ーーー征服歴1501年4月 スペイサイド州北西部 旧龍哮大隊駐屯地ーーー
獣国軍砦が騎兵砲の擾乱射撃によって混沌に陥る中、アレク率いる連合王国軍を囲む獣国軍も、そして
「おい、大丈夫なんだよな。流れ弾がこっちに来たり…」
「おい獣国軍が戦闘準備整えてる、こっちに来るんじゃ」
「落ち着けお前達、見張り員は状況の報告を…!」
部隊の纏め役であるルリシアの叫びは恐慌の只中にある兵士達には届かない。彼らは
「総員傾聴!!」
砲弾の降り注ぐ轟音すらかき消す
「今この時を以て、
反論も異議も許さぬ断定に、龍哮大隊の敗残兵達は言葉も出すことが出来ない。
「銃兵小隊小隊長、前へ」
「は…はっ!!」
カイトが率いた龍哮大隊の前身は新兵器であるマスケット銃と大砲の運用法を確立する為の実験部隊であり、
そしてアレクに指名された若く線の細い小隊長は、青白い顔で震えながら前に出る。
「銃兵小隊はこれより、本部隊を包囲する獣国軍へ銃撃を開始しろ」
アレクの命令に小隊長は目を白黒させる。
「は、え…?」
「どうした? 弾薬の供給は行っていたはずだが?」
「い、いえですが我々の保有するマスケット銃は100丁程度で、敵軍を撃破するだけの量は」
「敵を撃破する必要はない。陣地の防壁から撃って適度に包囲する獣国軍を混乱させろ」
「え…」
そして話が終わったというようにアレクは呆然とするルリシアに指令を下す。
「テルネシア大尉、銃兵小隊が
「なっ、敵軍は二万です! 我々など1時間も保ちません!」
「
「しかし…!」
「弾薬を撃ち尽くしたら後は
「……は?」
アレクの指令に、とうとうルリシアは理解の範疇を越えて呆然とする。
そんなルリシアの姿を無視して、アレクは懐中時計を確認する。
「具体的にはこれから1時間、獣国軍
「え、お待ちを。少佐殿が…は?」
ルリシアの返答を待つことなく、アレクは従卒の率いて来た白馬に跨る。
「銃撃開始後、俺と従卒は砦に突入する。以後はテルネシア大尉に従え。以上だ」
そうして呆然とするルリシア達に背を向け、拠点の正門に向かったアレクだが、動こうとしない兵士達に再び怒号を発する。
「さっさと配置につけ!!」
その理不尽な、そして一方的な命令に兵士達は逆らうことが出来ず慌ただしく動き出した。
「いやぁおっかない。流石は名にし負う
「連中の失態を尻拭いしてやってるんだ。これくらいの苦労は背負ってもらわないと割に合わん」
アレクの後ろで自身の騎馬に騎乗した従卒が、その立場に見合わぬ軽い口調でアレクに話しかける。
「兵士達は巻き込まれただけでは?」
「軍人だからな。文句を言う権利はない」
「厳しいですねえ」
「ぐだぐだ言っているが、お前にも働いて貰うぞジーバオ…それとも
「いやぁ、一応
ルリシア達の前では隙のない従卒の振る舞いをしていた男、
「しかしまあ、凱馮殿下からの命令書も持参した手前言う事じゃ無いかもですけど、良く僕に背中任せようとしますね? 後ろから刺されるとか思わないんです? あと飲み物に毒混ぜたり」
「
「えぇ……」
方面軍司令部から第三王女奪還の命令が下った後、ジーバオと名乗る男が龍驤大隊に現れた。
その男は己が青麟帝国特務兵軍団“白”所属、“白鴉隊”第四大隊所属の工作員であり、第三王女奪還作戦への協力を申し出た。
『僕の身分は帝国第四皇子藍凱馮殿下及び、連合王国スペイサイド方面軍参謀長カレウス・グランツ少将が保証いたします』
そう言ってそれぞれからの署名の入った身分証明(帝国側が密偵として、連合王国側は従卒として)を渡されれば、アレク達も信じるしか無かった。
ジーバオが齎した砦に展開する獣国軍の構成及び指揮官の情報、また捕らえられた第三王女の監禁場所と砦の内部構造が無ければ、そもそも奪還作戦を実行に移せないという理由も大きかったが。
「最近
「あの…その秘書官って……まあいいか。というか毒は?」
「
「えぇ……」
2年間、獣国と帝国、ついでに
真っ向から(?)殺しに来る相手は兎も角、毒殺まではアレクも対応仕切れず何度か毒入りの飲み物や食事を摂る羽目になったのだが、持ち前の頑健さで全ての毒を耐えきり、気がつけば暗殺者顔負けの毒耐性を獲得していた。
なので多少の毒なら珍しいスパイス程度にしか思わなくなり、味音痴に拍車がかかったのだが、それを知るのは極一部だけである。
そうして駄弁っている内に、銃兵小隊が射撃を開始しアレク達を包囲する獣国軍にも動揺が広がる。
「さて、休暇は終わりだな」
アレクが漆黒の刀身を有する刀を鞘から引き抜く。
そしてジーバオもまた、先程までの軽薄な表情を引き締める。
「突っ切るぞ、遅れず着いて来れるな?」
「お任せを。これでも密偵になる前は“玄狗隊”所属でしたので」
本来敵同士の2人は、共に不敵な笑みを浮かべながら阿鼻叫喚の坩堝と化した砦へ向けて愛馬を発進させた。
裏情報:
ラドロス少尉(故人)は結構凝り性でコーヒーを淹れるのも得意でした