本編を書いてたら何故かこっちが仕上がりました
ーーー征服歴1496年 王都カルネアスーーー
大陸有数の大国であるヴィーテ=ガスク連合王国はこの時代の他国と比較して身分制度が
他の国であれば、国政に携わるのは生まれながら特権階級として英才教育を受けた一部の血筋か、それに匹敵する財力を有する一部の富豪位のものだ。
だが、連合王国という大国を稼働させる巨大な官僚機構を動かすのにそのような選別を行えば、早晩人的資源が疲弊し破綻する。というより黎明期には破綻しかけた。
その為に生み出されたのが”学園“であり、初期には征服し自国に取り込んだ貴族の子弟達に限定されていた学舎は徐々に受け入れる範囲を拡張させ、現在では一定の学力を示せば貧民街の子供でも受け入れている。
そして”学園“に倣って基礎教育の場が国の主導で連合王国各地に生み出され、そこで育つ人材が”学園“や士官学校へ、そしてそれに届かない能力の物でも行政を支える各種下部組織へと供給された。
そうして300年かけて醸成された連合王国独特の教育環境は、大陸で当たり前とされる生まれによる差異や区別、より残酷な呼び方であれば差別の概念を破壊した。
地獄の如き仕事の山の積み重なる職場においては、能力のある平民が部下である貴族を時に怒鳴り、時に励まし合いながら難局を乗り越えて来たのだから、そもそも生まれによる差別などしている暇が無かった。
とはいえ、生まれによる区別が完全に無くなることはない。
国が安定すれば富める者はさらに富み、貧しい者はより貧しくなってゆく。
そうして生まれた差異は妬みを生み、積み重なる妬みは恨みへと昇華する。
だからこそ、持てる者と持たざる者は適切に距離を離す。
同じ王都であっても貴族と平民はそもそも住む区画が異なり、生活する範囲が重ならないよう意識的、そして無意識的に気を使い恨みの暴発を未然に防いでいる。
「美味しー!」
「そりゃ良かったぜ嬢ちゃん、こいつもどうだ?」
「食べるー!!」
「餌付けされてる…」
そして好奇心から、本来なら貴族が立ち入らない下町へ乗り込んだ
常であれば、自分達のテリトリーに入り込んだ異物に対して警戒心を露わにし邪険に対応する下町の人間達なのだが、エリカに対しては親戚の子供を甘やかすように対応しているのを、アレクは胡乱げな顔で眺めている。
特徴的な髪と瞳の色を隠しているとはいえ、幼くも類稀な美貌を有するエリカの笑顔に、よく見ると強面の店主の鼻の下が伸びているのでやはり世の中顔かとアレクは死んだ目で納得する。
「嬢ちゃん、あっちに甘い物も売ってるから行ってやんな」
「ありがとおじさん、ちょうど口直しにデザートが欲しかったの!」
「どうしてこんな事に…」
「どうしたのよ
周りから冷たい対応をされたら諦めて帰ってくれないかなと甘い期待を抱いていたアレクだが、上手くいかない現実に打ちのめされ、次の屋台を目指すエリカに引き摺られて歩き出した。
そして次の屋台でりんご飴を買いおまけでジュースも貰ったエリカは、バザールの喧騒から少し離れたベンチで飴に覆われた小ぶりなりんごを齧る。
「これも美味しいわね!」
「お嬢様なら普段もっといいもの食ってるんじゃないか?」
「こういう大味なものって案外食べられないのよ…せっかくお屋敷から出て寮生活になったから、1回食べてみたくて」
アレクのぼやきに、ジュースで喉を潤したエリカが苦笑しながら律儀に応える。
「だからってわざわざ変装までしてこんなとこまで来るか?」
「あはは…小さい頃に聞いた
「リガール家の…と言うと”錬武館“高弟の?」
「あ、そっちじゃない方」
リガール辺境伯家の長男、ゴードン・リガールはアレクでも知っているカルネアス流剣術の達人である。だが、そちらでは無いと言われると高位貴族の事情に
「ダニエル兄様が学園にいた頃に、友達と一緒にこの辺りによく繰り出して遊んでたらしいのよ。その時の話を聞いてたから、私も行ってみたいな…て」
