本編に戻ります
ーーー征服歴1501年4月 スペイサイド州北西部 イメーム丘陵ーーー
「〜〜♪〜♪〜♪」
夜を徹した清掃作業により敵味方問わず負傷者と死者の片付けられた戦場に鎮魂歌が響く。
太陽に照らされて輝く銀髪の歌い手は、戦場に散った全ての英霊達の冥福を祈る様に、古より連合王国に伝わるその歌を捧げる。
龍驤大隊大隊長アレクサンダー・ウォーカー少佐以下、イメーム丘陵防衛戦に参加した兵士達、そして野戦築城作業に参加した難民達、果は捕虜となった獣国兵に至るまで、生き残った全ての者達はその神秘的な歌い手の姿と歌声に黙祷を捧げていた。
後に『第二次イメーム丘陵の虐殺』と呼称される獣国軍と龍驤大隊との戦闘はおよそ半日で決着した。
およそ8000の獣国は指揮官であるボーノ将軍以下、軍を率いる首脳部が捕虜となり組織立った退却すら不可能となり死者4000に戦闘不能な負傷者及び捕虜が2500と完敗を喫した。残りの兵達は獣国軍本隊を目指して逃走したが、無事に逃げ帰った兵は300人程度であった。
対して、増援や龍哮大隊の敗残兵を含め約4000の龍驤大隊は死者と戦闘続行不可能な重傷者を会わせて500名程度であり、龍驤大隊そのものの損害は100程度とこの規模の戦闘としては異常と呼べるほど軽度だった。
実質的な総指揮官であるアレクは、戦闘終了後即座に敵味方問わない負傷兵の回収と膨大な獣国の戦死者の埋葬を指示し、戦場の清掃作業は翌日には終了した。想定より早く清掃が終わったのは勝ち戦で士気が高く、防衛戦であり予備隊の大半を温存できた為だった。
取り敢えずの後始末を終えた後、アレクは兵士達には酒を与えて労を労い、自分はさっさと
そして幕僚達を代表して、ケルビム大尉がこう提案した。
『
かくして、戦闘に参加した敵味方の兵士達に難民まで、このイメーム丘陵に集う全ての人々が参加する合同慰霊祭は開催された。
そして、
「ご苦労…いい歌だった」
「ありがと、まあリーズに比べるとまだまだだけどね?」
舞台を降りてアレクの隣に戻ったエリカは、少しだけ照れくさそうにアレクの賞賛を受け止める。
エリカの代わりに舞台に上がった進行役の龍驤大隊戦務参謀アルバート・ケルビム大尉が慰霊祭の終了とその後の宴会について手短に説明する。
「小隊毎に酒を配るので、担当の者は受け取りに来るように。警備役の物にも後日酒と嗜好品は配るので安心するように」
その言葉に厳かな雰囲気を保っていた兵士達は歓声を上げ、ここにようやくイメーム丘陵での戦闘に一区切りがついた事を理解した。
兵士達が羽目を外さないよう、其々の小隊長及び中隊長達は自身の部隊に戻り、幕僚達も今日ばかりは仕事の手を止め天幕の外から聞こえる喧騒を肴に酒と料理を楽しむ。
「やってみると案外士気が上がるものだな…正直、酒と嗜好品を与えておけば兵隊は逆らわないと思っていたんだがな」
「流石に、この規模になるとそれ以上の工夫は必要ですよ。勿論、補給を絶やさず食料等必需品に不安が無いからこそ出来る事ですが、こうした
部下の統制を
等々、穏やかな会話が続く中で毛並みの良い大型の
「ところでアレク、あとケルビム大尉?
「「……無視したい」」
「可哀想だからやめなさい」
アレクとアルバートは渋々、エリカの指差した先へ、即ち
そしてようやく自分へ意識を向けた
「お願いだウォーカー少佐、何としてもアイネ殿下を救出してくれ!!」
「そう言われましても…この大隊、一旦後方に下がりますよ?」
「戦闘の連続でそろそろ人員の補充と再編が必要ですので、ここからもう一戦は危険なんですよ、ダニエル?」
にべもなく断る
「王族が捕虜になるなんて大スキャンダルなのは分かってるだろ!? 帝国とも話をつけて情報封鎖してるが限界がある!! 何とか捕虜交換の交渉前にアイネ殿下だけでも回収できない!? ほら、帝国の密偵も協力すると凱馮殿下から言質もとったし!」
「ほらと言われても…なあエリカ、それ信用出来るのか?」
「オーディン8号はゴードン兄様専用の連絡犬だし、筆跡も兄様の物だからそこは信用出来るわよ」
「まあ多分にダニエルの希望的な解釈が混ざっていますから、ダニエルの言葉をどこまで信用するかは別ですね」
「アルバート!! 君はどっちの味方だ!?」
「今の私は龍驤大隊の参謀ですし、少なくとも君の味方ではないですね」
旧友の辛辣な発言に整った顔を歪めるダニエルだが、ここでアレク達を巻き込まないと、捕虜交換の交渉担当に指名された自分の身が色々な意味で危険だと察しているので必死に説得にかかる。
「王族が捕まってるんだ、君の責任問題にもなるんだぞウォーカー少佐!」
「そこはまあ…獣国の先遣隊を壊滅させて将軍も捕虜にしたので、言い訳は可能では?」
「両腕無くした将軍とか捕虜交換の価値ないだろ!?」
「そこを何とかするのが
