本編はちまちま書き溜めているのですが、まだお出しできる段階にないので代わりに外伝を更新します
ーーー征服歴1496年 王都カルネアスーーー
複雑に入り組んだ下町の路地裏を、アレクとエリカが駆け抜ける。
アレクの頭の中には、常に警邏隊が巡回している大通りまでの最短距離が刻み込まれている。なのでアレクは迷路のような道を迷わず走り抜けようとして、掴んでいたエリカの腕に逆に引っ張られてつんのめる。
「痛っ〜〜〜!!!?? 何しやがる!!?」
「待って、先回りされてる」
「な、っ…」
「静かに」
傷の痛みを噛み殺しながら鬼の形相で振り向いたアレクの口を人差し指を当てて塞ぎ、冷徹な表情でエリカは周囲の
「
「…?」
「ベル、この先の道に待ち伏せされてる。しかも
「…わかった、遠回りだが別の道で行く。その道は塞ぐぞ」
「お願い」
理由を聞く手間を惜しみ、アレクは進むはずだった大通りまでの近道を即座に諦め、先ほど漆号を足止めしたのと同じ罠を使ってその道を塞ぐ。
「他に待ち伏せは?」
「……この先には居ないけど、南と東からこっちを追い込むように集まってきてる…と思う」
「西に行くと貧民街だな、北は罠か?」
「多分そう。この笛、私に聞かせて追い立てる為に鳴らしてる気がする」
大通りは北側にあり、近道は既に潰され追っ手に追い立てられている。騎馬民族の末裔たるエリカにとって、今の状況は狩人に追い立てられる獣であり、しかも狩人は間違いなく格上だ。
「敵のいない方面はバザールか。人込みの中で俺たちを消すか攫うか…だな?」
「うん、そうだと思う……ごめんなさい」
「謝るな、相手の意図は分かっただけで十分だ」
現状に打開策を見いだせず、怪我人のアレクに頼らねばならない現状にエリカは悄然とする。だが、上目遣いで盗み見たアレクの血の気の失せた顔に諦めの色は無かった。
路地を駆け抜けながら、アレクは徐々に朦朧とする意識を男としての意地だけで叩き起こし今自分の使える手札を演算する。
(投矢は残り三本、足はまだ動くが左腕の感覚は殆ど無い…傷の痛みは不思議と感じない。いや、これは毒か。目が霞むな…まずいが、
「リリー、確認だ。お前なら群衆に紛れた刺客を見分けられるか?」
「………難しいわ。さっきバザールで買い物して分かったけど
「なるほど……」
誤魔化すことなく正直に自身の限界を語るエリカを、アレクは揶揄することなく現状の分析を続ける。
二人の足は止まることなく、
エリカの顔に徐々に焦りの色が浮かぶ。
対して、血の気の失せたアレクの唇は無意識に吊り上がる。
「ベル…?」
「……
「………ええ、任せて」
“どうやって?”も“できない”も省き、エリカは託された信頼に応える様に力強く頷く。
そんなエリカに対して、アレクは最早力が入らない左手を託す。
「道を抜けて真っ直ぐ10歩だ。そこでバザールにいる人間全員の視線を誘導する。刺客を見分けたらそいつらを避けて真っ直ぐ西へ抜けろ。その先の道は都度指示する」
「…わかったわ!」
エリカは力強くアレクの、毒の影響で氷の様に冷たくなった手を握る。決して離さないように。
そして指示通り、道を抜けて真っ直ぐ10歩を刺客に狙われない事を願いながら駆け抜ける。
「抜けたわ!!」
「ああ……おい聞け
エリカの合図を聞いて、毒の影響で既に殆ど目が見えないアレクは不敵に笑いながら叫ぶ。
それはあからさまな
「生まれも育ちもお前達より恵まれた俺からの施しだ!! 有難く受け取れ!!」
死にかけとは思えないほどの大声を腹の底から絞り出し、アレクは懐から取り出した
「「「「うおおおおおおおお!!!?」」」」
普通に生きていればまず目にすることのない大金を前に、一度はアレクたちに向けられていた大衆の視線は降り注ぐ金貨銀貨へと即座に移動すし、バザールの買い物客も商人たちすらも、地面に落ちる高額の貨幣を拾おうと殺到し────
「見えた…行くわよ、
「あの先の果物売りの露店を左に8歩、その後右手にある長屋の間を抜ければ大通りだ」
「任せて!!」
アレクの手を引き、エリカは殺到する大衆を軽やかに避けながらバザールを駆け抜ける。
大衆に紛れた刺客だけは、アレクの視線誘導に乗らずエリカ達に意識を向け続けた。それ故に鋭敏に研ぎ澄まされたエリカに正体を暴かれ、人の波に翻弄され接近を許した。
「このガっ!?」
「甘い!」
なんとかエリカの進路を阻もうとした刺客はアレクの投矢に牽制され、生じた隙にエリカの小剣で首を刈られる。
大衆は血を噴き出し倒れる男など無視してアレクがばら撒いた金貨に群がり、アレクとエリカは猛然とその人の波を突破した。
「っ、抜けた!!」
「まだだ、全力で走れ…っ!!」
大通りへ抜ける路地へ辿り着き一息つこうとするエリカをアレクはか細くなった声で急かす。
投矢を進路の頭上へ投擲し、即ち道を塞ぐ罠を起動させ降り注ぐ貨物の雨の中をエリカと共に駆け抜ける。
「が、クソ!」
「回り道を探せ、畜生!!」
後ろから迫っていた追手達は罠によって押しつぶそれるか、回り道を余儀なくされエリカ達に突き放される。
「もうすぐ、もうすぐだから…っアレク!」
「っ……ぜぇ、厄介な」
大通りまであと僅か、だがその先に
「これ以上の抵抗は辞めておけ。下町は大騒ぎだが、その御蔭で我々の活動も紛れる。後はお前達を消せば終わりだ」
「っ、舐めるな、あ痛っ!?」
「挑発に乗るなこの猪娘…ぜぇ」
「ちょっ、アレク!?」
漆号を斬り倒して突破しようとするエリカの襟を掴み、アレクはふらつく足でエリカを守る様に前に出る。
左手は既に力が入らないのかだらりと下がり、右手には最後の投矢を構える。
「なんだ少年、騎士の真似事のつもりか?」
「そんな高尚なもんじゃないが…ぜぇ、これも仕事だからな」
「仕事?」
「ああ、このお嬢様を下町から無事に家に帰すのが今日の俺の仕事だ。だから、そこを
「それは出来ない相談だ。そもそも、毒が回ってもう死ぬお前には関係ないのではないか?」
血の気の失せたアレクの顔には死相が浮かんでいる。流れた血以上に、斬りつけられた際に受けた毒が動き回った事で全身に巡りアレクの命を蝕んでいる。
既に走るところか、話すことすら奇跡的な状態にありながら、絶体絶命の窮地でアレクは不敵に嗤う。自身の背後で憂うエリカを安心させ、眼前の敵を威圧する様に。
「どうかな、やってみなければならないぞ?」
タイムリミットが迫る中、