ーーー征服歴1501年4月 獣国砦地下ーーー
地下牢へと続く中央棟の地下階もまた、血の海に沈んでいた。
この場所を護っていたのは獣国八大将軍第三席エイブ・クッゴイ将軍直属の重装甲歩兵隊だった。主と同じく屈強な体躯に重厚な鎧を纏った彼らは、その膂力と連携から他国にも一目置かれる獣国軍の最精鋭
クッゴイ将軍がこの場所に配置したのは計20名。生半可な部隊では倍の人数であろうと蹂躙できる──はずだった。
「う〜わ〜…鎧がクソ重いぜぇ〜」
「申し訳ありませんフェーデル軍曹、私もまだまだ若いつもりだったのですが…」
「しゃーねぇっすよ、まあ俺等は力仕事にゃ慣れてますんでこっちは任せてくだせぇ」
元ガラクタ中隊の古参兵、フェーデル軍曹と部下達が、
その様子にエリカの副官である老騎兵エバンス・フィデック准尉が申し訳無さそうに頭を下げる。
クッゴイ将軍直属の重装甲歩兵達は壊滅した。その死因は全て同じ。この場所に現れた麗しき戦姫によって、自慢の鎧が守れていない喉元を貫かれ、何も出来ないまま打ち倒された。
そして彼らの死体はただの鎧を纏った肉の塊として有効活用される事となる。この地下階の入り口を塞ぐ土嚢の代用品として。
「ではこちらはお任せします」
「へ〜いよっと」
手慣れた様子で
─── 1週間前 龍驤大隊大天幕 ───
方面軍本部より下された第三王女救出作戦の作戦会議を、司会役の龍驤大隊戦務参謀アルバート・ケルビム大尉が進行する。
会議室となった大天幕には、龍驤大隊の主だった士官に加えて第三王女を回収する予定だったダニエル・リガール中佐と護衛連隊の聯隊長エスタ・ハワード大佐も召集された。
また情報提供者として現れた帝国の密偵ジーバオも、天幕の隅で席に座っていた。
「アイネ殿下及びテルネシア中佐は、他の捕虜とは別に獣国軍の占拠している砦の中央棟地下に監禁されています」
移動式の黒板に砦内の詳細な図面が広げられ、アイネとカイトが監禁されている地下牢に印が付けられる。
「かの地の獣国軍は総計で2万を越えますが、砦の収容許容量を超過している為、最大でも砦内に詰めている兵数は2000と考えられます」
「以外と多いですね」
「あの砦はスペイサイド州開拓当時に開拓の為に集められた犯罪者を収容し監視する監獄として建てられた物です。他の治安維持目的の砦と比べると堅牢さも収容人数も段違いですよ」
「最盛期は1000人以上の元海賊が監獄に詰め込まれて過酷な開拓事業に使い潰されたそうだ」
「5代目“カナンの騎士”様が世界中の海で狩り集めた海賊達の墓場の一つがこの砦だった訳ね…」
様式はやや古いが、国境線の要塞でも無いのに城壁も分厚く地下牢や兵舎が充実している砦の意外な歴史に、スペイサイド州出身でないクルト・ジャッカード少尉やエリカが感心した様にため息をつく。
「まともな攻城兵器が無いと数倍の兵数で攻めても撃退される堅牢さです。ジャッ…テルネシア中佐が砲弾と火薬の補給を煩いほど要求したのもまあ納得ではありますね」
「そんな場違いに堅固な砦から姫様助け出せって、相変わらず上は無茶言うぜ」
「上の無茶振りを対処するのはいつも俺だったんですが、何か言う事は無いですかハワード大佐?」
「お前だっていつも俺盾にして面倒臭え上官に土下座させてただろ!?」
「…長くなりそうなので話を戻しますよ?」
愚痴大会を始めたアレクとハワード大佐をアルバートが制し、解説を継続する。
「砦の西側、森林からの出口にあたる街道を封鎖する形で獣国軍本隊約2万が展開しています」
黒板に貼り付けられた地図に、アルバートが追加で書き込みを加えてゆく。
「そして獣国軍の指揮官は獣国八大将軍第三席エイブ・クッゴイと第七席ハッフィ・ツイーガ、共にコネや猟官活動ではなく実力で今の地位まで上り詰めた叩き上げの名将です」
「対してこちらが動かせるのは消耗した一個連隊4000弱か。兵の質は兎も角、地の利も数も完敗だな」