アルバートの発案で、可能な限り獣国の
「力技で捕虜を奪還するにしても、現状の戦力で森を越えた進撃など不可能です。こっちがやった事をやり返されるのがオチですよ?」
「だったらせめて
「部隊の消耗を考えるとそろそろ休養と再編が必要です。交渉役の文官や補給部隊の護衛を兼ねた交代の大隊が来たら一旦後方に下がりたいんですが?」
「
「俺は頼めば願いを叶えてくれる魔人ではないんですが?」
土下座しながら自分に都合の良い事しか言わない
「どうします?」
「俺の連れてきた部隊も一旦後方に下げたいんだが?」
「ちょっ、ハワード大佐!?」
「こっちは後備役と新兵ばっかりで消耗が激しいんてすよリガール中佐…実戦想定してないのに最前線で使い潰しやがって…なあウォーカー少佐?」
「可能な限り野戦築城したから被害は抑えられたでしょう?」
恨めしそうに自分を睨む元上司に、アレクは肩を竦める。
味方がいないと悟った
「そもそも僕ずっと土下座だよ!? もうちょっとその辺りも考慮してよ!?」
「打算ありきの土下座はあんまり心に響かないかなと…」
「そもそもダニエルの土下座は見慣れてますし」
「ダニエル兄様、それは流石にちょっと引くわよ…」
「リガール中佐、それは土下座の作法として下ですぜ?」
総スカンを食らったのでダニエルは涙目で立ち上がり地団駄を踏む。
「今ここで何とかならないと僕の出世とか給料とか諸々が終わるし今後の戦争の進め方とか講和条件とかややこしくなって外交官達が過労死するんだよ!? もうちょっと協力的になってくれよ!?」
「いやこっちも命張ってますし結果も出しましたよね?」
「そもそも君がお金必要なのはほぼ女性関係でやらかした賠償金でしょう?」
「ごめんダニエル兄様、部下の命も懸かってるし同情できないわ…」
泣き落としも無理と分かったダニエルは他に何か手は無いかと自慢の頭脳をフル回転させる。
「スペイサイド方面軍の今の司令官は”革新派“に近いスミラス大将だし命令を出させるか…いや流石に今からだと間に合わないか……」
「すっごく碌でもないこと考えてるわね…」
そろそろ摘みだした方が良いかなと考え始めたエリカの冷めた視線に気づかないまま、ダニエルは思考を深める。
「いや待て…今の状況は凱馮にとっても厄介なはず…あの腹黒なら何かしら対処を…」
「自分を棚上げして他人を腹黒扱いし始めましたね…うん?」
アーノルドは従兵を手招きしてダニエルを追い出す準備を始めたところで、天幕に自身の小隊と共に哨戒を行っていたクルト・ジャッカード少尉が駆け込んでくる。
「ウォーカー少佐!! 方面軍本部より伝令文が届きました!!」
「ご苦労、ジャッカード少尉………嫌な予感がするな」
アレクは受け取った伝令文を流し読み、顔を顰めながら(仮面で見えない)副長のエリカに渡す。
伝令文を読んだエリカも顔を顰め、うんざりした顔でアーノルドに渡す。
そしてアーノルドは伝令文の内容に品の良い顔を歪める
「これはまた……」
そしてアーノルドが代表して伝令文を天幕に集った幕僚達に通達する。
「龍驤大隊はこれより、アイネ殿下及び可能であればカイト・テルネシア中佐の救出作戦を行います。方面軍本部から可能な限りの支援は受けますが期限は捕虜交換の交渉が行われるまでですので猶予は1週間もありません」
「「「「げぇ」」」」
「いよっしゃぁぁぁオラァァァ!!!」
幕僚達やハワード大佐が嫌そうに顔を顰める中、ダニエルだけが勝利を確信し拳を虚空に突き上げる。
「殴っていいかな?」
「アレクが殴ると死ぬわよ、ダニエル兄様」
「じゃあ僕が殴りましょう」
「え、待ってアーノルドなんでごぶぁ!!?」
全員の不満と苛立ちを代表したアーノルドに殴られダニエルは地面に沈んだ。
「ふっ…ふふ、ありがとう凱馮…君は恨むべき敵だけど……僕の親友だ」
だがその虚ろな顔には、ここにはいない宿敵にして友への感謝が浮かんでいた……かもしれない。
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「ふ…フフ、大分手間と犠牲は払ったがスペイサイド方面軍の司令官は動かせた…上手く行けば”カナンの騎士“を殺せる……のは無理だな。でも彼の手足となる部隊を消耗させられるかもしれない、かな? まああっちにはダニエルがいるみたいだし、”カナンの騎士“が多少ゴネても救出作戦を飲ませてくれるさ」
青角城で終わりの見えない書類仕事に加えて、極めて面倒臭い情報工作を行った帝国第四皇子藍凱馮は、一杯淹れるのに庶民の平均年収が消える高級なお茶(冷めている)を飲みながら虚ろな目で笑う。
「へっくし……くそ、風邪か? いや風邪ひけば休め「殿下、次の書類です」畜生!!」
だが余計な仕事が増えたせいで、凱馮は今日も寝る間も惜しんで深夜まで仕事をする羽目になるのであった。