ーーー征服歴1496年 王都カルネアスーーー
異様な雰囲気を醸し出すアレクに、帝国の密偵漆号は油断なく身構える。
投矢を構えるアレクは、歴戦の密偵である漆号から見れば隙だらけだ。拾号の使用した毒の影響か目の焦点は合っておらず、足もふらつき重心も安定していない。
極限状態で恐慌をきたすことなくここまで護衛対象であろう少女を導いた手腕には素直に関心もするが、致命的な程に実力が足りない。鍛錬も、潜って来た修羅場も何もかもが。構え一つとっても、アレクよりもその後ろで己を睨むエリカの方が遥かに様になっていると、漆号はある種の憐れみさえ覚える。
だが、密偵としての漆号の勘は警鐘を鳴らし続けている。
だからこそ漆号は決断した。この勇敢で未熟な少年を
だが、漆号の僅かな思考の迷いは致命的な遅れを生んだ。
「ぐぅぅっっ!!」
「なっ…!?」
「アレク!?」
アレクが唐突に、右手に構えた投矢を拾号に斬り裂かれた
エリカのスカートを包帯代わりに止血された傷口から血が噴き出し、アレクの半身を血で染め、踏み込もうとしていた漆号の足が止まる。
アレクは血の気の失せた顔に狂的な笑みを浮かべ、漆号に問う。
「なぁ、おっさん。この
「っ!!?」
表情を消していた漆号の顔に一瞬だけ驚愕と焦りが浮かび、それを確認する前に既にアレクは血塗れの投矢を投擲し終えていた。
「くっ!?」
意外なほど精密に己の顔面へと放たれた投矢を、漆号は咄嗟に小剣で叩き落とす。今のアレクの血に毒がどれ程含まれているのか判断はつかない。だが漆号は
そして隙の出来た漆号にアレクが踏み込む。その右手にはいつの間にか短剣が握られている。
「甘い!」
もしもアレクが負傷も疲弊もしていなければ、もしくは今よりも戦士として経験を積んでいれば、漆号に一矢報いる事が出来たかもしれない。
だが未熟なアレクの刃が届くよりも、体勢を立て直した漆号の小剣がアレクの短剣を弾く方が早く───そして漆号の視界は
「っ…貴様!?」
「
完全に漆号の思考から除外されていた
そして咄嗟に
「つぅぅ!?」
そしてエリカの斬撃は、アレクの指示に従い
「行くわよ
「ぐぇ、今は
親指以外の指と小剣を地面に落とした漆号を蹴り飛ばし、力尽きて倒れ込みそうなアレクの襟首を引っ掴んだエリカが大通りまでの道を駆け抜けた。
「抜けた!! え、うん……?」
「おいそこの女、小剣を捨ててその少年を解放しろ!!」
「え、待って待って!? 私とアレ「ベル」ベルは怪しい男達に追われてるのよ!?」
「信じられるか!!」
「ぜぇ……確かに?」
「ちょっとぉ!?」
あっという間に警邏隊に包囲されたエリカ(とボロボロのアレク)は必死に弁明するが、客観的に見れば未だ殺気が抜けず血塗れのアレクを引きずるエリカは不審者であった。
「ど、どうしようベル……?」
「ぜぇ……まぁこれで安全は確保出来た、か?」
「私が捕まるわよ!? というか貴方も早く治療しないと!!」
「ぜぇ……わかった、任せろ」
完全にキャパオーバーでエリカは
アレクは朦朧とする意識の中で、最低限自分の仕事は果たせた事に満足しながら最後の仕上げを行う。
「すまんな、お嬢様」
「へ…っ!?」
アレクはまだ辛うじて感覚のある右手でエリカの
「な、銀髪!?」
「おい、それにあの瞳の色…」
「まさかリガールの…!!」
この国に住まう者ならば子供でも知っているあまりにも有名な髪と瞳の色は、100の言葉よりも雄弁に少女の出自を証明する。
そしてアレクはふらつく身体にむち打ち、エリカの前に跪き、包囲する警邏隊に聞こえる大声で叫ぶ。
「申し訳ありません
「え、ちょっ!?」
事態を飲み込めないエリカを置き去りに、警邏隊の隊長が慌ててエリカに近づく。そして先ほどの高圧的な態度などかなぐり捨ててへりくだる。
「も、申し訳ありません。リガール辺境伯のお方とは露知らず…」
「え、えぇっと…そ、そんな事はいいから早く医者を…っアレク!!」
かくして誤解は解け、
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆
「おいおい漆号、大丈夫かい?」
「…黙れ拾号、さっさと解毒剤をよこせ」
「はいはい。済まないけど君の剣と指は回収できなかったよ」
「クソが…っ」
「この地域での工作は一時中断だね。可能な限り証拠は消しておくから休んでおきなよ」
「………」
「大丈夫、この程度で
「黙れと言った。とっとと行け!」
「はいはい。解毒剤と食料は置いていくよ。片手の指無いんだから気をつけなよ?」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆
『守銭奴な俺が学園一の美少女に目をつけられて国家を揺るがす大事件の調査をする羽目になりました………誰か助けて!?』
──プロローグ──
─完─
次回からは本編に戻ります