大変お待たせしました
ちょっと仕事が笑えないくらいブラックなのでしばらく連載が滞りそうです
もしかしたら息抜きに外伝(濡れ場)などを書くかもしれませんが、気長にお待ちください
ーーー征服歴1498年12月 スペイサイド州北部エーギルン郡ーーー
大天幕に集められた灯星隊の幹部たちを前にして、灯星隊の軍師ローゴーが机に広げられたエーギルン郡の地図を指揮棒で指し示す。
「連合王国スペイサイド州エーギルン郡。この地は同じスペイサイド州の中でも特に開発が進んでいない地域の一つであることは皆さんも肌身に染みている事でしょう」
男性にしては高い、女装すれば容易には見破られない端正な顔立ちに見合う涼やかな声に一切の感情を乗せないまま、ローゴーはまず既知の情報を巡を追って解説してゆく。
「道は細く大半は未整備、森林は大半が人の手の入っていない原生林。主要な都市も南寄りで北側は人の数よりも獣の数のほうが遥かに多い。故に我々は、南寄りの都市と軍事拠点を順次攻略しながらエーギルン郡西端を目指しました」
ローゴーの持つ指揮棒がエーギルン郡の西端に描かれた砦の絵を指し示す。
「河上要塞カデント、及びこの要塞と隣接する一部の砦を除き我々はエーギルン郡を制圧したと
ここで初めてローゴーの声に感情が乗る。同じく、天幕に集まった灯星隊の幹部達の顔にも怒りと屈辱、隠し得ぬ憎悪が浮かぶ。
「凡そ一月前から、前線でカデント要塞及び周囲の砦を攻撃する前線と我々が根拠地とするエーギルン郡の中心都市カントスで輜重隊の被害が目立ち始めました」
現在の獣国では数少ない、連合王国への留学経験及び陸軍大学の在籍経験を有するゴーロン将軍は、その知見から自軍及び獣国軍の大戦略そのものの構造的な弱点を正確に把握していた。
スペイサイド州を奇襲的に侵攻し、各地で略奪を行いながら一息に連合王国奥地まで進軍するという、水先案内人として連合王国貴族を裏切らせたのを考えても明らかに足元が疎かになる戦略が早々に破綻することを予期していたゴーロン将軍は、自身の部下に対して徹底的に略奪を戒めつつ、占領地で可能な範囲で公正な統治を行い占領地に残留する連合王国人の反発を抑えた。
これにより、略奪による一時的な収奪ではなく多少コストこそかかるが恒久的な補給が可能となり、さらに前線への物資輸送における安全の確保や占領地へ浸透し補給線の攻撃や反乱の扇動を行う連合王国軍の少数部隊の摘発などが可能となった。
初期こそは進軍が他の方面軍より遅く、部下からの反発も多かったが、開戦から既に2年が経過した現在、安定した補給線を維持し着実に進軍を続けるゴーロン軍の到達点は、獣国軍の中でも最奥まで位置していた。
そんなゴーロン軍の輜重隊が、他の獣国軍と同じ様に無様に、それどころか容赦無く狩られる様になったのが一月前からである。
「我々は、そしてゴーロン将軍及び参謀たちも当初、これを輜重隊や護衛部隊の油断や練度不足によるものと考えていました。故に将軍の要請に従い我が隊で最も森林での戦いに優れたウージョ及び彼の百人隊を輜重隊の護衛と襲撃者と目された"亡霊"討伐に投入しました…それが
努めて平坦に感情を排したローゴーの言葉に、天幕に集った全ての者達が憎悪を噛み殺す。
「ウージョと副官であったサーリャ、そしてバンとイラは戦死。指揮官を失ったウージョの百人隊は逃散しました」
淡々と残酷な事実のみを読み上げるローゴーに、普段は彼の言葉に反発を覚える武闘派すら声を上げない。それはローゴーの理知的な顔に、隠しきれぬ悔恨と憤怒が滲み出ている故に。
「この時点で