「正攻法で獣国軍を撃破するのは無理ね。防衛戦ならこっちに地の利があったから勝てた、今度は完全に立場が逆よ?」
アレクとエリカの指摘に、アルバートが苦笑する。
「全くもって同感です。ですのでジーバオさん、攻略の糸口となる情報を皆さんに伝えて頂けますか?」
「ジーバオで構いませんよ、と」
黒板の前に出たジーバオが胡散臭い笑顔を貼り付けながら、彼が上司である帝国第四皇子藍凱馮から与えられた情報を開陳する。
「現在獣国軍が占拠している砦、かつてイザリバ監獄と呼ばれたかの施設は建造からおよそ50年に渡って犯罪者、特に初期には5代目“カナンの騎士”が捕らえた海賊を主に収監していました」
それは藍凱馮が連合王国留学時代に蒐集した、仮想敵国の英雄の血塗られた逸話。
「大陸南方の海に跋扈した彼らは有する言語も文化も異なり、大半は互いに協力する事も出来ず過酷な重労働に消費されてゆきました。ですがまあ死んだ傍から次の海賊が補充されて行くので総数は変わらなかったそうですが」
その生涯の大半を海賊殲滅に費やした5代目“カナンの騎士”レムス=タム・ミストは、海賊達から遭遇≒死と畏れられ忌み嫌われた。
事実、レムス=タムが“カナンの騎士”襲名してから数年間は捕らえられた海賊は全員鮫の餌か海辺のキャンプファイヤーと化していたのだが、彼の率いる独立遊撃艦隊“龍凰艦隊”の規模が拡大すると共に捕らえられる海賊の数も指数関数的に増加した事で問題が生じた。
『血の味を覚えた鮫の被害が洒落になりません!』
『海賊を燃やす
折良く新たに領土化されたスペイサイド州を開拓する労働力が不足していた為、使い潰しても心も懐も痛まない海賊達は、鮫の餌よりは有益な森の肥料として海から森林地帯へと容赦なく送り込まれる事となった。
「この砦以外も含めるとのべ20万を越える海賊達がスペイサイド州に送り込まれました。そしてそれだけ数がいれば、中には知恵の回る者もいたそうです」
肩を竦めたジーバオがイザリバ砦の構造図へ線を追加してゆく。
「その男は収監された海賊達を密かに纏め上げました。言語の壁を越え、荒くれ者達を力で従え、監獄からの脱出計画を建てた。己を地獄の底へと叩き落とした“カナンの騎士”へ、復讐を果たすために」
線が繋がり、地下牢から壁の外へ。
「10年以上の月日をかけて、彼らは砦と外を繋ぐ
舞台役者の如く大仰な身振りで海賊達が創り上げた脱出路を地図に描き加えたジーバオは、胡散臭い笑顔のまま舌を出す。
「ま、脱出計画が実行に移される前に、砦が失火で焼けて当時収監されていた海賊達も全滅したそうですが」
「全滅したなら脱出路の話が残ってるものなのか?」
「生き残りがいたんです、運良く完成直後の脱出路に逃げ込んで生きて砦を出た者が」
アレクの問いにジーバオが愉しそうに答える。
「まあその男も脱出路の地図を5代目“カナンの騎士”と対立する貴族に渡した後に野垂れ死に、その貴族も5代目“カナンの騎士”に粛清されたそうです。そして脱出路の地図は闇に消え、監獄もその役目を終えてただの治安維持目的の砦へと姿を変えた」
「その地図が巡り巡って
「ですねぇ」
エリカの言葉にジーバオだけでなくアルバートや他の士官たちも苦笑する。
「一応、今イザリバ砦にいる獣国軍はこの脱出路に気づいていないと、向こうに潜入中の仲間から報告が上がっています。まあそもそも地図が不正確で出入り口が分からないんですがね!」
「駄目じゃねぇか!」
大人しく話を聞いていたハワード大佐がキレ、周りが呆れた顔でなだめる。
「一応、
「……探せと?」
「獣国軍の目の前で?」
「そうなります」
解説を引き継いだアルバートが申し訳無さそうに頷く。
「よしんば砦に侵入出来ても、地下牢から第三王女回収するまでに見つかるだろ」
「
「……
うんざりした顔で(仮面で顔が分からないが)アレクが天を仰ぎ、情報を整理する。
「ケルビム大尉、作戦に投入出来る人員は?」
