全員が中程まで煙草を吸った頃合いで、リゼルが切り出す。
「ところで中尉、援軍ですが…やはり無理なんですね」
「ああ、済まないな。希望を持たせる言い方をしたが、助けが来るのは絶望的だ」
話題を変えて、改めて援軍について確認したリゼルにアレクは素っ気なく答える。
薄々そうだろうと思っていた為、リゼルもバグラムも先程のロマ少尉ほど過敏に反応はしなかったが、それでも希望の見えない状況に、二人の表情が暗くなる。
「撤退は?」
「無理だな。今ここを放棄すれば戦線が崩壊する」
アレクは机の上に地図を広げながら答える。
「ここはそこまで重要な拠点ではないのでは?」
「ああ、俺もそう思っていたからとっとと撤退するつもりだった。だが、どうやら状況が変わったらしい」
「そいつぁ一体どういう…」
バグラムの問に、アレクは地図上に連合王国の拠点に見立てた小石を置いてゆく。
「獣国と帝国が全面攻勢を仕掛けてきた。そのせいでここから近い拠点は殆ど陥落、味方はかなり後退させられている」
「それは…先程の伝令が?」
「ああ…」
ロマ少尉達に伝えなかった戦況。周囲の味方の拠点は陥とされ、アレク達の拠点だけが唯一獣国の攻勢に耐えている。
「恐らく上層部は、戦線を整理して動かせる戦力を方面軍司令部のあるグレングラントに集めている筈だ」
「その為に、ここを捨て駒にすると?」
「ああ、中途半端な戦力を今更送ったところで意味はないし、俺ならあと数日、この一帯の戦力の撤収準備が整う程度なら耐えられるという判断なんだろうよ」
アレクは特に気負うでもなく、淡々と現状を確認する。
「…ロマ少尉に間違いがあるとすれば、俺が嫌われているというよりも、それなりに実力を信頼されているからこそ助けてもらえないということだろうな」
「ははは、頑張りすぎやしたか!」
「笑い事じゃないよ、曹長…」
リゼルがいよいよ頭を抱える。
「伝令は濁していたが、恐らく撤退準備が整うのにあと2、3日はかかるようだ」
「正直、これ以上戦力がすり減ると逃げる戦力も残りやせんぜ?」
「中尉、大隊から支援は?」
「…経験不足のクラディール中尉の隊は住民の撤退支援、機動力のあるリガール中尉の騎兵中隊はちょっかいを出してくる獣国軍の迎撃で、こっちに関わる余裕は無い」
アレクはヒラヒラと、伝令が持ってきた彼らの所属する大隊の大隊長からの手紙を振り、淡い期待など抱けないことを突きつける。
「まあ、今日も含めて6日だ。6日耐えれば上層部も文句は言わんだろう。それまで耐えろ」
「はぁ…わかりやした。兵たちにはそれとなく伝えときやす」
「なんとか被害を軽減して、逃げる余力が残るよう努めます」
「…頼む」
会議は終わり、部屋にアレクを残してリゼル達は自らの仕事に戻った。
一人になったアレクは、伝令から渡された大隊長ハワード少佐からの手紙を眺める。手紙には、他の前線への支援で手一杯でこちらに援軍を送れないという建前と、戦力差から送っても無駄死になるだけだから送らないという本音が書かれていた。そしてアレクへの詫びの言葉と、“生き残ったら好きな酒を一杯奢ってやる”という、吝嗇な彼からはなかなか考えられない一言も添えられていた。
アレクは無言で手紙を火に焚べる。そして
その紙には短く、“必ず助けに行く”という一文だけが記されていた。伝令に来たのがリガール中尉の部下だったことを考えれば、恐らくこれは彼女が伝令に押し付けたものなのだろう。
アレクはその紙も、先程の手紙と同じように火に焚べる。
「…下手な期待など、足枷になるだけだからな」
このメモをリゼル達に見せなかったのは、僅かでも期待してしまえば油断に繋がると、アレクの経験から判断したからだった。
そしてアレクは、残っている書類仕事を片付け休む。可能な限り、戦い続ける余力を残すために。
───────────
4日目、アレク達は前日と同様に砦と連携して獣国軍を撃退するが、砦の戦力低下が限界に達する。
───────────
5日目、部隊全員が砦に籠もり獣国を迎撃する。一時的に砦の正門を突破されるが、アレク率いる小規模部隊が突入部隊の隊長を討ち取り、混乱した部隊を正門ごと焼き討ちし辛うじて砦の陥落を防いだ。
戦闘中、ノーマ少尉が重症を負い、彼女を庇ったロマ少尉は戦死した。
───────────
6日目、戦闘可能な人員が150名を割ったアレク達の守る砦は、1000を超える獣国兵に完全包囲された。
本当ならここまでを一話に纏めるつもりがこんなに続くとは…
何気に戦犯はリゼル君だったりします。彼、プロットの段階だと影も形も無かったのに、状況説明役かつ驚き役として登場させたら想定以上に喋ってくれるので、文章が膨らみ続けることに…。