※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

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144話 怪物は正体不明でなければならない

ーーー征服歴1501年4月 獣国軍砦中央棟ーーー

 

 防衛よりも普段使用する際の利便性を優先した、連合王国様式の広い直線の廊下で、無貌鬼(狩人)ツイーガ将軍(獲物)の命懸けの鬼ごっこは継続する。

 

「普通にドアから出てきてくれませんかねぇ!?」

 

 壁を斬り刻んで廊下へ現れた無貌鬼(アレク)に悪態をつきながら、背面走行で逃げるツイーガ将軍は床に撒菱をばら撒く。多少なりとも追撃速度を落とそうとしたその小細工は、アレクが壁を走って撒菱を回避した事で一応成功はしたといえる。

 

「なんでニンジャ軍団(私達)よりニンジャみたいなことできるんです!?」

 

 床に着地する瞬間を狙って苦無を投擲し、曲がり角へ身を翻し即席で鋼糸の罠を仕掛けながらツイーガ将軍は暗殺兵団(ニンジャ軍団)より理不尽な軌道をする無貌鬼(怪物)に返事を期待しない疑問を投げる。

 

 苦無を打ち落とし、鋼糸の罠を何の痛痒も介さず斬り裂いた無貌鬼(アレク)は聞こえてくる泣き言に特に反応することなく淡々とツイーガ将軍(獲物)までの距離を詰める。

 

「つぅっ!?」

 

 容赦なく首を狙う斬撃に、先程の様に防御は間に合わない。漆黒の刃が己の首に迫る中、ツイーガ将軍は己の積み重ねた鍛錬と下準備に従い迫りくる無貌鬼(死神)を迎撃する。

 

 

(フッ)

 

 己の首へ斬撃が届く寸前、ツイーガ将軍の口から含み針が仮面で守られていない無貌鬼(アレク)の目に射出される。

 完全な奇襲、だが、アレクは僅かに頭を倒し目を狙った針を仮面で防ぐ。

 

 ツイーガ将軍の命懸けの奇策は無駄に終わるかに見えたが、寸毫、アレクの斬撃速度を鈍らせその太刀筋をブレさせる事に成功する。

 人体の限界ギリギリまでその身を仰け反らせたツイーガ将軍は、鼻先を掠めた刃に脂汗を流しそのまま宙返りの様にその身を回転させる。さらに足に仕込んだ暗器をその勢いのままアレクへ発射し追撃を牽制する。

 

 辛うじて無貌鬼(アレク)の殺傷圏から逃れたツイーガ将軍は、牽制に苦無を投擲しながら廊下の終点にあった部屋へ飛び込む。

 

(コオォ)…っ!」

 

 会議室として使用しているやや広い部屋に飛び込んだのは偶然ではなく、ツイーガ将軍は跳躍し自身を追って扉から現れた無貌鬼(アレク)へ残った手持ちの暗器全てを同時に投擲する。

 

 20を超える手裏剣が上下左右から時間差でせまり、その間を縫うように苦無と毒針が飛翔する。そして鋼糸で操られた鈎針が無貌鬼(アレク)の四肢を拘束せんと変則的な軌道で逃げ場を封じる。

 

 これこそは獣国八大将軍、獣国の暗部を担う暗殺兵団の長に受け継がれる超絶技巧。本来なら3人の達人が呼吸を合わせて放つ、カナンの騎士(大英雄)を暗殺せんが為に200年磨き抜かれた擲包殺撃陣。常人であれば、否、他国で英雄と評される程の強者であろうと逃げ道の限定された場所で受ければ逃げ場なく封殺される三代目ハッフィ・ツイーガの切り札である。

 

 だが、それは所詮は()()()()()技でしかない。

 

「ゼェ…せめて呻き声の一つくらい挙げてくださいよ、可愛げのない……」

 

 押し包む様に殺到した全ての飛び道具を、虫でも払うかのごとく叩き落とし、己の四肢を拘束しようとした鋼糸を何の障害も無さそうに斬り刻む無貌鬼(アレク)の姿に、ツイーガ将軍は諦念と共に()()()()()()()先代カナンの騎士(リオン・グラハム)の姿を重ねる。

 

 

 

