※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

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おかしい…この過去編は長くても6話位で終わるはずだったのにどんなに短く見積もっ目もあと5話はかかる…





162話 宿星百人斬り⑦ 弓兵は槍兵に弱い 前編

ーーー征服歴1498年12月 スペイサイド州北部エーギルン郡ーーー

 

 千人将と副長、その他部隊の中核となる幹部級を軒並み喪い混乱する"蓋星隊"に単騎で分け入ったリオルは、堂々と身を晒しながら卑劣な手段で一方的に仲間を殺し続ける敵の狙撃手の目を自分へと向けるために敢えて名乗りを挙げる。

 

「卑劣なる連合王国軍の指揮官に告げる!! 我が名は"灯(・)星(・)隊(・)"千人将リ(・)オ(・)ル(・)・ア(・)オ(・)リ(・)ア(・)也。貴殿が名誉と誇りを識る勇者であるならば戦意を失った兵達ではなく、僕を狙ってみせるがいい!!」

 

 その答えは、自分ではなく蓋星隊の下士官へ容赦無く向けられた投槍だった。

 

「っ…蓋星隊の兵士達、聞け!!」

 

 己を無視して蓋星隊に槍を投擲し続ける敵の狙撃手、特徴からその男こそが自分たち灯星隊の仇である"亡霊"だと察知しながらも、リオルは復讐心を押し殺し仲間を救うため命を張る。

 

「騎馬が暴れている者や、騎乗では身動きが取れないものはすぐに下馬し徒歩でこの場から逃げろ。馬の陰になれば槍は届かない。後列から順にこの場から一旦離れ態勢を立て直せ!」

 

 戦場によく響くリオルの声が、指揮官を失った混乱と自分の頭が投槍で爆ぜるか分からない恐怖で浮足立っていた蓋星隊の兵士達に僅かに冷静さを取り戻させる。

 

「よ、よし一旦下がボベ!」

「クソ、早く馬からおベェ!?」

 

 だが、冷静になった者から順に冷酷なまでに精密な投槍と、混乱の中で蓋星隊の兵士達の間に紛れ込んだガラクタ中隊の兵士達が刈り取ってゆく。

 

「投槍は無視しろ! 危険なのは敵の歩兵だ、追いついてきた後列の歩兵と騎馬から降りた兵は協力して敵歩兵を叩け」

「わ、分かりましドベェ」

 

 リオルが混乱を収める為に対応策を伝えれば、アレクとガラクタ中隊は混乱をより長引かせんと対応策を迅速に潰してゆく。

 いかにリオルが喉を枯らして叫ぼうと、俯瞰した位置から一方的に狙撃されている状況で、兵士達に冷静な対応は望めない。

 

 

「ところで中尉殿、折角の大物は狙わないんですかい? 俺は学が無いんで何叫んでるかさっぱりですが、さっさと殺しちまった方が楽なのでは?」

「俺も殺れるなら殺りたいんだが…絶妙に投槍の射程外に居座ってるから無理だな。投げてもあの距離だと流石に避けられる」

 

 腕は情容赦ない投擲を継続しながらも、アレクは面倒臭そうに溜息をつき、チラリと後方で撤収作業を続けている友軍を盗み見る。

 

「さっさと帰ってほしいんだが…下手に立て直されるとこっちにも被害が出るか」

「面倒ですなぁ」

「本当にな…」

 

 半ば他人事じみた調子で益体も無い愚痴を口にしながら、アレクは冷徹に獣国軍の動きを観察し冷静さを取り戻しかけた兵から順に投槍の的にしてゆく。

 そうして潤沢に準備していた投槍(獣国兵から略奪した戦利品の槍を投げやすいよう短く加工した物)がそろそろ底を付きそうになった頃、アレク達から見ると安全圏で好き勝手叫んでいた敵将(リオル)が動く。

 抜いていた長剣を鞘に戻し、挑発する様に投槍の殺傷圏内へと騎馬を進め、よく響く声で改めて宣告した。

 

 

「卑劣で臆病な連合王国の指揮官よ、僕を恐れ槍を投げないのならそれでも良い!! だが貴様に一欠片でも勇気が、そして矜持があるのなら僕を狙ってみせろ!! 出来ないのなら貴様は背を向け戦意を失った兵士しか狙えない劣等者だ!!」

 

 まるで舞台俳優の如く芝居がかった仕草でアレクを指差しながら宣言したリオルに、混乱と絶望の底に落ちていた獣国兵達が士気を盛り返しリオルに同調する様にアレクを挑発し始める。

 

「そうだ卑怯者、自分だけ後ろで槍投げやがって!」

「臆病者が!テメェなんざ"百星"様の足元にも及ばねえ雑魚なんだよ!!」

 

 これまでの鬱屈をはね返す様な熱気に、獣国兵達の間を縫って混乱を助長していたガラクタ中隊の愚連隊達もその勢いを削がれる。

 

