を収拾する有志連合という位置づけになっている。
そして入学式から一月、取り敢えず主だった決闘に決着がつき騒動が落ち着いたのを記念してゾラ教官が私物化している生徒指導室でささやかな宴会が行われた。
流石に学園内に酒を持ち込むのはご法度なので紅茶やコーヒーで乾杯し持ち込んだお菓子をツマミに行儀よく騒いだのだが、そこでちょっとした問題が発生してしまった。
「いやぁ…せっかくだからと教官が隠してた高級茶葉をこっそり使ったのがバレてな」
「何やってんだお前…てかそんな良いもの飲んでたのか
「
「それで教官の私物を使うなよ!?」
2人は親友だが譲れない物もある。特に嗜好品は。
「そもそもウーサー、お前が実家のツテで良い豆持ってきたから俺も対抗するために切り札を出すしかなかったんだろ!?」
「人のせいにすんじゃねえ!?」
「クソ、教官にバレて同じ物買ってくるまで今回の儲けは俺に渡さねえとか言い出すし…お陰で早起きなんて人間のすることじゃない苦行をする羽目に!!」
「いや平日はちゃんと起きてるだろ!? 完全に自業自得だからな!?」
なんでこいつ学園だと優等生扱いされてんだと2年以上の付き合いの中で何度も思った疑問に首を傾げながら、ウーサーはぶつくさ文句を垂れる
「そういやアレクのやつ下町に行くつもりなのか?」
アレクが身に着けていた服が貴族らしい品の良い服ではなく、平民のしかも中流階級より下程度のボロい服装だったのを思い出し、まあアレクならその辺にもツテがあるのだろうと納得し、ウーサーも身支度を整えて食堂へと降りていった。
「あー面倒くさい…」
「おう坊主、目が死んでるぜ?」
「寝不足なんだよ…取り敢えずこのホットドック一つ」
そしてウーサーの予想通り、学生達が良く利用する新市街の商店街ではなく旧市街の下町へと向かったアレクは、屋台や露店の立ち並ぶバザールで遅めの朝食を調達し、行儀悪く立ち食いしながら目的地を目指す。まだ春とはいえ天気が良く日差しが辛いので適当に調達した帽子(中古品)を被りながら。
「まあいい、
闇賭博で儲けた分はまだだが、今月に行われる定期考査の想定問題集が中々の売れ行きで懐は暖かい。守銭奴とはいえ家族にサービスする程度には人の心が残っているアレクは、兄のツテで知りそれなりに利用している下町の知る人ぞ知る雑貨屋へと足を向けた。
バザールの喧騒が徐々に遠のき、人通りも疎らな裏通りをアレクは勝手知ったる様子で進んでゆく。というよりも不安そうな様子や迷う様子を見せるとスリや恐喝の獲物にされやすい事を熟知しているので、伊達眼鏡を外しわざわざ貴族ではなく地元民に見える服装まで用意してここまで来ているのである。
そうして手慣れた様子で目的地の近くまで辿り着いたアレクの耳に、良く響く甲高い叫び声が届いた。
「ちょっと、離しなさいよ!!」
「なんだとぉ! ぶつかっておいて頭も下げないなど貴族に対する礼儀がなっていないぞ!!」
嫌な予感がして曲がり角の陰に隠れたアレクは、面倒臭い事態になったと内心舌打ちする。
「学園の生徒…あれはショーンとその取巻きだな」
アレクと異なり貴族らしい上質な生地を使った小綺麗な服を纏う下町にでは浮く姿の男3人が、地味な服装の少女を怒鳴りつけている。
アレクの側からだと後ろ姿しか見えないが、アレクの同級生であるショーン・ジルベルトに腕を掴まれた
「チッ…ハイエナ共が集まってきてるな」
騒ぎに気付いた下町の住民達、その中でもあまり真っ当でない方法で日銭を稼ぐ連中がカモが現れたと物陰から様子を伺っている様子がアレクからは良く見えた。
「ガキの癖に俺に歯向かいやがって!!」
「はぁ!? 誰がガキよこの節穴!! 息が臭いから顔近づけないでよ!!」
騒ぎを起こしている当人達はそれに気づいていない。というより女の方が強気過ぎで騒が収まる気配もない。
「うわぁ面倒くせぇ…でも騒ぎ起こってこの辺りが荒らされるのも面倒くせぇ……」
他の学園生に比べれば下町の歩き方を心得ているとはいえ、安全に歩き回れるのは顔役ともツテのある場所だけだ。その場所を学園生ご荒らしたとなればアレクも何を言われるか分からないし、最悪身の危険すらある。
そしてこれからやる事の面倒臭さと放置した場合の面倒臭さを即座に秤にかけ、アレクは舌打ちしつつ帽子を目深に被った。
「この…調子に乗りやがって!!」
「
おそらく酒が入っているのだろう、激昂し掴む腕に跡がつくほど強く握ったショーンに対して、少女もまた底冷えするような冷たい言葉で応じ───
「
突然大声で呼びかけられて動きを止めてしまった。
「あぁ!? 誰だおま「申し訳ありません!!
