想定以上に書くのに苦戦しました……(リテイク3回)
ーーー征服歴1501年6月 スペイサイド州北西部カルメリア基地ーーー
基地に割り当てられた龍驤大隊の大隊長室で、大隊長アレクサンダー・ウォーカーは聞くものが震え上がるほど冷たい声で目前に立つ少女に問う。
「改めて問おう、レナ・ボウモア准尉。何故お前がここにいる?」
「ミランダ様…海軍大将ミランダ・ミスト様からの推薦です。ウォーカー中佐殿が要望として出した秘書官の必要要項を私が満たしていると」
「……なるほど」
透き通る様な白い肌に冷や汗を浮かべながらも、己の問に迷わず応えたレナに、アレクはより冷たい声音で問を重ねる。
「
「っ……!?」
もはや物理的な圧力すら感じる禍々しい程の殺気と共に発せられた冷たい言葉に、レナだけでなく大隊長室に集まった士官達すらも背筋を粟立たせる(エリカ以外)。
「ウォ、ウォーカー中っ!?」
硬直するレナの代わりにアレクに抗議しようとしたフリッツは、アレクではなく
そしてアレクは、そんなフリッツの様子など気にする事も無く淡々と話を切り上げようとする。
「ミランダ様には謝罪の手紙を送っておく。気をつけて帰れ」
「………」
何も言えないレナの様子から、これ以上の話は無駄と判断したアレクはレナに退出を、そして王都への帰還を促す。
「……エリカ、悪いが護衛の手配を」
無言で俯き、声を発しようとしないレナにこれ以上の言葉は不要と判断したアレクが、王都へ戻る彼女への護衛をエリカに頼もうとした時に至り、レナは震えながらも顔を上げる。
「っ……お待ち、下さい」
「……」
戦場でもなかなか発さないアレクの壮絶な殺気に、そして冷徹な拒絶の言葉に威圧され俯いていたレナが震えながらも顔を上げる。
禍々しい龍の仮面で隠されたアレクの顔を正面から見据えるその翠色の瞳に、確かな覚悟と決意を宿して。
「理由をお聞かせ下さい。私は…
「ふむ……俺は
「はい」
レナは迷わず頷き、背嚢から取り出した資料を挑む様にアレクへ手渡す。
「“学園“卒業時の私の成績評価及び、任官時に追加で行った適性審査の審査結果です。ご確認を」
「………」
「おぉ、正直大隊付きの士官どころか参謀本部で即戦力として仕事を十全にこなせる成績ですね」
アレクと共に資料を確認したケルビム大尉が感心した様子でレナの好成績を賞賛する。
レナの渡した資料からは、レナが少なくとも文官として年齢にそぐわぬほど高い知識と処理能力を有している事を客観的に示していた。
それこそ、(敢えてレナを萎縮させるために)全身から発せられていたアレクの殺気が無意識に緩んでしまうほどに。
「……秘書官であれば上官の護衛として最低限の実力が必要なはずだが?」
「要望書を出す上で、ウォーカー中佐は『戦闘力に関してはこれを考慮せず、最低限の自衛力を発揮できるなら上記2項目を優先する』と明記されています」
「……………」
前任の秘書官だったクロト・ラドロスを解任後、アレクが軍団本部へ要求した秘書官の能力は通常の佐官付きの秘書官には過剰なものだった。
そして通常、佐官以上に派遣される秘書官は佐官の補佐として事務処理を行う他に万が一の護衛の行うが、そもそも本人が一番強いし下手に手を出される方が邪魔だと考えたアレクは
「嵌めやがったなあの腹黒……(ボソ)」
冤罪である。
人間不信(カレウス限定)により再び跳ね上がったアレクの殺気にレナだけでなく大隊長室のほぼ全員が気圧される中、アレクは努めて冷徹な声音を保ちながらレナに問う。
「……この大隊は必要なら真っ先に最前線に斬り込む事になる。そうでなくとも、戦争において
「覚悟はできています」
迷うこと無く、レナは己の決意を告げる。
