次話からは本編に戻ります
ーーー征服歴1496年5月 王都カルネアスーーー
ヴィーテ=ガスク連合王国において”銀色の髪“と”黄金の瞳“は特別な意味を持つ。
それは単に、それらの色が瑞祥である事であることや、比較的発現が珍しい形質である事に限らない。
連合王国の建国に多大な貢献を成した初代”カナンの騎士“ロイ・リガール、黄金の瞳を有した大英雄は、その実力と騎士道精神により服属させた北方騎馬民族の一大部族”ガスク族“の姫を生涯の伴侶とした。
銀色の髪色を有するその妻と共に、辺境伯に封じられた彼は連合王国が大国となるその礎を築き続けた。
そして彼ら夫婦の末娘から生まれた外孫は、彼らの子孫で初めて
彼こそは後に2代目”カナンの騎士“として祖国の窮地を救い、連合王国とその周辺国だけでなく大陸を超えて数多の国々にその名と実力を知らしめた大英雄リシャール・グランツ、白銀の梟とも銀の毒蛇とも畏怖されし男だった。
その後も、
『祝福の巫女』と。
自分が助けた少女が、今の学園で最も有名な美少女令嬢、即ち100年振りにリガール辺境伯家の本家に生まれた”祝福の御子“だと悟ったアレクは一瞬だけ茫然自失した。だが持ち前の頭の回転の速さから辛うじて状況のヤバさを察し即座にドヤ顔で歳の割にかなり豊かな胸を張る
雑多な品物が店主にしか分からない秩序で並べられた混沌とした店内には人気が無い。
そんな店の板張りの床にポカンとした顔の
「こんっっっっのドアホ!!! どっかの貴族の令嬢ってだけでもヤバいのによりにもよって
愛想の良い優等生の仮面も、普段のダウナーで物臭な態度もかなぐり捨て、おそらく人生でもそうそうない剣幕でアレクがキレる。
なお、怒鳴られる側のエリカは早々に耳を塞いでいるので効果は今一つのようだ(唇を読んでいるので言っていることは分かる)。
「まあまあ落ち着きなさいな。私だって人が沢山いる所でわざわざ正体明かさないわよ。一応気配を読んで人の気配が散ったのが分かったからカツラを取ったのよ?」
「俺が!! 見てるだろうが!!!」
「…?」
何を言っているのか分からないと言うように可愛らしく小首を傾げるエリカに、アレクは鬼の形相で叫ぶ。
「俺がお前を誘拐する為に現れたと考えないのか!? そうじゃなくてもお前の身柄を確保すれば一生遊んで暮らせる金を出すやつは幾らでもいる!! 魔が差すと思わ「思わないわ」っ!?」
アレクの怒声は、静かだが良く通る銀鈴の美声によって中断する。
立ち上がり、服のシワや髪のほつれを整えたエリカが、ゾッとするほど整った完璧な美貌に蕩けるような微笑を湛えて硬直したアレクを覗き込む。
「貴方はそんな事しないわ」
「何を…根拠に」
「聞きたい?」
そしてエリカがアレクのまだ土で汚れている手を取る。”まだ汚れている“という静止を無視して。
「貴方、震えてたわよ?」
「っ!?」
「
エリカの手は、その輝くような美貌と裏腹に良く鍛えられた武人の硬くゴツゴツしている。だがその手が、まるで宝物を扱う様に優しく丁寧に、アレクの手を包み込む。
「根拠としては弱いかもしれないわ。でも私は、恐怖を押し殺してでも初めて会う顔も知らない女の子を助けてくれた貴方を信じる。だから、ちゃんと嘘偽りの無い姿で貴方にお礼を言いたかったの…まあ、瞳の色は薬で変えてるからもうしばらくこのままなんだけどね?」
最後だけちょっと申し訳無さそうに、エリカははにかむ様に笑った。
自分の中では打算を重ねて選んだ選択の結果に、純粋な信頼で応えられた
「………やっぱり馬鹿だな、お前」
「そうね…でも、
「…そうか」
「そうよ」
エリカは楽しげに、自分を助けてくれた少年がようやく見せた年相応の態度に微笑む。
「ねえ、私がちゃんと名乗ったのだから
「…アレクサンダー、スペイサイド州ウォーカー領の領主イースレイ・ウォーカー男爵の弟、アレクサンダー・ウォーカーだ」
「ふうん、勇ましくて良い名前ね! でも普段呼ぶには長いし…アレクと呼んでいいかしら?」
「好きにしろ…」
