久々のヒロイン登場回
ーーー征服歴1501年4月 獣国軍砦 地下ーーー
連合王国第三王女アイネと、“英雄道化”カイトが捕らえられた地下牢は、連日の淫蕩な宴により淫靡で饐えた匂いが充満していた。
つい
「ヒッ…アァァ…なんで、なんで……」
地下牢の奥にある物置に隠れた若い兵士は、必死に息を殺しながら己の不幸を、そして巡り合わせの悪さを呪う。
砦の地下で毎晩行われる
先に参加した仲間から、
「ちくしょう…なんなんだよ、なんなんだよあいつらぁ…」
日暮れとともに砦に降り注いだ砲弾は、地下に集った兵士達を混乱の坩堝へ叩き込んだ。
所詮は分解搬送可能な小型砲による砲撃だが、石造りの壁を砕くその威力は、地下にいても地響きという形で恐怖を刻む。
逃げ場のない地下牢から慌てて逃げ出そうとした兵士達は、上階から現れた熊の如き威容の将軍の一喝によりその足を止められた。
『全員そのまま地下牢の警護につけい!!』
獣国八大将軍第三席エイブ・クッゴイの指揮のもと、砲弾の音に怯えながらも兵士達は配置につき、混乱を突いて襲撃してくる恐れのある連合王国軍に備えた。
だが────
『クッゴイ将軍!! ツイーガ将軍が顔無しに襲撃されました!!』
『…そっちに来るか。ふむ、ここは任すぞ坊主共!!』
クッゴイ将軍は引き連れてきた屈強な直属兵の半数を率い、ツイーガ将軍の救援の為に地下牢を去った。
頼りになるも厳しい上司のいなくなった地下牢の空気はやや弛緩した。
『な、なあ。クッゴイ将軍が上に行ったんなら顔無しはここに来ないよな?』
『だよな。大砲の音も聞こえないし、顔無しもクッゴイ将軍にブッ殺されて終わりだろ』
『じゃあさ』
『うん?』
『もう
『…いや流石にそれは』
『でもよ──べ』
『……は?』
ヒソヒソと話していた兵士の言葉が途中で途切れる。
振り向いた兵士は見た。お調子者の同僚の頭から生えた
『な、ん…』
『ヒャッハーーー!!!』
地下牢に続く廊下に、世紀末な雄叫びが響く。
『ギャッ』
『グベっ!?』
『ヒィィい!?』
暗がりから投擲された手斧が、同僚達の脳天に突き刺さり血と脳漿を撒き散らす。
『ヒッ、アァァ…』
『
砦の地下でもまた、殺戮の宴が始まった。
「なんだよ…なんなんだよぉ……」
地下に突然現れた山賊と見紛う柄の悪過ぎる連合王国兵達に、仲間を容赦なく殺戮された若い兵士は、仲間を見捨てて逃げた。
だが混乱していた彼は味方のいる地上ではなく、地下牢の奥へと逃げてしまった。
隠れている物置の外では、未だに殺戮が続いている。
「ヒャッハーーー、死ね死ね死ねぇぇ!!!」
「おーいフェーデル軍曹、ここはもう良いから奥調べてこい」
「ヒャッハー、了解だぜぇ親分」
「今は親分じゃねえって言ってんだろうが!!」
隠れていた物置のドアが蹴破られる。
「ヒャッハー、ゴミクズの臭いがするぜぇ〜?」
両手に手斧を握り、全身に返り血を浴びた痩せた山賊の様な男が、舌舐めずりをしながら物置へと乗り込む。
「ここかなぁ〜?」
男が人の隠れていそうな木箱を蹴り砕く。
「違うかなぁ〜?」
狭い物置に隠れられる場所などあまりない。
若い兵士の隠れる場所に、血塗れの男は徐々に近づいてゆく。
「見ぃつけたぁ〜〜」
「う、うああぁぁぁ!!?」
そして隠れていた兵士を見つけた男は、ニタリと笑い手斧を振りかぶる。
「死ねやぁぁ!!」
