ーーー征服歴1498年12月 スペイサイド州北部エーギルン郡ーーー
エーギルン郡北部、ほぼ人類の開拓の手が及ばない深き原生林の中に連合王国軍遊撃部隊、第931大隊所属第二中隊─通称ガラクタ中隊─の拠点は隠されていた。
「撤収準備は?」
「奪った物資と負傷兵の後送は完了しやした。後は余った物資の処分位でさぁ。それも日没までには終わりやす」
包帯で顔を覆ったガラクタ中隊の指揮官、獣国軍からは"亡霊"とも"顔無し"とも呼ばれ畏れられるアレクサンダー・ウォーカー中尉は残像の残る速度で報告書を書き上げながら部隊の最先任下士官であるバグラム軍曹の報告を確認する。
報告の通り、前日まで拠点に溢れるほど積み上げられていた雑多な
「分かった。ではさっさと出発するぞ」
アレクは書き上げた報告書の分厚い束を背嚢に詰め込み、分厚い外套を纏って指揮所としていた天幕から出る。
「大丈夫だとは思うが、偽装には手を抜くなよ」
「ええ。しっかりと
元々山賊の親玉じみた凶悪な顔が、一月そこそこの後方撹乱任務による戦塵でほぼ原人の如く野生化したバグラム軍曹がニヤリと笑う。
そんな部下の姿に"山賊よりより蛮族の族長かな?"と内心失礼な感想を抱きながら、銜えた煙草(略奪品)に火をつける。
「安物だな。不味い」
「良い品を賄賂用にさっさと後方に送れと言ったのは中尉では?」
「そうだったな…」
忌々しそうに顔を顰め、アレクは処分する物資の山に油を蒔いている部下に声をかける。
「準備は良いか、エクトル少尉」
「えぇ…一部を除いてちょっと勿体ない気もしますが」
「粗悪品の防寒着なんて焚き付けの燃料にしかならないだろ」
「そっちはどうでも良いですけど、食料とか武具とか結構燃やすことになりましたよ?」
「武具は兎も角、あれを食料と認めるのは食物に対する冒涜じゃないか?」
「獣国の人間も中尉殿にだけは言われたくないと思いますよ」
連合王国人から見ると粗悪品な防寒具と共に燃やされている重国軍から奪った武具と保存食(と獣国では呼ばれるナニカ)を眺めながらエクトル少尉は上司に聞こえないように呟く。
基本的に獣国人を人間扱いしないエクトル少尉だが、彼らの食べている貴重な食物を
「ヒャッハー! ボス、罠の仕掛けと
世紀末な叫び声と共に、ガラクタ中隊の古参兵であるフェーデル兵長が部下を伴って現れる。
「思ったより早かったな」
「ヒャッハー! ついつい楽しくなって熱中しちまったら全員徹夜で働いちまったぜぇ」
「…ご苦労。無理は程々にな」
捕虜からの
油を吸った布に煙草の火が燃え移り、やがて物資の山を全て炎が包み込む。
「帰るぞ。忘れ物は無いな?」
「子供じゃないんですから問題ないでさぁ」
「バグラム軍曹、あれ君の戦利品じゃない?」
「あー、あれこないだぶっ殺した獣国兵が持ってた帝国製の戦鎚じゃねえっすか?」
「あぁ!? 燃えてる!!」
折角の戦利品を危うく炭にされそうになったバグラム軍曹が炎の中に飛び込もうとして部下達に抑え込まれる一幕こそあれ、ガラクタ中隊は獣国軍が包囲網を敷く遥か前に、カデント要塞へと帰還した。
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「リオル、ホーア千人将から伝令が来たわ」
「…"亡霊"を取り逃がしたと?」
「あら、先に誰かから聞いたの?」
「いいや、だがなんとなく…今のコレリアの顔を見たらいい知らせじゃなさそうだったからね」
前線に到着して早々、カデント要塞の外郭を護る砦の一つを単独で陥落させた灯星隊の天幕を訪れたコレリアへ、リオルは尋ねる。
「それで、"亡霊"はどうやってローゴーが計画した包囲網から逃れたのかな?」
「…そもそも、ホーア千人将が包囲網を作ろうとした時にはもういなかったらしいわ」
「なんだって…!?」
心の何処かで"亡霊"が、連合王国の捕虜からの証言でアレクサンダー・ウォーカーという名であるらしい連合王国の士官が簡単には捕らえられないと考えていたリオルだが、厳しい顔を崩さないコレリアの報告に目を剥く。
「順をおって話すわ。まず、ホーア千人将が率いた部隊のうち一割近くが再起不能になったわ」
「"亡霊"は逃げたはずだろう…?」
「ええ、
元々透き通るほど白く整った顔立ちをより白くしながら、コレリアはホーア千人将の遭遇した地獄の一端を語る。
灯星隊の軍師ローゴーが探り当てた"亡霊"、アレクサンダー・ウォーカー率いるガラクタ中隊の拠点へと続く地図に記されていない道を辿ったホーア千人将麾下の兵士達がまず目にしたのは、行方不明となっていた戦友達の
大半はまだ息がありながら、最早自力で命を絶つ自由すら奪われた獣国兵達の残骸はか細いうめき声をあげていた。それは生物として最期の尊厳を、即ち