「決して中佐殿の足手纏にならないと誓います。私の命を賭してでも、今度は……今度こそは
「………」
真っ直ぐに、己の威圧を受けても折れることなく視線を返すレナにアレクは龍の仮面の下で痛みを堪える様に渋面を作る。
そして深々と溜息をつくと、大隊長室にいるほぼ全員を震え上がらせていた殺気が霧散する。
元々アレクの殺気を欠片も気にしていなかったエリカと、まだ緊張が抜けず固まっているレナを除く全員が一息つくのを無視して、アレクが
戦傷によって無残に喪われた、辛うじて過去の面影を残しながら取り返しがつかないほど損なわれたその顔を。
レナは、かつてその姿に怯え拒絶した少女は毅然と、真っ直ぐにアレクの顔を見詰める。
そんなレナに、アレクは先程までの冷たく突き放した様子とは真逆の、諭す様な穏やかな声音で語る。
「
それは連合王国の英雄、7代目”カナンの騎士“アレクサンダー・ウォーカーではなく、
龍驤大隊の部下達には、もしかしたらエリカにすら本来は決して見せない
故にこそ、レナはその瞳に涙を浮かべながら、アレクの優しさを、彼を彼たらしめるが故に持つその甘さを拒絶する。
「それでも、私はにい様を助けたいんです。例えにい様が必要無いと否定しても、
かつて全てを喪い、化け物に成り果てたアレクを拒絶した少女は、そう言って儚げに微笑む。
かつてただ
「…………そうか」
ほんの半年足らず会わない間に、可愛がっていた妹分が、護るべきだった大切な家族が見違えるほど強かになったと遅ればせながら理解したアレクは、不思議と綻んでしまう唇を隠すように再び仮面で顔を隠す。
「そうよ、アレク。この子、脅そうが諭そうが折れないわ」
「………お前が言うならそうだろうな」
空気を(わざと)読まないエリカの言葉にアレクは力なく頷く。
「さて…」
そして改めて、アレクは大隊長として
「
「は、はい」
「だからこそ、最後の適性試験を行わせてもらう」
「……えーっと?」
無駄に殺気を放つことも、兄貴分としての優しさを表に出す事もしないある意味で一番想定していなかった態度にレナが若干戸惑う中、アレクは徐にデスクから紙袋を取り出す。
「
「……珈琲ですか」
「ああ、悪いが珈琲だ」
周囲から咎めるような視線を浴びながら、アレクは一切後ろめたさを見せることなく頷く。
「紅茶では…ないんですね」
「ああ」
かつては紅茶を好んでいたアレクだが、過酷な戦場生活では紅茶は手に入らず、飲めるのは安い代用珈琲擬きだけだった。
更に士官に昇進した後は、
故に、アレクの下で秘書官として働くならアレクが文句を言わない珈琲を淹れなければならない。
因みに、ボウモア子爵家(と分家のウォーカー男爵家)は代々紅茶党である。
「自分じゃ淹れられないのにね(ヒソヒソ)」
「毒物錬成するのに何故か味にうるさいですからね(ヒソヒソ)」
「聞こえてるぞ」
後ろで聞こえよがしに交わされるエリカとケルビム大尉の嫌味を黙らせ、アレクは努めて無表情にレナに通達する。
「どうする? 無理だと言うなら王都へ戻ってもら……うん?」
そこでアレクは気づく。
先程まで、気丈に振る舞いながらも自身の殺気に怯えていたレナの口元に、勝ちを確信した会心の笑みが浮かんでいる事に。
「承知しました、中佐殿。機材はお借りしても?」
「あ、ああ……」
後ろでニヤニヤと笑っているエリカの気配に若干イラッとしながら、アレクは頷いた。
そして─────
「………合格だ」
「美味しいわね!」
「僕は普段珈琲は飲みませんが、これは文句のつけようが無いですね」
アレクは悔しげに、そして一緒に給仕してもらったエリカとケルビム大尉は満足気にレナの淹れた珈琲を賞賛し、龍驤大隊に新任秘書官レナ・ボウモア准尉の着任が正式決定した。