ーーー征服歴1501年4月 獣国砦地下ーーー
獣国兵の死体で作られたバリケードを、ツイーガ将軍とクッゴイ将軍が苦々しい顔で眺める。
「ここまでしますか、普通?」
「人の心無いのかお主ら?」
「
咎めるような視線を涼しげに受け流したアレクは、周りを敵兵で囲まれていると思えないほど悠々とバリケードへ足を進める。
「エリカ、ご苦労だった。殿下は回収できたか?」
「ちゃんと回収したわよ、ついでに
「そうか」
「そうよ! ちょっと拷問されてて自慢の顔が物理的に潰れてたけど!!」
「………そうか」
何故だか力強く断言するエリカの証言に疑問を感じて、アレクはチラリと後ろのツイーガ将軍を振り向く。
重症のツイーガ将軍が全力で首を横に振り、クッゴイ将軍が首を傾げていたが、エリカに甘いアレクは見なかったことにした。
「交渉材料が増えたな」
「いや待ってくれませんかねぇ!?」
「バグラム、3番の書類を出せ」
「へい、少佐殿」
「無視しないで下さいませんかねぇ!!?」
後ろで青白い顔のツイーガ将軍が傷を悪化させながら叫んでいるが、アレク達には関係ないのでスルーされた。
エリカの後ろに控えていたバグラム曹長が、背嚢に収められていたケースから羊皮紙の束を取り出しアレクへ手渡す。羊皮紙には既に文章が記載されており、アレクは同じ文言が連合王国語と獣国語、そして帝国語で記されたそれをツイーガ将軍に渡す。
「……成る程、既に合意文書を用意していたのですね」
「スペイサイド方面軍参謀長カレウス・グランツ少将のサイン入だ。内容に不満点は?」
「我が軍のイザリバ砦放棄及び第三王女殿下の引き渡し、そして殿下の
「代わりに貴軍の捕虜については身代金を要求せず、撤退及び砦の接収後に改めて引き渡す。また我が軍の捕虜についてはその際に身代金も支払う為、後日交渉の場を設ける、だな。そっちの交渉については改めて軍事を軍団本部に派遣してくれ」
渡された書類には、本来ならツイーガ将軍が鼻で笑うほど連合王国に都合の良い条件が記載されていた。だが、篭っていた砦を砲撃された上に溜め込んでいた兵糧の半分を燃やされ、交渉材料となる第三王女も奪還された現状、しかも自分とクッゴイ将軍が殺される寸前まで追い詰められた後となってはむしろ温情とも言える条件だった。
それにツイーガ将軍が背筋が粟立つほど屈辱を覚えるのは、この書類が
だがその激情を、ツイーガ将軍は鋼の理性で抑え込む。今ここで交渉を破棄すれば、目の前の仮面の男は自分達を鏖殺した後に悠々とこの砦を脱出する。後に残るのは指揮官を失った2万もの元精鋭である烏合の衆だ。
自分達と彼らが失われればもはや獣国の建て直しは効かない。
それを理解しているが故に、
「承知しました。現地の指揮官として私とクッゴイ将軍が連名で記載します。帝国軍へ合意の通達は貴軍から?」
「そうなるな。スペイサイド州に展開している第七皇子の軍ではなく、青角城の総司令官殿に送るらしい」
「ああ、あの腹黒皇子もこの襲撃に1枚噛んでいるんですねぇ…」
あまりにも鮮やかなアレク達の急襲の裏に帝国の諜報部隊の協力があった事を察して、獣国の諜報部隊部隊の長は己の敗北を悟る。
「そう言えば、我が軍の兵糧庫を燃やしてくれた痴れ者はどうすれば? 貴方の麾下でないなら八つ裂きにしたいのですが?」
「構わない…と言いたいところなんだが、一応あれは俺の従兵という形になっているからな。捕まえたら殺さずこっちに送ってくれ」
「さて…十中八九帝国の“玄鴉隊”ですので、兵士に紛れられると判別がつきませんねぇ。誤って殺してしまうかもしれませんよぉ?」
