※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

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145話 怪物は不死身でなくては意味がない

ーーー征服歴1501年4月 獣国軍砦中央棟ーーー

 

 無貌鬼(アレク)の投擲した刀に右肩を貫かれ、昆虫標本の様に壁に縫い止められたツイーガ将軍が短銃(ピストル)を取り落とし、疲労と失血で意識を朦朧とさせて悄然と俯く。

 

怪物(バケモノ)め…」

 

 搾り出される罵倒を気に留める事もなく、無貌鬼(アレク)はツイーガ将軍にこれ以上の隠し玉が無いか警戒しながら慎重に歩み寄る。

 

 そんな無貌鬼(アレク)の気配を察して、ツイーガ将軍は忍び笑う。若作りの為に施された化粧が剥がれ、皺の浮いた素顔に嘲弄を浮かべて。

 

「フッ、フフ…完敗ですよ、まぁ始めから私如きが貴方に勝てるとは思いませんでしたがねぇ」

 

 血の気の失せた青白い顔で、目を血走らせてツイーガ将軍はアレクを嘲笑う。

 

「ですが…」

 

 ツイーガ将軍の口角が上がる。

 

()()は負けていませんよぉ?」

 

 その言葉に反応した無貌鬼(アレク)がツイーガ将軍を縫い止める刀を掴むより早く、ツイーガ将軍は己を戒める刀を左手で掴み()()()()刀を押し込む。

 

「っ!!」

「貴様の負けだ無貌鬼(バケモノ)め!!!」

 

 ツイーガ将軍の叫びに呼応する様に、石壁を突き破って現れるは獣国八大将軍第三席エイブ・クッゴイ、獣国軍最強戦力である。

 

「ゴアァァァァァァ!!!」

 

 仁王の如く鍛え上げられた肉体を重厚な鎧で固めたクッゴイ将軍が、羆の如き咆哮と共に突撃しながら身の丈を超える大戦斧を無手の無貌鬼(アレク)へと振るう。

 荒々しい見た目とは裏腹にその超人的な膂力を精密な技巧により完璧に制御しきったその一撃は、回避も防御も許すこと無く鋼鉄の鎧すら紙の如く斬り裂き人体など容易く両断する。

 

 それは数瞬後にアレクに訪れる確定した未来()()()

 

 相手が、無貌鬼(アレク)で無ければ。

 

(シュ)ゥゥ!」

「なんとぉぉ!!?」

 

 絶殺の斬撃を、無貌鬼(アレク)は防御も回避もしなかった。

 無貌鬼(アレク)はその場を一歩も動くこと無く、クッゴイ将軍の斧撃を()()()()()()()()する。

 

 頭の高さを越えて持ち上げられた無貌鬼(アレク)の左足には、鍛え上げられた膂力に、異常な程のバランス感覚によって遠心力が無駄無く乗算され、完璧な角度でクッゴイ将軍の大戦斧へと叩き込まれる。

 

 板鉄で補強された軍用ブーツの踵と、獣国ではなく帝国の名工によって鍛えられた大戦斧の刀身が激突し轟音と共に激しい火花を上げる。

 高級品とはいえ規格品の軍用ブーツとオーダーメイドの大戦斧、()()で考えれば負けるのは前者だ。だがそんな凡俗の認識など、無貌鬼(大英雄)は越えてゆく。

 

「オォォォォぉ!!?」

 

 ()から叩き込まれた無貌鬼(アレク)の踵が、クッゴイ将軍の大戦斧を()()()()

 獣国最強、剛力無双の英雄は無貌鬼(大英雄)の蹴撃に負けて斬撃の軌道を逸らされる。戦斧を取り落とす無様こそ晒さなかったが、大戦斧を砕くほどの衝撃により体勢が崩れる。

 

 完全に()()()体勢のクッゴイ将軍の間合いへ、無貌鬼(アレク)は踏み込む。

 大戦斧を蹴り砕いた左足がクッゴイ将軍の右足を踏み砕く。そして逃げ場の無くなったクッゴイ将軍(獲物)へ、無貌鬼(アレク)が右腕を弓の如く引き絞る。

 

「ぬうぅぅぅ!!」

 

 人間の頭を熟れた果実の様に容易く握り潰す慮外の握力を有するアレクの拳は、人間の顔面など容易く殴り潰す。右足を踏み砕いて固定された状態ならば、その威力に逃げ場なく頭蓋骨を()()ごと粉砕する。

 全力で叩き込まれんとする必殺の拳骨に対して、クッゴイ将軍に出来ることは殆ど無い。足を固定され身は引けず、両腕は武器を握ったままで防御も間に合わない。そもそも体勢を崩されているため拳をかわす余裕など無い。

 

 絶命までの一瞬が、極限の集中により数百倍に引き伸ばされる。

 手甲で護られたアレクの拳が己の顔面に迫る最中、クッゴイ将軍はそれでも諦める事だけはしなかった。

 

 逃げることも防御することも出来ない。

 

 そう、それはつい先程の無貌鬼(アレク)と同じであるのならば──己が次に取る行動は唯一つ。

 

 ()()あるのみ。

 

 

「ゴオオォォォォ!!!」

 

 猪の頑強な頭蓋骨すら叩き割るアレクの拳骨に、クッゴイ将軍は()()()を合わせる。

 自由の利く背筋を用いて、極限の集中によりインパクトの瞬間を完璧に合わせたカウンターのヘッドパッドがアレクの拳骨と激突し、室内に再び轟音が響く。

 

 クッゴイ将軍の兜が砕け、肉が裂け血飛沫が飛ぶ。

 

「グゥオオォオォォォ!!!!」

 

 噛み締めた奥歯が砕け、目と鼻から血が噴き出す。

 互いに踏みしめた床に亀裂が入り、肉と骨の砕ける生理的嫌悪感を齎す音が呆然と戦いを傍観するツイーガ将軍の耳へと届く。

 

 そして大陸屈指の剛と剛の激突は───

 

 

「チッ」

 

 ツイーガ将軍の目の前に無貌鬼(アレク)出現してから初めて、無貌鬼(アレク)が舌打ちと共に()退()する。

 

 

「ガッ…ハッ、…ガはッ」

 

 対して、クッゴイ将軍は額と両目、鼻、口から血を流し、砕けた大戦斧の柄に縋るように膝をつく。

 

 

「馬鹿な……」

 

 ツイーガ将軍が呻くように呟く。

 

 交戦時間は僅か数秒。無貌鬼(アレク)もクッゴイ将軍もまだ死んではいない。

 だが、必殺を期したクッゴイ将軍の奇襲は失敗に終わり、逆襲により追い詰められたのは奇襲した側である。

 

 無貌鬼(アレク)は未だ無手。それに対してツイーガ将軍は既に死に体、頼りのクッゴイ将軍もまた、目は死んでいないがまともに立つことすら出来ない。

 

 

 策も、罠も、無双の剛力すらも、無貌鬼(怪物)を討ち倒すには至らない。

 

 ニンゲン(彼ら)では無貌鬼(怪物)は殺せない。

 

 

 

 無貌鬼(大英雄)は、無貌鬼(怪物)であるが故に。

 

 

 

 

 

 

 






ラドロス少尉(故人)がアレクに殴られて生きてたのは、殴られた時に踏ん張りが効かずぶっ飛ばされて衝撃が逃げたからです。
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