 四十年以上過ぎた今でも鮮明にその目に焼きつく、()()()穿()()()呆気なく死んだ己の先代にして偉大なる師の姿。同じ死に方をした己より才も実力もあった師兄達。

 帝国と連合王国の戦争において、自国を道路代わりに使われついでの如く略奪を行った六代目“カナンの騎士”への報復として投入された暗殺兵団が誇る最精鋭30名は、標的たるリオン唯一人に返り討ちに遭い()()を残して全滅した。

 

 襲撃準備を行っていた彼らは、標的であるリオンによって潜伏地点の森を襲撃された。

 

 まず当時の暗殺兵団団長、2代目ハッフィ・ツイーガ、現ツイーガ将軍の師にして帝国や連合王国にすらその技量を怖れられた当代最強の暗殺者は、襲撃者の気配を察知する事すらままならないままリオンが愛用する刺突剣により心臓を一突きされて絶命した。

 

 次に2代目ツイーガの後継者と目されていた高弟3名が、暗殺兵団の絶技たる擲包殺撃陣を放つが、師の遺体を盾にしたリオンに完封され、気がつけば師と同じ様に心臓を穿たれていた。

 

 そこからは行われたのは単なる掃討戦、否、戦いと呼ぶのすら烏滸がましいただの虐殺だった。

 常人には己の足元すら見えぬ暗闇の中で、逃げようとした者から順番に心臓を穿たれた。

 一刺一殺、まるで蟻を順番に踏み潰すように作業的に行われた虐殺はリオン以外に立つ者が居なくなるまで続いた。

 

『逃げたいのなら逃げると良い。そしてお前がここで死んだゴミ共の末路を、子々孫々に語り継げ』

 

 恐怖に竦み、己の先達達が淡々と殺されて往く中で頭を丸めて蹲っていたまだ名も無き暗殺者(未熟者)の頭上に、厳冬の寒風よりなお冷たい声が突き刺さる。

 

()()()には似合いの仕事だろう?』

 

 淡々と、嘲りも侮蔑も無く単なる事実を指摘する様に言い放ったリオンは、恐怖でまともに話すことすらままならない自分を無視してその場を去った。

 

 

 

(まさか私が生きている間に、また“カナンの騎士”(あんな怪物)と戦う羽目になるとは)

 

 己に迫りくる無貌鬼(死神)を他人事の様に眺めながら、ツイーガ将軍は過去へ思いを馳せる。

 

(私しか技を伝える者がいないからと師の名を継いで、暗殺兵団を立て直して、なのにあの恐ろしい怪物は病であっさりと死んでいた)

 

 “カナンの騎士”と戦う意志を折られ、それでも祖国を護る為に必死に己と弟子達を鍛え上げ、荒廃する国の為に働き続けた。

 恐るべき怪物は病であっさりとこの世を去り、だがその後に起こった北域大戦で既に衰退しきっていた祖国は何ら影響力を行使出来なかった。

 

 帝国の第四皇子に唆され始まったこの大戦が、そんな祖国をさらなる苦難へと突き落とす物だと理解しながらも、賭けに出ねば最早国が保たないと己に言い訳して協力もした。

 

(ケチのつけ始めは2年前、いやもう3年前ですか。裏切らせた連合王国貴族を討ち取って、ついでにいけ好かない帝国の第七皇子に手傷を負わせた名も無き英雄を暗殺しろなんて依頼が来て…)

 

 最早手元に武器は無い。全ての暗器は既に投擲し、愛用の短剣も全て圧し折られた。

 

(始めは容易い仕事だと思ったんですがねぇ…なのに気がつけば手塩にかけて育てた弟子達は皆返り討ちに遭っていた)

 

 最初に死んだのはツイーガ将軍の後継と目されていた一番弟子だった。己の名を継ぐ最終試験として課した任務において、その弟子は生きて帰って来なかった。

 それどころか、自分達を挑発する釣り餌として手足を破壊され、両目を抉られ、耳を削がれ、顎を砕かれた無残な姿で晒し者にされて戦場に放置されて転がされた。

 

(激昂した弟子達が皆返り討ちにされるまで半年もかかりませんでしたねぇ…私がしっかりと手綱を握っていれば、いや、今更詮無き事ですが)

 

 人生を賭けて立て直した暗殺兵団は、辛うじて組織の体を成す程度にまで再び衰退した。名も無き哀れな捨て駒(英雄)に手を出してしまったが故に。

 

 そして気がつけば、取るに足らない存在だった筈の標的は“カナンの騎士”(本物の英雄)として己の前に立ちはだかり、今まさに己の首を刈らんと間合いを詰めている。

 

 

 

『そういう聞かれ方をされると自信が無くなるな。顔は昔の原型をほぼ留めていないし、古馴染みの友曰く声も変わったらしい。俺は本当にアレクサンダー・ウォーカーなのだろうか…?』

(私も知りませんよそんな事は。案外、地獄から這い出てきた悪鬼だったりするんですかねぇ?)