「成る程、それが全ての元凶か…」
「目が据わってるわよ」
自身の見舞われた不運の元凶を呪うアレクに呆れながら、エリカはベンチから立ち上がる。
「さてと、次はお土産ね!」
「お嬢様のお眼鏡に叶う品なんぞ無いと思うぞ?」
「そうでも無いと思うわよ? あと、この服を貸してくれた侍女にお土産買いたいのよ」
「あー…そういうのならこっちだな」
リクエストを聞いたアレクは、面倒事をさっさと終わらせようと装飾品等を売っている区画へエリカを案内し──
「銀貨一枚!」
「高すぎる、大銅貨2枚が関の山だろ」
「いやいや、これは見習いとは言えマーグレム領出身の職人の品だ。せめて大銅貨8枚は貰わないと!」
「使ってるのは宝石の削りカスじゃなくてガラスだろ。そんなにかかるかよ、大銅貨3枚」
「いやいやそれを精妙に──」
「だったら別の店に──」
「この質の品をこの値段で買えるのは──」
「生き生きしてる…」
アレクと露天商の仁義無き値切り交渉が勃発した。
「ほれ嬢ちゃん、これサービスだ」
「ありがとおじさん、あれまだかかる?」
「あの坊主、とうとう小銅貨単位で値切り始めたからまだかかるな…」
「…止めた方がいい?」
「そろそろ店主に泣きが入りそうだから止めてやんな…」
近くの屋台の店主が手持ち無沙汰のエリカに飲み物を渡し、同情の籠もった顔でアドバイスをしてくれた。
「はい銀貨1枚」
「ま、まいどー…」
「あぁ待て!? あと小銅貨3枚は値切れたぞ!?」
「そのためにあと1時間も待ちたくないわよ!?」
結局、露天商の言い値で支払ったエリカにアレクが噛み付くが、エリカは素気無く斬り捨てて次の屋台に向かった。
他の店でもアレクが全力で値切ろうとしたり、掘り出し物を安値で買い叩こうとするのをエリカが阻止したりとトラブルがあったが、なんだかんだでお土産の装飾品を手に入れエリカの今日の目的は達成された。
「私が払うんだから値切らなくてもよくない?」
「向こうがふっかけてくるのを適正価格に戻してるだけだ」
「いやあっちも最後涙目だったわよ…?」
お金が関わると目の色を変えるアレクに若干引きながら、二人はバザールの喧騒を抜け出す。
そして最後の目的地、この一帯を仕切る顔役の下へ向う道中、エリカはこの日の冒険で自分をエスコートしてくれた少年をクルリと振り返る。
「今日はありがと、
少し傾きかけた春の日差しを背に、エリカは輝くような、それでいて儚い笑顔をアレクへ贈る。心からの感謝と共に。
「……どういたしまして。満足したならもうこんな冒険はやめろよ?」
「えぇ~…そこは”次も俺が案内してやる!“くらい言いなさいよぉ」
「巫山戯んな、自分の生まれと顔の良さを考えろ。安全な店と道筋見分けるのにどれだけ神経擦り減らしたとおもってるんだ」
「…値切りの時は楽しんでた癖に」
「あれは本能だ」
「どういう事!?」
守銭奴にとって支払う金を抑えるのは他の全てに優先するのである。実態としては、
かくてこうして、人が殆ど寄り付かない細い路地を潜りアレクとエリカは顔役であるアダンの住処を目指す。
「そう言えば、なんでベルは下町の顔役にツテがあるのよ。貴方も貴族よね?」
「実際は俺じゃなくて俺の兄さんのツテだな。何でも学生時代に色々あって互いに貸し借りが有るらしくてな。兄さんが家を継いで領地に戻った時に、俺にこの地区の歩き方を教えて、お前「リリー」…リリーみたいな学園生が迷い込んだ時の対処を押し付けられたんだよ。代わりに、こうして割と安全にこの一帯を歩き回れる訳だがな」
「ふぅん」
事実、怖い物知らずな学園生(大抵は貴族子弟)が冒険感覚で治安の悪い下町に繰り出す例は多い。酒場や賭場、それに娼館など、学生が普段利用する王都中心部の商業区画には存在しないか利用できない施設も、金さえ払えば利用できる為だ。そして当然ながら、そんな子供をカモにする大人達が佩いて捨てるほど存在する。