「……どうしやす? 相変わらず獣国語なんで俺には分かりませんが、あっちが挑発してんのは分かりますぜ」

「そうだな……別に卑怯で臆病と呼ばれても気にはしないんだが」

 

 心配そうな部下の問にも、普段と同じく淡々とした声音で返したアレクは構えていた投槍器を下ろすと、喉の調子を整えるように軽く咳払いしてから、敢えてリオルとの舌戦に応じた。

 

 リオルの母国語である獣国語でも、アレク達の母国語である連合王国語でもなく、帝(・)国(・)語(・)で。

 

 

『勇敢なる幽梯荒野(ユスティニア)の戦士よ、貴殿の勇気と献身に敬意を表しよう』

 

 その言葉の意味はこの戦場で戦う両国の兵士達の多くには、一部の教養ある士官を除き理解出来ない。だが、低いがよく通る声が格調高く見事な発音で響いた事で熱狂していた獣国兵ですら一次的に口をつぐみ、意味は理解出来ないまま次の言葉を待ってしまった。

 

 だが続く言葉を待ってしまった事を、獣国軍の中でほぼ唯一発言の意味が理解できたリオルは後悔する事となる。

 

『しかし…大変申し訳ないのだが──』

 

 リオルの視線の先で、包帯で素顔を覆い表情など分からないはずの"亡霊(アレク)"はそれでも目に見えて分かるほど済まなそうに、そして申し訳なさそうな声音で宣った。

 

『当方は浅学非才の身ゆえ、帝(・)国(・)北(・)西(・)部(・)の(・)方(・)言(・)に(・)は(・)疎(・)く(・)聞(・)き(・)取(・)る(・)こ(・)と(・)が(・)出(・)来(・)な(・)い(・)。誠に申し訳ないが、せめて貴(・)殿(・)の(・)国(・)の(・)公(・)用(・)語(・)でもう一度宣言して頂けまいか!』

「………は?」

 

 帝国語を解さない獣国兵達の多くは、アレクの声音と態度から自分達の指揮官の気迫と勇壮な態度に敵が敬意を払ったのだと顔を綻ばせている。

 たが、曲がりなりにも獣国人の中ではそれなりに教養があり、聞き取り程度なら帝国語も理解できるリオルはそうではなかった。

 

『それまでは誓って貴殿に槍を投げないと約束しよう。さあ、改めて帝国公用語(人類の言葉)で喋ってくれ(鳴けよ)、帝国辺境の勇者殿(人間未満の豚野郎)』

 

 アレクの語る言葉は一見すると、発音に文句のつけようもなく相手に敬意を払う見事な弁舌だった。同時に、巧妙に婉曲的な表現を混ぜることで分かる者には壮絶は侮辱になる表現が随所に織り交ぜられていた。

 故に今この場にいる獣国兵でほぼ唯一、リオルだけが隠喩も交えたアレクの挑発を理解した。

 理解したが故に、リオルの口からは短く、そして万感の殺意の籠もった一言が漏れる。

 

「……………殺す」

 

 

 リオル・アオリアは己が立身出世を目指し、故郷で"灯星隊"を旗揚げした当初は、我武者羅に武功を求めていた。

 だがそんな中でコレリア(恋人)や多くの仲間と出会い、そして尊敬できる上司(ゴーロン将軍)と出会う中で獣国人としての誇りを強固なものとしていった。

 彼の尊敬する上司であるゴーロン将軍は帝国の手先として隣国へ侵攻し使い潰される祖国の現状を憂い、この戦争で功績を挙げながら力を蓄えながら帝国の影響から自立しようと懸命に足掻いていた。そして彼の孫娘のコレリアと共に、リオルもゴーロン将軍の助力にならんと懸命に努力を重ねてきた。

 

 故にリオルにはアレクの発言は看過し得ない。

 その言葉はリオルを、そしてリオルの尊敬する人々を、リオルと共に肩を並べ戦う戦友達全てを侮辱し貶める言葉であるが故に。

 

「アレクサンダー・ウォーカー…貴様だけは僕が」

 

 剣を抜き放ち、リオルは一直線にアレクへと突貫を開始しようと愛馬の腹を蹴りたて──

 

「必ず殺──」

 

 そしてリオルの時が止まる。

 

(え…なんで、これ──)

 

 突然、見える景色が止まって見えるほど時間の流れが緩慢になった世界でリオルは目を見開く。視線の僅かな揺らぎすら苛立たしい程にゆったりとした空間で思考だけが高速で回転し、視界の中心でゆっくりと己の顔に迫る点(・)が何なのかを懸命に理解せんとする。

 

(槍の穂先──避け、いや…死─)

 

 無限に思えるほどに引き伸ばされた0コンマ1秒未満の時間の中でリオルは不可避の絶命を悟り──

 

「だぁぁぁラッシャぁぁ!!! リオルてめぇ巫山戯んじゃねぇぞこのボケがぁ!!!」

 

 雄叫びを挙げながら愛用の槍で亡霊(アレク)の投槍を弾き飛ばした護衛隊長のボルストに思いっきり後頭部をぶん殴られた。

 

 

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