ーーー征服歴1498年12月 スペイサイド州北部エーギルン郡ーーー
自身の上司であるリオルをぶん殴った"灯星隊"護衛隊長のボルストが、頭を押さえながら未だ混乱し目を白黒させるリオルに怒鳴る。
「簡単に挑発に乗ってんじゃねえよこのタコ!! あの包帯男が何言ったか知らねえが自分から前に出た癖に頭に血ぃ昇らせて突っ込んでんじゃねえっての!!」
「ぐっ、すまないボルスト…って前見ろ前!! 奴の槍が」
殴られた事で冷静さと共に停止していた体感時間が戻ったリオルが、青褪めた顔で既に次
「安心しろ。忘れたのかよリオル、狙撃手がいるのは連中だけじゃねえんだぜ?」
「それは…!」
二人の視線の先で、機械の様な精密さで再びリオルへ槍を投擲しようとしたアレクが咄嗟に頭を下げ、つい数瞬前まで頭のあった場所を風切音と共に矢が射貫く。
「チッ」
「中尉殿!?」
「頭を下げてろ、バグラム軍曹」
再び投槍器を構えたアレクの視線の先で、アレクを狙撃した弓兵が人馬の波の中へと身を隠す。
「シャーム…」
「よっしゃテメェら、ウチのおっかない狙撃手があの不細工な包帯男を牽制してくれてるうちに下がるぞ!!」
ボルトスの指示に従い、ここまでアレクの狙撃でまともに進むことも退くことも出来ていなかった獣国兵達がようやく組織的な後退を開始する。
「リオルてめぇもさっさと退がれ。お前が死んだら灯星隊も終わりだろうが!」
「っ…わかった」
悔しげに歯噛みしながらも、リオルは素直に指示に従い馬首を返す。
「悪ぃなシャーム、時間稼ぎ頼むぜ…」
槍と弓という本来なら噛み合わない異種狙撃戦を繰り広げる仲間に、ボルストは届かぬ声援を送った。
「バグラム、あと何本だ」
「これ含めて3本っす」
人馬の陰から放たれる精密な牽制射撃を躱し、対抗して槍を投げ返したアレクは、放った槍が狙撃手ではなく無関係な馬と兵士を歪な串団子にしたのに舌打ちしつつ、部下に残
「なんか敵も後退してますし、このまま俺らも退いていいんじゃないですかい?」
「それでもいいんだが…想定以上の釣果だ。
「ウッス。んじゃまぁ、殺りますか!」
上司に方針を示されたバグラムが不敵に笑い、懐から取り出した笛を全力で吹き鳴らした。
「…嫌ぁな感じだな。シャーム!」
「(コクリ)」
鋭く響いた笛の音と共に、相対する連合王国の動きが僅かに変化したのを察したボルストは自身の勘と同じ結論に達した狙撃手と目線を交わす。
そしてボルストの意図を察したシャームは、後退する味方の人馬に紛れ位置を察知されない様に俊敏に動き回りながらアレクの動きを注視する。
歴戦の狩人であるシャームの鍛えられた視力は、激しく機動する中でも正確にアレクの挙動を見極める。故に、先程まで狙撃の回転速度を重視してほぼ予備動作なしで槍を投擲していたアレクが、装填した槍を即座に投擲するのではなく、全力で投擲する為に力を溜めて構えた様を即座に察知する。
(あから様過ぎる…十中八九誘いだ。それにこの距離ならリオル殿であれば避けられる)
警戒しつつもアレクの行動を互いの撤収前最後の悪足掻きと判断しボルストに伝えようと振り向いたシャームは驚愕に目を見開き叫ぶ。
「リオル殿! ボルスト!」
「っ!?」
「クソっ、リオル!!」
既にアレクに背を向け撤退しようとしていたリオルの愛馬の首に、何処かから飛来した手斧が突き刺さり、背に乗るリオルは物理法則に従い落馬していたのだから。
「ヒャッハー! まぁず一匹だな」
一仕事終えたフェーデル兵長はニタリと笑い、最後に普段の世紀末な雄叫びとは異なる酷く冷めた言葉を残してそそくさと人馬の喧騒へと紛れ込む。
「いい仕事だ、フェーデル兵長」
部下への賞賛の言葉と共に、アレクは冷徹に狙いを定める。
(何としても、奴が槍を放つ前に仕留める!!)
リオルの危機を悟ったシャームは覚悟を決める。主を失った馬の背を足場に空中へと駆け上がり、愛用の弓に矢をつがえる。考えるより早く、その身に刻まれた厳しい鍛錬と経験値が、彼の生涯で最高にして最速の一撃をアレクへと放った。
身動きの取れない空中で、シャームは矢を放った相手と
(何故、いやこいつの狙いはリオル殿ではなく──)
正確にアレクの心臓を狙った矢は、風を置き去りに戦場を飛翔する。対してアレクは、まだ
「うぉらぁぁ!!」
そしてアレクを射殺すはずだった矢は、アレクの足元で槍を供給していた野蛮な顔の大男が振るうメイスによって叩き落とされる。
「ご苦労、バグラム軍曹」
普段通り平坦な声音で部下を褒めたアレクから、空中で身動きの取れない
「次」
「へい」
そして次の
「リオル、俺の馬を使え!」
「ボルスト、だが!」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ! シャームが死んだのを無駄にする気か!」
地面に落ちたリオルを引き上げたボルストは、己の騎馬にリオルのみを乗せ槍を構える。
「行け、リオル!!」
「っ……すまない」
迷いを振り捨てる様に、振り向くことなく駆け去るリオルの気配を背中に感じたボルストが獰猛に笑う。
「来やがれ、亡霊野郎ぉ!!」
槍を構えたボルストに放たれるのは、発射速度ではなく威力を高めた致命の一撃。己の命を確実に奪う絶殺の魔
「ハッハァ、"灯星隊"護衛隊長を舐めんじゃ…コフッ?」
アレクの投槍を叩き落とし勝ち誇ったボルストは、喉からせり上がった血に困惑し、そしていつの間にか腹に刺さっていた矢の冷たく熱い痛みに悔しそうに舌打ちする。
「クソが…
霞んでゆく視界の先、"蓋星隊"の突撃を弾き返した盾兵の隙間で、人の良さそうな将校が発射を終えた弩弓を下ろし背を向けるのを見咎めたボルストは、愛用の槍を支えに辛うじて膝をつくのを防ぐ。
「ハッ、まぁつまりテメェらは俺達の事をしっかり警戒してたって事か…?」
ボルストの視界の先で、アレクは機械仕掛けの人形じみた決まりきった動きで槍を受け取り投槍器へと装填する。
「畜生め…巻き込んで悪かったなシャーム。リオル、せめてお前だけは逃げ」
末期の言葉を言い終える前に、"灯星隊"護衛隊長ボルストの頭は投槍で打ち砕かれた。
「これで、38か」
足場から飛び降りたアレクの呟きもまた、誰に聞かれることもなく戦場の喧騒にかき消えた。
最後の一射を投槍器で撃つか蹴りで撃つか悩んだせいで時間がかかりました