※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

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155話 宿星百人斬り①

ーーー征服歴1498年12月 スペイサイド州北部エーギルン郡ーーー

 

 スペイサイド州、かつて死の森と呼ばれた地域は、ユーシア大陸を東西に二分するギールマ山脈の南部に広がる大森林地帯である。

 およそ100年前まで人類の進出を阻んだ大森林を育んだのは、ギールマ山脈から大陸南部の南溟海へ注ぐ複数の河川だった。これらの河川は、例えば連合王国を南北に縦断するタノス、ユノリスの2大河川の如き大河川を形成することなく、細く急激な河川としてスペイサイド州全体に張り巡りその植生を支えていた。

 

 約100年前に連合王国による開拓が開始された際、連合王国の首脳部は大量の労働力(捉えられた海賊達)を使い潰しながらは鬱蒼と茂る大木を切り倒し街道を通し、枝分かれした河川を繋ぎ直す事で物流と治水の整備を行った。

 ただし、同じスペイサイド州でも土地の整備には地域差がある。

 本国に近い東部や、開拓のスポンサーであり使い捨ての人材(海賊達)の供給源であるミスト侯爵家の領地に近く気候も比較的温暖で農業に適した南部は優先的に開発されたが、獣国に近い西部や、冷涼かつ河川の流れが激しい北部の開拓は遅れることとなった。

 

 特に、ギールマ山脈の麓にあたるスペイサイド州の北端エーギルン郡は、森林の中に雪解け水による多数の湖が形成され湿地帯を形成する開発困難地域であり、スペイサイド州および連合王国で最も発展の遅れた地域とされていた。

 

 

 

 

「待ちやがれぇぇぇ!!!」

 

 小雪がちらつき、昼日中ですら薄暗い原生林に怒声が響く。

 

 

「逃さねぇぞ()()()()ぉ!! テメェに殺された仲間の分までぶん殴ってミンチにしてやらぁ!!!」

 

 獣ですらまともに通ること能わぬ森の中を、怒声の主はまるで平野の如く軽やかに駆け抜ける。

 刈り上げられた髪を逆立て、己が仕留めた()()()()を纏い、両手足に無骨な手甲と脚甲を装着した男は進路を遮る雑多な枝や身の丈を超えるほどの雑草を手刀で切り裂き、時に自慢の無骨な手甲で殴り砕き進路を啓開する。

 また、落ち葉が降り積もり底なし沼と化した泥濘をみることもせず飛び越え、大木の幹を足場として猿のごとく()()を追跡する。

 

「クッソがぁぁ!!」

 

 だが、人外の挙動で森を駆け抜けるその男ですら()()を追い詰めるには至らない。

 

 男の視線の先で、外套に枯れ葉と枯れ枝を張り付けた即席の森林迷彩(ギリースーツ)を纏った()()が軽やかに木々の間を駆け抜けてゆく。

 

 そしてその()()はチラリと追っ手へと振り向くと、速度を落とすことなく後ろ手で小石を投擲し追っ手の進路を妨害する。

 

「埒が明かねぇ…しゃあねぇなクソが!!」

 

 投石を叩き落とすと、男は外套代わりの虎の毛皮を脱ぎ捨てる。

 

 真冬にも関わらず防具どころか服すら着ていない鍛え上げられた上半身を晒した男は、より身軽な動きで一気に加速する。

 

 ()()の進路からややズレた方向にある斜めに倒れた巨木を駆け登った男は、そのまま加速を維持したまま空中へと跳躍する。

 男は生い茂る巨木を蹴りつけ、ピンボールの如く空中で進行方向を変更しながら、地上を駆けるのとは比較にならない速度で一気に()()の直上へ迫る。

 

「死にさらせぇぇ!!!」

 

 人間の胴より遥かに太い巨木の枝を蹴りつけ、男は流星の如き垂直落下で()()へ必殺の鉄拳を叩き込む。

 

 

 薄暗い原生林に激しい火花が散り、"ギイィィィン"という激しい金属音が響き渡る。

 

「っ!」

「チィィ!!」

 

 必殺の一撃を、()()の抜き撃ったサーベルで迎撃された男は舌打ちと共に空中でとんぼを切り、獣の如く地面に着地する。そして漸く、逃げる足を止めた()()と正面から対峙した。

 

 