「…ちょっと待てローゴー」
ここに至り、灯星隊でも古参の什長の一人がローゴーの言葉を遮る。
「"亡霊"はかなりの規模の精鋭を率いてるんじゃねえのか? この一月の被害は明らかに百人隊程度で出せる規模と範囲じゃないぞ?」
その指揮官は地図に示された多数の赤いバツ印、この一月で"亡霊"と呼ばれる正体不明の襲撃者によって攻撃を受けた場所を指し示す。
その印は最前線付近からエーギルン郡の中心都市、さらにはその東側まで、僅か一月足らずにも関わらず非常に広範囲かつ乱数的に散らばっている。印の示す場所の多くは輜重部隊や物資の集積拠点だが、中には灯星隊の様に補給線の防衛及び襲撃者の撃退を担当する部隊が逆に獲物として狩られた場所も多数存在した。
「
ローゴーがランダムに散らばる地図のバツ印の一部、凡そ2割程度だけを丸で囲んでゆく。それは彼が精査した、
「そして、これらの点はこう結ぶことができます」
丸の付けられたバツ印を時系列順に番号が振られ、更にローゴーの持つペンが地図上に描かれてていない
「我々がこの地域を制圧した際に手に入れた地図には、狩人や杣人が利用する
怜悧な顔立ちにマグマの如き憎悪と悔恨を浮かべながら、ローゴーは解説を付け加える。
「印を付けた点以外の襲撃地点で得た捕虜の多くは、略奪品の自由とこの道の一部のみを教えられた捨て駒……大半が、連合王国に降った我が軍の捕虜や捕らえられた山賊でした」
獣国軍において"亡霊"、または"
「なぁ軍師殿、取り敢えず"亡霊"がたかだか100足らずの兵で俺たちをコケにしてくれてたのは分かった。だがこの会議を始める時アンタは言ったはずだ。俺等の大切な仲間を何人も殺した"亡霊"を八つ裂きにして、テメェがやったことを泣きながら懺悔させてやってから犬に喰わせるってよ」
「…流石にそんな野蛮な事は言っていませんが、まあ似たような事は言いましたね。"亡霊"の居場所と、
気合を入れるように拳を打ち鳴らす仲間の言葉に苦笑しつつ、ローゴーは地図に更なる線を付け加える。
「現地民の聞き取りや他部隊とも共同で行った偵察から、補給線に近い南方で我々の把握していなかった間道はある程度把握しました。そしてこれらの道と"亡霊"の行動範囲を重ね合わせれば──」
書き加えられた線が繋がり、天幕がどよめく。
灯星隊軍師"賢眼"のローゴーが血反吐を吐く程の賢察により、遂に地図上に彼ら全員の仇たる"亡霊"の拠点を割り出すことに成功したのだから。
地図の完成を以て、灯星隊隊長リオル・アオリアは宣言する。
「これより、我が灯星隊の全力を以て"亡霊"討伐作戦を開始する。部隊の配置についてはローゴーより各指揮官へ指示がある。1人も逃さず、僕達の仲間を惨殺した憎き"亡霊"に報いを与えよう」
「「「「憎き"亡霊"に報いを!!」」」」
天幕に憎悪と決意に満ちた声が唱和する。
そしてローゴーがより細かな作戦を提示しようとした所で、天幕の入り口から灯星隊の誰でもない、だが彼らのよく知る声が響いた。
「ちょっと待ちなさい、リオル!」
天幕の入り口を仕切る垂幕が開かれ、雪のちらつく冷たい外気と共に、戦場に似合わない清涼な梅の花の香りが入り込む。
項の高さで纏められた腰まで届く艷やかな黒髪を馬の尾の様に揺らしながら、白皙の美貌に僅かに疲れた笑みを浮かべた麗人が堂々と、それでいて何処か申し訳なさそうに天幕へと踏み入った。
「コレリア⋯!?」
「コレリア様!?」
「コレリアのお嬢!!」
「コレリア姐さん!」