そして掴む力が弱くなったショーンの腕からさりげなく少女の腕を引き剥がし、アレクは少女を後ろに庇うように前に立つ。
「この度は妹が皆様に大変失礼をしてしまいました!! この通りです!! 何卒ご容赦を!!!」
そして服が汚れるのも構わず地面に膝をつき、手をついて深々と頭を下げる。
それは連合王国で最強の謝罪スタイル、DOGEZAであった。
「お、おうそうか…妹と違ってお前は礼儀を弁えているようだな」
「ありがとうございます!!!」
「チッ…まあその見事な土下座に免じて許してやる。おい行くぞ」
そう言ってショーン達は毒気の抜かれた顔で踵を返した。
そうして騒動の元凶その1達の姿が見えなくなるまでアレクは頭を下げ続け、声が届かなくなるまで遠ざかったのを察してから立ち上がる。
「はぁ…この服で来といてよかったぜ」
「ちょっと…ねえ!!」
なかなか上手いDOGEZAが出来たとちょっと達成感を感じていたアレクの後ろから、不機嫌さと戸惑いの混じった声が投げかけられる。
そして振り向いたアレクは、改めて自分が助けた(?)少女の顔を見る。
騒ぎの元凶その2であるその少女は、長い黒髪で顔が隠れているが、よく見ると高い鼻に大きなブラウンの瞳の相当に整った顔立の美少女だった。
野暮ったい服を着てはいるが見る人間が見ればその生地が上質な物だと分かる。おそらくアレクやショーン達と同じく学園の生徒が興味本位でここまで遊びに来たのだろうと考えながら、アレクは倦怠感を人当たりの良い笑顔で押し殺す。
「これは失礼。余計なお節介だと思いますが、ここみたいな治安の悪い場所で騒ぐのは危険ですよ、
「っ…わ、私はお嬢様なんかじゃ」
「服の生地、靴、あと肌の汚れ」
「!? …!!?」
おそらく意味が分かっていないのだろう。黒髪の少女が自分の服をパタパタさせたり靴を確認する。
そしてペタペタと瑞々しい白い肌を触り、くすんだブラウンの瞳を瞬かせて困惑の表情を作る。
「こういう場所にいるには綺麗すぎて、私は貴族出身ですと看板を背負っているようなものですよ?」
「うぅ〜…頑張って調べたのにぃ」
「その格好で大丈夫な場所は目端の利く学生か教官が顔役に話を通してるんですよ」
「そうなんだ…というか詳しすぎない!?」
ガックリと肩を落とす少女は顔を上げると裏事情に詳しすぎるアレクを問い詰めようとするが、アレクは無言で肩を竦める。
「カッカッカ、止めとけ嬢ちゃん。何でもかんでも教えてくれるほど
「うわびっくりした!?」
「ヌーガのおっさんか」
物陰からひょっこりと現れた物乞いの老人に少女が飛び退き、アレクは敢えてベルという
「一応さっきの騒ぎ、嬢ちゃんはベルの連れって事で他の連中は散らしておいたぞ」
「悪いなヌーガのおっさん」
「ということでほれ」
「はいはい」
自警団と言う名の破落戸共の纏め役であるヌーガにアレクは銀貨を渡す。
「おうベルの坊主、ちゃんと
「うえ…」
「それと顔役のアダンに付け届け渡しとけ、じゃねえとお前さんでも容赦しねえとよ」
