ーーー征服歴1496年 王都カルネアスーーー
エリカの身代わりとなって袈裟懸けに斬り裂かれたアレクは、灼熱の如き激痛に泣き叫ぶのを堪えながら悪態を吐く。
「くそっ…」
それに対して、アレクを斬り裂いた黒フードの男は賞賛の言葉を贈る。
「見事だ、少年」
男の右大腿部には、斬られる寸前に
護身用にアレクが服の袖に仕込んでいた投矢は下町で調達した特注品であり、殺傷能力は低いが一度刺されば簡単には抜けない。
「暗器か、それに…っ!」
「うるせぇよ!」
アレクを褒めながらも留めを刺そうとナイフを振るおうとするフード男に蹴りを放ち、防御されはしたがその反動でアレクは身体を反転させる。
「逃げるぞ!!」
「え、ちょアレクその傷で!」
「おい暴れるな…!」
右腕で放心しているエリカを拾い上げ、アレクは脱兎の如く逃走する。
「チッ」
「ほう」
アレクは走りながらも牽制目的で後手に投矢を投擲するが、それは半ば偶然ながらフード男の投擲したナイフと激突し地面に落ちる。
死地を脱したアレク達は振り向くことなく、横道へと飛び込んだ。
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「怠慢だな、
「手厳しいね
太腿に刺さった投矢を引き抜きながら、アレク達を襲った黒フードの男は、後ろから投げかけるた同僚の嫌味に嫌味で返す。
「追わないのか?」
「この足で追わせようとするのは酷くないか?」
血管が傷ついたのか出血の多い傷口を縛りながら、
「ならばきちんと仕留めておけ。腕が落ちたか?」
「思いのほか
拾号は地面に落ちた
「どうせお前が貧民街で雇ったゴロツキに追わせるんだろう? あと数分で
「女の方に逃げられるだろうが」
「どうかな? あの様子だと少年を助けようとして時間を浪費すると思うけど…おや?」
「どうした?」
拾号はアレクの血で汚れた地面に落ちた、木彫りのペンダントを拾い上げる。
「あの子のかな?」
「お前に斬られて落ちたようだな」
「ふーん…じゃあ、
「…相変わらず悪趣味な奴だ」
殺した相手の身に着けていた物をコレクションする猟奇的な趣味を持つ同僚に、漆号は眉を顰める。
「
「チッ、怠け者め」
趣味を除けば優秀な同僚の言葉に舌打ちし、漆号は逃げたアレク達を処分する為に部下達を招集した。
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「ちょっ、アレク! 走れる、自分で走れるから降ろして!! 早く血を止めないと!!」
自分を小脇に抱えるように走るアレクがまともに止血も出来ず、顔色も青白くなっている事に焦るエリカが叫ぶ。
アレクは顔を顰めながら走る速度を緩め、エリカを降ろし壁にもたれる。
「っ…この先の角を右、その後3つ目の辻を左に曲がれ。その後、進んだ先で右手にある瓦礫で塞がった道がある。お前なら乗り越えて進める…その先は大通りだ…、そこなら警邏隊が常駐しているから通報して助けを呼べ」
「ちょっ、一気に何言って…」
「俺は追っ手を撒いてから別の道で逃げる。お前はこの辺りの地理に詳しく無いから足手纏いだ」
アレクは上着を脱いで傷に押し当て、エリカを追い払うように手を払う。
「血の跡で追ってくるだろうから適当に引きつけておいてやる、だからさっさと
「そんな青白い顔で言われても信用できないわよ! 止血するならちゃんと縛りなさい!!」
「待っぐるし…あと脚っ!」
「暴れない! 血が止まらないわよ!!」
一方的なアレクの態度にキレたエリカは、小剣で己のスカートをリンゴの皮を巻くように細長く切り裂き即席の包帯を作ると、アレクが傷口に押しつけた上着ごと縛り止血を完了する。
眩しいほど白い脚がさらけ出された事にアレクが慌てるが、エリカは欠片も気にせずアレクの傷に即席の包帯を巻き付ける。
「息が苦しい…」
「我慢しなさい! 死ぬよりマシよ!」
「服の下に防刃ベスト着てるから傷は見た目より浅いんだが…」
「それだけ血が出てたら放置したら死ぬわよ!」
アレクは兄であるイースレイに下町での歩き方を教わった際に、お下がりとして彼が持っていた防刃ジャケットを譲り受け、必ず着込むようにしていた。
そのため、
エリカは痛みと呼吸困難でへたり込むアレクの腕を掴んで無理やり立ち上がらせる。
「そんな状態であの男達を撒くなんてよく言えるわね!? ふざけてるの!!?」
薬の効果が切れで顕になった
アレクは痛みに顔を顰めながら、忌々しそうに舌打ちする。
「
「なっ…」
雑貨店の店主モルガンから、アレクはエリカをエスコートするよう要請された。商品の割引という形ではあり、半ば強制的ではあったが
それが人として、そして貴族に連なる者として最低限守るべき
「例え褒賞が釣り合わなくとも、一度請け負った仕事なら果たすべきだろう…?」
「…死んでたかもしれないのよ?」
「
アレクは自分が大した人間だと思っていない。尊敬する兄に比べれば、自分は多少小賢しいだけの守銭奴だと自己分析している。
「だからグズグズせずとっとと行け──チッ」
「っ!!」
聞き分けの無い子供を怒鳴りつける様に、エリカを先に逃がそうとしたアレクも、そして更に言い募ろうとしたエリカも、自分達が逃げて来た道から現れた人影に舌打ちする。
「
漆号と呼ばれた、ヌーガを殺した黒フードの男が小剣を抜きながらアレク達との距離をゆっくりと詰めてゆく。後ろに貧民街で雇った男達を従えて。
「この…っ痛!?」
「お前の辞書には突撃しか無いのか…分かった、一緒に逃げるぞ!」
己を庇うように小剣を構えたエリカの襟首を掴み退かすと、アレクは即座に投矢を投擲する。
だがその軌道は、漆号のはるか頭上へと逸れている。
「何処を狙って…なっ!?」
「よし行くぞ!」
「ちょ、今度は自分で走るわよ!!」
外れた様に見えた投矢は、集合住宅のベランダに積み上げられ固定されていた荷物の縄を切り、道を塞ぎ漆号達を妨害する様に雪崩落ちる。
「今更だけど何あれ!?」
「こんな時の為にあちこちに仕掛けてある罠の一つだ…あれ使うと後で自警団に事情説明した上で金払わされるから出来ればあんまり使いたくなかった!!」
「後で謝るしお金も払うから恨みを込めて手を握り潰そうとしないで!?」
アレクは右手に掴んだエリカの左手に万力の様な力を込める。それははぐれない為であり決して守銭奴の逆恨みではない…はずだ。
「追え、お前達!! 生死は問わん!!」
逃げる二人の背中に、漆号の怒声が刺さる。
かくして、平和な王都で命懸けの鬼ごっこが始まった。
✳ちょっとした裏話✳
投擲は戦闘における主人公の数少ない得意分野です。
アレク(学生時代) 投矢(ダーツ)で狙った場所を撃ち抜ける
アレク(兵士ベル) 投矢だと殺傷能力が低いしコストも高いので石を投げ始める
アレク(本編開始時点) 石で人間の頭を粉砕出来るし、時々槍や人の生首を投げる