名を呼ばれたリオルも含めて、天幕内の者達が驚きと共に明らかに身分違いの貴人たる女の名を呼ぶ。しかし不思議とその声には怯えや阿りは無い。むしろ彼女に対する親しみと、純粋な疑問が多分に含まれていた。
何故ならばコレリアと呼ばれる彼女こそはゴーロン軍においてリオルと並び称される若き英傑にして将軍たるロモ・ゴーロンの孫娘、本来ならば将軍の親衛隊を率いる千人将として、この場ではなくロモ・ゴーロン将軍の側に居るはずなのだから。
そして灯星隊の戦友であり、隊長のリオルとは
「皆、驚かせて悪いわね。私が来たのはお祖父様⋯ゴーロン将軍からの命令と伝言を伝える為よ」
「将軍から!?」
コレリアの言葉にリオルが、そしてローゴーや灯星隊の隊員達も目を見開く。
「ええ。『灯星隊の後方補給線での防衛、及び敵遊撃隊討伐の任を解く。早急に最前線に帰還されたし』だそうよ」
「「!!??」」
その言葉はリオルに、そして灯星隊にとって到底受け入れ難い指令であった。
「そんな…待ってくれコレリア!! 奴の手口はローゴーが見つけた、居場所も倒す手立ても既にあるんだ!! たから─」
「最後まで話を聞きなさい、リオル」
激昂するリオルを、コレリアの涼やかな声が制する。
「貴方の、いいえ、
「だったら!」
「
大陸東方で用いられる象形文字の彫られた指輪の嵌められた人差し指で、コレリアは天幕の入り口を、その外側から僅かに入り込む
「
「防寒具は優先して確保していたはずじゃ…?」
「ええ、そして
「まさか…」
元々白い顔を更に青褪めさせたローゴーが記録を漁り、端正な顔立ちを屈辱と驚愕で歪める。
「これが…亡霊の狙いですか」
「お祖父様が言うには、それだけじゃないみたいだけど、貴方は分かるわねローゴー?」
「拙速による準備不足での攻城戦の誘発、更に主力となる精鋭部隊は後方でいるかも分からない亡霊退治。勝つにしても損害は多く、結局早期の連合王国軍領内への侵攻は不可能…ですね」
その端的な要約に、リオルもまた顔を青褪めさせ、目を見開きコレリアを見る。
コレリアは肩を竦め、済まなそうに頷く。
「そういう事よ。ローゴー、悪いけど貴方が割り出した亡霊の拠点の位置は後続部隊に渡して」
「…指揮官は?」
「ホーア千人将に臨時に後続の予備隊2000を付けるわ。二線級どころかまともな装備もないけど数だけは3000よ」
「代わりに僕達は早急に最前線行きか」
「根を断てば後方を撹乱する部隊も勝手に動けなくなるわ。だから悪いけど、貴方達の復讐はお預けよ」
わざとらしく傲慢な口調で、コレリアは宣言する。
「…承知した。灯星隊はこれより最前線に戻り連合王国軍の砦攻略に移る。いいな、皆」
「承知しました、すぐに引き継ぎを行います」
「まぁ仕方ない。ただコレリアのお嬢、ホーア千人将に言っといて下さいよ。亡霊は出来れば生かして捕らえてくれって」
「ですなぁ。出来ればトドメは俺らに任せて下さいよ!」
「分かったわ。まあ手足の何本か無くなってるのは許してあげなさいよ?」
努めて明るく、そして物騒な会話を経てにようやく天幕に笑いがおこる。
そうして灯星隊の隊員達が移動に向けて天幕から飛び出して行った後、リオルはコレリアに頭を下げた。
「すまないコレリア、恨まれ役を…」
「気にしなくていいわ。むしろ大変なのはまた最前線で命を張る貴方達よ?」
「それこそ今さらだ。僕は…いや僕達は夢のためにこの戦争に参加した。だから武功を立てられるならむしろ歓迎だよ」
「そう、それでこそね」
力強く精悍に笑うリオルに、コレリアもまた笑顔で返した。
それが、将来を約束された二人の若き英傑が最後に笑い合った日だと、その時の二人はまだ知らなかった。