ーーー征服歴1500年9月 スペイサイド州西部 カラマス砦ーーー
アレク率いる中隊がこの地に援軍として派遣されてから6日が過ぎた。元々拠点防御を担当していた部隊の隊員を含めて300人以上いた人員は6日間の激戦で消耗し、戦闘可能な人員は150人を切っている。
彼らは防衛拠点である砦に立て籠もり、最後の戦闘に備えていた。
「敵軍…減ってませんね」
「他の戦場から補充されたんでしょうなぁ…下手すりゃ初日より増えてますぜ?」
まだ夜明け前の薄暗い時間に、砦に設営された櫓から砦を包囲する獣国と帝国の合同軍を眺めていたリゼルのぼやきに、バグラムが相槌をうつ。
「絶対に逃さないって執念を感じる配置だね…」
「ですなぁ…」
水も漏らさない…とまでは言えないが、明らかにこちらの逃げ道を塞ぐように砦を包囲する合同軍の配置に二人は苦笑する。
「恨まれてますなぁ」
「中尉殿の巻き添え…と言えない程度には僕らも頑張ったからね…」
獣国と帝国の合同軍計12万による連合王国軍スペイサイド方面軍への全面攻勢。地の利を得ている連合王国に対して犠牲を厭わない飽和攻撃により前線を突破するという彼らの力技は、概ね上手く行っていた。連合王国の前線は早々に防衛を諦め、住民の避難誘導を行いつつ、スペイサイド州の最終防衛ラインまで撤退を開始している。
他の戦域では合同軍の追撃でかなりの犠牲が出ているようだが、アレク達の所属していた北寄りの戦域は、殆ど追撃を受けずに撤退することが出来たと、包囲前に辛うじて到着した伝令から報告があった。この地でアレク達が粘り強く戦ったことで、他の部隊はあまり追撃を受けずに撤退出来た、と。
その為か、僅かとはいえ合同軍の戦略を狂わせたアレク達はどうやら彼らの指揮官の恨みをかなり買ってしまったらしい。
「降伏勧告すらないからね…」
「纏めて血祭りに上げて溜飲を下げたいんでしょうな…」
「僕らの首を晒したところで、あっちの指揮官が咎められるのは変わらないのにね」
二人は苦笑しながら、恐らく任務を十全に果たせなかったことで怒り心頭になっているであろう敵軍の指揮官を揶揄する。
「そろそろですな」
「ああ、中尉殿が珍しく隊員に訓令するからね。もう皆集まる頃かな?」
二人は櫓を降り、砦の中央広場に向う。
そこには、見張りなどを除いたこの砦を守る隊員が全員集まっていた。
二人が最前列に到着して少しすると、彼らの前に置かれた台の上に、彼らの指揮官である包帯の男、アレクサンダー・ウォーカー中尉が登る。
不安そうな顔をし小声で雑談をしていた兵達は、彼が姿を現すと直立不動になり、一斉に敬礼する。元々彼に従っていた中隊の隊員だけでなく、この砦を守っていた兵隊の目にも、アレクに対する恐れと畏怖が刻み込まれている。
彼らにとってアレクは苛烈で厳しい指揮官であるが、同時に誰よりも強く、そして迷いなく最前線で戦う心強い指揮官でもある。絶望的なこの状況でも彼らの士気が保たれているのは、アレクへの恐怖と共にその強さへの信頼があるからだ。
彼らに答礼し、手振りで休めの姿勢をとらせたアレクは、いつも通りの感情の読めない冷めた瞳で、この場に集まった兵士達を睥睨し、低い、それでいてよく通る声で話し始めた。
「お前達も薄々分かっていると思うが、獣国軍と帝国軍が全面攻勢を開始した。周りの拠点は既に陥落し、味方は撤退を開始している。ここへ援軍が来ることはない」
アレクは淡々と、今日この日まで兵士達に伏せていた情報を公開する。
元から砦にいた兵達やアレクの指揮下に入って日の浅い兵達がざわめく。