そのため学園の教官や一部の目端の利く学生が、トラブルを未然に防ぐ為に顔役と繋がりを持っており、学園入学時にアレクもそれを引き継いだのである。
「ここの顔役は比較的良心的だからまだ良いが、酷いところだと身包み剥がされるだけじゃ済まないからな…言っておくが、ここより
「分かったわ…」
一応、住民が真っ当な職で生計を立て、王都の治安維持を担当する警邏隊の巡回がある下町と異なり、その日の生活もままならない者が大変の貧民街には近づかないよう、アレクは一切の甘さを交えず釘を刺す。
それが本心からの忠告だと理解しているが故に、エリカも不満を口にすることなく神妙に頷いた。
「あの集合住宅だ」
「何の変哲もないわね…」
「警戒心が強いからな。そもそも拠点自体頻繁に替えてるぞ」
「顔役ってそんな危険なの…?」
「いや…何でも昔兄さんと色々あった時に結構位の高い貴族に気に入られたらしくてな。スカウトが煩わしいから逃げ回ってるらしい」
エリカの言った通り、言われなければそうと分からない特徴の無い集合住宅にこの地区の顔役であるアダンの拠点が置かれている。
「一応言っておくが余計な事するなよ。大人しくしてろ、いいな?」
「大丈夫よ、安心なさいな」
「不安だ…」
「酷くない!?」
「なんか今日の俺、巡り合わせが悪いから追加の面倒事が降ってきそうで…」
「ゔ…ごめん、言う通りにするからシャキッとしなさい」
どうにもツキに恵まれない事に遠い目をするアレクに、
「うん…?」
「え…?」
ぐだぐだしている二人の視線の先で、目的地の集合住宅のドアが勢い良く開く。
「自動ドア!?」
「そんな訳無いだろ…ヌーガじいさん?」
エリカの頓珍漢な発言を否定しつつ、アレクはドアから転がり出た老人、この地区の自警団を取りまとめるヌーガの様子に首を傾げる。
それに対して、アレク達へ顔を向けたヌーガの顔は恐怖と焦燥に塗れていた。
「た、助け──ベルの坊主に、嬢ちゃん…?」
助けを求める為に叫ぼうとしたヌーガは、近づいてくるのがアレク達だと察して口を噤む。
そして僅か半呼吸分、硬直したヌーガは恐怖で身を震わせながらもその目に決意と覚悟を込めて叫ぶ。
「っ、逃げろ!! ベル!! 嬢ちゃ──か、は」
だがその叫びは強制的に途絶える。
何故なら、彼の心臓は扉の中から現れた男の小剣に貫かれたから。
「っ──!!」
「ばっ──」
ほんの数呼吸分の間に起こった惨劇に対して、エリカとアレクは対称的な反応をとる。
エリカはスカートの下に隠し持っていた護身用の小剣を抜き放ち、勇気ある老人の仇を討たんと踏み込む。
対してアレクは飛び出したエリカを引き戻さんと手を伸ばす。
「…え?」
後にエリカは語る。自分は
何故なら、仇を討たんと踏み込んだ事で彼女は周囲の警戒を怠った。戦場において冷静さを失うという、師の教えを失念してしまった。
故に、これから彼女に待ち受ける厳しい現実は彼女の責任である。
「上っ!?」
ヌーがに致命傷を与えた男と同じく、黒いフードで顔を隠した男が獣の如き身ごなしで集合住宅の上階からエリカの眼前へと着地する。
そして足が止まり、硬直したエリカに男は右手に握るナイフを振るう。
その斬撃は、若くして達人と評して過言ではないエリカをして見事と評するに足る速度と鋭さだった。
(あ…死んだわ、これ)
エリカは悟る。己の失敗を。そして、己の死を。
引き伸ばされた時間の中で、嫌になるほどゆっくりと己の首に迫るナイフの軌跡をエリカははっきりと認識し──
「──かやろおぉ!!!」
アレクに襟首を掴まれ強制的に後ろへ放り出される。
「痛っ…あ、アレ…ク?」
尻もちを付いたエリカは痛みに顔をしかめ、そして慌てて頭を上げる。
その視界の先で──
「くそ…っ」
「見事だ、少年」
エリカの身代わりで斬撃を受けたアレクが、左肩から袈裟懸けに切り裂かれ血を噴き出していた。