 

 つい先日対面した無貌鬼(アレク)の言動を思い出し、ツイーガ将軍は苦笑を浮かべる。無貌鬼(アレク)が実は元貴族子弟でも何でもない平民だろうと、実は一度死んで蘇った屍人だろうと知ったことではない。

 ただありうべからざる人外の怪物が、あと一秒もしない内に己の首を刎ねるという事実があるのみ。

 

(貴方の正体なんて今更気にすることではないのですがねぇ…)

 

 絶死の淵に立つ極限状態で、ツイーガ将軍の体感時間は数百倍に引き伸ばされる。

 肉体は限界まで疲弊している。それでも、今のツイーガ将軍は暗殺者としての長い人生において最も研ぎ澄まされている。

 

(貴方が戦場に来ると察知した時点で、()()()は確保しているんですよ)

 

 ツイーガ将軍の視界の中で、ひどくゆっくりと無貌鬼(アレク)が一刀一足の間合いへ踏み込む。その手に握られた黒き刃が滑らかに己の首へと迫る。

 

 確定した死へのカウントダウンが迫る中で、ツイーガ将軍は体感時間ではもどかしいほどゆっくりと、傍目からは手品の如く鮮やかに、無貌鬼(アレク)へと()()()を構える。

 

(ご安心なさい、貴方は人間です。血を流し、殺せば死ぬ糞の詰まった肉袋でしかありません)

 

 それは、英雄道化(カイト)が開発したマスケット銃と良く似ている。だが、()()は袖口に隠せるほど小型化されている。

 マスケット銃と同じく火薬により鉛玉を発射し、近距離であればマスケット銃と遜色ない殺傷力を誇る()()は、後に量産され、短銃(ピストル)と名付けられる英雄殺しの武器である。

 捕虜としたカイト・ジャッカードより接収した短銃(ピストル)こそが、ツイーガ将軍が万難を排して龍哮大隊を撃破した目的である。

 ヒトが、英雄(怪物)を討ち倒す()()()として。

 

 

 

 狙うは最も避け難い胴体、間合いは至近。

 いかに無貌鬼(アレク)の剣速が速かろうと、引き金を引く指よりは遅い。

 

「死ね、怪物(バケモノ)

 

 過去の屈辱、畏怖、そして憎悪を込めて、ツイーガ将軍は引き金を引く。

 事前に装填された火薬が着火し、乾いた爆発音と共に鉛玉が発射され怪物(アレク)へ致命傷を与える───ことは無かった。

 

「……は?」

 

 ツイーガ将軍は見た。()()()()()()

 

 数百倍に加速された体感時間の中で、短銃(ピストル)から発射された鉛玉を。

 その鉛玉を()()()()無貌鬼(アレク)を。

 

 そして加速された知覚の中ですらコマ送りの様に滑らかに、無貌鬼(アレク)の胴体と鉛玉の間に差し込まれた黒刃を。

 

「がぁっ!?」

 

 鉛玉は漆黒の刀身により受け止められ、神業の如き技量により()()()()()()()()()()()()()。そして速度を殺されないままその指向性のみを反転した鉛玉はツイーガ将軍の右足を撃ち抜いた。

 

「なんだ……なんなんだ怪物(貴様)はっ…ぐぅ!?」

 

 膝をつかなかったのはツイーガ将軍の意地だった。だが、気圧される様に後退ったツイーガ将軍(獲物)は、無貌鬼(狩人)が投擲した刀に右肩を貫かれて壁に縫い止められた。

 

 

 

 

 

 

 





投稿までに時間がかかったのは無駄に粘るツイーガ将軍のせいです(責任転嫁)
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