本来なら教えるつもりの無かった本名を伝えたアレクの不貞腐れた態度を知ってか知らずか、エリカは心底嬉しそうにアレクの名前を褒めついでに勝手に略す。
「はぁ…なんかどっと疲れた」
「鍛え方が足りないんじゃない?」
「精神的な体力を鍛えるにはどうすれば良いんだろうな?」
取り敢えずポケットから取り出したハンカチをエリカに渡し、アレクは予備のタオルで手や顔を拭う。
「ヒッヒッヒ、痴話喧嘩は終わったかい?」
「うわびっくりした!?」
「悪いなモルガン婆さん、騒がしくして。あと痴話喧嘩じゃねえ」
「ヒッヒッ、赤くなったお前さんの顔に免じてそういう事にしといてやるよ」
いつの間にか現れた老婆、この雑貨店の店主であるモルガンにエリカは飛び跳ね、アレクは一部始終を鑑賞されていた事を悟り憮然とする。
「しかしまあ別嬪な娘を連れ込んだもんだ、隅に置けないねぇ」
「初めから聞いてたならそういうのじゃ無いの分かるだろ」
「そうね、運ぶならちゃんとお姫様抱っこじゃないと」
「話をややこしくするな!?」
完全に店主と共にアレクをからかう体制に入ったエリカを見て形勢不利を悟ったアレクがさっさと話題を転換する。
「モルガン婆さん、ルーグレーの茶葉置いてないか? あといつものロイセンを二袋くれ」
「ヒッヒ、逃げたか…まぁいい、どっちもあるがルーグレーは高いよ」
「分かってる、値切るつもりは無いから金額を教えてくれ」
取り敢えず好奇心旺盛な猫のような目をしたエリカに店内を自由に見ていいと言い含め、アレクは元々の目的を果たすために商談を開始した。
「なんだ、思ったより大分安いな」
「ヒッヒッヒ、いい青春を見せてもらったからサービスさね」
「…倍払うからもうその話やめてくれない?」
「残念だが賄賂は受け取らない事にしてるからねぇ…浮いた金であの嬢ちゃんをエスコートしてやりな」
「これを顔役のアダンに先払いで渡しといてくれ…少なくともあいつの縄張りでの安全は確保したい」
「ヒッヒ、毎度」
アレクは紅茶の代金に追加して、顔役に渡す銀貨をカウンターに積み上げる。
「先に渡しとくが、帰る時に顔出して行きな。アイツもお前さんが青春してるとこ見たがるだろうし」
「クソ…どいつもこいつも」
完全に大人達の玩具(ついでにカモ)にされていると悟ったアレクは内心地団駄を踏み、棚に並んだガラクタを見て買おうか迷っているエリカに声をかける。
「おいエリカ嬢、こっちの用事は済んだ。適当にこの辺り案内してやるからついて来い」
「あ、もうあの胡散臭い笑顔と敬語やめたのね」
「そっちの方が良かったか?」
「私は今の方が好きよ?」
「……そうかよ」
ストレートすぎる物言いにアレクは言葉に詰まり顔を逸らすが、後ろでモルガンがニヤニヤ笑っているのに気付きさらに不機嫌になる。
「嬢ちゃん、楽しいもの見せてくれたお礼にその縫いぐるみはただであげるよ?」
「いいの? やったあ!」
「ガラクタの在庫処分じゃねえかな…」
自分をだしに楽しんでいる女子(?)2人の様子に呆れながら、アレクは買った茶葉をバックに詰める。
「じゃあ嬢ちゃん、ベルの坊主の言う事をよく聞く事だ。アンタは坊主の連れって事で一応安全だが、気をつけるに越した事は無いからねぇ」
「分かったわ、モルガンおばさま!」
悪い魔女のような風体のモルガンが孫を見るような目でエリカに注意し、エリカもまた素直に忠告を受け取る。
「さ、行きましょアレク!」
「あー…一応店の外だとベルと呼んでくれ。本名を連呼されるよりは幾らか安全だ」
「ふーん…じゃあ私も偽名の方が良いわね」
「俺は適当にお前とでも呼ぶが?」
「えぇ、嫌よ可愛くないし。そうねぇ、じゃあリリーで良いわ! ちゃんとリリーと呼びなさいよ?」
「はいはい」
スキップする様に自分の背を押して急かすエリカのテンションに辟易しながら、アレクは雑貨屋を後にした。
この時、2人はまだ知らなかった。
この偶然の出会い、偶然の巡り合わせが歴史を大きく転換する事を。
メインヒロインが強すぎてこの短編シリーズで活躍させる予定の義妹系ヒロインとか幼馴染みメイド系ヒロインとか文学部系メガネヒロインの出番が無くなりそう…