だがアレクが少尉として、このスペイサイド州へ改めて派遣された2年前から彼の下で戦い続けてきた古参の兵士達はこのような状況でも不敵に笑っている。
彼らの大半は、かつて不良兵として厄介払い同然にアレクの麾下に配属された者達だった。他にも戦争で困窮し野盗に身を落とし、アレクに討伐され助命を条件に従った者や、所属していた部隊が壊滅し、アレクの部隊に拾われた者もいる。
「長く俺と共に戦った者達なら、俺達がどう呼ばれているか知っているだろう」
アレクが古参の、どう見ても正規兵ではなく野盗や山賊にしか見えないガラの悪い兵達に目を向ける。
「“ガラクタ中隊”。本来なら役に立つことなく戦場に打ち捨てられ、忘れ去られるだけの邪魔者。それが俺達に与えられた名前だ。そして名前の通り、今俺達は戦場に打ち捨てられ“死ね”と命じられた」
隊歴の短い兵達が青い顔をしているのを尻目に、古参兵達はアレクの言葉に皮肉げに唇を歪める。
「だが、そんなもの
絶望的な状況で、アレクは常と変わらない口調で淡々と語る。
「俺達が送られるのは常に不利な、十中八九全滅する戦場だ。まともな補給も無く、戦って死ぬことだけを望まれる戦場だ」
貴族出身ではあるが家族も親類もほぼ全滅し、不祥事を起こしいつ死んでも構わない士官に、命令違反を繰り返す不良兵達。
本来なら2年前、アレクが士官として初めて送られた戦場で、アレクを含めて全滅するはずだった“ガラクタ”達は生き残り、“無貌鬼”と畏れられるようになった男の下で戦い続けてきた。
「だが、俺達は生き残ってきた。生き残り、戦い続けてきた」
アレクの淡々とした、ただ事実だけを語る声に、2年間彼に従ってきた古参兵たちは誇らしく耳を傾ける。
「だから今日の戦いも同じだ。いつも通り戦い、いつも通り生き残れ」
静かな、だが耳に残る低音の声が古参兵だけでなく、ざわめいていた隊歴の短い兵達も落ち着かせる。
「たかだか1000程度の兵など恐れるに足らん。お前達が生き残り、戦い続ければ隙ができる。
まともに考えればあり得ない、素人の妄想のような戦術とも言えない稚拙な作戦を、アレクはいつも通りの口調で語る。まるで成功するのが当たり前の戦術を語るように。
そしてそれを彼の部下達は、それこそ6日前に彼の部下になったばかりの兵達ですら笑わない。
“伯爵殺し”、“首刈り”。“無貌鬼”と共に最前線で畏れを込めて呼ばれる彼の二つ名。万の軍勢に僅かな兵で突撃し、本陣にいた
この6日間でさえ、アレクは何度か攻め手の上級指揮官を狙い撃ち、獣国軍の攻勢を頓挫させてきた。彼に狙われることを怖れて指揮官が前に出られないことが、獣国軍がこの砦を落としきれていない要因の一つですらある。
「俺からお前達に命令する事は一つだけだ。“生き残れ”。お前達が生きて戦い続ける限り、俺が必ず、雑兵共の影に隠れて震えている奴らの指揮官の首を刈ってやる」
そしてアレクはサーベルを抜き放ち、砦の壁の向こう側、獣国兵の軍勢に阻まれた先にいるであろう、敵側の指揮官へその切っ先を向ける。
「我らの戦いに、カナンの騎士の加護があらんことを!!」
アレクが声を張り上げ宣言する。それは様々な宗教の混在する連合王国にあって、軍人だけでなく庶民にも広く使われる激励の言葉。
その強さと偉業から半ば神格化された“カナンの騎士
その声は砦を囲む獣国と帝国の兵達にも届き、彼らの士気を僅かながら挫いた。
「全員持ち場につけ!! 今この時が決戦だ!!!」
「「「ウオオオオオ!!!」」」
各々が武器を振り上げた兵達は、雄叫びを上げながら己の担当する場所へ、最後の戦場へと向かった。