「…生き残った奴から聞いちゃあいたが、本当に()()()()()()()()()()()んだなぁ」

「……」

 

 男は忌々しそうに、それでいて欠片も油断することなく己が追跡し追い詰めた()()を睨む。

 

「顔わかんねぇし、人違いだったら寝覚めが悪いから一応確認するぜ。テメェがここ最近、獣国軍(俺ら)の飯を運んでる連中をコソコソと狙ってやがるクソ野郎だな?」

 

 答えなど特に期待していない男の問いに、しかし()()として追われていた外套の男は首肯で返す。

 そして抜き放っていたサーベルを鞘に納めると、その身を覆っていた外套を脱ぎ捨てる。

 

「ああ、余りにも油断しきっていたからな。大分()()()()()もらった」

 

 連合王国陸軍の軍服を纏い、素顔を包帯で隠した()()、アレクサンダー・ウォーカーは感情のこもらない平坦な口調で追っ手の男の問いに応えた。

 

 アレクの明からさまな挑発に、しかし追っ手の男は眉一つ動かさない。油断なく拳を構え、獲物の動きを観察する。

 そして男の視線の先で、アレクはポケットから一枚の紙を取り出す。

 

「『虎殺しのウージョ』、元八大将軍ロモ・ゴーロン直轄の千人将リオル・アレリア率いる灯星隊所属の百人将」

「てめぇ…何を」

「開戦時、百人隊でしかなかった灯星隊の副長であり、百人将だったレオスとは同郷であり身分を越えた親友。同じ師に武芸を学び、立身出世を求めてこの戦争へと身を投じた…ありふれた身の上だな」

「おい…」

「武具を用いることを好まず、東方の武術を用いた徒手による戦闘のみで虎すら打ち倒す灯星隊最強の武人」

「………」

 

 アレクが淡々と読み上げる情報は追っ手の男、ウージョのパーソナルであった。

 

「基本的に防具は纏わず、自分が倒した虎の毛皮を羽織っているだけ…との事だが、流石に寒くないのか?」

 

 紙を読み終えたアレクは、最後だけは本気で心配そうに虎の毛皮どころか服すら着ていない上半身裸のウージョに尋ねた。

 

「ハッ、暑い寒いなんてほざく奴は鍛え方が足りねえんだよ」

「……なるほど」

 

 ドヤ顔で胸を張るウージョに、アレクは何とも言えない顔で(包帯で顔は見えないが)頷く。

 

「ところでよぉ、なんでてめぇそんなに俺様の事詳しく調べてんだ。まあ()()()()()()()レオスの右腕たる俺様はそんだけ有名ってことかもだけどよ!」

「調べたのさ」

「へぇ…?」

「ゴーロン将軍、リオル・アオリア千人将、コレリア・ゴーロン千人将、ウージョ百人将、ジュラ百人将、軍師ローゴー…諸々、今このエーギルン郡を攻めている軍で厄介で、そして()()()()()()連中をな」

 

 警戒心を強め、鋭い視線で敵手を観察するウージョに見せつけるように、アレクは手元の紙を破り捨てる。

 

「だがまあ、この紙はもう必要ないな」

「へぇ、ほざきやがる。俺は頭が悪いからよぉ、理由を言ってみろよ」

「なんだ、蛮族なのは見た目だけじゃなかったのか?」

 

 分厚い手甲で覆われた拳を握りしめ、臨戦態勢に移行したウージョへ向けてアレクは嘲弄混じりの宣戦布告(挑発)を叩き込む。

 

「お前はここで死ぬからだ、『虎殺しのウージョ』。お前の命は、俺が金に替えて(有効活用して)やるよ」

「ハッ。できるもんなら……やってみやがれぇ!!」

 

 獰猛な笑みを浮かべたウージョ(虎殺し)が、獣の如き咆哮と共にアレク(無貌鬼)へと吶喊した。

 

 

 

 

 

 

 これより始まるは、戦史に刻まれる事なき英雄達の潰し合い。

 累計7つ、名も無き熾烈な戦場で数多の英才、英傑が鎬を削り、その果てに尽くが死に絶えた。

 ただ一人、後に龍へと(のぼ)る貌無き鬼を除いて。

 

 

 

 

 

 『粛刃龍驤第三蠱毒 宿星百人斬り』 開幕

 

 





過去編は大体4話程で終わる予定です

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