「ふむ…」
帝国の腹黒皇子への意趣返しを兼ねたツイーガ将軍の嫌味に、腹黒達への嫌悪感に心からの共感示したアレクが生真面目に考え込む。
交渉自体は上首尾に終わったこと、そして生来の真面目さと吝嗇さから個人的に少し貰いすぎだったかもと負い目も生じた事で、アレクは自身が有する機密情報を開示する事を決める。
ツイーガ将軍達の後ろに並ぶ兵士達に視線を向け、アレクが
『曉幕紅襟燕,春城白項烏』
その帝国の古い詩に、ツイーガ将軍を含む獣国兵達の大半が首を傾げる中、後列にいた特徴のない兵士が一人だけ僅かにビクリと
「
「っ、ぐぁ!?」
その反応を確認したツイーガ将軍が即座に苦無を投擲し、その兵士が咄嗟の顔面に迫る苦無を叩き落し逃亡を図ろうとするが、足に絡められた鋼糸に足を取られ転倒する。
「捕らえろ!! 殺すなよ?」
「待っ!? ちょ痛っっ!?」
周りの兵士によって手荒に捕らえられたその兵士が、アレク達の前に引き摺り出される。
逃げられないようツイーガ将軍の鋼糸で簀巻きにされた兵士──に変装していた帝国の密偵ジーバオはビッタンビッタンと暴れながらアレクに助けを求める。
「待った待った待った!!? ちょっ、助けてくださいよウォーカー少佐!!?」
「迂闊な反応してバレたお前が悪い」
「酷っ!?」
面倒くさそうににじり寄ってくるジーバオを足で追い払いながら、アレクが目の前の
「これでいいか?」
「…つかぬことお聞きしますがぁ、先程の
「ああ…
アレクの呟きに、命乞いしていたジーバオが悔しそうに嘆く。
「クッソぉ
「人手が足りてるのか足りてないのか、それなりに機密に精通した手練が来てこっちも戸惑ったぞ?」
「どう考えても人手不足で手元に残った精鋭送ってますよそれ!? あぁぁもぉぉ、苛ついた
「ちゃんと目玉と指だけ送り返したんだが…」
「「「怖っ!?」」」
ジーバオだけでなくエリカやツイーガ将軍達もドン引きする。
因みに、アレクに
「
「っ〜〜〜…抵抗しませんし、なんなら僕の持ってる情報で渡して良いものは提供しますんで助けて下さい。今の少佐殿の言葉を
「失敬ですねぇ、『殺してくれ』と泣き叫ぶまで死なせませんよぉ?」
「そんな知性を残すつもりなのか?」
「ホントに怖いから目の前で拷問談義するのやめてくれませんかねぇ!?」
ほのぼのと
「まあ良いでしょう、帝国の
「有り難い。おまけで連中が他に使ってる符丁と暗号表も渡すから有効に使ってくれ」
「ありがとうございます」
どこからともなく取り出した分厚い手帳を手渡されたツイーガ将軍がアレクと固い握手を交わす。
二人の後ろで部下達がドン引きしているが、当然ながら無視される。
「あの…つかぬことお聞きしますが、それ
「密偵なんだから自分で調べろよ」
「流石にそれを相手に聞くのは諜報員としての自覚が足りませんよぉ?」
「ちくしょおぉぉ……」
容赦なく切り捨てられたジーバオが悔しげに床に崩れ落ちた。
そうして空気が弛緩した所で、回収目標のカイトとアイネを運んできた兵士達がエリカの指示のもとバリケードを乗り越える。
「もう良いかしら?」
「ああ、長居するのも迷惑だしそろそろ出発だ」
「そうね。お疲れ様、アレク」
「そっちもな、エリカ」
互いを労った二人は、獣国兵の作る道を勝者として堂々と通り、砦の外で呆然とするルリシアと元龍哮大隊の敗残兵を回収し帰路へとついた。
━━━イザリバ砦攻略戦━━━
勝者 アレクサンダー・ウォーカー、エリカ・リガール
アレクもツイーガ将軍は根が真面目なので割と話が合います