獣国兵達は寒く薄暗い樹海の中で嘆き続ける戦友達を解放するため、人として当たり前の良心を発揮し、それ故に"亡霊"の仕掛けた罠に嵌った。
「友釣り、だったかしら…正直、同じ
「……」
地面に転がされていた者、串刺しにされていた者、木に磔られていた者。様々な方法で
仲間を助けようとすれば罠にかかり、無視して避けようとすれば罠に嵌まる。仲間だったモノの中身が塗りたくられた木杭や鏃で負傷し、最良で手足を失い、最悪で次の朝を迎えることなく息絶えた。
「ご丁寧にもローゴーが割り出した包囲用の道は全部、ある程度密度の差はあっても罠だらけだったそうよ。途中から、数合わせの兵が道を進みたがらなくなってホーア千人将の直属兵にも被害が出たわ」
「奇襲や罠について注意喚起が徹底していなかった…すまない」
「そうね…ここまでなら私達が油断していただけで話は済んだわ」
「……?」
青褪めた顔のまま、コレリアは
「ホーア千人将が"亡霊"の拠点に辿り着いた時にはそこはもぬけの殻だった。残されていたのは、持ち運びきれなかった荷物を焼き払った残骸だけ。でもね……残っていたものもあった」
コレリアの後ろに控えていた彼女の従者が、リオルへと木簡の束を渡す。
「これはその写しよ。本物は帛書(絹に書かれた書簡)だったわ……見覚えは、無いわよね?」
「何を言って…っ!!?」
竹簡には帝国で生まれ、獣国でも公文書で使用される表意文字がびっしりと書き込まれていた。それだけであれば、獣国軍で日常的に使用される報告書と呼べただろう。帝国に反発が強く愛国心の強いリオルたちゴーロン将軍以下の将校は獣国独自の文字で報告書を作成してはいるが、他の部隊との遣り取りならば帝国の文字を使用するため読み書きに不自由もしない(ただし、リオルは獣国でも辺境出身のため帝国語は不得手で会話はほぼ不可能)。
故に、竹簡に記された情報にリオルは目を剥いた。
「これは…僕達が当初予定していた"亡霊"の拠点襲撃の計画そのものだ。日時も、侵攻路も、動員する数も!! コレリア、君は僕をからかっているのか……?」
驚愕を、そして背筋を伝う冷たい感覚を誤魔化すように、敢えて冗談めかしてリオルは己の隣に立つコレリアへと引き攣った笑みを向ける。
だが、いつもなら輝くような笑みを向ける彼女は氷の様に冷たい瞳でリオルの笑みに応えた。
「それはホーア千人将が、焼き払われた物資の残骸の底からかき集めて繋ぎ合わせた物の写しよ。そして幸か不幸か、処分されるはずばった帛書には、この
「っ……」
土気色のリオルの眼前に、コレリアはボロボロに焦げた絹の布切れを差し出す。変色し、目を凝らさなければそこに文字が書かれていると分からないその絹の切れ端の末端には一つの名が記されていた。
『
それはリオルにとって友であり、学問の師であり、灯星隊にとって欠かすことの出来ない軍師の名であった。
「灯星隊軍師ローゴーは今の時点を以てその任を凍結するわ。既に私の部下が彼を拘束してる。事後承諾で悪いけど、これはゴーロン将軍からの命令よ」
「待て!! 待ってくれコレリア!! これは何かの、いや間違いなく"亡霊"の謀略だ!!」
「分かってるわよそんな事!!!」
言い募るリオルの声に倍するほどの鋭い声が天幕に木霊する。
「私もお祖父様も、ローゴーの事を、そして当然貴方の事も疑ってない!! でもね、部下を殺されたホーア千人将や他の部隊長達がそれで納得すると、貴方は本気で信じされる!?」
「っ…だが!!」
「…文章を鑑定した記録官は帛書に記された文字をローゴーの筆跡だと判定したわ」
「馬鹿な…」
「ごめんなさい…少なくともカデント要塞を陥とすまで、"亡霊"を捕らえて真相を無理やりにでも語らせない限りローゴーの拘束を解くわけにはいかないわ」
遣る瀬無さで憔悴しながら、コレリアは恋人に冷たい現実を突きつける。
「そしてリオル、
「ああ…分かった」
爪が皮膚を食い破り、血が滴るほどに拳を握りしめながらリオルは首肯する。
「やる事は変わらないさ。僕達は攻城戦の間常に先陣に立ち、"亡霊"の首を獲る。亡き友の無念を晴らすため…そして冤罪を被せられた友の名誉を回復するために」
天幕を出たリオルは雪のちらつく曇天を、そしてその先で嗤っているであろう"亡霊"を睨み、憎悪に塗り固められた誓いを再度口にする。
「必ずだ。必ず、"亡霊"に報いを…奴の成した悪行に値する責め苦をこの手で与えてやる!!」
この日、リオルとコレリア、そして灯星隊は新たな誓いを立てた。
その違いが果たされたのかどうかは、後の歴史が雄弁に語っている。
後半パートで筆が乗りすぎてR-18Gでも済まなそうだったので大幅に書き直しました