「あああぉぁぁ!!?」
若い兵士は人生で一番の反応速度で投擲された手斧を回避し、何ふり構わず物置から逃げ出す。
「うお!? 待ちやがれぇやゴラぁぁうおぁ!?」
まさか避けられるとは思っていなかった男、元ガラクタ中隊所属にして現龍驤大隊所属のフェーデル軍曹は怒鳴りながら逃げた兵士を追いかけようとして、崩れてきた物置の雑多な道具に足を取られる。
その隙に兵士は仲間達の流した血で滑る地下牢を必死に駆け抜ける。
「嫌だ、嫌だ死にたくない死にたくない死にたくなぃぃ!!」
若い兵士は泣きながら、仲間達を殺戮した連合王国兵達の間をすり抜け必死に逃げる。
地下牢に現れた連合王国兵は10人程。全員明らかにカタギではない雰囲気を漂わせているが、思ったよりも数はいない。
山賊の親玉の様な大男の振るう戦鎚を紙一重で回避し、地下牢の各所で獣国兵を殺戮する連合王国兵達の振るう武器から逃げ切った若い兵士は、地上へ続く階段を駆け上がる。
「ハァ、ハァ…やった、逃げ切れ……」
地下牢から逃れた若い兵士は、歓喜と共に階段の先を見て絶句した。
緩やかにカーブする階段の先から足音がする。
コツリ、コツリと。金属で補強された軍用ブーツが石造りの階段を叩く音が近づいてくる。
「え…ぁ、おんな……?」
若い兵士の前に現れたのは、彼の陥った地獄絵図に似合わぬ絶世の美女だった。
月の光を溶かし込んだかのような美しい銀色の髪が、歩みに合わせてフワリと揺れる。
太陽の如き輝きを宿す黄金の瞳が、目の前に現れた若い兵士を訝しげに見つめる。
透き通る様な白い肌は溌溂とした生命力を宿し、女神の如く非現実的に整った美貌に確かなリアリティを与えている。
銀髪の美女が訝しげに首を傾げる。そんな僅かな仕草ですら彼女の美しさを強調し、若い兵士の視線が釘付けになる。
「う、あ……」
つい先程チラリと見えた、連合王国の第三王女は確かに美少女だった。
だが、今目の前に現れた絶世の美女と比べれば、何人もの男に汚され憔悴した王女などその他大勢にもあたらない。
王女を抱くために地下牢に赴き、そして仲間は殺し尽くされた。そして逃避した先で目が潰れそうな程の美女に出会った兵士の精神は一つの思考で固定される。
(この女を犯したい。抱き損ねた王女の分も徹底的に、この女を──)
若い兵士が一歩踏み出す。
不思議そうに首を傾げて己を見つめる美女へ、その美女を捕らえるた──
「へ…コヒュ、?」
いつの間にか呼吸ができなくなっている。それどころか手足の感覚も無く、出そうとした声は下手くそな笛のような音と共に喉元から漏れ出た。
「ちょっとフェーデル軍曹、何で獣国の兵士がこっちに逃げてくるのよ」
「いやぁすんませんリガール大尉。こいつ逃げ足速くて…」
「もぅ。これで最後?」
「へい、地下牢の制圧は終わりやしたぜ!」
「なら良いわ。何人か連れて階段の入り口を制圧してるエバンス達と交代してあげて」
聞こえてくる会話を、遠い世界の事の様に聞きながら若い兵士の意識が闇へと堕ちてゆく。
兵士は最後まで気づかなかった。
銀髪の美女が無骨な槍を携えている事を。そしてその穂先も、纏っている鎧も、返り血で汚れていた事を。
その兵士には分からなかった。
痛みを感じる暇すら無く、喉元から延髄を槍で貫かれた事を。
その兵士は幸せだった。
最後に見た光景が、短い人生で出会った最も美しい美女だったのだから。