「戦場の後始末や負傷者と捕虜の移送に人を割かれますし、騎兵の替え馬もほとんど消耗し切っていますので…索敵騎兵小隊の半分と、リガール大尉の騎兵中隊で比較的消耗の少ない30騎、それと砲兵程度でしょうか」
「確か龍哮大隊の敗残兵で殆ど戦闘に参加しなかった連中が500ほどいたはずだが?」
「戦意が折れてますよ?」
「案山子程度にはなる。俺が率いて獣国軍の前に並べれば向こうの目を引きつける事は可能性だろう」
「ちょっとアレク、危険よ?」
「下手に連れて行く人員を増やすより、士気も低い少数の方が警戒されないだろ」
「それだと陽動にならないのでは?」
「少なくとも進入路を探す間の目眩まし程度にはなるだろ。三日以内に見つからなかったら諦めるとしよう」
「「「それもそうか」」」
「ちょっと待って!?」
ここに来て、置物と化していたダニエルが話を遮る。
「第三王女回収出来ないと大変だった話したでしょ!? 諦めないでくれよ!?」
「そうは言いますが…」
「ダニエル、無理なものは無理です。だめなら諦めるのも作戦のうちです」
「ダニエル兄様、最悪アイネ殿下は虜囚の辱めを受けないために自裁した事にして向こうにいるのは偽物ってことにしましょ?」
「駄目に決まってるだろ!? お前の願望混ぜるなエリカ!!」
エリカの
「まあまあダニエル、進入路が見つかれば何とかしますから落ち着いてください」
「……出来るの?」
「まあ、やりようはあります」
アレクが頷き、作戦案の詳細を詰めてゆく。
「ジャッカード少尉、ザテレン少尉、イザリバ砦の北側で砲撃出来る場所を探せ。動かせる砲を全て投入し備蓄した砲弾を使い切って良いから突入支援で盛大に撃ち込め」
「「ハッ!」」
「エリカ、バグラム軍曹、突入する人員の選定は任せる。三日以内に何とか入り口を見つけてくれ」
「任せなさい」
「了解でさあ、ガラクタ中隊の生き残りを集めやす」
「ケルビム大尉、エクトル中尉はハワード大佐と一緒にここの後始末を頼む」
「承知しました」
最後にアレクは、一仕事終えたと天幕の隅に戻っていたジーバオに視線を向ける。
「ジーバオ、
「…一応聞きますけど、何するつもりです?」
「砲撃に合わせて砦に乗り込む」
「…誰が?」
「俺だが?」
「……はい?」
貼り付けていた胡散臭い笑みが剥がれ、ジーバオがポカンと口を開ける。ついでに元ガラクタ中隊に所属していたバグラムやエクトル中尉、ハワード大佐とエリカ以外の士官達も。
「ウォーカー少佐、少佐が連れて行くのは士気の折れた敗残兵ですよ? 獣国軍に斬り込むのはただの自殺です」
「マスケット銃を使える連中だろ。適当に撃たせて混乱させれば獣国の隊列程度ならすり抜けられるだろ」
「えぇ…」
「少佐殿、せっかくだから旗を用意しやすか?」
「それはやめろ」
何故か嬉しそうなバグラム軍曹の提案をアレクはにべもなく却下する。
「砦に乗り込んだら最優先で指揮官を狩りに行く。ジーバオ、お前は兵糧庫を焼け」
「いやあの…僕はただの連絡員なんですよ?」
「“玄鴉隊”の
「………どうやってそれを?」
冷たく、殺気の篭ったジーバオの問いかけにアレクはより冷めた声音で応える。
「お前の同僚達の
「……はぁ、
殺気を霧散させ、ジーバオが観念した様に両手を挙げる。
「働くのは吝かでもありませんが、報奨は?」
「お前を安全に砦内まで連れて行ってやるし、そこで俺の依頼以外に
「承知しました、そのご依頼を引き受けましょう」
こうして、第三王女救出作戦の基本計画は成立した。
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「とはいえ、ここまで順調にゆくとは…」
階段を降りながら、1週間前の作戦会議を回想したフィデック准尉は溜息をつく。
階段の踊り場にあたる開けた場所の壁には穴が空き、隠されていた進入路を、龍驤大隊から選抜された兵士が確保している。
「リガール大尉は先に降りられました」
「承知しました。この場の護りは任せます」
丁寧に頭を下げ、フィデック准尉は己の主の下へとその足を進めた。