「あの連中は俺と関わりないぞ!?」
「その言い訳、お前が俺らの立場なら容赦するか?」
「…しねぇな」
笑顔の仮面を捨てて渋面を作るアレクの肩を陽気に叩き、老人は笑いながらねぐらへと戻って行った。
「えーっとその…ごめんなさい」
「そう思うなら迂闊な行動は控えて下さいね? 大貴族のお嬢様を怪我させたなんてなったら下町に警邏隊どころか正規軍が投入されますよ?」
「……そうなる?」
「こういう時は常に最悪の状況を想定しないと酷い目に合いますよ?」
上目遣いで怯える少女に、アレクは呆れ混じりに忠告した。
「取り敢えず大通りまで送ります、そこから寄り道せず寮に帰って下さい」
「え、待ってよ! せっかくこっそり寮から抜け出したのに!」
「今俺が言ってた事ちゃんと聞いてた?」
ショックを受ける少女にイラついて若干アレクの素が漏れる。
「ゔ…で、でも
「はぁ、結構手間かかるからそこまで自由な訳じゃ…てか待て俺は学園生だが貴族じゃ」
「歩き方、姿勢、あと誤魔化してるけど東側の貴族訛り…まだいる?」
「っ…」
自分がやった事を返されるとは夢にも思っていなかったアレクは言葉に詰まり硬直する。特に訛りは学園に来た時にかなり念入りに矯正したはずなのに簡単にバレるとは思ってもみなかった。
そしてアレクに対して、少女は文句のつけようのない仕草でお辞儀をし、丁寧な態度でアレクに感謝を伝える。
「先程は助けて頂き本当に有難うございます。我が名は
「そ、そうか…………………うん!?」
突然のしおらしい態度に面くらい、それ故にアレクは今日一番の爆弾発言を理解するのに数瞬の時間を要した。
「迷惑を承知で申し上げます。つきましては本日一日だけ、貴殿の時間をお貸しくださいベル様」
「待て、ちょっと考えを整理させ」
「あら、それとも
「なっ…!?」
そして少女は自らの長い黒髪、否、本来の髪を隠していた
「恩人にこう言うことするのはちょっと申し訳無いけど…私を助けた
「………………………どうしてこうなった」
それは本来なら決して交わることのない運命の交錯。
されど、一度交われば─────
かくして、ありうべからざる『もしも』は続く。
IF短編は次回で一区切りの予定です
簡易人物紹介
エリカ・リガール 15歳
カルネア学園1年生
入学してから一ヶ月(実質2週間)で7人いた婚約者候補達を全て決闘で蹴散らしたお転婆令嬢。本人としてはここ迄挑発すれば相手も油断しないだろうと思っていたのに、簡単に隙を突けた上に負けた言い訳も女々しいので、兄弟子であるショーンも含め全員と絶縁した。
次兄から聞かされていた下町での冒険譚に憧れて入学前から準備を整えていた。カツラは母の、瞳の色を変える秘薬は姉のお下がり。服も仲の良い使用人から譲ってもらったもので意外と気に入っている。だが始めてみると目的地であるバザールに辿り着けず迷子になるわ元婚約者候補に絡まれるわと散々で、不埒な男を殴り倒して溜飲を下げて帰るつもりだった。
本来の歴史なら実際にそうした。
だがこの世界線では───